第1話前半「デート編:選び続けるということ」
待ち合わせは、駅前のカフェだった。
拓が店に入ると、瞳はすでに席に座っていた。
窓際。光がちょうど柔らかく差し込む場所。
写真を撮るには、申し分ない位置だった。
「ごめん、待った?」
「ううん、今来たところ」
瞳はそう言いながら、テーブルの上のスマホをそっと裏返した。
通知が一瞬、光って消えた。
拓は席に座りながら、無意識にメニューを開いた。
しかし、ほとんど見ていない。
頭の中では、別のことを考えていた。
(この店なら、あのプレートがいいな。写真も映えるし……インスタのストーリーに載せるなら、明るめのフィルターが合うかもしれない)
「何にする?」
瞳が聞く。
「んー……おすすめでいいかな」
拓はそう答えた。
自分で決めたつもりだったが、実際には何も決めていなかった。
ただ、画面の一番上に出てきた「本日のおすすめ」を、なんとなく口にしただけだった。
瞳は少しだけ笑った。
「最近、それ多いよね」
「そう?」
「“おすすめ”で選ぶの」
言われて、拓は少し考えた。
たしかに、最近はそうだった。
店も、料理も、映画も、行き先も。
選んでいるつもりで、最初から用意された選択肢の中から選んでいる。
「まあ……外れないし」
拓がそう言うと、瞳は小さく頷いた。
「そうだね。“外れない”よね」
その言葉に、わずかな違和感が混じっていた。
拓はその違和感の正体を考えようとしたが、すぐに別の通知が視界の端に浮かび、意識が散った。
――また後ででいいか。
そう思って、彼はその感覚を流した。
料理が運ばれてきた。
綺麗に盛り付けられたプレート。
色合いも、配置も、完璧だった。
拓はすぐにスマホを取り出した。
角度を変え、光を調整し、数枚撮る。
――このアングルがいいな。
――ちょっと暗いから明るさを上げて。
――加工アプリで彩度も少し調整しよう。
瞳も同じように、写真を撮っていた。
数秒の沈黙。
そのあと、二人は同時に顔を上げた。
「……食べようか」
「うん」
フォークを入れる。
味は、悪くない。
むしろ、美味しいはずだった。
でも――
(これ、どう書こうかな)
拓は、口に入れた瞬間に考えていた。
「上品な甘さ」……いや、「口当たりが軽い」のほうが映えるか。
ハッシュタグは何をつけよう。
「#カフェ巡り」「#スイーツ」「#彼女との休日」……
瞳も同じだった。
(写真はもう十分撮れたし、あとは食べるだけ……でも、投稿する前に味の感想をメモしておかないと)
二人は、味わう前に、言葉を選んでいた。
その場の空気よりも、あとで見返す「記録」のほうが、なぜかずっと大事になっていた。
そのとき、不意に。
視界の奥で、何かが揺れた。
「ねえ、拓」
瞳が言った。
「今、ちゃんと食べてる?」
その問いは、少しだけ鋭かった。
「え?」
「味、覚えてる?」
拓は、言葉に詰まった。
味は――
思い出そうとすると、言葉しか浮かばない。
「甘い」「まろやか」「コクがある」。
でも、その言葉が指し示す実際の感覚が、なぜかうまく呼び戻せない。
「……たぶん」
曖昧に答えると、瞳はふっと息をついた。
「私も」
そして、少しだけ寂しそうに笑った。
「ねえ、私たち――『食べたこと』を記録するために、食べてない?」
その言葉は、拓の胸の奥に引っかかった。
否定したかった。
でも、できなかった。
その瞬間だった。
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