第9話前半 「所有編:モノを抱えること」
康介の自室は、殺風景だった。
本棚には電子書籍リーダーが三冊。クローゼットには同じ型の白いシャツが五枚。同じ色のズボンが三本。靴は二足。黒と、もう一足の黒。
「合理的だ」
彼はいつもそう自分に言い聞かせていた。
スマートウォッチが震える。
「無駄な重複を検出しました。シャツは三枚で十分です。処分をおすすめします」
画面には「ワンタップ処分」のアイコン。
康介は迷わずタップした。
クローゼットから二枚のシャツが消える。データ上だけ。物理的にはまだある。だが「所有」の記録から削除された。あとは回収ボックスに入れ、誰かの手に渡る。
これが「最適な所有」だった。
持たない。必要な時に、必要な分だけ。サブスクリプション。定額制。使い捨て。
「面倒がない」
それが何よりのメリットだった。
その夜、康介はなぜかタンスの一番下の引き出しを開けた。
そこには、転職する前の名刺入れ。もう使わない腕時計。昔の恋人からの手紙。子どもの頃に母親が編んでくれたマフラー。穴が空いている。
どれも「今の自分には必要ない」。
スマートウォッチが光る。
「未使用品を検出しました。処分をおすすめします。推定時間:1分」
1分。それで全部消える。
でも――
康介は手紙を手に取った。
便箋は黄ばんでいる。字は少し震えている。
「元気でいるかな。私はちょっと疲れてるけど、でもあなたに会うと元気になれる」
たったそれだけの文。もうとっくに別れた人からの、ただの挨拶。
その瞬間、冬の匂いがした。コーヒーの苦さ。彼女が笑ったとき、目尻にできる皺。帰り道、彼女が「寒いね」と肩を寄せた体温。
すべてが蘇った。
「……何も、残っていない」
呟いた声は掠れた。自分でも驚くほどだった。
スマートウォッチが再び震える。
「処分を実行しますか?」
指が、止まった。
✧ ✧ ✧




