第7話前半 「最適化編:違和感を手放すとき」
朝。
純は、アラームが鳴る前に目を覚ました。
正確には—
起こされた。
「起床の最適タイミングです」
穏やかな音声が、耳元で流れる。
音量はちょうどいい。大きすぎず、小さすぎず。
目覚めに最適な周波数に調整されているらしい。
純は、自然に体を起こした。
眠気はほとんど残っていない。
目を開けた瞬間から、頭がはっきりと働く。
「寝ぼけている」という状態が、最初からなかったかのように。
カーテンは自動で開き、
外の光が、ちょうどいい強さで部屋に差し込む。
眩しすぎず、暗すぎず。
目に優しい色温度。
「今日の予定を表示します」
壁に、スケジュールが浮かび上がる。
通勤ルート。会議の順番。昼食の推奨時間と店舗。
移動時間は最小化され、待ち時間はほぼゼロ。
すべてが、無駄なく配置されている。
「……完璧」
純は、小さく呟いた。
その言葉に、特に感慨はなかった。
ただ、事実を述べているだけ。
駅までの道も、スムーズだった。
信号は、歩く速度に合わせて変わる。
赤で止まることはほとんどない。
混雑は回避され、最短のルートが提示される。
人の流れに逆らう必要がない。
電車も、ちょうどいい位置に立てば、
最も空いている車両に自然と乗れる。
誰ともぶつからない。誰とも遅れない。
イライラすることも、焦ることもない。
すべてが、うまくいく。
それが「当たり前」だった。
職場でも、それは同じだった。
「次の発言が推奨されます」
会議中、視界の端に小さなテキストが浮かぶ。
文言だけでなく、話すタイミング、声のトーンまで示されている。
純は、それをそのまま口にする。
違和感はない。むしろ、それが「自分の言葉」のように感じられる。
「その案であれば、コスト面でも最適化が可能です」
上司がうなずく。
同僚も納得する。
誰も反対しない。誰も異議を唱えない。
会議は滞りなく進み、予定よりも早く終わった。
「いい仕事だったな」
そう言われて、純は少しだけ嬉しくなる。
でも、その「嬉しい」という感情も、どこか適切な範囲に収まっている。
喜びすぎず、控えすぎず。
昼食も、提示された店に入る。
味は申し分ない。
栄養バランスも、摂取カロリーも、最適。
食べるペースすら、さりげなく誘導される。
ゆっくりすぎず、早すぎず。
すべてが、ちょうどいい。
不満も、疑問も、何もない。
そのときだった。
隣の席で、誰かが少し大きな声を出した。
「え、ここ微妙じゃない?」
若い男だった。
「なんか、全部整いすぎててさ。
逆に何も感じないっていうか」
連れが苦笑する。
「まあでも、評価高いし、間違いはないでしょ」
「いや、そうなんだけどさ……」
純は、その会話を聞きながら、手を止めた。
“何も感じない”
その言葉が、少しだけ引っかかった。
なぜかはわからない。でも、胸の奥がかすかにざわついた。
その瞬間、視界が揺れた。
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