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※ 本作はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。また、本作には犯罪行為及び刑罰法令に抵触する表現が含まれますが、それらを助長、推奨、誘引する意図は一切ございません。
休日――ではなく、平日だけど学校をサボっているので休日になっている本日。
現在時刻は十二時四十五分。場所は、昨日陽太と約束した駅前だ。どこの駅かは、個人情報保護――または設定の不備――という理由で言及することができない。そこそこ田舎特有の無人駅だ。
無賃乗車し放題で有名な汽車(もちろんしませんよ!)が走り出したり止まったり、忙しそうにしていて微笑ましいわけもなくただうるさいだけ。ちなみに、みんなが汽車と呼んでいるだけで実際は汽車ではない。でぃーぜる? みたいな感じだ。詳しい理由は陽太が教えてくれたから。
鉄オタな側面もある(実際に見るのが好きなわけではないらしい、中途半端)サブカル好き(本当に好きなのはメジャーな音楽映画漫画ファッションゲームいーてぃーしー、中途半端)な陽太(中途半端)だ。彼がおすすめしてくれた映画のたいていは、男女が心中して終わる。
マイナー好きが格好いいと言われる理由がいまいち分からないけど、おそらく尖っているイコール特別という勘違いをしたまま大人になってしまったから、感性が正常のルートから大きく外れてしまったのだろう。かわいそうに。
「そこまで言われる筋合いはない」
きゃあっ、と思わず女らしい声(多様性の時代に配慮はしない)を出してしまった。
「びっくりした。背後取らないでよ」
「ごめん」
久しぶり――ではなく見た陽太は、前に会った時とは随分と様相が違うようだった。
「痩せたね」
「………………」
無神経だっただろうか。まあ、私が無神経なのは今に始まったことじゃない。たとえ大切な妹を亡くした兄に対する態度として私のが不適切だったとしても、笑って許していただけたら幸いだ。災いの間違いだったかもしれない。
あれ、無意識に小晴を殺してしまった。
「外じゃなんだから、どこか行かない? カラオケで良い?」
「…………ああ」
家族が殺人を犯したという現状を、陽太はどう思っているだろうか? ちなみに私は、兄を憎悪している。
まさか妹が捕まった数日後に妹の友達とカラオケに入ることになるとは、みたいなことを考えていそうな陽太を連れて、ちょうど近くにあるカラオケ店にお邪魔する。空室だらけなので、おそらく人気がないお店なのだろう。
「それで、なんか歌う?」
スムーズに手続きを済ませて部屋に入ると、陽太にデンモクを渡す。私は歌う気がないのでパス。
「歌うわけないだろ。もっと大事なことがある」
「…………まあね」
大事なこと――大事なこと? 本当に大事なの? おおごとではあるけど。
結局のところ、小晴が自分のために人をふたりも犠牲にしたという事実は変わらない。それが警察に発覚したところで、情状酌量の余地はないだろう。無期懲役だけは回避できるかもしれないが、それだけだ。
私が真相を追っている理由はそうではない、単純な知的好奇心に基くものだ。推し活となんら変わりはない。でも、少しだけそれに期待していたのは確かだった――減刑、または無罪。
もし小晴が無罪で、誰かの罪を被っただけであれば、彼女は釈放されることができるはず。そんな期待があった。だけど、そんな事実は存在せず、あったのは人をふたりも死なせた小晴の深い罪だった。
理由のひとつが消えて、残るは私の、小晴への恋情に基く好奇心。
それだけで、私は動けるのか?
梔子さんがすべてを話してしまったせいで、解くべき謎のほとんどはなくなってしまった(話させたのは私だけど)。だからもう、飽和してしまっているのだ。
推理小説でたとえるなら、序盤に殺人事件の共犯者が警察にビビッてすべてを話してしまうというような展開。あまりにもつまらない。思わず希望を失ってしまいそうになるくらいにはツマラナイ。
こんなの、面白くない。
「…………ん?」
違う違う違う違う。面白いとか面白くないとかそういうのは求めてなくて、小晴の世界を知りたいから私はこうして真相を追っているわけで、そんな野次馬とかじゃないんだって!
「どうした、柚子」
「いや、別に、なんでもない」
声が裏返ったけど、とくに問題は起こらなかった。
本題に入ろう。今のは、忘れて。私の頭。
「まずは陽太から話してほしいんだけど、なにか知ってるの?」
「…………いや、まだなにも知らない」
ふと、なにかが引っかかった。
まだなにも知らない――『まだ』、ってなんだ?
「含みがある言いかただね」
「わざとだ。実は今日、あるものを持ってきたからな」
あるもの――――?
「あるものって、なに?」
分からないことは人に教えてもらわないと。とはいえ自分で考えるのも大事だし、だからいちばん大事なのはバランスだ。人に教えてもらいすぎるのはいけない。でも、自分でやりすぎるのもいけない。程度を考えろ。
今回はヒント(伏線)がなにもないので、訊かなければ分からない。
陽太は上着のインサイドポケットからあるものを取り出した。
「…………便箋?」
「自白する直前に小晴が書いた手紙だ」
あっさりと明かされた情報に、私は驚愕した。
「え、えぇ? そんなのあったの?」
「俺の部屋に隠されていた。見つけたのは昨日だ」
陽太の部屋に隠されていたということは、おそらく小晴が兄に宛てた手紙だろう。
「ど、どうして読んでないの? 陽太が先に読んでくれないと」
「気遣いどうも。でも、俺は読まないからお前が読め」
「はぁ?」
陽太はシスコンだ。だから、妹が遺した――あ、また殺しちゃった。じゃなくて――残したメッセージを読まないだなんて選択するはずがない。もしかして、目の前にいる陽太は偽物か? 偽物なんだろ?
「そうなんだろ?」
「なにがそうなんだろだよ……」
というのは冗談で。
「どうして読まないの? 小晴が、あなたに宛てた手紙なのに」
「…………怖いんだ」
怖い?
「アイツがなにを考えているのか、分からない。少なくとも、供述の『人を殺してみたかった』は嘘に違いない。小晴は、そんな人間じゃあなかった」
「…………」
「でも、本当の動機は? どうしてアイツは、自分の恋人とその母親を殺すような真似をしたんだ? 母親のほうは金銭トラブルとかニュースでやってたけど、そんなわけがない。小晴は借金が嫌いだった」
小晴は、借金が嫌い――初めて知った。頭の中に永久保存しておこう。これでまた、私の中の小晴の解像度が格段に上がった。借金が嫌いという情報からも様々な推測が立つ。
「事実を知るのが怖いんだよ。知りたいって気持ちもそりゃあるさ。でも、もし、小晴が本当に、最悪な、奴だったら、……俺は耐えられない」
要するに、妹に抱いている幻想を壊したくないってことか。
でもそんなの、ただの臆病だ。
「ビビり」
「知ってる」
「まあ、別にいいけどさ」
陽太がどんな人間であろうと、この件にはまったく関係のないことだ。
それよりも、早く手紙を確認しよう。
「じゃあ、私が読むから。覚悟が決まったら、陽太も読んでね」
この遺書――じゃなくて。私は小晴を殺すのが好きなのか?
死んでほしいと思っているわけじゃなくて、一緒に死にたいだけなのに。自分の手で殺したいだけなのに。
あー、煩悩が脳みそを埋め尽くしている。一度誰かにぶん殴られたい。そのまま記憶喪失になって小晴のことも自分のこともなにもかも忘れてしまいたい。
「そういうわけにもいかないんだなー」
小声でくそどうでもいいことを呟きながら、私はようやく陽太から便箋を受け取る。
そして、陽太に偉そうなことを言っておきながら、私も少し怖がっていることをやっと自覚したので、すぐさま覚悟を決める。格好付けたいので、なるべく手短に。
よし、決まった。
投げやりなだけかもしれないが。
どっちでも変わらない。
「……おけ」
読む。
『大好きなお兄ちゃんへ』
…………。
『本当にごめんなさい。わたしのせいで、たくさんの人に迷惑をかけます。お兄ちゃんには、とくに。絶対に許さないでほしいです。わたしのことを憎んで、そしていつか忘れてほしいです。できれば、後処理とかはお母さんとお父さんに丸投げしてください。お兄ちゃんはなにもしないで。普通に、幸せになってほしいから』
…………。
『どうして、わたしがこんなことをしたのか、気になっていると思います。とても身勝手な理由です。わたしはただ、消え去りたかっただけです。詳しく説明すると、わたしには好きな人がいます。藍桐くんではないです。女の子です』
…………?
『わたしの恋はきっと報われません。なぜなら、わたしの好きな人は女の子だからです。この片思いがハッピーエンドを迎えることはありえません。だから、わたしは逃げ出したかったです』
「…………あ」
『つらい気持ちになるのが嫌です。一緒にいても、嬉しいのに悲しいです。それだけの理由で、わたしは、人を殺しました。なるべく、酷いやりかたで。そして、酷い動機を作って。無期懲役――は難しいかもしれませんが、二十年くらいはいなくなれる。そのくらいで、十分だと思います。もう、二度と会いたくない。好きなのに、おかしいですね。おかしいのも、嫌です』
「…………おい、柚子?」
陽太の声を無視して、私は手紙を読み進める。
『なんか、文章が変になっています。えっと、最後に、お兄ちゃんにお願いがあります』
逃げられない。
『わたしの、好きな人に、伝えておいてください。今までありがとう、って』
読まなきゃよかった。
『柚子に、伝えておいてね』
「ほら、ハンカチ」
「……持ってきてんの、意外」
「ハンドドライヤーが嫌いなんだよ」
涙が溢れる目元を、ハンカチで拭う。悲しいとか、そういう涙ではなく、勝手に流れた無意識の涙だ。
だって、私に悲しむ資格なんてないのだから。
「…………最悪」
こんな手紙があるなら、私は人を殺す必要なんてなかった。
今までたくさん、人が死んでいく姿を見過ごしてきた。だから、初めて人を殺した時――昨日、梔子さんを殺した時、なにも思わなかった。今思えば、殺す必要なんてなかったのかもしれない。
口封じのためとはいえ。
あそこで、兄に気を遣う必要なんてなかった。
もし、梔子さんが警察に通報したとして――それで、芋づる式に兄の犯罪がバレたとて。
だからなんだよ、というだけの話だ。
逃れる必要なんてなかった。
なんで。
どうして。
私は兄を守ろうとした、なぜ?
「……………………」
兄のせいだ。
と、本気で言えたらよかったのに。
あの選択をしたのは、正真正銘私なのだった。
そして。
「…………」
私があの時、勇気を出していれば。
「…………あは、はっ!」
笑いが込み上げてきた。
「あははっ、あは、ぁは、っは、あはっ!」
作り笑いではないのに、乾いている。
小晴への恋心を自覚した、その日の朝――もし私が勇気を出して、小晴に告白していれば。
気持ちを伝えていれば。
こんなことには、ならなかった。
「柚子、おい、どうした?」
「ははっ、はぁ、っは、あはっ」
笑え。
笑えば。
笑ってしまえ。
笑われる前に笑え。
全部。
全部全部全部。
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部!
私のせいじゃないか。
「おにい…………、じゃなくて、陽太」
「おい、大丈夫か? おいっ!」
その場に吐いていたことに今気付いた。手紙は無事だったけど、無事じゃなきゃよかったのに。
吐瀉物もそのままに、私は立ち上がって、そういえばと思い出したように、便箋を陽太に返してやった。
「読みなよ、陽太」
「な…………」
「全部、分かるから」
もういい。
なにもかもが。
「今までありがと、陽太。大好きだよ」
「…………おかしいぞ、お前」
「おかしい?」
そんなの、当たり前だ。
「おかしいか。おかしい? おかしいって…………、あはっ!」
「…………」
ドン引かれている気がするけど、気にせず。
「だって」
だって私は
「小晴」
の好きな人で、小晴
「の友達なんだから」
変人好きな小晴。もしくは、変人は操りやすいだけなのかもしれないが。
そんなことは本当にどうでもよかった。
店を出る。後片付けを陽太に押し付けっぱなしで、申し訳ないという気持ちが一ミリも湧かなかったことに人生で最も清々しさを感じた瞬間だったこと。
「あはは」
思わず、笑ってしまう。
別に笑わなくてもよかった。
「…………両想いだったのかあ」
嬉しいと思えない自分に嫌気。
結局、私のしたことはすべてが無駄だったうえに、ただのマッチポンプでしかなかった。
そらからそらがおちてくるようなかんかくにおそわれてあたまのなかがふわふわとゆらぐ。
後悔の結晶が上空から雪崩のように降ってくる。きっと災害だった。
梔子さんを殺した。
私も、人を殺した。
小晴と、同じ。
「仲間だ」
くだらないと思った。
また吐いてしまう、まるで初めて大麻を吸った時と同じ感覚。
身体が自由に動かせるのに、なぜか意識がはっきりとしない。
きちんと障害物を避けられるのに、頭の中は混濁しきったまま。
胃が痛い理由はストレスでもなんでもない、ということを再確認しながら。
また、吐いた。
「…………なにこれ、えっと?」
いつの間にか、自宅の前にいた。ゲロをまき散らしながら歩いてここまで来たのか、と世間体が云々で不安になりそうなことを自覚しながら私は帰宅した。玄関で靴を脱いで、ふわふわな意識を靴下を脱ぐことで余計に悪化させて、洗濯カゴに靴下を入れた。妙に暑いので、着ていた服を全部脱いで下着だけになった。全部じゃなかった。
「あれ、おねえちゃん…………。なんではだかなの?」
「…………え?」
自分の身体を確認すると、裸ではなかった。
「裸じゃないけど」
「はだかとおんなじだよ。それで、ひとまえでるの…………?」
出ない。
「部屋で着替えるよ」
「そう…………、あ、わたしのへや、ぜったいにはいっちゃだめだから」
「うん」
妹の部屋なんて、用があっても入りたくはない。
自分の部屋に戻り、制服を探す。
なかった。
部屋着に着替えてから、私はリビングに向かった。
途中でトイレに行った。
用を足した。
用というのはおしっこじゃなくて、吐いた。
流石に、室内でゲロをまき散らすわけにはいかない。いや、外も同じか。
「…………」
よし、死のう。
兄に連絡をした。
『死にたいから、誰か私を殺してくれる人紹介して』
メールで。
返事がきた。
『死ぬ前にあの動画は消しとけよ』
兄が女の子を無理やり連れ込んで集団でレイプしてる一部始終を録画した証拠動画については爰々ちゃんに送った。だってあの女の子、爰々ちゃんの妹でしょ。
とか、そういう意味のない設定を付け足して、風呂敷を広げてみたり。
「…………」
もういいや。
陽太は妹が殺人で捕まったあとも私に優しかった。
妹はいつもと変わらないけど、部屋に誰かを呼んでいるみたいだった。どうやら、悪いことをしたら友達ができたらしい。中学生は悪さに憧れる時期だから、それを狙って兄が助言したのだろう。おかげで友達ができたみたいだ。
私が兄を嫌っている理由は、兄が私の友達の大事な人を傷付けて自殺に追い込んだからだ。ちなみに友達が爰々ちゃんでその大事な人が爰々ちゃんの妹。当時、兄は中学生で私が小学生。爰々ちゃんは私と同い年。中学は違ったけど、同じ小学に通っていたよ。
家庭内暴力は別にいいんだよ、私殴られるの嫌いじゃなかったし。
痛みは人を安心させてくれる。だから私はいっつも兄にくっつきまわってた。
兄を嫌いになってからも、嫌な気分になりたかったから。
イヤミスが好きです。
「……………………」
私は変人だった。だから、小晴と仲よくなれたのかもしれない。そう考えると、小晴が変人好きじゃなかったら、私は変人ではなかった――あれ、論理的に崩壊している?
意識がぼやけて、なにも見えなくなった。
「痛い」
ただ転んだだけだった。
顔からいったから、鼻が潰れた。血が出ているような気がして、私はティッシュを取りにどこかへ行った。
テーブルの上からティッシュを三枚ほど出す。
血は出ていなかった。
柚子ちゃんの趣味は読書だったりします。




