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9(最終話)

「こんばんは」

「…………こんばんは」

「お久しぶりです。私のこと、覚えていますか?」

「あなたみたいな個性的な人を忘れるわけないでしょう」

「光栄です。今、お時間ありますか?」

「ありますけど」

「お話、聞かせてもらえますか?」

「はい」




 ドレスで着飾った刑事――なんて実在するわけがないと思っていたのだけど、こうして目の前にソレが存在している以上、認めないわけにはいかなかった。


 久しぶり――とはいえ、会っていない期間はせいぜい一週間くらいだ。まるでラブラブカポーみたいな体感時間の経過だな、とくだらないことを考えながら私は芹梨さんの隣を歩く。とても目立っていて、とてもじゃないが刑事に向いているとは思えない。そりゃ、潜入捜査とかする人ではないんだろうけど。


 そもそもの前提が警察に向いていない。


「私の髪、どうですか? 最近染めたんです」

「…………いいんじゃないですか」


 芹梨さんの髪色は、前会った時と変わっていた。前は透き通ったような白い髪で、今は太陽の光を反射して煌めく金色。ついでに長さも三ミリくらい短くなっていたけど、そんな細かいところに気付いたとて気持ち悪いだけだろう。


「どっちでも綺麗ですよ」

「お世辞でも、ありがとうございます」


 それはお世辞ではなかったが、感謝されるのに抵抗はなかった。


 ……さあ、くだらない世間話はこれにて打ち止め。


 私が考えなくちゃならないのは、芹梨さんの目的である。いきなり家に凸ってきて、いったいなにを企んでいるのだ。


 梔子さん殺害の件がバレたか、小晴の動機偽造がバレたか、また話を聞きにきたのか――友達として喫茶店巡りに誘ってくれただけなのかもしれない。もちろんそんなわけがないしそもそも友達ですらないが。


 ちなみに、目的地は喫茶店である。前回とは違う場所の。


「今日は私が払いますよ」

「いえ、私のほうが大人ですので」


 本当にそうだろうか、と私は芹梨さんを疑う。身長があまり高くないうえに童顔だから、初対面の時は同い年かと思ってしまった。というか、今でも若干半信半疑だ。疑いが晴れる気配はない。


「自分でお金を稼いで、自分で生活できれば大人です」


 私の内心を読んだのか(それとも顔か口に内心が出てしまっていたのか)、芹梨さんがそんな弁明を吐いた。興味が惹かれない話題だったので、私は返事をしなかった。


 ていうか、そんなこと考えてる暇はない。


「アルコールの入ったモカシェイクが飲みたいですね」

「…………いや、共感を求められても」


 芹梨さんの好物と私の好物はあまり一致していないみたいだった。お酒が苦手な私である。どんなお酒だろうが、においでギブアップする。兄に無理やり飲ませられて何度も吐いた思い出があった。消したかった。


「私は未成年ですよ」

「奇遇ですね」


 奇遇ですね……?


「冗談です。未成年は警察になれませんから」

「…………そうですよね」


 冗談に聞こえないし、なんらかの非合法な手段を使ったんじゃないかという疑いがより強まった。


 未成年でなくとも、まだ二十歳未満なんじゃ……?


「二十歳以上ではあるんですよね?」

「…………」


 なぜ黙る。

 結局、くだらない世間話に花を咲かせてしまった私たちは、しばらくして適当な店の中に足を踏み入れていた。


「メニューが少ないですね」

『私はアイスコーヒーで』

「佐藤は必要ですか?」

「砂糖は必要です」

「佐藤は…………」

「いりません」


 芹梨さんは私の知らないよく分からない種類のコーヒーなのかどうかすらも分からないしそもそも飲み物なのかどうかすら分からないものを頼んでいた。私はアイスコーヒー。


 括弧付けて頼んでみたけど、コーヒーはそこまで好きじゃあない。飲めるけど飲めるだけ、という程度だ。吐き出してしまうくらい嫌いというわけではないし、出されたら飲もうと思えるくらいには好き。イコール好きじゃない。同じことを繰り返しているだけ。


「椛椿小晴さんは依然として事実を認めません」


 唐突に、芹梨さんが話を切り出した。


「…………いきなりですね」

「少なくとも、椛椿さんがひとりの人間を殺してしまったのは事実です。ですから、事実の細部については、正直どうでもいいと思っているのですが…………」


 刑事失格だな、と私は笑おうとした。別に面白いわけではなかった。


「事実がどうでもいいと?」

「真面目に働く気はありません。私が警察官という職に就いた理由なんて、ただの気まぐれですから」

「本当に刑事失格ですよ」


 気まぐれで警察になれるのか。私もなってみようかなと思ったが、兄は絶対に反対するだろう。……あ、兄はもういないんだったっけ。


 そうだ、兄はもう私の前から消えたんだ。よかった。


「私は、連日の取り調べで疲れています。できれば、早く本題に……」

「お兄さんが捕まってしまったんですよね、ご愁傷様です――って、こういうときに言うんでしたっけ?」

「……………………」


 その件について話を聞きに来たのだろうか?


 私は爰々ちゃんに動画を送信したが、爰々ちゃんは私が動画提供者であることを警察に言わなかった。どういう手段を用いたのかは不明だが、どうやら隠し通せたみたいだ。

 と思っていたのだけど、まさかバレたのか?


「あなたがあの証拠動画の撮影者であることは秘密にしておきましょう」

「…………え?」


 バレてたらしい。

 でも、どうして秘密にするんだ? 児ポ所持は重罪だから、野放しにしてはマズいんじゃないか?


「どうしてですか?」

「独り言を聞かれてしまいましたからね」

「…………」


 理由が想像以上にくだらなかった。あんな情報、もうほとんど覚えていないのに。役にも立たなかったし。


「…………それで、本題は?」


 少しだけイライラしてきた。私は自分で思うよりも気が短いで無名なのだ。そんなので有名なわけないだろ、冷静にきちんと自分の力で考えてろボケが。

 と、どんどん口調が荒くなってきているので、どうやら私は本当に苛立っているらしかった。


「あなたとお話がしたかっただけです。とくに用はありませんよ?」

「……………………は?」


 そんなわけあるか。いや、他人についてなにかを決め付けるのはよくないというのは重々承知でだからなんだという話で。え、本当になにもなかったりするの? マジでなんの理由もなくただ? 本当に?


「聞きたいこととか、そういうのもないんですか?」

「あります」


 あるのかよ。


「私が聞きたいお話は、椛椿小晴さんの家庭環境についてです」

「………………」


 なるほど。


「小晴の家庭環境について、ですか」

「分からないことがあったので」

「陽太から聞き出せばいいじゃないですか」

「取材拒否だそうです」


 取材って……。取り調べだろ、これは。


「それに、柚子さんはそのことを知っているのでしょう?」

「…………」


 もちろん、当たり前に知っている。だけど、それを無関係の第三者に教えてやるだなんて、普通に嫌だった。


 私の知る小晴の世界を、赤の他人に共有したくない。私だけのものではないし、手遅れだし無意味な抵抗だけども――でも、目の前のドレス女こと芹梨さんに教えるのは嫌だった。相手が芹梨さんじゃなくてもね。

 芹梨さんは特殊なだけで、特別な相手ではない。


 それはさておき。


「嫌です」

「でしょうね」


 丁重にお断りさせていただく。




 世界でもっとも無駄な時間だった。おそらく、お互いにとって。


 芹梨さんは欲しかった情報を得られなかったし、私は最初っから刑事に用などなかった。ただ無意味な雑談に興じただけで、本日の大半を消費してしまったことに若干の後悔がないでもなかった。


 今日は、人生最期の日だし。


 喫茶店からの帰り道、私はある人とばったり出くわした。


「柚子ちゃん、もう学校やめたんですかぁ?」

「…………えっと、確か」


 藤綿背弧――とくに仲よしなわけでもなく、なんならついこの間まで存在自体を忘れていたクラスメイトだ。私のことをちゃん付けプラス名前で呼んでいることから、友達だったことはあるらしいと推測。


「藤綿さん」

「いきなりよそよそしくなりましたねぇ。昔みたく背弧ちゃんと呼んでくれてもいいんですよぉ?」

「………………背弧ちゃん」

「うふ」


 語尾をイライラする具合に伸ばす彼女はいったい、どんな用があって私に声をかけてきたのだろうか。わざわざあっちから話しかけてきたということは、きっとなんらかの目的があるはずだ。


「どうしたの? なんか用?」

「……冷たいですねぇ。用がなきゃ話しかけちゃ駄目なんですかぁ?」


 はい?


「用があったわけじゃないの?」

「ありませんよぉ」


 それは、なんというか、意外だった。

 ………………うん。


 本当に心の底からどうでもいい邂逅だった。さっきの芹梨さんとの雑談のほうが百倍は生産性があったと断言できるくらいに、今過ごしているこの時間は無価値だ。今すぐ切り上げて、家に帰ってしまったほうがいい。


 今、家の雰囲気がちょっと最悪だから、帰りたくないという気持ちも。


「まあ、なんでもいいか…………」

「ん、どうしたんですかぁ?」

「ちょっと急ぎだから、そろそろ行くね」

「分かりましたぁ。また会いましょうねぇ」

「………………うん」


 本当に心の底から、本気でそう思っているんだよ。どっちだっていい、って。

 会おうが会わまいが、帰ろうが帰らまいが、死のうが死なまいが。




 面会。


「……柚子、久しぶりだね」

「本当だにゃん。二度と会えないとか言っておいて……」

「それは、本当に、ごめんね…………」

「どういたしましてだにゃん」

「ん…………、ああ、伝言の答えね」

「あの手紙、読んじゃったにゃん」

「………………え? 嘘だよね」

「本当だにゃん」

「なんで」

「あなたのお兄ちゃんが臆病者のチキンだったから」

「………………はあ。なら、仕方ないね……」

「にゃん。そっちの返事も聞いておくかにゃん?」

「ぜひ、遠慮するね」

「だろうにゃー。…………今、苦しい?」

「前よりはマシだね」

「そっか……………………」

「ん? 言いたいことがあるなら言ってね」

「言えにゃいことだから、ごめんにゃ」

「そういうの、わたしにもあるね」

「みんなあるに決まってるにゃ」

「柚子、言ってね」

「…………後ろにいるんだけど」

「え、人前じゃ無理なことってこと?」

「そういうことってことってことってこと」

「ことことうるさいね」

「許してにゃん」

「……………………ねえ」

「にゃん?」

「どう、思った?」

「真面目に答えてあげよっか?」

「…………お願い」

「……………………」

「……………………」

「……………………嬉しかった、よ」大嘘だった。



 

 小晴の両親は教育熱心な人らしい。子どもを複数の塾に通わせて、遊ぶ時間なんて作らせてあげないの。


 だけど、残念ながら小晴は良い子じゃなかった。通っていたほとんどの塾で問題を起こした結果、通う塾はひとつだけになって、遊ぶ時間も増えた。両親も、小晴を腫れ物扱いするようになった。


 どうして、小晴は問題を起こしたの? 遊べず勉強漬けにされたストレスに決まってんじゃん。


 というのがあの子の家庭環境なわけだけど、別にそこまで酷かったわけではない。まともな愛情を示してくれる身近な人が兄以外にいなかったせいでこういう事件が起きたんだと、主張できないわけではないが、それもまあまあ高難易度だと思う。


 芹梨さんがどうして小晴のバックボーンを知りたがったのかは謎だけど、きっとそこまで価値のあるものではない。いや、私にとっては無価値でも、あの風変わりな女性刑事にとってはお宝だったのかもしれない。


 どうでもいい。


 だからなんだ。


 そんなことより。


 あーあ、伝えちゃった。

 小晴からも、台無しにしちゃった。


「私も、好きだったよ」

「………………いや、じょ」

「冗談じゃない」

「…………」

「冗談なんかじゃ、ない」

「…………そ、そんな………………」


 昨日の面会は最悪だった。


 私は結局、するはずじゃなかった答え合わせを小晴の前でしてしまった。


 小晴に、自分のしたことが本当に無意味であるということを、気付かせてしまった。


 久しぶりに会えて、心が弾んだ。


 嬉しかった、と素直に思えた。


 でも、結果はガラクタ。

 ゴミ収集車が転倒して、散乱したゴミみたいな有様の私は。


「………………」


 昨日の小晴との会話を頭の中で繰り返しながら、私は自宅に戻ってきていた。


 果たして、私にこの家の住人たる資格はあるのだろうか。


 兄が最悪な犯罪で捕まったおかげで、柊桜家はわりと散々だ。どうやら、私たちの個人情報がSNSに拡散されているらしい。そのせいで引っ越さざるを得なくなって、とりあえず今は母親の実家に避難してきているのだけど。


 ちなみに現在、妹は引きこもっている。学校か外かで、心ない悪口でも吐き捨てられたのだろう。人の悪意に対する耐性が微塵もない精神年齢小学生未満の蜜柑ちゃんなので、おそらく次に復活するのは三年後あたり。妹が引きこもるのは、これで二回目だった。


 親は精神的に参っているみたいだし、仕事は辞めてしまったようだ。親の現状についてはおばあちゃん伝にしか知らないので(ママパパどっちも無言になってしまった。陰キャ化だろうか?)、何ひとつ断言できることはないのだけど。


 まあ、要するに、アレだ。


 私が家庭を壊してしまった。


 だって、私が爰々ちゃんにあの動画を送り付けたせいで、兄の犯行が明るみになったのだから。


 すべてが私のせいで、家族はまだそれを知らない。教えてやりたい気持ちもあるけど、殴られるのが怖いので、生きている間は秘密にしておこうと思う。死んだらもう関係ないから、遺書で教えてやろうかな。


 ああ、夢が広がらない。


 世界が、ひとつ終わろうとしている。

 もっとも身近な世界が。

 それなのに、私の心はあまり動かないのだ。


「………………」


 今日の深夜に、私は殺される予定である。


 兄に頼んでおいたあの件――結局私は約束を守らなかったどころか最初から破っていたわけだけど――『死にたいから、誰か私を殺してくれる人紹介して』、というおねだりに、兄は快く応えてくれた。


 ひとり、紹介してくれたのだ。

 プライバシー保護の観点から、ソイツの名前を公開することはできないので何卒。


「……………………はあ」


 最期の一日なのに、やる気が出ない。なにかしようという気概さえ見受けられないぞ。


 なんの目的もない人生だった。本当にちっぽけで、くだらなくて、そんな矮小な存在が原因で、色んな人が壊れた。命が終わった人、人生が終わった人、関係が終わった人。


 すべて、私が終わらせたけど。


 梔子さんを殺した時、私は兄を無意識に守った(守ったというか、庇ったというか、隠蔽したというか)。ということは、もしかしたら私の心の奥底には兄を愛する気持ちが眠っていたんじゃないかという期待があったのだけど、全然そんなことはなかったというわけで。


「…………ん」


 自室でしばらくぼうっとしていると、スマホが鳴った。

 ぷるるる、ぷるるる。


「電話だ………………」


 誰からだろ、と私はスマホを手に取って確認をする。

 皐梓萌々――ああ、あのオタクくんか。


「もしもし?」

『あ、もしもし。久しぶりだね、柊桜さん』


 ゲーセンでの放課後デート(存在しない記憶)以来会っていなかった萌々くんだけど、あまり久しぶりという感じがしない。彼のことはすっかり忘却していたから、もう久々とかそういう次元ではないのだ。


 きっと、彼はすべてを知っているのだろう。でなきゃ、私を引き留めようとするはずがない。どうして知っていたのかは知らないが、もしかしたら小晴は塾の生徒たち以外にも相談をしていたのかもしれない。爰々ちゃんとか、怪しいと思ってるんだけど、どうかな?


「この前はごめんね。私にも事情があったの」

『…………どうして謝られているのか訳が分からないけど、お腹はもう大丈夫?』


 絶対に分かっている口ぶりでそんなことを言う萌々くん。まあ、なかったことにしてくれるのはありがたい。


「大丈夫だよ。それで、なんの用なの?」

『用とかは、とくにないけど…………』


 またそれか。藤綿さんも用なしで私に話しかけてきたけど、用がなくても話しかけたいと思うくらい私は魅力的な人間なのか? 否、そんなわけがなくてそんなことを言っちゃう自分に苦笑してしまった。


『なんとなくだよ』

「そうなんだ」

『あと』


 萌々くんは、少し間を空けてから言った。


『また、遊ぼうよ。…………っていうお誘い』

「………………はい?」


 え、どゆこと?


 いったいどういう思考回路をしていれば私を遊びに誘うだなんて蛮行を許可できる脳を持った人間として実存できるのか興味と関心が津々で思わず研究者を志望してしまいそうだった。


『あの日、ちょっとだけ楽しかったんだ。だから、また一緒に出かけたいなあ、と思って』

「…………」


 ()()

 またまた、と萌々くんの言葉をお世辞にしてしまうことが私にはできたけど、私はそれをせずに、ただ黙った。


 勘違いしてほしくないけど、別に感情が動いたとかそういうわけではない。信頼できない語り手である私であっても、それだけは信頼してくれないと病んでしまうので信じてほしい。


 ただ、なんというか。

 切ない――とは少し違う。

 世知辛い――みたいな感じだろうか。

 つらいいきにきぃ。


「………………うん、いいよ。分かった」

『本当? ありがとう、柊桜さん』

「柚子でいいよ。じゃあね」


 言ってから、返答を待たずに電話を切った。彼が私のことを柚子と名前で呼ぶ日はどうせ訪れない。


 それが可笑しくて、私は電話が切れたあともしばらく笑っていた。


 それにしても、萌々くんはあの日楽しんでいたのか。とてもびっくりした。今まで本当につまらない人生を送ってきたんだね、かわいそうに。同情も共感もなにもしないけど、まあドンマイ。切り替えていこう。これから幸せになってね。


 無責任な言葉を頭の中でいくつか並べながら、私はその時を待つ。


 おばあちゃんが用意してくれた私の部屋――ちなみに妹と同室である――を出たり入ったりしながら(妹への嫌がらせ行為である。現在時刻は言わないが、もう寝る時間)、私はメールがくるのを待っていた。


 あの人から。


 そして、五分後。

 ぷる。


 スマホが鳴ったので、私は部屋を出た。




 私はきっと、最低な人間だ。


 嫌なことがあれば、もしくはあると分かれば、すぐに逃げ出してしまう。面倒事を見なかったことにして、そのまま有耶無耶にしてしまう。でも結局できなくて、後悔する羽目になる。


 その繰り返しが永遠としがらんだ結果、私は高校二年生という若さで死ぬことになった。


 これは運命ではなかったのかもしれない。


 回避できた結末だったのかもしれない。


 事実の後ろに『~かもしれない』を付け足すことで、あたかもそうでない可能性が残っているという風にできる『こうとう』テクニック。別に口頭限定ではないので、上手くはないけど。


 くだらないことは抜いてしまってください。


 私は助手席に座って、まるでアダルトビデオで画面に映っている性器みたいにぼやけて見える景色をぼんやりと見つめていた。ぼんやりと見つめているから景色がぼやけて見えるのではないかという意見も、受け入れよう。


 隣の運転席に座る人が、しつこく私を口説いている。もちろんすべてスルーしているけど、本当はきちんと対応するべきなんじゃないかなと今になって若干後悔し始めている。口説かれ始めてからすでに二十分以上経っている今では、きっともう手遅れなんだろうけど。軌道修正は難しいので、しません。


「………………」

「きみ、ホンマに可愛ない? めっちゃ可愛いで。なあ、ホンマにモデルやってへんの? あ、てか、なんで死にたいん? 死ぬんならその前に一個お願いがあんねんけど…………」


 無視。


 ちなみにこの方言っ子ちゃんが私を殺してくれる人です。


「あ、もしかして経験なかったり? なんやったら死ぬ前に一度経験しとこうや。後悔はさせへんで。ほら、絶対に気持ちようしたるから。そやさかいお願い、ヤらして!」


 さっきから同じ話しかしないな、この人……。ずっと私になにかをお願いしているけど、諦めるという選択肢はないのだろうか。いやまあ、気持ちは分からなくもな――いや、分からなかった。そういえば私、あっさりと小晴を諦めてたな。なんの話か分からないという人は、一話から見直してみ――じゃなくて、考えろ。


 最近の若者は自分で考える力が不足しているらしい。


「不安かもしれへんけど、うちが保証するで。きみを天国に連れてったる。期待してもええねんで? それに、うちって結構イケとるやないか? ならええやん。うちとヤって満足せーへんかった女の子はおれへんで」

「……………………」


 この世界には、色々な世界があるんだなあ、という感想を私は抱いた。


 私や、小晴だけじゃない。たとえば、隣の彼女――さっきから私を口説くのに必死な大学生くらいの運転手の世界は、おそらくかなり広い。初めて会った私を口説くぐらいの積極性があるのだから、きっと日に日に世界は広まっていくはずだ。真の幸せを掴むのは、きっとこういう人なのだろう、と私は思う。


 たとえば、萌々くんの世界は狭いのだろう。友達がいないというわけではないらしいけど、私と遊んで楽しいとか思ってしまうくらいにはつまらない日常を過ごしていた。刺激的じゃない、と言うのか。だから彼は、私に期待をしている。その期待はいずれ打ち砕かれるのだけど、その光景を拝むことができない私はきっと世界一の不幸者だ。


 たとえば、芹梨さんの世界は広いのだろう。警部補ってことは、きっとキャリアなんだろうけど――気まぐれでエリートになれる優秀な頭脳、そして私なんかと友達になれる受容力。高校生だったら超高校級だし、それより上だったら元・超高校級という称号が授与されていてもおかしくないくらいだ。


「あ、もう着いてもうた。結局、一度も返事してくれへんかったなぁ。まあ、別にええけど。どうせ殺す相手に情が移んのはマズいからな。経験談やから、参考にしてええで」

「………………わざわざ、ありがとうございます」

「やっと喋ったか!」


 この人、声が大きい……。


「こんなガソリン代すらも出せない小娘を、この遠くまで送っていただいて」

「年下で後輩の、しかも世話になった人の妹からガソリン代取るわけあれへんやん」


 私なら絶対に取る。なにを犠牲にしてでも、必ず取る。


 ……てか、年下で後輩の、しかも世話になった人の妹の処女を狙っていたのか、この人。


「ほんで、どんな死にかたがええ? じわじわ苦しんで死ぬか、痛みもなんも感じへんでぽっくり逝くか」

「後者でお願いします」


 苦しみからも逃げるのが私流。だけど、ほとんどのみんなは後者を選ぶはずなので、別に私だけが特別なわけではない。むしろ私はキングオブ普通の一般人でノーマルで反アブノーマルだ。マイナスにマイナスをかけるけど一桁って感じ。


「おっけい!」


 さて。


 そろそろ本当に、すべてが終わる。


 常時、誰かに甘えっぱなしだった人生も。


 この期に及んでまだ、死にたくないと思う自分に期待している馬鹿な私も。


 そして。


 この恋心も。


 もうすぐ、すべてが壊れて直らなくなる。


 …………そういえば。

 失恋って英語で、ブロークンハートって言うんだっけ。

 あ、たこつぼ型心筋症のことは一旦忘れてもらってかまわないからね。


 ブロークンハート、か。まだ壊れていないから、ブレイクか。


 もうすぐ壊される。


 恋も、心も。


 なにもかも。


「………………」


 遺言でも残そうかなあ、と迷ってみた。

 だけど、なにも思いつかなかった。


 オチもなく。


 ただ壊れるだけ。


 こんなの、幕とは呼べない。


 せめてもう少し、しっかりとした終わりかたにすればよかった――と、最期の最後で悔やんだ。

 ここまで読んでくれたみなさん、本当にありがとうございました!

 九話はかなり短いけど、きちんと完結してくれてよかったです。

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