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※ 本作はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。また、本作には犯罪行為及び刑罰法令に抵触する表現が含まれますが、それらを助長、推奨、誘引する意図は一切ございません。

「私は小晴が大好きなの。小晴のことならなんでも知りたいの。きっと、あなたはなにかを知っている。だからこそ、私になにも教えないんでしょ? でも、そんなことはどうだっていい。私は小晴が大好きなだけで、それはあなたも同じはず。あなたの持つ情報さえあれば、窮地にいる小晴を救えるかもしれない。だから、お願い」

「いや、なにを言われても無理なもんは無理なんだけど…………」




 近くに、爆破事故によって立ち入り禁止となった廃工場があった。いつ崩壊してもおかしくないレベルでボロボロの建物内に、私と梔子さんはいた。私は平然と、梔子さんは少し怖がりながら。


「どうしたの、もしかして怖い? まあ、ここ暗いもんね」

「…………いや、怖かないけど」


 そう言う梔子さんの声は震えていた。どうやら、かなり怖がっているらしい。


 さて、ここからどうしよう。


 まずそもそも、どうして私たちがこんなところにいるのかを私自身うっかり忘れてしまいそうなので、まずは意識を数十分くらい前まで巻き戻そうと思う。いや、本当にそんなことができるわけがないので、その作業は頭の中で行うことになるが。


「なにを言われても無理なもんは無理なんだけど…………」

「…………そっか。なら、諦めるよ」


 噓である。諦める気なんて、さらさらない。事件の真相を知ることを諦めるだなんて選択肢、私にはない。ここまで来てそれは、ただの愚か者だ。初恋の拗れかたがあまりにも複雑すぎる私が、これから先普通の生活なんてもう一生送れないのだから。永遠にフォーエバー引きずる。引きずって、しかも立ち直れないだろう。だからせめて、知識だけは欲しい。


 小晴を忘れることは不可能だ。たとえ私が神だとしても、私に翼があったとしても。いまさら、無理だ。


「なら、小晴の話をしない? 私は、自分の知らない小晴のことも全部知りたいから」

「…………それなら、いいけど……」


 訝しげにこちらを見つめる梔子さんに、私は人当たりのよさそうな微笑みを向けた。こういうのは苦手だけど、きちんとしなければ一人前にはなれない。一人前になれなかったら、私は人じゃないのかもしれないから。


 それから私たちは、色んなことを話した。先生に怒られる小晴、痴漢に遭った後輩を助けてあげた小晴、人を金属バッドでフルスイングした小晴、課題が提出できない小晴、テストの点数が過去一で喜ぶ小晴、誇らしげにする小晴、詐欺メールに引っかかる小晴、タピオカミルクティーをスカートにこぼしてその場で脱ぎ始める小晴、親が交通事故を起こした現場に居合わせた小晴、うちわを仰いでいる時にうちわが手からすっぽ抜けて先生の顔面に直撃したのを確認した瞬間教室から逃走する小晴、知り合いが経営している探偵事務所を冷やかしに行く小晴、目覚まし時計をハンマーで叩き壊す小晴、彼氏ができたことを嬉しそうに報告してきた小晴。


 話は、かなり盛り上がった。途中で私だけが憂鬱な気分になったりもしたけど、大いに有意義な時間だったと記憶している。だけどこの記憶は、さっさと消してしまいたかった。


「夏休みに、小晴と秘密基地を作ったんだ。ここから近いところ」

「秘密基地って……、柚子先輩って小学生なの?」

「…………違うよ。あはは」


 乾いた笑い声だった。


「かなり本格的に作ったんだ。あ、どうせなら見る? 今からでも行けるよ」

「え、いくいく! 小晴先輩が遺したものでしょ?」


 今までの私の言葉に疑問を覚えなかったり、『遺した』とか言っちゃってる時点で、梔子さんは事件のことを少なくとも大まかには知っているのだろう。そして、私が知らない小晴のことも知っている――と決めつけても大丈夫。


 まあ、間違っていたとしても問題はない。


「じゃあ、行こっか。着いてきてね」


 店を出てから、私は近くの廃工場に向かった。昔に、よく利用していた場所だ。小晴と出会うどころか、高校に入る前の話だ。妹はまだ小学生だったし、兄は高校一年生だった。それはさておき。

 ――というのがこの廃工場に来た経緯。


 そして、次はこれからの話。


 これから私がなにをしようとしているのかについては、流石に忘れない。


「…………あれ、なにもないけど」

「うん、ないよ」


 あるとしたら精々、中学のころに使っていたバールくらいだろう。


 私は床に放り出されていたバールを拾い上げると、勢いをつけて、まだ状況を理解していない梔子さんの頭に思いっきり振り下ろした。


「がっ……!」


 悲鳴のような声を一瞬で途切れさせながら、梔子さんが床に倒れた。


「…………っあ、あ?」


 気絶したわけではないらしく、すぐに顔を上げる。だけど、未だになにも状況を理解していないようだ。困惑が分かりやすく表情に表れていて、あと数分間はじっと見ていても飽きそうになかった。そんなことをする暇はないが。


 昔、悪いことに使っていた場所。


 たとえば拉致とか誘拐とか監禁とか薬物とか暴力とか傷害とか切断とか折損とか殴るとか蹴るとか潰すとか強姦とか殺害とか遺棄とか火葬とか盗難品の保存とか、お酒とか。


 それをしていたのは、私じゃなくて兄だったけど。


 なにもせずただ傍で見ていた私も結局のところは同罪で、それなのに兄を嫌う私はきっと、最悪で。


 同級生が三人死んで、ひとりが自殺して、もうひとりが生きたまま目を覚まさない。脳死を生きているとするのは少しピンとこない(私の個人的考えだよ! 多様性を大事にしてね!)ので死人にカウントしてよかったのかもしれないなとか頭の中で考えながら、近所の小学生の子がとある小児性愛者の政治家が買ったあの事件で、報復として政治家の息子を細切れにして梱包した作業を思い返しながら(手伝わされた)今日も私はのうのうと生きているので。


 この世界には因果応報がないということが実証されてしまった。被害者は救われない。


「梔子さーん?」


 私はしゃがんで、梔子さんと視線を合わせる。いつ反抗されてもいいように、バールを片手に持ったままで。だけど、本気で抵抗されたら、私はきっと負けてしまうだろう。暴力は得意じゃないのだ。


 だからその前に支配しないと。

 怖がらせなければ!


「………………な、なんでっ…………」

「さっき言ったでしょ。私、小晴のことが知りたいの」


 だから、教えてよ――嘘偽りない真実の願望を虚飾なく誠心誠意、真摯に発話した。

 教えてくれるよね、という圧を込めて。


「『須貝透乃』が偽名ってことを指摘しなかったよね? それなのに、梔子さんは私のことを自然に『柚子先輩』って呼んだ。私のことは知ってるんだよね? ねえ、教えてよ。なにか知ってるんでしょ?」


 非力な女の子にバールで一発頭を殴られただけで死ぬわけがないので、梔子さんは無事なはずだ。それなのに、彼女はなにも話そうとしない。返事がこなくて、イライラして、もう一発殴ってやろうかなという気にさせられる。


 らちが明かないので、強硬手段に出ると決めた。


 抵抗されませんようにと祈りながら、強引に梔子さんの手をこちらに引き寄せる。抵抗されなかったので、私はいとも容易く彼女の手を手に入れることができたというのは噓なのかもしれなかったが、これからもっと酷いことが起こる。


 爪を確認。手入れされていて綺麗だった。


 落ちている針を発見。昔にばら撒いた物だった。


 爪と指の間に針を刺してみた。


「ひっ、ぁ…………」


 その様子を呆けて見ていた梔子さんはどうやら、事態の深刻さに気付いたようだ。


 私が針を押し込むと同時に、梔子さんの口からかなり高い声が漏れた。


「ぃいっ、ぁ、っああ、っ!」


 もはや声なのかも分からない。モスキート音だったりすると厄介なので一瞬バールで黙らせようかなと思ったけど、それだと情報が聞き出せなくなってしまうことに気が付いた頭の良い私は仕方なくなにもしなかった。


 身体を固定していないので、梔子さんは針のばら撒かれている地面を転げまわって手は荒ぶって私は思わず手を離してしまって結果的に梔子さんは痛みを全身の動きで表す面白い人になってしまった。


「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!」


 うるさい。


 梔子さんがここまで痛みに弱い人だとは思っていなかった。見た目的にはまあまあギャルだし、そういう修羅場は何度もくぐっているのかと思っていたのだけど。


 私は爪を剥がされたことがあるけど、流石にここまで痛がってはいなかった。と思いたい。


 とりあえずやかましい梔子さんの頭にギリギリ当たらないようバールを振り下ろす。先端が地面に突き刺さって、少し取るのに苦労したけど、隙は見せなかった。


 梔子さんの動作が停止。


「っあ、あぁあ、あ、っ、あ…………」

「小晴のこと、教えてくれる?」


 大粒の涙を垂れ流しにしながら唸る梔子さんに、優しい声色を作って訊いた。それは、質問ではなく命令なのかもしれなかった。これ、何罪に該当するのだろう、とどうでもいいことも考えてみた。


 恐喝? 脅迫? 傷害? 道路交通法かも。そういや、不法侵入については梔子さんも同罪だ。


「お、おし、っえ、る、から…………」

「ん?」


 どうでもいいことを考えていたら、梔子さんの発言を聞き逃してしまった。


「はっきり喋ってほしいな」

「お、っしえる! 、からぁっ!」


 まあ、及第点未満だけど合格ってことにしておこう。定員割れではなく音割れするくらいの声量だったし、出来栄え点は+5してもいいだろう。いや、それ以外が酷いからやっぱり減点したほうがいいのか?


 どうでもいい。遊びで梔子さんを虐めているわけではないので。


「まずは事件について、知ってることをすべて教えて」


 お願いしてみると、梔子さんは息を荒くしながら、それでも応じてくれた。




「こ、小晴先輩にはっ、す、好きな人が、いて、でも、そ、その人とは、絶対に、結ばれない、からっ、は、離れようとした、の! けど」

「はっきり喋って」

「ったぃ……! あ、あ、わかり、まし、ぁ、っ」

「…………無理そうだね。しばらく待ってあげるから、さっさとして」

「な、らな、なぐら、ないで、っめ、たいっ、おね、がいっ…………! もう、続けない、でっ、は、なっ、せな……っか、ら、もう、止めっ、ってぇ、よぉ…………!」

「分かった分かった。もう殴らないから。言葉に詰まったからってバールで顔面を抉ったりしないから。だから早くして?」

「…………こ、小晴先輩にはぁ、好きな人が、いて……、でも、その人とは、絶対に、結ばれないって、分かってたみたいで、だから、その人から離れたいって、言ってた。だから、そのために使ったのが、藍桐先輩、で…………、ぇっぐ、あ、あの人は、自殺志願者、で、小晴先輩と、仲よくしてた、から、協力したの。小晴先輩は、藍桐先輩に命じて、母親を殺させた後に、藍桐先輩も殺した、の。全部、塾で相談してたから、小晴先輩の、悩みは、だから…………」

「もう分かったよ。ありがとね」


 私は梔子さんの喉にバールの先端を押し当てると、無理やりに引き裂いた。




 死体蹴り(梔子さんの頭を原型がなくなるまでバールで叩き壊す作業)をしながら、私は情報を整理する。


「小晴に、好きな人がいる…………」


 だけどそれは、絶対に叶わない恋だった。それがつらいという気持ちは、よく分かる。


「だから、離れようとした…………」


 私と、同じように――いや、もっと徹底的に。


 ……だけど、少し疑問が残る。どうして小晴は、そこまでやらなければいけなかったのだろうか。人を殺す必要なんて、本当にあったのだろうか。わざわざ無期懲役になろうとするだなんて、よっぽどの事情があったのではないか。


 なら、そこまでしないと離れられない相手だった――と考えるのが妥当だ。


 それは誰だ?


 そこまでしないと離れられないということは、相手は小晴の世界にいた人間――すなわち関係者であることは相違ない。しかも、かなり深い関係だったとうかがえる。


 まず間違いなく、学校の人ではない。もし好きな人が学校関係者(生徒あるいは教師)であれば、わざわざ無期懲役を選ぶ必要はない。そして、小晴が塾で恋の相談していたのであれば、塾の生徒も該当しないだろう。


 小晴は、その人と絶対に結ばれないことを分かっていた――か。


「…………」


 条件に当てはまる人間を、私は三人ほど知っている。

 容易に離れられなくて、かつ絶対に叶わない恋。


 答えは――小晴の家族だ。


『おい、なにか知ってるのか? いったいどういこtだ?』


 椛椿陽太からのメールを数日間無視していた。理由は単純で、普通に忘れていたからだ。でも、忘れている場合ではなかった。


 陽太は度を超越したシスコンだ。妹が人を殺したと知って、彼はどうなったのだろう。人生は台無しになってしまったかもしれないが、そんなの彼は気にしないだろう。


 自殺していないといいな、と思いながら私は彼に返信をした。


『明日、暇? 暇なら午後一時に駅前』


 送って、返信を待たずにスマホの電源を切る。というのは嘘で、返信を待つ暇もなくスマホの充電が切れた。画面が真っ暗になり、外も真っ暗なので、鏡としての役割すら果たしてくれない。


 …………さあて。


 どうしよう、と私は口に出してはっきりと言った。声が響く。


「梔子さんの身体、邪魔だなあ」


 しかも、返り血が私のあちこちに付着していて、中々取れそうにない。下着姿で夜の街中を歩いて電車に乗るくらいは楽勝でこなせる私だけど、世間が許してくれないのでその選択はない。


 先を考えずに行動した結果である。自業自得という四字熟語がふさわしすぎて困った。


 血まみれのまま外に出るわけにはいかないし、梔子さんを放置するというのもあり得ない。


 …………苦渋の決断。


 というくだりを、陽太からのメールに返信する前に頭の中で済ませていて、その時はスマホの充電が切れていなかった。


 というわけで、さっき助けを召喚しておいた。


 助け――処理を手伝ってくれる人。

 私のこの姿を見せても、大丈夫な人。


 最悪で最低で最狂で最凶で最恐で最辱で、柊桜家の恥で癌で害でゴキブリで、嫌悪によって鳥肌が打ち上がり虫唾が駆けるレベルの気持ち悪さを誇るアイツこと私の兄――柊桜八朔。


 私のために名字変えてくんないかな、アイツ。


 まあ、アイツが私のためになにかするってのはちょっと気持ち悪いし生理的に受け付けないし普通に無理だけど。


「失礼なこと考えてる顔してんな」

「あ」


 いつの間にか、背後に大きいリュックを背負った兄が立っていた。


「これ、どうにかして」


 梔子さんを指差して、私はお願いをする。今日はお願いをしてばかりだ。


 どうしようもない屈辱感に襲われるが、今回ばかりは本当に仕方ない。頼れる人間が兄以外にいなかったのだ。妹を頼ることも一応できなくはなかったけど、あの子をこういうのに関わらせるのは少し遠慮してしまう。


「…………テメェ、マジか」

「マジかってなに」

「まあ、いいけどよ…………」


 兄は途轍もなく面倒くさいという気持ちを顔の全面で表していた。だけどそんなの知ったこっちゃない。兄は、私の頼みを断れない立場にいるからだ。


 主導権は、私が握っている。


「ほら、テメェがやったんだから手伝えよ」


 言いながら、兄は私にゴム手袋を投げつけた。百均とかで売ってる、使い捨ての。いや、使い捨て用ではないんだけど、死体処理に使うなら流石に使い捨てなければならない。もったいないとか言えないじゃん。


「んなこと分かってる」


 手袋をキャッチして、装着。着替えるのは、すべてを処理してからだ。残念だけど、この制服はもう捨てなければならない。どうせ明日は休む予定なので、明日買いに行こう。……でも、私ってこれからも学生であり続けるのかな。


 寝袋に梔子さんを詰めながら、今後の立ち振る舞いについて考えていた。明日になれば、梔子さんの両親も警察に通報するだろう。そうなったらおしまいだけど、どう対処すればいいのか見当もつかない。


 ただ、私という存在が捕まれば、兄は困るはずだ。私というか、家族が捕まったら。


 芋づる式に、これまでの犯行がバレてしまう恐れがある。私のではなく、兄のね。


 だから、この件は兄がどうにかしてくれるだろう、と楽観的に考えてみた。


 くだらない。


「…………それにしても、運が良かったな」


 すべての処理を完了させ、兄が持ってきてくれた私服に着替えている最中のこと。

 兄は言った。


「コイツ、穂希だろ?」

「……そうだけど、なに?」


 やはり兄は、梔子さんのことを知っていたようだ。同じ高校だから、あり得ない話じゃない。


 梔子さんはきっと変人だし。目立つだろう。


「穂希はな、両親と仲がわりぃんだよ。お互いがお互いを嫌い合ってる」

「…………言いたいことは分かったけど、嫌いだからって通報しないなんてことある?」


 だって、親と子でしょ?


「親と子でも。きっと両親は喜ぶぜ」

「ふうん…………」


 なら、私は慈善事業をしたということなのかもしれない――なんてことはないか。自分で自分の考えに突っ込みを入れるって、なんか思春期の中学生みたいで痛いなとか。


 梔子さんの両親にとって、私はヒーローなのかもしれない。でも、被害者は結局のところ梔子さんなのだろう。穂希さん、と呼んだほうがいいか。ごちゃつくし。


 穂希さんは別に、悪い人じゃなかった。


 むしろ、良い人だったと思う。だって彼女は、小晴の味方だったのだから。


 悪いのはきっと、穂希さんの両親なのだろう――だって。


 たいていの場合、親子問題の原因は子どもじゃなくて親だから。


 だって、小晴はそうだったから。

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