聖騎士と王室騎士 (Paladin and Royal Knight)(1)
プリシラにとって、その事実は大きな衝撃だった。彼女は女王からの直々の手ほどきによって、アルカディアの歴史を深く学んでいたからだ。
「騎士であるということは、己が正しいと信じることのために戦うだけではありません。何がそれを正しくあらしめるのかを知ることなのです」
宿の裏庭の石畳に静かに座る彼女の脳裏に、女王の澄んだ声が響いた。
(ラインハルト・ロレーヌ……)
リオナラの不器用な剣の動きを目で追いながら、彼女は思考を巡らせた。
(大戦が終結する直前、王冠に仕えた最後の聖騎士。過去の伝説とも呼べる人物が、まさかこのような場所にいるなんて)
彼女の視線は、リオナラの隣に立つ騎士へと移った。ラインハルトは若いハイエルフの少女に、剣の正しい握り方を熱心に指導していた。
「……もったいないわよね」
隣に座るエレインが、ケトルヘルムを脱ぎ、頭を振りながら言った。
「あんな腕を持っていながら、こんなところにいるべきじゃないのよ。アルカディアに戻って、仕えるに値する統治者に仕えるべきなの」
「エレインさん、あなたにとってラインハルトさんはどのような存在なのですか? 確信を持って言えますが、レオナ女王陛下に願い出れば、彼の赦免を拒むことはないでしょう。ですが……それは本当に彼が望んでいることなのでしょうか?」
エルフの指が、抱えた兜を強く握りしめた。
「あんたには分からないわよ。この自ら課した煉獄は、彼の家族のしりぬぐいのために彼自身が考え出したものなんだから。王国を再建しようとしていた女王の名を汚したのは、あいつの一族よ」
彼女は奥歯を噛み締め、眉をひそめた。
「それなのに、あいつ自身は何一つ悪いことなんてしてないっていうのに!」
プリシラは、彼がリオナラに正しい素振りを教えている姿を黙って見守った。彼の表情には優しさが宿っていた。彼は他人を助けることを嫌っているのではない。ただ、自分の血管を流れる血に嫌悪を抱いているだけなのだ。
「……さて」
プリシラは立ち上がり、服の端を払った。
「彼自身から、直接答えを聞いてみたいわね」
王室騎士が歩み寄ると、言葉を発するより先にリオナラが振り返り、興奮気味に笑顔を向けた。
「プリス! ついにコツを掴んだよ!」
プリシラは微笑んだ。
「それはよかったわ。ちゃんと教わった通りにできたかしら?」
「うん! ラインハルトさんのおかげだよ」
「はは、それは君自身の努力の結果だよ、若きリオ」
ラインハルトは謙遜するように手を軽く振った。
「とはいえ、今は体が剣に慣れるまで、素振りを繰り返すことに専念した方がいい」
「はい!」
リオナラは深く頷き、一礼した。
「ありがとうございました!」
少女が再び、今度は正しく整った構えで訓練用ポスト(ペル)に向き合う中、プリシラは彼に手で合図を送った。二人で話したい、という誘いだった。
二人は裏庭の端、エレインとリオナラの声が届かない場所まで移動した。ラインハルトはこれから何が語られるかを察していたが、それでも拭いきれない恐怖が胸をよぎった。
それは、二度と振り返りたくない過去だった。
「ラインハルトさん。王都からこれほど離れた辺境の街で、あなたは何を求めているのですか?」
「……なぜそのようなことを聞くのです?」
プリシラは、教わった練習を忠実に繰り返すリオナラを見つめた。
「あなたの力があれば、アルカディアの精鋭たちも諸手を挙げて歓迎するでしょうに」
彼は自嘲気味に鼻で笑った。
「ふん、まるで王族のような言い草だな」
「……ええ、私は王室騎士ですから」
その言葉に、彼の笑いは凍りついた。
「……貴殿は、本当に?」
彼女は力強く頷いた。
「プリシラ・アヴェリオン。剣と魔法の双角を担う王室騎士。レオナルド騎士団長、およびフィービー殿と共に並び立つ者です」
その言葉は、戦鎚のように彼を打ちのめした。その名の重みは、彼が自らに課した孤独など比較にならないほどだった。
「王室騎士……」
彼はうなだれ、短く失笑した。
「ならば、女王がこの街に貴殿を遣わした目的がある、ということか?」
「その通りです。ご存知の通り、私の父が行方不明となっており、私は彼を見つけ出すつもりです」
「なるほど……」
彼は彼女の瞳を覗き込んだ。
「それで、プリシラ殿。私に何を求めている?」
「今さら言うまでもないでしょう?」
彼女は手のひらを彼に向けた。
「私は父の失踪の真相を突き止める必要がある。そして、あなたたちはこの迷宮の勝手を知っている」
「……私を騎士の列に戻すとでも言うのか?」
「私はあなたに、光を見る機会を提案しているのです、ラインハルトさん」
彼女は首を横に振った。
「自発的な追放であろうとなかろうと、あなたの腕があれば、私はこの任務を完遂し、父を救い出せると確信しています」
ラインハルトは再び頭を下げ、自分の籠手を見つめた。
「すべてを正せ」
それが、マックスウェルの最期の言葉だった。彼の死の記憶は今も鮮明に残っている。
(ラインハルト。屈するな。王国を裏切るな。民を支える柱となれ。そうでなければ、真の聖騎士とは呼べん)
彼の指が食い込み、金属が軋んだ。彼はすべてを捨てた。決意が足りなかったからではない。むしろその逆だ。一族の遺した傷跡があまりに深く、自分の努力ではアルカディアに与えた苦しみを取り除けないと考えたからこそ、一族の歴史を自分と共に終わらせようとしていた。
彼がプリシラに答えようとしたとき、彼女の視線は依然として素振りを続けるハイエルフの少女に向けられていた。
リオナラの額には汗が浮かび、数日前まで素人だったとは思えないほどの猛烈な決意を込めて、同じ一撃を何度も繰り返していた。
「ラインハルトさん」
プリシラはリオナラから目を離さずに言った。
「私たちは、血筋や名前によって定義されるのではありません。自らの行動と、その決意によって決まるのです」
彼女は次に、うなだれているエレインに視線を向けた。
「そして彼女は、あなたの血筋など気にしていない。あなたという人間そのものを見ているわ」
その視線を追った後、ラインハルトは答えた。
「忠誠心……ただそれだけのことですよ」
「そうかしら。だとしたら、私たちの女王陛下は、あなたのこの亡命を何と呼ぶでしょうね? 高潔? 献身? それとも、ただの忠誠?」
彼は言葉を返せなかった。これまでのすべては、正しいと信じたことの結果だった。
エレインは彼を疑わず、彼の心もそれを否定しなかったが、彼の誇りがそれを許さなかった。死ぬまで続く追放生活こそが一族の裏切りに対する償い。その執着が、彼自身の存在を摩耗させていた。
「私は……」
彼はしばらく躊躇した後、ようやく口を開いた。
「その提案、検討させていただこう」
彼はリオナラに別れを告げるために歩み寄り、エレインを連れて宿を後にした。プリシラは静かに溜息をつき、訓練を続ける少女を見守り続けた。
(許してください、女王陛下……ですが、この任務を完遂するためには、あらゆる助けが必要なのです)
あの迷宮での最初の経験は、そこがいかに危険な場所であるかを彼女に知らしめた。まるで計算されているかのような感覚。
(最初はゴブリン一匹。だが一時間もしないうちに、六匹の群れ……)
「プリス、大丈夫?」
リオナラが素振りの途中で手を止め、尋ねてきた。
「えっ? ええ、大丈夫よ。どうして?」
「……すごく怖い顔をしてたから」
指摘されて初めて、騎士は自分が苦虫を噛み潰したような顔をしていたことに気づいた。彼女は心配をかけないよう、笑ってごまかした。
「ちょっと考え事をしていただけよ」
リオナラは剣を下ろし、彼女に歩み寄ってから問いかけた。
「ねぇプリス……エレノアっていう女の子の名前、聞いたことある?」
その瞬間、騎士の心臓が大きく跳ね上がった。
「……いいえ。どうしてそんなことを聞くの?」
「女の人が私を呼んでいる夢を見たの。でも、私の名前じゃなくて、ずっと『エレノア』って呼んでて」
彼女は剣の先を床につけ、そこに体重を預けた。
「知らない名前なのに、どこか不思議な……懐かしさを感じるの」
「その夢を見たのは、それが初めて?」
彼女は首を振った。
「最近よく見るの。穏やかな夢だから眠れないわけじゃないんだけど……なぜか、すごく泣きたくなるの」
プリシラは一歩踏み出し、リオナラの頭を優しく自分の胸に引き寄せて抱きしめた。
「……プリス?」
リオナラは驚いたが、嫌ではなかった。むしろ、少しだけ幸せな気分になり、彼女はそっと目を閉じて騎士の体を抱き返した。
※次回更新は5月15日 21:30予定です。




