運命 (Fate)(2)
ギルドへと歩を進めていると、遠くから街触れ(タウンクライヤー)の叫ぶ声が聞こえてきた。
「皆の衆、聞け! 聞けぇ! 宿屋の主人イヴァンが捕縛されたぞ! 帳簿から汚職の証拠が発覚! お触れだ、お触れだ!」
(イヴァン……?)
プリシラは、そのニュースを詳しく聞き取れる程度に歩みを緩めた。
(あの宿のオーナーのことか?)
彼女は人知れず、鼻で短く笑った。
「あの忌々しい男のことなら、自業自得というものね」
貴重な時間をこれ以上無駄にすることなく、彼女はギルドの中へと入った。数人の冒険者が彼女を凝視したが、首から下げられたプレートを見つけると、すぐに自分たちの作業へと戻っていった。
プリシラはルシーナのいるカウンターへサッチェルバッグを運び、受付嬢が別の冒険者の登録を終えるのを待ってから声をかけた。
「あら、おかえりなさい、プリシラさん」
ルシーナはプレートを一瞥し、それから彼女に視線を戻した。
「さっそく付け替えたのですね」
「ええ。支給品があると聞いたのだけれど」
彼女はバッグをテーブルに置き、尋ねた。
「普通、あそこにはどのくらい滞在するものなの?」
「一層を探索するなら、大抵は一日か二日ですね」
受付嬢はそう言うと奥へ向かい、すぐに数種類の物資を抱えて戻ってきた。
「とはいえ、最初の遠征なら、迷宮に慣れるために長くても半日程度で切り上げるのがいいでしょう」
カウンターの上にはいくつかの物資が並べられた。四角い乾パン、干し肉、レーズン、そして硬いチーズの塊。その顔ぶれは、プリシラにとってひどく見覚えのあるものだった。
「なるほど。これをもらえる量に制限はあるかしら?」
「これが今月分の支給枠になります」
その量を見る限り、せいぜい二日分、切り詰めても四日が限度といったところだと騎士は見抜いた。
「分かったわ。それ以上が必要なら自腹ということね?」
ルシーナが頷くと、彼女は「いいでしょう」と答えた。
割り当てられた物資を慎重にバッグに詰めると、彼女はそれを剣帯に結びつけ、ギルドを出ようとした。だが、外へ踏み出す前に、背後から受付嬢の声が追いかけてきた。
「気をつけてくださいね、プリシラさん!」
騎士は白いコートを整え、街の東部へと向かった。道中は穏やかなものだったが、時折、迷宮用の採掘道具や採取道具を売りつけようとする商人が声をかけてきた。彼女は遠くから自分を品定めしているような商人たちを早足で避け、先を急いだ。
直立するモノリスが視界に入ったとき、ようやく実感が湧いてきた。
(いよいよ、ね……)
彼女は唾を飲み込んだ。
(父様は、この下のどこかにいるはずだ……)
急ぎ足でモノリスの入り口へと向かうと、下見に来た日と同じように、入り口付近には衛兵が立っていた。
「止まれ」
ハルバードを持った衛兵の一人が彼女を制止した。
「迷宮に何の用だ?」
「訓練に来ました」
彼女はベルトに差したレイピアを軽く示しながら続けた。
「初めての遠征です。迷宮の感覚を掴んでおきたくて」
アイアンプレートを提示すると、衛兵は背後に立つもう一人の衛兵と顔を見合わせ、静かに頷き合って彼女を通すことにした。
「警告しておくが、魔物が街に流れ込まないよう、一定時間が経てば扉を閉める」
彼はモノリスの黒い大理石の扉の片側に手をかけ、地面を擦る音を立てて動かした。
「ソロなら、日没までには戻ってこい」
彼は仮設テントの近くに置かれた木箱に手を伸ばし、古びた懐中時計を取り出した。
「これはギルド公認の備品だ。壊したり失くしたりするなよ。さもなければ弁償だ」
「……あの中で死ななきゃ、の話だがな」
もう一人の衛兵がニヤついた。プリシラは一瞬だけ彼を鋭く睨みつけ、目の前の衛兵に注意を戻した。
「他に気をつけることは? 灯りか何かは必要かしら」
彼女は時計を受け取り、ジャケットの内側に収めた。
「ああ、そうか……新人だったな」
彼は再び箱へ戻り、オイルランタンを掴んだ。
「ほら、これなら四時間は持つ」
彼女がそれを受け取ろうとする前に、衛兵は開いた手のひらを差し出した。
「貸出料は銀貨一枚だ」
プリシラは眉を上げた。
「時計は無料なのに?」
「駆け出しの冒険者があんな高価な時計を買えるわけないだろ。俺の給料だって届きゃしない。だが……」
彼はランタンを叩いた。
「こいつのオイルには代金がかかる。あんたにも払える額だろう?」
プリシラはその態度に少しイラつきを覚えたが、理屈は通っていたため、銀貨一枚を彼の方へ弾いて投げた。衛兵はそれを受け取り、ランタンを手渡した。
「中身は使い切っても構わんが、本体は無傷で返せよ」
「分かったわ、ありがとう」
彼女はランタンをベルトの右側に吊るし、二人の衛兵の脇を通り抜けた。彼女が迷宮へと続く石の階段を下りていく背中を、衛兵たちは見つめていた。
「あんな美人が迷宮で何するってんだ?」
先ほど冗談を言った衛兵が、相棒に疑わしい表情を向けた。
「酒場かどこかで働いてた方がマシだろうに」
「さあな。だが、あのレイピアの扱いは手慣れているように見えたぞ」
「へぇ……そうかい」
プリシラの足取りは不安に満ちていた。迷宮の近くにいるのと、その内部にいるのとでは、全く別の、異質な感覚だった。階段を下りていくだけで、全身の警鐘が鳴り響く。
空気は重く、息苦しい。壁は湿り気を帯びているが、カビひとつ生えていない。石壁の内側で揺らめく松明が階下を照らしており、彼女はなぜ衛兵がランタンを売りつけたのか疑問に思った。
「ちっ」
彼女は舌打ちした。階段は終わりのないように思えた。進めば進むほど世界が歪み、変容していくような感覚に陥ったが、突如として階段の終点が見えた。
足元の不揃いな石板は舗装された石畳へと変わり、地底の迷宮という予想に反して、天井は見当たらなかった。代わりに目に飛び込んできたのは、不気味な暗い空だった。暗闇の中にランダムに散らばる小さな光の点は、澄んだ星空の出来損ないのような模倣だった。
「なんなの……これ……」
前進するにつれ、彼女はその場所の奇妙な暗さに気づいた。それは夜の屋外のような暗さではなく、窓のない密閉された部屋にいるかのような、完全な暗闇だった。忍び寄る黒は、見えないあらゆる危険を隠し持っているかのようだった。
彼女はベルトからランタンを外し、近くの松明を使って火を灯した。それによって、ようやく鼻先よりも先、暗闇の端までを見渡せるようになった。
石の回廊は、彼女が立っている場所から「左、正面、右」の三つの主要な道に分かれていた。
彼女は呼吸を整えると、静かに膝をつき、床に耳を当てた。王室騎士の仲間であるフィービーから教わった技術だ。
(何も聞こえない……)
密閉された空間であれば、足音や物音は地面を通じて素早く伝わるはずだが、何もなかった。ただ、自分の胸から聞こえる微かな鼓動だけが反響していた。
彼女は唾を飲み込み、深呼吸をした。右手にレイピアを抜き放ち、左手を胸の近くに構える。ゆっくりと息を吐き出すと、彼女は前進を決意した。
革ブーツの底が舗装された石畳を静かに叩く。壁は登るのが困難なほどの高さがあったが、迷宮は単なる直線的な石壁以上の広がりを持っているようだった。
数分が経過し、回廊は廊下というよりも中庭のような様相を見せ始め、足元の石畳にも摩耗が目立ち始めた。地面からはいくつかの石ブロックが欠け、その下の土からは小さな草の塊が生えていた。
「草?」
彼女は膝をつき、左手でその緑の葉を引き抜いた。だが、引き抜いた瞬間にそれは緑の輝きを失い、崩れて塵となった。
「何なの……これ……」
手からこぼれ落ちる砂粒のような音が、立ち上がる彼女を不安にさせた。辺りを見渡すと、中庭の中央に煤で焼けた跡を見つけた。
「焚き火の跡? 誰かここで寝泊まりしているの?」
立ち上がって周囲を確認する。崩れた壁の一つが、瓦礫の中から生えた茂みの上に倒れ込んでいた。よく見ると、その壁の一部が背後にある黒く滑らかな石を覆い隠していた。その岩は漆黒で、中央を切り裂くように独特の白い筋が入っている。そして、そこにはつるはしが突き刺さったままになっていた。
「ふむ……ここで採掘をしていたけれど、急いで逃げ出したのかしら?」
彼女がそれに触れようとした瞬間、背後の回廊から何かが反響する音が聞こえた。彼女は素早く振り返り、左の手のひらの上に炎の粒を渦巻かせ、レイピアを体の前に構えた。
(はっきりとは聞こえなかったけれど、何かが音を立てた……)
彼女は壁に背を預けながら、慎重に回廊を進んだ。暗闇の先を見通そうと目を凝らしたが、飲み込まれるような黒の中をいくら歩いても、何も目に留まらなかった。
すでに壁の近くにいた彼女は、今度は右耳を壁に当てた。すると今度は、石を叩く規則的な音がはっきりと聞こえてきた。
それはまるで、何かが素足で彼女の方へと歩いてくるような音だった。
※次回更新は5月11日 21:30予定です。




