騎士の在り方(2)
中央広場は相変わらずの人混みだった。人通りの激しい流れから遠く離れた、静かな隅っこの石ベンチに、巨漢の男と内気なハイエルフが並んで座っていた。
「何をそんなに抱え込んでいるんだい、お嬢さん」
ユリエルが穏やかに尋ねた。
「そんなに疲れ切った顔をするには、あんたはまだ若すぎる」
「私は……尊敬している人を、失望させてしまったんです」
彼女の手が鞘を固く握りしめ、指の関節が白くなっていく。
「取り返しのつかないことを……言ってしまって」
「本当に、その人のことが好きなんだな」
巨体に見合わず、彼の声はリオナラがこれまでに会った誰よりも優しかった。
「その人と、もう一度話をしてみようとは思わないのかい?」
彼女はゆっくりと首を振ってから答えた。
「……できません。彼女……今は一人にしてほしいって」
「なるほど。話し方を聞いているだけで、その人があんたにとってどれほど大切な存在か伝わってくるよ」
彼は太い両手を腿の上に置き、少し身を乗り出した。
「その人も、君と同じくらい、君のことを大切に思ってくれているのかい?」
「もちろんです!」
彼女は思わず声を張り上げた。周囲の歩行者たちが数人振り返ったが、自分の声の大きさに気づいたリオナラが慌てて肩をすぼめると、関心はすぐに逸れていった。
「……その、私がこれを持っているのも、彼女のおかげなんです」
彼女は使い込まれたロングソードを持ち上げた。二人の視線が、古びた鞘に注がれる。
「剣か。あんたは、騎士を目指して訓練しているのかい?」
「騎士」という言葉に、リオナラの胸が締め付けられた。
(愛する人さえ守れない騎士に、何の価値があるの?)
「いいえ……私は騎士なんかじゃありません」
彼女は頭を垂れ、剣を下ろした。消え入りそうな声で呟く。
「私は……何者でもありません」
「あんたの気持ちが分かると言うのは傲慢かもしれないが……私も昔、尊敬していた人を守れなかったことがあるんだ」
その言葉に、リオナラはゆっくりと彼を見上げた。これほどの「山のような男」が、失敗した? 彼女には到底信じられないことだった。
「……あなたのような方が、誰かを守れなかったんですか?」
彼は苦い後悔を滲ませ、ゆっくりと頷いた。
「私はここから遠く離れた街の兵士だった。尊敬していたのは、同僚の女性でね」
彼は開いた右の手のひらを見つめ、それから固く握りしめた。筋肉が脈打つ音が聞こえてきそうなほどの力強さだった。
「『騎士のようにあんたを守る』そう誓ったのに、彼女は深い傷を負い、残りの人生をベッドの上で過ごすことになってしまった」
彼はゆっくりと手を開いた。指を食い込ませていた白い肌には、赤く跡が残っていた。
「私の力なんて、何の役にも立たなかった。……だが、その失敗は、その後の私の歩みにとって苦い教訓になった」
彼は彼女をちらりと見やり、表情を和らげて続けた。
「あんたも、失敗を乗り越えて成長できるはずだ、お嬢さん。間違いを認めることが最初の一歩だ。あんたが心から大切に思っている人なら、正直に話せばきっと分かってくれるはずだよ」
その言葉を聞いて、リオナラの胸がほんの少しだけ軽くなった。もちろん、それだけで気分が晴れるわけではなかったが、彼女を押し潰していた見えない重荷が、少しだけ扱いやすいものになった気がした。
苦悩に満ちていた彼女の表情は、次第にほろ苦い微笑みへと変わり、彼女は頷きながら言った。
「ありがとうございます、その……」
「ユリエルでいいよ、お嬢さん」
彼は静かに微笑んだ。
「そういえば、あんたの名前は?」
「あ、私はリオナラです」
彼女は頭を下げた。
「お話を聞かせてくれて、ありがとうございました。……ユリエルさんのお話を聞いて、少し元気が出ました」
「いいんだよ、リオナラ」
彼は立ち上がった。その巨躯が彼女の上に影を落とす。
「誰にだって、心に平穏が必要な時はある。それがたとえ、見知らぬ他人からもたらされるものであってもね」
彼は軽く手を振りながら去っていき、彼女もそれに応えて手を振り返した。
(なんだろう……彼から、どこか見覚えのあるような感じがした気がする……)
立ち上がりながら、彼女はそう考えた。その瞬間、隣に気配を感じて振り返ると――そこにはトモエが立ち、彼女を鋭く睨みつけていた。
深い紫色の瞳は、まるでリオナラの内にある罪悪感の欠片さえも見逃さないと言わんばかりに、彼女の表情を射抜いていた。ハイエルフには隠し事など何一つなかったが、ポーションのためなら人さえ殺しかねない相手に見つめられるだけで、脅かされているような感覚に陥った。
「ジェンヌ様」
トモエは遠ざかるユリエルの背中を目で追いながら言った。
「今、話をしていた男は誰ですか?」
「あ、あの……」
(ただの知らない人です)。そう言おうとしたが、言葉が出てこなかった。いくら声を絞り出そうとしても、思考が喉を通り抜けない。ただ立ち尽くし、今体験したことを伝えようともがくことしかできなかった。
トモエは眉を寄せ、リオナラの手を掴もうと手を伸ばした。だが突然、別の褐色を帯びた腕が鬼の娘の手首を掴んだ。
リオナラとトモエがその主を見上げると、そこにいたのはジェラルトだった。
「おい。嬢ちゃんを怖がらせるんじゃねえよ」
彼は鍛造用のハンマーを手に持っており、トモエは一瞬躊躇した。彼女が周囲を見渡すと、何事かと足を止める人々が増え始めていた。
疲れ切ったようなため息を一つつくと、トモエは腕を引き戻し、彼らの横を通り過ぎて――東の正門の方へと歩き去っていった。リオナラは膝をガクガクと震わせながら、今感じた恐怖を振り払おうとした。
(どうして……? なんで震えてるの……? 私は何も悪いことなんてしてないのに、それなのに……)
彼女の視線がロングソードの柄に注がれる。金属の刀身が鞘の中で激しく音を立てていた。
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
ジェラルトは彼女の瞳を覗き込み、両肩を掴んだ。彼女の虹彩には明らかな恐怖の色が浮かんでおり、それが鍛冶屋を怒らせた。
「あの亜人め……」
彼は首を振ると、彼女の背中を叩き、自分の店へと促した。
「来い」
二人は視線が注がれる中央広場を後にした。ジェラルトが余所者を助けたことへの好奇心か、あるいはリオナラがその素顔を晒していることへの驚きか。
いずれにせよ、店の中に入ると、鍛冶屋は彼女のために丸椅子を出し、自分は新しく打った商品を棚に並べ始めた。
「嬢ちゃん、あそこで何があったんだ? あんたみたいなお嬢ちゃんが、青い小枝みたいにガタガタ震えてるのなんて初めて見たぜ」
「私……自分でも何が起きたのか分からないんです」
リオナラは自分の腕を抱きしめるようにして、ようやく声を絞り出した。
「ただ……動けなくなって……」
「あんた、何か後ろめたいことでもあんのか?」
「い、いいえ、そんなことは……。彼女にそんな風に見られるようなこと、何もしていません」
「なら、何も怖がることはねえ」
彼はポールメイスを壁のラックに掛け、会心の出来だと言わんばかりに微笑んだ。
「やましいことがねえなら、そんなに深く考える必要もねえだろ。そうだろ?」
「そ……そうですね、きっと」
扉のベルが鳴り、静かに開いた。ハイエルフと鍛冶屋が入り口の方を見ると、そこには見覚えがあるが意外な光景があった。
「こんにちは、ジェラルト」
ラインハルトがエレインを連れて店に入ってきた。彼は飾りのないコットンのシャツにヘンプのズボン、履き古した革のブーツという軽装だった。
「修理をお願いしたいものがあってな……」
彼の言葉は、カウンターの数メートル前で椅子に座っているリオナラと目が合った瞬間に途切れた。
「リオ? こんなところで何をしているんだ?」
「あっ……」
※次回更新は5月3日 21:30予定です。




