修復(2)
鍛冶屋とハイエルフの間に、数秒の沈黙が流れた。やがて、ジェラルトがくすくすと笑い声を上げた。
「兄貴、酒の飲みすぎには気をつけな。いよいよ頭までやられちまったみたいだぜ」
「ち、違うんです。それは……あの……」
リオナラは手をそわそわと動かしていたが、意を決して震える手で布のフードを顔から外した。
「本当なんです……」
漆黒の髪、長い耳、そして特徴的な紺碧の瞳が露わになる。彼女は彼の顔を直視できず、視線を逸らした。
「私です……リオナラです」
「嬢ちゃん、世の中にはいろんな話があるが、あんたのは……」
鍛冶屋は彼女を凝視しながら言葉を失った。以前の彼女を今の姿に重ね合わせることは難しかったが、どこか見覚えのある、言葉にできない既視感があった。彼は真剣な表情で兄の方を向いた。
「……兄貴、ずっと本当のことを言ってたのか?」
ゲロルトは忌々しそうな目を向け、ゆっくりと首を振った。
「俺を疑った罰に、その面をひっぱたいてやりたいところだ」
「そう責めるなよ」
ジェラルトは心からの驚きを込めてリオナラを見た。
「あのチビ助がこんな綺麗な姉ちゃんになったなんて言われて、自分の目を疑わない奴がいるか?」
リオナラは両手を固く握りしめた。胸が締め付けられ、体の内側が震える。筋肉の制御できない痙攣を隠すように、彼女は左右に重心を移したが、ジェラルトには筒抜けだった。
「おい嬢ちゃん、そう肩を怒らせるな」
彼は彼女を落ち着かせるように手を動かした。
「ゲロルト、店を閉めてくれ」
兄弟がそれぞれ店の隅へと動く中、リオナラは緊張を悟られまいと必死に堪えながら、店の中央で静かに立っていた。数秒後、ジェラルトが革のロールを持って火床の方から戻ってきた。中から金属が触れ合う音が聞こえる。硬貨でも入っているのかと思いきや、ロールを広げた中身を見てリオナラは目を見開いた。
「注文の品はここにあるぜ、嬢ちゃん」
革を広げると、そこにはチェインメイル(鎖帷子)、両端に火打石と鋼が打ち付けられた片手サイズのトング、そして――いささか小さすぎる――木剣が置かれていた。
「だが、まあ……」
ジェラルトは鎖帷子を見ながら頭の横を掻いた。
「今のあんたには着られそうにねえな」
リオナラが鎖帷子を手に取ると、金属の輪の列はようやく腹の半分を覆う程度の大きさしかなかった。
「あ……本当ですね……」
「……一日くれれば、あんたのサイズに直してやるよ」
「いえ……大丈夫です」
彼女は鎖帷子を革の上に戻し、木剣を手に取った。しかし、かつての修行用だったはずのそれは、今や努力もせずに持ち上げられる「おもちゃ」のように感じられた。重厚な木材で作られたそれは、以前の彼女には完璧だっただろうが、今の成長した体では、これで意味のある訓練をするのは難しそうだった。
最初は期待に満ちていた彼女の顔に、明らかな落胆の色が広がっていく。彼女が木剣をカウンターに戻すと、ジェラルトは少し申し訳なさそうに、特注の道具を彼女の前に差し出した。
彼女は何も言わずにそれを手に取った。何度か裏返し、一度カチリと挟んでみる。火打石が鋼に当たり、火花が散った。その瞬間、彼女の瞳にわずかな驚きと輝きが戻った。
彼女はトングの先を、燃えやすいものがない店の奥へと向け、目を閉じた。
視界を閉ざしていても、大気中のマナを鮮明に感じることができた。手首の周りに自分のマナを集中させ、周囲の環境を自分の意志で「形作る」。周囲が十分に飽和したのを感じた瞬間、彼女はトングを強く握り締めた。火花が飛び散ると同時に、目の前で巨大な火球が爆ぜ、兄弟を驚かせた。
「うわっ!」
「おい! 店を焼くんじゃねえ!」
リオナラはハッと目を見開き、驚愕の表情で彼らを見た。
「ご、ごめんなさい! ちょっと試してみたくて」
彼女は手元の道具を見つめた。
「これ……これをいただきます」
彼女は着替える時にカーラから「ここに入れておきな」と言われたポケットを探り、銀貨を十二枚置いた。
「はい」
鍛冶屋はカウンターを見て眉を上げると、二枚だけ取って残りを彼女の方へ押し戻した。
「火打ちトングだけ持ってくんだろ? 使わないものの分まで払う必要はねえよ」
「あ、でも、それなら……」
彼女の視線がカウンターの横にある、剣が詰まった樽へと向いた。
「……これだけあれば、武器を買うことはできますか?」
彼女は持っていた最後の銀貨五枚を取り出し、残りの硬貨と一緒に置いた。
「銀貨十五枚か。ふむ……」
彼は樽の方へ行き、刀身を選別し始めた。
「あんたに合いそうなのが一つあるかもしれねえな……」
横で腕を組んでいたゲロルトの顔には、驚きの色が浮かんでいた。
「驚いたな……あんたがあんな魔法を使えるなんて思ってもみなかったぜ」
彼は彼女を振り返って尋ねた。
「どこで習ったんだ?」
「父が……教えてくれました」
彼女は左手を固く握りしめ、やがてそれを解いた。
「火だけじゃなくて、他の属性も少しだけなら知っています」
「そいつはいい。宿のシーツを乾かすのに魔法を使えたら、大助かりだろうな。天日干しは時間がかかって仕方ねえんだ」
リオナラは何も答えなかったが、もしプリシラがそんな自分の姿を見たらどう思うだろうかと想像し、少しだけ微笑んだ。
「ああ、あったぜ」
ジェラルト(弟)が樽から一本のロングソードを引き抜いた。彼はカウンターに戻ると、それを上に置いた。
「こいつは銀貨十四枚だ。少し前に打った剣でな、酒場のエールみたいにあちこち回ってきた代物だが、訓練に使う分には十分だぜ」
「……いいですか?」
彼女は武器を指差した。
「ああ、構わねえよ」
ハイエルフはカウンターに歩み寄り、バスケットを置いて、使い込まれた柄を右手で掴んだ。そして、それを持ち上げる。
練習用の木剣よりも重かったが、振れないほどではない。鈍く光る鋼の刀身に、自分の顔がぼんやりと映るのを彼女は見つめた。
(私の武器……)
その思考と共に、ベッドに横たわるプリシラの姿が一瞬だけ脳裏をよぎり、胃のあたりで感情が渦巻いた。
(自分の言葉に嘘をつきたくないなら……私が変わらなきゃいけないんだ)
彼女は柄を強く握りしめ、右手の下に左手を添えた。刀身の平らな部分を自分の方へ向け、そこに額を押し当てて深く呼吸した。
(プリシラ……)
リオナラは数分間そのままでいたが、やがて剣をカウンターに置くと、きっぱりと言った。
「これを買います」
ジェラルト(弟)は頷くと、ベルトに付いた長方形の革切れだけの簡素な鞘と、裏打ちされた革の手袋を取り出した。どちらも使い込まれ、質感は色あせて摩耗している。
「こいつを使って剣を持ちな」
彼はベルトの隙間に刀身を差し込んだ。ガード(鍔)から先が露出したままの簡易的なものだ。
「あと、これはおまけだ」
彼は手袋をバスケットの中に放り込んだ。
「あ、ありがとうございます、ジェラルトさん。おいくらですか?」
彼は手を振った。
「サービスだよ、嬢ちゃん。さて、あんたは剣に詳しくないだろうから言っておくが、気をつけて扱えよ。刃は潰してあるが、それでも切れないわけじゃねえ。分かったか?」
「はい。気をつけます」
彼女はカウンターに残された銀貨一枚を拾い、ポケットに仕舞った。その間、ジェラルト(弟)はカウンターを掃除しながらアドバイスを続けた。
「あと、町中でむやみに振り回すんじゃねえぞ。兵舎の衛兵どもと話し込みたいんなら別だがな」
「分かりました」
「よし。プリシラには、よくなったら新しい鉄板を打ってやるから待ってろって伝えてくれ」
リオナラは温かく微笑んだ。
「必ず伝えます」
ゲロルト(兄)が剣の付いたベルトを受け取り、自分の腰に巻くと、リオナラを振り返った。
「俺が持ってやるよ。村娘が剣をぶら下げて歩いてたら、変な目で見られるからな」
「あ、いい考えですね。ありがとうございます、ゲロルトさん」
「気にするな」
彼はフード越しに彼女の頭をくしゃりと撫でると、扉へと向かった。
「お前も体に気をつけろよ、兄弟」
「ああ」
ジェラルト(弟)は短く笑い、店の奥へと戻っていった。
「俺は仕事に戻るぜ。あんまり無理すんなよ、嬢ちゃん」
「はい。ありがとうございます」
リオナラはバスケットを拾い上げ、ゲロルトについて外へ出た。中央広場は、最高の品を探す客や、農産物を値切る商人たちで活気に満ちていた。果物や野菜は豊富で、どの露店も異なる品を並べていた。その多くはリオナラにとって馴染みのないものだった。
「お嬢さん! お嬢さん!」
エプロンを着た男が彼女を呼び止め、黄色い鮮やかな梨を見せてきた。
「果物のおやつはいかが? たったの銅貨五枚だよ!」
リオナラは呆然とした。いきなり誰かに話しかけられるとは思っていなかったのだ。
「おいおい。なんだその値段は?」
ゲロルトがその声を聞いて振り返った。
「どんな詐欺だ? 銅貨五枚もありゃ、宿代の半分だろうが」
「ちっ……ゲロルトか……」
他の客が自分を見ているのに気づき、商人は舌打ちした。
「……じゃ、じゃあ銅貨三枚でどうだい、お嬢さん?」
彼女は宿主に尋ねた。
「これ、美味しいんですか?」
「まあ……」
ゲロルトは彼女と商人を交互に見た。特に親しいわけでもなかったので、肩をすくめた。
「自分で試してみるのもいいが、俺だったら他で買うね」
「ど、銅貨二枚だ、お嬢さん! どうだい? 人生で一番の果物になるって約束するよ!」
通りの喧騒が遠のき、彼女は思考に沈んだ。考えていたのは、どうすればプリシラの回復を助けられるか、それだけだった。
「……三つ、ください」
商人の目が喜びで輝いた。
「まいどあり!」
彼女のバスケットには、鮮やかな黄色い梨が三つと、真っ赤なリンゴが一つ詰められた。
「初めてのお客さんだ、一つおまけしとくよ。ありがとう、お嬢さん!」
「ありがとうございます」
彼女は軽くお辞儀をして歩き出した。ゲロルトは静かに彼女の隣を歩いた。
「あの……ゲロルトさん?」
「ん?」
「ごめんなさい……」
「え? 何がだ?」
「他で買った方がいいって言われたのに……」
彼女の視線が、バスケットの中で揺れる果物に向いた。
「……結局、買っちゃいました」
「ああ、いいんだよ。あそこで売ってる奴らも、大抵はまっとうな商売をしてるんだ。ただ、吹っかけてくる奴には気をつけろってことさ」
彼は、自分も何度もそんな経験をしてきたかのような口ぶりで言った。
「……そうなんですね」
宿に戻ると、入り口で看板を出しながら歩道を掃いているカーラに出会った。
「ただいま戻りました」
ゲロルトが手を振りながら近づいた。
「おかえり」
カーラの視線がリオナラのバスケットから、夫の腰にある剣へと移った。
「……あんた、そんなもの持って何をしてるんだい?」
「ああ、俺が持ってただけだ」
彼はベルトを外し、鍔の部分に巻きつけてからリオナラに手渡した。だが彼女はそれを受け取る前に、バスケットの中から買ったばかりの梨を一つ取り出した。
「はい」
ハイエルフは穏やかな声で言った。
「大したものではありませんが……プリシラと私を助けてくれた、お礼です」
その言葉に、カーラは箒を動かす手を止め、ゲロルトも呆然と立ち尽くした。二人がその言葉を理解するのに、少し時間が必要だった。
「……つまり、あんた……」
ゲロルトが彼女の手の中の果物を指差した。
「……俺たちのために買ってくれたのか?」
リオナラは微かに微笑んで頷いた。
「はい。喜んでもらえるかと思って」
カーラはくるりと背を向け、再び箒を動かし始めた。顔を見せないまま、強い口調で言った。
「他人のためにお金を使うんじゃないよ」
箒を握る手が強まった。
「……でも、まあ……私、いや、私たちは感謝するよ」
ゲロルトは妻を見て微笑むと、リオナラに向かって一度、力強く頷いた。
「ありがとうよ、嬢ちゃん。ありがたくいただくぜ」
ハイエルフは頷いし、彼の手から剣を受け取って中に入った。ゲロルトはカーラに近づき、その肩に手を置いた。
「……今夜の夕食は、少し気合を入れた方がいいかもしれないな」
「分かってるよ……」
ぶっきらぼうな態度の裏で、女主人は目尻に浮かんだ涙を拭い、厳しい表情で彼を振り返った。
「ほら、仕事に戻りな! やることは山積みなんだから!」
「へいへい……」
※次回更新は4月25日 21:30予定です。




