小さな一歩(5)
「お嬢ちゃんたち!」
ゲロルトが誇らしげに、両腕をいっぱいに使わなければ持てないほどの凄まじい量の料理を二つの木製トレイに乗せてやってきた。
「注文の品だぜ」
彼が置いた二つのトレイのうち、一方には卵や野菜を混ぜて彩り豊かに炒めたそばの実が、もう一方には丸焼きにされた鶏を囲むようにして様々な副菜が盛り付けられていた。
「わあ……!」
目の前に並んだ料理のボリュームに、リオナラは思わず息を呑んだ。
「これ、またルシーナさん一人で食べるの?」
受付嬢は笑いながら両手を振った。
「まさか! 今日はみんなで一緒に食べようと思って」
リオナラは椅子を引き、過去の追憶に耽っていたプリシラの隣に座った。
「プリス、どうしたの?」
「えっ?」
騎士は彼女を振り返り、反射的に微笑んだ。
「いいえ、少し昔のことを思い出していただけ。ごめんなさい」
「いいよ」
リオナラはテーブルを指差し、プリシラの視線を誘導した。
「ルシーナさんが一緒に食べようって。いいかな?」
「ああ、ええ……」
プリシラが受付嬢に視線を向けると、彼女はにっこりと微笑み返した。
「ええ、喜んで。一緒に昼食にしましょう」
「よかった!」
誰かと食事を囲めることにルシーナは上機嫌になり、手際よく二人の前に木皿と鉄のカトラリーを並べた。
「さあ、好きなだけ取って。たくさん頼んでおいたから」
プリシラは山積みの料理を眺め、それからどこから手をつければいいのか迷っているリオナラを見た。
「手伝いましょうか?」
騎士が尋ねたが、少女は微かな笑みを浮かべて首を振った。
「ううん、自分でやってみる。ありがとう、プリス」
「そう。分かったわ」
手助けが不要なのを確認すると、プリシラは右手にナイフ、左手にフォークを取った。質素な宿屋であるにもかかわらず、道具を手に取った瞬間、騎士の動きは無意識に洗練された食事の作法へと切り替わった。
ルシーナもリオナラも、彼女から漂う気品を感じずにはいられなかった。粗末な木製の柄がついた鉄のナイフとフォークの持ち方一つとっても、彼女がいかに貴族のテーブルマナーに精通しているかが一目で分かった。
ピンと伸びた背筋、水平に保たれた肩。正確で無駄のない動き。木皿をカトラリーでこする音を一度も立てず、一口で食べられるサイズに正確に切り分けられる料理――その姿は、この場ではあまりにも浮いていた。身体に染み付いた反射で動いていたことに気づき、彼女は慌てて肩の力を抜いたが、時既に遅かった。
周囲の視線が突き刺さる。
「……今の、貴族の作法ですか?」
ルシーナが興味津々に尋ねた。
プリシラはナイフを皿の端に置き、フォークを右手に持ち替えて、切り分けた料理を静かに刺した。そして、視線を逸らしながら答えた。
「あ、ええ……。何年も毎日教え込まれると、どうしても癖になってしまって」
「気品があって、素敵でしたよ」
ルシーナは穏やかに微笑んだ。
「そういう作法が必要な場所に行かれたことが? その、エチケットが必要なパーティーとか」
「一度だけ。でも、意外と必要ありませんでした」
(女王陛下との晩餐会だったけれど)
もちろんそんなことは言えないため、彼女は曖昧な答えで受け流した。
「知人に誘われて。顔見知りだったので、彼女はもっと打ち解けた雰囲気にしたかったみたいで」
「へえ……。あなたは貴族の中でも変わり種だと思っていましたが」
ルシーナは短く笑った。
「『平民』の中に混じるのを嫌がらない方は少ないですから」
プリシラは受付嬢の視線を追うように辺りを見回した。そこには様々な人々がいた。酒を飲む者、食事を摂る者、誰もが楽しげに語らい、笑い合っている。
またしても郷愁がこみ上げてきた。アルカディアは心に近い場所にあるが、今は遠すぎて胸が疼く。だが同時に、父の存在は彼女にとってあまりにも大きかった。何が起きたのかも知らずに、すごすごと王都へ帰るわけにはいかない。
その時、リオナラが彼女の上着の袖を引いた。プリシラは少女に顔を向けた。
「どうしたの、リオ。何か必要なものがある?」
「あのね……フォークって、どうやって持つのが正しいの?」
無理もない質問だった。彼女はフォークの柄を五本の指で握りしめるように持っていた。食べる分には問題ないが、少女の可憐な外見には、少々野蛮に見える持ち方だった。
「私……なんだか間違ってる気がして」
「ああ……。ええ、教えてあげるわ」
プリシラは彼女の手を取り、優しく指をほどいてから、親指、人差し指、中指を木製の柄に添えるように調整した。
「こうよ。私のさっきの持ち方とは少し違うけれど――」
彼女は情報を詰め込みすぎようとした自分に苦笑し、言葉を継いだ。
「――これなら、変な目で見られることはないわ」
「わあ! こっちの方が持ちやすいかも!」
リオナラは満面の笑みで騎士を振り返った。
「ありがとう、プリス!」
「どういたしまして」
その睦まじい光景に、ルシーナの心も和んだ。同年代の女性と過ごす時間は、彼女にとって久しくなかったものだ。
食器の触れ合う音と話し声が響く中、三人は静かに食事を続けた。
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広間の隅では、作業服を着た二人の男がプリシラをじっと見つめていた。彼らは互いに身を寄せ合い、声を潜めて囁き交わした。
「あいつか?」
背が高く筋肉質の男が、禿げ上がった頭に乗せた古びた作業帽を直しながら尋ねた。
「本当にあいつが、あの男を仕留めたのか?」
「声を落とせ」
これといった特徴のない痩せ型の男が、椅子の脇に木製の杖を立てかけていた。
「イヴァンはそう言っていた。だが、たとえあいつが直接やったんじゃなくても、雇い主があいつを狙ってるなら、何か裏があるんだろうよ」
「へっ……」
大男は右手を握りしめ、指の関節を鳴らした。
「一撃ぶち込んでやりゃあ、それで終わりだ」
「ここでやるなよ、馬鹿。目立ちすぎる」
痩せた男の手が杖の柄を強く握った。彼は溜息をつき、プリシラのテーブルをもう一度盗み見た。そこで、騎士がナプキンでリオナラの口元を拭いてやっているのに気づいた。
「案外、正面から戦う必要もねえかもしれんな」
「あん? どういう意味だ?」
痩せた男は邪悪な笑みを浮かべ、さらに身を乗り出して耳打ちした。
「……待ち伏せだ」
※次回更新は4月1日 21:30予定です。




