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騎士の二人 (2)

 その後に続いた光景は、先程の会話と同じくらい現実離れしたものだった。


 フィービーの鋭い眼差しが和らぎ、彼女は椅子の背もたれに体を預けると、水の入ったジョッキを煽り、それをテーブルに叩きつけた。


「……まあ、貴様がそこまで自信満々なら、それでいいだろう」


 彼女は静かに微笑んだ。


「何と言っても、陛下が貴様を王宮騎士の一員に選んだのだからな」


 暗殺者が殺意の塊から日常会話へと一瞬で切り替わった様子に、リオナラは呆気に取られて数回瞬きをした。プリシラも温かな微笑みを浮かべ、リオの肩から手を離した。


「はは、フィービー卿。人前でそういう真似をするのは、本当に控えていただきたいものです」

「え? あの……」


 リオナラは二人を見比べ、会話の流れに完全に取り残されていた。


「怖がらせて悪かったな」


 フィービーは申し訳なさそうに言うと、フードの端を掴んで後ろへ払った。


「まあ、今の『演技』はそういう意図だったんだ」


 印象的な青い瞳だけでなく、彼女は短く切り揃えられた漆黒の髪を控えめな高いお団子に結っており、サイドの髪の間からは長く細い耳が突き出していた。

 細面な顔立ちと透き通るような白い肌は、まるでおとぎ話から抜け出してきたかのような美しさだった。


 一瞬、リオナラは何を言うべきか分からなかったが、プリシラの困惑したような視線が自分に向けられていることに気づき、慌てて言葉を紡ぎ出した。


「あ、あの……ふ、フィービー卿。じゃあ……あなたはプリスを、お、お仕置きしに来たわけじゃないんですね?」


 女性は片眉を上げた。


「はあ? お仕置き? まさか。私が彼女を直接罰することができるなら、私が代わりに女王になっているさ」


 彼女は含み笑いをして水を一口飲み、また肉をかじった。


「私はただの三騎士の一人だ。ここを通ったのは、単に通り道だったからに過ぎない」


 プリシラの顔に、本物の心配の色が浮かんだ。


「……アステラへ向かわれたのですか?」

「ナラだ。姉さんと合流しなければならない」

「ああ、……カエリ卿、でしたね?」

「ああ。あの馬鹿、アルカディアの再建を手伝いに戻りもせず、あそこにあと十年は居座るつもりらしい」


      ---


 そのやり取りの多くはリオナラには理解できなかったが、彼女はフィービーから目を離すことができなかった。

 逃れられない呆然とした感覚が彼女の心を掴んでいた。


「おい、子供。おーい」


 彼女の声を聞き、目の前でフィービーが激しく手を振っているのに気づいて、リオナラはようやく我に返った。


「えっ? あ……」


 暗殺者は眉をひそめて椅子から立ち上がると、テーブルを回って魔法剣士(スペルフェンサー)の隣に立った。


「すまない、プリス。ちょっとどいてくれ」

「何をするつもりですか?」

「貴様が拾ったこの子は、高位精霊族(ハイエルフ)だと思うんだ」


 プリシラは立ち上がり、道を譲った。フィービーはリオナラのそばに立つと、身を乗り出して彼女の顔を優しく固定した。


「ふむ……」


 フィービーの虹彩の奥で魔力が微かに煌めき、彼女が感覚を集中させた瞬間、反動(リコイル)が生じた。暗殺者は身を震わせて後退し、数回瞬きをした。


「……何が分かったのですか?」

「ハイエルフだ、間違いな。年齢の割に耳が未発達なのが不可解だが……」


 彼女はリオナラの瞳を見つめたまま続けた。


「……お前、どこから来た?」

「ろ、ロンドリア……」


 その言葉に、年長のハイエルフは一歩下がり、思わず自分の手で口を覆った。


「ロンドリアにハイエルフだと?」

「それがどうかしたのですか?」プリシラが割って入った。「ハイエルフはどこであっても珍しい存在でしょう?」

「ああ、そうだがな。ロンドリアはかつて一人のエルフに支配されていたことを忘れたか?」


 『エルフ』という言葉を口にした際、彼女の顔には隠しきれない嫌悪感が走った。


「あいつが、ハイエルフを平穏に住まわせておくはずがない。どうやってここへ来た? ロンドリアが貿易のために国境を開放したのは、ほんの数ヶ月前のことだぞ」


 リオナラは視線を逸らし、胸の近くで拳を握り締めた。旅の記憶を思い出すだけで、全身が痛みで脈打つようだった。


「私は……」


 世界が肩にのしかかるような重圧をリオナラが感じていた時、隣に歩み寄ったプリシラが彼女の手を優しく握った。


「無理に説明する必要はないわ」

「でも、私……プリスの重荷になりたくないの」


 フィービーは同僚の騎士に真剣な眼差しを向けた。


「親が誰かによっては、貴様が犠牲者になりかねんぞ」

「犠牲者? 何の犠牲だと言うのですか?」

「政治だ。他国の王宮騎士が、ロンドリアの名家の娘を誘拐した……。そうなれば、ロンドリアはそれを理由に宣戦布告することだってあり得る」

「何ですって?!」プリシラは目を見開き、声を荒らげた。「そんな馬鹿な!」


      ---


 フィービーは両手を挙げ、肩をすくめて首を振った。


「重要なのは、これからどう対処するかだ。もし彼女が本当にロンドリアの有力な貴族の娘なら、そこへ返さねばならない」


 その言葉に、プリシラは一歩前に踏み出し、瞳を鋭く細めた。


「彼女を返すつもりはありません。彼女が何をされてきたか、貴方は見ていない。たとえ両親が貴族であろうと……いえ、たとえロンドリアの出身であろうと、彼女の尊厳をこれほど軽んじる扱いは、あってはならないことです」

「……では貴様は、その一人の少女のために、自分の称号も、王国も、そして女王陛下をも犠牲にするというのか?」


「そうです」


 プリシラの瞳には決意の炎が宿った。


「私たちは、自らを守れぬ人々を守る者です。もし陛下が、私のこれまでの決断が間違っていると仰るのであれば、そのような方は私の女王ではありません!」


 プリシラの目を真っ向から見据えるフィービーの顔に、静かな笑みが浮かんだ。


「おやおや。貴様、自分を陛下以上の存在だと思っているのか?」


 部屋の緊張感の中に火花が散った。プリシラは、このような閉鎖空間で戦闘になれば勝ち目がないことを悟っていた。

 フィービーの深い青色の瞳は、彼女を同僚の騎士としてではなく、『獲物』として見定めていた。


 今にも剣が抜かれようとしたその時、プリシラの背後から、か細く、内気な声が響いた。


「……アーク。わ、私の名前は……リオナラ・アークです」


 フィービーの不敵な笑みが突如として翳り、半分抜きかけていた短剣から力が抜けた。


「……何だと?」


 暗殺者は一歩踏み出したが、プリシラがそれを遮った。


「今、何と言った?」

「私は……リオナラ・アーク」

「は……はは……。いや、そんなはずはない……」


 フィービーの視線は、少女に固定された。


「リオナラ。お前は本当に、ジェイコブの娘なのか? 都合よくその姓を名乗っているわけではないな?」

「ち、違います……。あの……モノ(暴君)の娘であることが、何を意味するかは分かっています」


 その言葉はプリシラの心を刺した。親を『モノ』と呼ぶのは、ただ一つのことを意味する。


「私は……あなたや女王様があの人を殺す、ずっと前にロンドリアを逃げ出したの」


 フィービーは目を閉じ、深く息を吐いてから再び目を開けた。


「……そうか。ならば辻褄が合うな。リオナラ。お前はロンドリアの正当な統治者だ。それが何を意味するか、分かっているか?」


 少女はまだ震える小さな手で、かぶりを振った。


「う、ううん……でも……私は女王様みたいに崇められたいとも、支配したいとも思わない……。私はただ、プリスのそばで生きていたいだけ」


「……いいだろう」


 フィービーは再び魔法剣士に視線を向けた。


「言葉に気をつけろよ、卿。私は見逃してやるほど寛容だが、もしレオナール隊長があの言葉を聞いていたら、貴様は今頃立ってはいられなかったぞ」

「……肝に銘じておきます」


「ふ、フィービー卿」


 驚いたことに、リオナラがプリシラの隣に歩み出て声をかけた。


「あの……父の最期は、どうでしたか? 悔い改め、ていましたか?」


 暗殺者は彼女を見つめ、首を振った。


「とどめを刺したのは隊長と陛下だ、私ではない。実のところ、あの方たちがいなければ、私は今ここにいなかっただろうしな」


 少女は黙り込み、失望したようにも見えたが、心の奥底では一つの区切りがついたのを感じ、深く頭を下げた。


「……ロンドリアを救ってくれて、ありがとうございます」

「礼を言われるようなことじゃない。礼なら、プリシラと一緒にアルカディアへ戻る時まで取っておけ」


 フィービーは背を向け、肩越しに魔法剣士を振り返った。


「自分の名前を明かした彼女に感謝するんだな。そうでなければ、ここで刃を交えることになっていただろうからな」

※次回更新は3月20日 21:30予定です。

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