黒き天使(1)
プリシラの知らぬ間に、彼女はこれまで誰も成し得なかったやり方でアリヴォールを震撼させる大騒動を引き起こしていた。
「貴方は『ブラック・アサシン』の異名を持つ男を捕らえたのですよ。アリヴォールで最も悪名高い指名手配犯の一人を」
ギルドの広間にいた冒険者たちが目撃した、想像を絶する偉業。彼らの絶え間ない囁き声と共に、ルシーナの言葉がプリシラの脳裏に響き続けていた。
街の安全に貢献できたのは喜ばしいことだが、プリシラは度重なる深いため息を漏らしており、それは過度の疲労のせいとしか言いようがなかった。
「『騒ぎを起こすな』とは言われていたけれど……。ああ、もう……。どうして私に関わるとこうなってしまうのかしら」
宿へと戻る道すがら、彼女はぶつぶつと不満を漏らした。
「役に立たないわけではないけれど、それにしても……」
彼女はふと目を閉じ、受付嬢の言葉を思い出した。
「この賞金首のおかげで、昇級できるかもしれません。これほどの凶悪犯ですから、一気に鉄級に引き上げられても驚きませんよ」
プリシラは再びため息を吐かざるを得なかった。
(ダンジョンに入れさえすれば、それでいいのだけれど……)
宿へと続く通りに差し掛かると、入り口の周りに長柄斧槍を構えた数人の衛兵が立っているのが見えた。
その瞬間、プリシラの体にアドレナリンが駆け巡り、彼女は宿まで一気に駆け寄った。
「止まれ」
一人の衛兵が彼女の前に立ち塞がり、ハルバードを構えた。
「ここへは何の用だ?」
「何の用、ですって? 私はここに部屋を借りているの。何があったの?」
「地元のならず者どもとの乱闘だ。誰に責任があるのか調査中だ、だからお前には――」
「子供がいたはずよ。見なかったかしら? 黒髪で、濃い青い目をした――」
「ああん? いや、子供は巻き込まれていないはずだが、しかし……」
彼は別の衛兵が近づき、耳元で何かを囁くと、言葉を切った。
「何だと? ふむ……彼女か? 隊長の言っていた? なるほど。分かった。入っていい。ただし、広間には留まるなよ」
「分かったわ、ありがとう」
彼女は衛兵を追い越し、広間へと飛び込んだ。
木のテーブルや椅子は壊れ、床には砕けたガラスの破片が散らばっていた。少量の血痕も見られたが、幸い、彼女が心配するほどの量ではない。
厨房の近くでは、ゲロルトとカーラが外科医の手当を受けているのが見えた。彼女は二階へと急ぎ、乾いた足音を木の階段に響かせながら、ようやく借りている部屋の前にたどり着いた。
胃のあたりが冷たくなるのを感じながら、彼女は素早くドアを叩いた。
「リオ、そこにいるのか?」
部屋の中でかすかな物音がし、やがてドア越しに返事が聞こえた。
「プリス、あなたなの?」
騎士は安堵のため息を漏らし、声を上げた。
「ええ、私よ。ドアを開けてくれる?」
「うん、わかった」
鍵穴に鍵が差し込まれ、「ガチャリ」という音とともに解錠された。プリシラは静かにドアを開けて中に入ると、後ろ手に扉を閉めた。
リオナラを見た瞬間、騎士は奇妙な違和感を覚えた。今の彼女には、模擬戦に参加していた時の自らの隊長が放っていたようなオーラが漂っていたのだ。
それは、死のオーラ。
プリシラは一瞬目を閉じ、目の前の少女と過ごした時間を思い返した。すると、冷ややかな感覚は次第に引いていった。彼女は咳払いを一つして、目を開け、尋ねた。
「私の留守中に、何かあったのか?」
リオナラは少し首を傾げた後、かぶりを振って答えた。
「階下での喧嘩以外は……特には何もないよ。どうして?」
「お前、なんだか変わったな」
「変わった? どういう風に?」
「なんて言えばいいのかしら……。大人びた、と言うべきか」
彼女は目の前の少女に対して抱いた疑念を追い払おうと、頭の横を掻いた。
「ごめんなさい、変なことを言ってしまったわね」
彼女のような年頃の女性に「大人びた」などと言うのは失礼だったか、とプリシラは思ったが、リオナラは逆に微笑んでこう言った。
「ふふっ。ようやく、歳相応に追いついてきたってことかな?」
騎士は前に進み、彼女の前に膝をついた。プリシラの瞳には、慈しみと悲しみが混ざり合っていた。
「リオ。もう一度だけ聞くわ。お前はどうしたい? 今からでも、アルカディアまで送り届けてくれる者を手配することはできるのよ」
「えっ……? なんでまたそんなことを言うの?」
「それは……さっきの出来事があって、たとえ私がそばにいても、お前を安全に守れる確信が持てなくなったからよ」
プリシラの右手が強く握り締められた。
自分は不屈で不可侵な存在であると思っていた。しかし、数時間前の出来事は、彼女に多くの現実を突きつけた。
「どうして? 誰か、戦ってあなたに勝てる人がいるの?」
「正面からの戦いなら負けないわ。けれど、命は儚いものよ。どんな些細なミスも致命傷になり得るし、私が常に完璧にお前を守れる保証なんてどこにもない。……今日、男に命を狙われたわ」
その言葉に、リオナラの目が見開かれた。
「で、でも、怪我はしてないんだよね!?」
プリシラは首を振った。
「ええ。けれど、もし鎖帷子を着ていなかったら、あの短剣は私の背中を貫いていたでしょう」
彼女は上着を脱ぎ、その背中の真ん中に空いた細い貫通跡を見せた。
「だから、もう一度だけ聞かせてほしい。本当にお前は、私の側にいたいと思う?」
「私は……危険には慣れてるよ」
リオナラは背筋を伸ばし、震える手を胸に当てて胸を張った。
「そ、それに、まだ言ってなかったけど、私にだってできることがあるの。わ、私も戦えるんだよ!」
彼女が左手を前に差し出すと、手のひらの中央が淡い青色に輝き始めた。
数秒後、集まった魔力は手のひらで踊る、控えめなオレンジ色の炎の礫へと変わった。
自らの核から魔力を引き出すのではなく、リオナラは空気中に存在する魔力を使って魔法を唱えていた。プリシラはその詠唱法を知っていたが、彼女のような若さでそれを成し遂げる者がいるなど、聞いたこともなかった。
「リオ」
プリシラは上着を膝の上に置くと、彼女の手に自分の手を重ね、魔力で覆うようにして小さな炎を優しく消した。
「私に証明して見せる必要はないわ。ただ、覚悟を決めてほしいの。外では何が起きてもおかしくない。私にも、お前にも」
「分かってる……分かってるよ……」
彼女は唾を飲み込み、一度鼻をすすった。
「私はただ……ただ、あなたのそばにいたいの、プリス」
その言葉は、プリシラの心の奥深くに短剣を突き立てられたかのように響いた。
騎士は深く息を吐き、再び上着を羽織った。
「分かったわ……。けれど、一つだけ約束して。自分から危険に飛び込むような真似は絶対にしないで。もし私や周囲の人に何かが起きたら、お前は逃げるのよ」
その瞬間、リオナラは顔を上げると、抑えきれない喜びとともにプリシラの首にしがみついた。
「約束する! あなたと一緒にいられるなら、私――私、逃げるのが一番上手な人間になってみせる!」
プリシラは躊躇しながらも、彼女の頭を撫でながら抱きしめ返した。
悲しみと罪悪感が彼女の心を締め付けた。リオナラを過去から解放したいと願えば願うほど、少女は彼女のそばにいたいと望む。
それは非論理的で、危険なことだった。
だが、騎士である彼女の手はすでに血に深く染まっていたとしても、その少女に救いの手を差し伸べずにはいられなかった。
※次回更新は3月14日 21:30予定です。




