第17話『灯り、消えゆくとき』
──夜明け前、山の方角に赤い光が揺れていた。
「火事ばいっ!」
誰かの叫びに、晃志は寝巻きのまま飛び起きた。
冷たい朝の空気を裂くように、風がざわめく。谷を越えて見える赤は、まるで空を焦がすようだった。
「まさか……!」
坂を転がるように駆け下りる。火の色が、どんどん近づいてくる。川を渡った先──それは晃志の提灯工房だった。
「晃志さーん!あっちは危なかけん、行かんで!」
村人たちがバケツを抱えて集まり、火を囲むように水をかけていた。だが、すでに屋根は崩れ、炎は木の梁を食い尽くしていた。
バチン、と弾ける音がして、工房の奥に積んでいた竹が破裂した。
「あああ……!」
晃志は声を漏らしたまま、その場に立ち尽くすしかなかった。
ここは、村に来て、初めて灯りをともした場所だった。
火の扱いを知らなかった異世界の人々に、灯りの文化を伝えた始まりだった。
「なんで、こんな……」
誰かがつぶやいた。
「鉱山のあれと、関係あるんか……?」
だが、その問いに答える者はいない。火は語らない。ただ静かに、すべてを燃やしていった。
夜が明ける頃、ようやく火の勢いはおさまり、あたりには炭の山と黒い骨組みだけが残された。
すすけた空気の中、エミリアが手ぬぐいで顔をぬぐいながら、倒れた棚のそばで何かを見つけた。
「晃志さん……これ……」
彼女がそっと手渡してきたのは、焦げた木箱。その中にあったのは──かすかに赤く染まった、小さな提灯だった。
「……これは……」
晃志の手が震えた。
それは、この村で最初に作った提灯。
村の竹で骨を組み、見よう見まねで灯した“第一の灯り”。
火に巻かれたはずなのに、布の一部がわずかに焦げただけで、形は残っていた。
「おれがこの村に受けいれらようと灯した、あの晩の……」
言葉が詰まり、しばらく口がきけなかった。
だが、横に立ったエミリアが、そっと口を開いた。
「形が消えても……あの灯りは、わたしの中に残ってるよ。晃志さんが、ここで初めて見せてくれたあの光……忘れんよ」
晃志は、焦げた提灯を見つめながら、深く息をついた。
「火で壊れるもんも、ある。技も、形も、家も……全部、灰になるときもある」
それでも──と彼は顔を上げた。
「人の手があれば、また作れるとばい。灯りは、火やなくて、心から生まれるもんやけん」
村人たちは黙ってうなずいた。誰の顔にもすすがついていたが、その瞳には確かに、ひとつの灯りが映っていた。
あの一本の提灯。
それは村に来た証であり、技の種であり──未来への約束だった。
焼け跡にぽつんと残されたそれを、晃志はそっと手に取って言った。
「また、作ろう。いちからでも、なん度でも。灯りは……消えんとばい」




