第15話『紙に宿る、願いの声』
春の風が、草木の香りを運んでくる午後だった。
晃志は、広場の隅で遊ぶ子どもたちの声に耳を傾けていた。土遊びに夢中の中で、ひとりの少女がぽつりとつぶやく。
「大事な人に、言葉を届けられたらいいのに……」
その言葉に、晃志の胸がちくりと痛んだ。かつて八女で、離れて暮らす祖母に手紙を送ったあの日の感覚が、ふっとよみがえる。
「……紙ば、作ってみるか」
晃志は川のほとりに立ち、目を細めて流れを見つめた。この水の澄みようなら、きっと紙漉きにも使える——そう直感し、すぐに準備にとりかかった。
村の草原で見つけた柔らかな麻と、細く丈夫な野の蔓。それを煮て繊維をほぐし、細かく砕く。そして、八女の記憶を辿りながら、自作の木枠を使ってすくい上げる。
静かに、ゆっくりと水を切り、陽にさらす。日々の仕事の合間に、黙々と紙を漉き続けた。
「おお……なんちゅう美しか」
数日後、仕上がった和紙は、ほんのりと草木の香りが残る、柔らかく、あたたかい手触りだった。光に透かせば、まるで水の流れそのものを閉じ込めたようだった。
「これが……八女ん紙」
晃志は紙を手に、子どもたちに声をかけた。「想いば、これに書いてみらんね」
最初は戸惑っていた子どもたちも、クレヨンのような顔料を手にとると、次第に夢中になっていく。文字を書けない子は絵を描き、遠くの兄に「元気ね」と綴る子もいれば、亡き父に「会いたい」と記す子もいた。
その様子を見た大人たちも、やがて手を伸ばし始めた。
「わしも書いてよかやろうか」
「うちも……娘に謝りたかとよ」
こうして、言葉や想いを綴った紙が百枚近く集まった。
晃志は、それらを村の中心に立つ“灯りの木”——晃志が昔、提灯を吊るした古木——に、ひとつひとつ結びつけていった。枝に揺れる白い紙たち。日が沈むと、その下に灯された提灯の灯りで、和紙がやわらかく光を返す。
風が吹けば、願いが揺れ、光が揺れる。
その光景に、誰もが言葉を失った。
老いたナタリアがそっと漏らす。「書けば心が軽うなるとね……まるで、遠くの誰かに届いとる気がする」
晃志は火のそばに腰を下ろし、空を見上げた。風に揺れる紙が、まるで天に手を伸ばすように見えた。
「紙はな、声なき声ば伝えるもんやけんね……」
晃志の手の中に、一枚の和紙があった。そこには、墨で綴られた一文。
《じいちゃん、ばあちゃん。おいはこの世界でも、誰かの声ば届けよるばい》
八女の風は、今日も静かに吹いていた。




