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友晴と莉子が少し近づいた。良かった。
「熱心に祈願してたね、何を?」
門前町から曲がった先にあるお店で遅い昼食を摂りながら、葵にからかわれるように問われる。
「思うことが色々とあるのよ」
それに、莉子は曖昧に返す。
「ふぅ~ん」
葵は、食べ終えたプレートを横へと滑らせながら、そんな相槌を打った。
食後に運ばれてきた深煎りのコーヒーを飲みながら、莉子は自分が落ち込んでいるように感じている。
窓から、真っ青な空にきれいな白い雲が浮かんでいるのが見えて、その景色と裏腹な自分の落ち込みが、不思議に思えた。
「ここ出たら、門前町に戻って良い?」
「良いよ。何かめぼしいものがあったの?」
「葛餅を買って帰ろうと思って」
「へぇ、そんなに気に入ったんだ。あ、テイクアウトできるお店、あったよね。あの土産物の真空パックに入ったやつも美味しいけど、せっかくならお店で作ってるやつ、持って帰りたいもんね」
「そんなところ。葵も樋口さんにお土産持って帰ってあげたら?」
「今日は会う予定にしてないけど…」
「連絡してみたら?喜ぶと思うよ」
「そうねぇ、葛餅に乗るとは思えないけど…」
葛餅に乗るんじゃなくてただの口実としての葛餅だから、と莉子は笑う。その話に乗ってくるに違いない樋口を思い浮かべて、莉子は自分と友晴のやり取りも思い出していた。葛餅を口実に会いたかったのは自分も…そんな風な連想が簡単にできて、莉子は自嘲する。
スマホで樋口と連絡を取った葵が、
「駅まで来るって」
と言う。
「どこの?」
「なんか、神社行った後の莉子に会ってみたいから、莉子の最寄駅でだって。あの駅から樋口さんの所まで一本で行けるからっていうのもあるんだろうけど。駅前か駅中で落ち合おうって言ってる。莉子の都合は大丈夫?」
その言葉に是も否もなく相槌程度にうなずき返すと、
「じゃ、一回改札出た所でってことにしたよ」
と、スマホでメッセージを打ち終わった葵が莉子に告げる。
「おせっかいだよね。人が良いんだろうけど、樋口さんも」
「減るもんじゃないから、良いんでしょ」
自分の彼氏が、他の女の心配してたらヤなんじゃないかなぁと思いつつ、莉子は「まあねぇ」と葵に返して、コーヒーを飲みきった。
門前町の葛餅を、それぞれが買い求めて駅へと向かう。
乗車した所で葵が樋口に連絡を入れているのを見て、莉子も友晴へと一報を送った。
『駅を出ました。たぶん、一時間と少しで最寄駅まで戻ると思います』
『了解。その頃に駅で』
友晴からも簡単な返事がすぐに入った。
この分だと、日が沈むまでには部屋へと戻れそうだ。
「夕食、一緒にどう?駅出るから、その辺で時間つぶして早めに夕ご飯にしようかって話になってるんだけど」
「イイよ。お二人でどうぞ」
「そう?」
「十分、日中のお散歩で消耗してるから、私。安息プリーズ」
「…そんな歩いてないけどぉ」
そんなことを言い合っていると、少しずつ眠気が勝ってくる。
スマホのゲーム片手に話していた葵に、「着いたら起こして」と一言そえて、莉子は目を閉じた。
「ほら」
改札を出た所で待ち構えていた樋口が、尻尾を振る勢いで葵の方へと向かってくる。目線ももちろん、葵にロックされていて、会社とは一味違った笑みを浮かべている。
その樋口を見つけた莉子が笑いながら言ったセリフに、葵はじとっとした目線を返しつつも、優しい笑みを向けて樋口に応えている。
「ほぉらねぇ」
追い打ちをかけるように、からかいながら言う莉子の頭に、葵の右手がぱしっと入る。
「良いじゃない、かわいいし…」
にこにこと近づく樋口を見つめながら、葵が莉子に向けて小声でそう言う。
「…かわいいって、葵も重症だねぇ」
葵に軽くつっこみを入れられた頭をなでながら、その手を樋口へと上げて、莉子はそんな風に葵に答える。
「もう…」
「でも、良かったよ。ほんと、葵がお幸せそうで何より」
「…ありがとう」
樋口が目の前に来たため、そこで莉子と葵の会話は閉じた。
代わりに樋口が莉子を一瞥して、
「莉子ちゃん、安心した。やっぱ、あの神社、最強」
そんな言葉を投げてくる。ただし、目線が動いたのは、その一回に限ってのことだった。樋口の目線は、相変わらず葵へ吸着しているようだ。
「はい、ちゃんとお参りしてきましたよ。じゃ、また」
「もう帰るの?」
「帰るよ」
「あれ、ひょっとして、あの人って、莉子の知ってる人?あ、最近会ってる人って、あの人?」
突然、葵がそんなことを言って、樋口の後ろの方を指差した。
「え?」
友晴が駅にいてもおかしくはない。葛餅を渡す約束をしている。だけど、それを知らないはずの葵からそんなことを言われて、莉子は驚く。
「ほら、あっち行っちゃったよ」
葵は、その自分の考えに、なぜか確信を持っている様子だ。
「なんで、その人がって、分かるの?」
「さっきの莉子と同じことを感じたの。『ほぉらね』だよ」
「何、言ってんの」
呆れたような目線を莉子は葵に投げる。
「良いから、急いで。今日はありがとう。ほら、追いかけて。それって、あの人へのお土産でしょ?」
言い当てられて驚きながらも、莉子は、葵が言うその先へと目線を向ける。
「また、会社で」
莉子がそう言って手を振ると、
「じゃあ、莉子、またね。急いで急いで」
と、葵の言う『その人』がいた方向へと急かされるまま足を運ぶ。
半信半疑で向かった先に、見知った背中が見えたような気がした。
その背中を小走りで追いかける。莉子の歩調に合わせて、手に持った葛餅の紙袋ががさがさと揺れる。
駅を出て少し歩いた所で、その背中がこちらを振り向いた。
やはり、友晴だ。
葵が言っていた通り、紺色のロンティに7分丈のチノパンの出で立ちの友晴がいる。言い当てた葵に、改めて驚く。
「友晴さん」
と笑って手を上げた莉子に、友晴がほっとしたような表情で応じる。
莉子が近づくのを待っているようで、そこに留まっている。友晴の表情は曖昧だ。
「すみません、お待たせしてしまいましたか」
友晴の行動は、帰ろうとしていたように莉子には見えた。それを踏まえて、待たせてしまったのかもしれないと、謝罪の言葉が莉子の口から出る。
「いや。後の予定も聞かないで、悪いことしたね」
「何のことですか?」
友晴は、莉子とその背中に向けて何度か視線を往復させる。
「これから待ち合わせか何かがあるんじゃないのかい?それなのに、葛餅の土産を強請って、悪いことをしたと思ってね」
「そんな。言い出したのは私の方ですし…」
「向こうで待っている男がいるんじゃないかい」
そう言うと、友晴は葛餅の入った紙袋を莉子の手から受け取った。財布に手を伸ばす友晴を見て、莉子はそちらに気がそれてしまう。
「あ、お土産ですから、もらってください。これくらいは、持って帰ってくださいよ」
「じゃ」
そう言って足早に立ち去ろうとする友晴に驚いて、莉子は咄嗟に友晴の袖をつかんでいた。
「待ってください。待ってる人なんていません」
「あの改札を出た所で君を待っていた男がいたんじゃないかい?」
「ああ、会社の先輩で、今日一緒に神社まで行った同僚の彼氏です」
「同僚…」
「ええ、私の隣に立っていたんですよ。ラブラブで。二人ともお互いのことしか目に入ってないのかってくらい、見つめあったまま近寄ってました」
「そうか」
樋口の影に入っていた葵の姿は、友晴からは死角だった。そのため、樋口が改札から出てくる莉子を待ち構えていたようにしか見えなかった。そして、そんな場所に自分を呼んで葛餅を手渡しすると言った莉子の言動の、理解に苦しんでさえいた。
それが、杞憂だと分かって、友晴から笑いがもれた。
そして、自分の袖をひっぱるように小さく握った莉子の手が目に入って、肩の力とともに深い息がゆっくりと出て行く。
「なんだか、気が抜けた」
そう言う友晴に、莉子は笑って答える。
「先日行ったパティスリーで、一杯付き合ってもらえませんか?」
「喜んで」
袖をつかんでいた莉子の手に、友晴の手が添えられた。
そっと触れる友晴の手から、その体温が伝わる。
どきどきとする。
顔が上げられない。
三十路直前でも、こんな風な気持ちを持てるんだな、と、照れながらそう考える自分を見つけて。
それに、さらにあおられて。
友晴を見上げると、少し笑った横顔が見える。
いつものように、見上げた莉子に気づいた友晴が、自然と目線を莉子へと落とす。
目が合うと、友晴がやさしく一面で笑う。
その笑顔が、ハルとそっくりで。
さっきまでの浮ついた気持ちが、少しずつ凪いでゆく。
ああ、ハルってやっぱり友晴さんの子どもなんだな…
ハルはもう、背格好だけなら友晴と遜色ない。笑った表情までそっくりなんて、何の罰ゲームだろう。
そんなことを思っていた莉子の手を、ぎゅっと友晴が握った。
莉子は、その暖かさを心地良く思った。
ありがとうございました。




