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サンドイッチを食べ終えた葵が「そう言えば…」と莉子に数枚の紙を手渡した。
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車にはねられ、男児死亡、母親は意識不明の重体、車は逃走
4月○日午後7時10分ごろ、横断歩道を渡っていた男子園児(5)とその母親(34)が直進してきた車にはねられた。母親は全身を強く打ち、意識不明の重体。男児は死亡。
現場は桜の名所からの抜け道にあたる。駅を利用する歩行者が多く通る道でもあり、速度を上げて通り抜ける車両とのトラブルが多く、近隣住民から問題が上がっていたという。今年度、街灯が新たに設置予定、歩道の整備も合わせて進められていた。この日男児と母親は、家族たちと公園の桜を見に出かけ、二人で駅へ向かっており帰宅途中事故に遭ったもよう。
男児は来入学児。母親は妊娠6週であった。
二人をはねた車はそのまま逃走しており、道交法違反(ひき逃げ)容疑で捜査している。近隣スーパーに設置された監視カメラに、二人が事故に遭った直後銀色の車がスピードを上げて走り去る様子が映っており、その映像の解析を進め容疑車両の判別が進められている。
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莉子へ渡した後スマホを操作しつつ「今送ったURL、その資料の元ね」と葵が言うのを聞きながら、莉子はその一枚目の紙を読んだ。
「名前がね…なかなか見つかんなくて苦労したんだけど…」
そう言って、葵がスマホでメッセージアプリにテキストを流してきた。
『佐々木晴喜(5)、佐々木由喜(34)』
「たぶん、これだと思うんだよねぇ」
「…なるほど…」
莉子はそれを見つめた。
ハルの名前は葵の探してきた「はるき」であっている、莉子は確信する。
『ハル』は『友晴』の『晴』と同じ文字だろうと予想はしていたが。
父親の『晴』と母親の『喜』をもらって名づけられたことが、易々と予想できる。望まれて生まれ、幸せに生きてゆく未来が、その名前の中にうかがえた。
「あのさぁ」
「ん?」
「何も聞かずに、望みをかなえてあげたわけじゃん、私」
「…ありがとう」
「これって、何のための調べもの?」
「…ああ」
「秘書じゃないんだから、手渡して終わりってことにはしないわよ。で、この事故、莉子と関わりあるの?」
「まあ」
「母親と子どもが巻き込まれて、子どもが亡くなってて、母親は未定で、莉子の近所で、一昨年の春の事故。苗字は佐々木さんだけどフルネーム知りたいと。で、その後のことも分かればありがたいって?そんな風に簡単に話を振ってきたけど、これ、調べるの時間かかったんだよ」
恩を着せるためか、真実なのか、葵は莉子へとそんなことをぼやく。
「さすが、葵。私も、自分で探す努力はしたんだけど、個人情報は見つけられなくて。その後のこととなると、なおさら…。よく見つけてくるよねぇ、やっぱ、葵はすごい」
その莉子の言葉に、葵はうさん臭そうな目線を投げてよこした。それを笑って、莉子は二枚目の紙に目を移す。記事がアップされた日付は、一年ほど前になっている。
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男児に続き、母親も死亡。ひき逃げの容疑者、引き続き捜査。
六か月前の4月○日午後7時10分ごろ、横断歩道を渡っていた男子園児(5)とその母親(34)が直進車両にはねられ男児が即死、先月○日母親も病院にて死亡。
警察は引き続き銀色の車両と、ドライバーを捜査中。監視カメラなどの映像が不鮮明で車両の特定が難航。目撃情報を呼びかけるビラを、事故から6か月の節目の今日、駅前や事故現場などで配布した。
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「母親も死亡してたんだ…」
「そう、あの駅の近くだよね。私も看板見たよ、目撃情報探してるやつ。そうそう、それ、今回の過去ログを探してる時に見つけたんだけど、三枚目見た?」
紙をめくりあげて三枚目に莉子が目を移すと、葵は話を続ける。
「最近、犯人つかまったんだって。通報があったとかで。…で、莉子は何を探してる?樋口さんが心配してることと、関係があるように思えるんだけど」
「…まぁ、関係、なくはないだろうなぁとは、私も思う」
「あんたが探せっていった内容で、どんぴしゃな事故があって、それで確信がないって、どんだけ鈍いの、あんた」
「ひどい言われようね、私…」
「人にお願いをしたんだから、それに誠意を持って答えろってことを、嫌味に遠まわしに、お伝えしてるだけです」
「…そう」
「そうよ」
「私だって、樋口さんとのこと吹聴してないじゃない」
「そもそも、そんな話をするような同僚知人が、あなたに、いるの?この会社の中で」
そう言う葵の表情は、勝ち誇っていると言っても良いんじゃないだろうか。莉子はふて
くされたようにそれに答える。
「…いない、ね」
「それって、成立してないよね、取引が。っていうか、私、隠してないし、樋口さんとのこと」
「ああ、そうなんだ?」
二人が会社近くで度々朝食を食べているのを莉子は思い出した。
「…はあ」
「お。葵、諦めた?」
莉子が笑って顔を上げると、しかめっ面で。
「…分かった。来週末、樋口さんとあんたの部屋に行くから。それでイーブン」
さっきの話の続きがこんな所で出て来てしまった。
ここで強く拒否するのも大人気ないのかと、莉子は考えてしまう。
「なんで、付き合い始めのバカップルを、週末に自宅に招待しないといけないのぉ、私。やだあ、ラブラブっぷりに中てられて熱が出そう」
「十分体調悪そうだから、それ以上はないでしょ」
わずかに心配げな目線を莉子へ向けた葵がそう言った。
「はいはい」
小さくため息を吐いて、莉子はそれに応じた。葵が強引に持論を通す時は、自分のためというよりこちらのことを思ってということを、莉子は知っている。
「じゃ、そういうことで」
「葵も樋口さんも、物好きね」
「何しに来るのとか、そういうこと聞いてこないってことは、思い当ることが莉子にもあるんでしょ。莉子の方こそ、可愛げないわぁ」
「可愛げがないってのは、認めます」
つい数日前にも、ハルに同じことを言われた、そのことを莉子は思い出す。
「わぁっ認めちゃった?」
葵は楽しげにそう言う。
「…週末って、土曜日で良いの?」
「早い方が良いって樋口さんが言ってたから、金曜日の夜から押しかけちゃおうかなぁ」
「はいはい」
「じゃ、金曜日の夜、家飲み、決定」
「決定したんだ」
「樋口さんにも言っておく」
「樋口さんも忙しいだろうに…」
「カワイイ彼女に会えるんだから、文句なんて言わせないわよ」
「強いね、葵は」
「じゃ、そういうことで。」
その時、葵のスマホに樋口からの連絡が入る。そのメッセージを読む葵の表情に莉子は少し笑う。
「樋口さん来るって?」
表情を緩めた葵は、本当に綺麗だと素直に思う。愛する人とのやり取り、それが葵のその表情を引き出しているのだろう。莉子は微笑ましく思った。
「うん、やっと帰れるって。五分後くらいかな」
会社から近い飲食店に来て一時間ほどたっている。
「案外、早かったね。じゃ、帰る。樋口さんによろしく」
そう言って立ち上がった莉子に葵は手を振る。
「ありがと、付き合ってくれて」
「こちらこそ、資料、ありがとう。なんか、すっきりした」
「…深くは聞かないけど。そのかわり、金曜日は手料理ふんぱつしてねぇ」
「…あんま、期待しないでよね…」
そう言って莉子は店を後にした。




