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夜空のハル  作者: 里村
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 あと一歩で届く。


 また見てしまった夢を、リアルな3D投影で目覚めた後でもう一度体験する。


 あと一歩足りない、どうやっても、届かない。


「おはよう、リコ」

 莉子の隣からむっくりと起き上がって、ハルは莉子と部屋の映像を見た。

「…なんか、リコってさ、見る夢が暗いよなぁ」

 また背が伸びて、中学生くらいに見えるハルが生意気なことを言う。

「お前に言われたくないわ」

「僕は、莉子にこんな夢、見せたことない。自分でもこんな夢見たこともない」

「いやいや、そもそも、生きてないわけじゃない。未練があって残ってるってこと。暗いっていうのは、そういう状態でしょ。私は、一方的に見せられてるだけだから。私に()はないでしょ」

「また、そんな屁理屈(へりくつ)を言って…リコかわいげがなぁ~い」

 背も伸びたが、精神的な部分と言うか、莉子への対応が格段に大人びてしまったハル。自分の状況も、以前よりは理解している素振りがあって、そんな軽口で話すこともできるようになった。

 ひょっとすると、思春期特有の意地を張っている状態なのかもしれないけれど。

 母親じゃないし、深く考えないことにする。

「かわいげなんて、持ち合わせてないから、それで合ってるよハル」

「うわぁっ、ほんと、かわいげない」

「お前ねぇ、居候(いそうろう)分際(ぶんざい)で…」

「だって、僕、ここじゃなくても良いし、いつでも出て行けるし」

「わ、お前だってかわいげないじゃない」

「いやいやいやいや、リコ、女としてはどうなのかって話」

「はいはい」

「ほんと、どーして、こんなママと全然違うタイプに構ってるかなぁ、パパは」

 莉子が友晴と会っていることを、ハルは知っていた。

 いつからというより、『パパ、ちょっとは元気出た?』という質問を突然受けて、ハルが知っていると莉子は知って。気まずさから絶句した莉子に『あ?言わない方が良かった?』と逆に聞かれてしまった。

 やましいことはない。

 大人気ないそんなセリフが口から出そうになって、中学生くらいに見えるハルに言い訳するにしては、どうでも良い内容だなと自嘲して『初めて見た時よりは、元気かな』と答えたのはつい最近のことだ。

 魂だけの存在で、呼べば出てくるんだから、姿を見せずに付き添っていては莉子には分からない。

 深く考えることをやめて、ハルとはそういう存在なのだからと、思うことにした。

「さあねぇ、どうしてだろうね」

 ハルの質問に、莉子は曖昧(あいまい)に答えて、出社準備に取り掛かる。



 風が強い日だ。

 寒さが最終、本当に苦手な季節。部屋から出るだけで、骨も筋肉もきゅっと強ばる。

 コートのボタンをきっちりと閉じて、マフラーを何重にも首に巻きつけて、厚手のニット帽をかぶり耳を覆い、スマホ操作のできる薄い手袋の上に皮の手袋を重ねて装着する。

 どこからも風が入り込まないことを祈りつつ、玄関の扉を開ける。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 ソファーから顔だけ廊下へ向けて、ハルから声がかかる。

 玄関まで見送ってくれてた頃が懐かしいわ…。

 つい数か月前のハルを思い出して苦笑いしながら、莉子は玄関を勢いよく開ける。

「さむっ」

「今日、今年一番の冷え込みって、お天気おねぇさんが言ってたよ~」

 そんな声が、閉まる扉の隙間からもれてきた。


 そう言えば、私の体調、いつの間にかマシになってない?

 倒れて以来、病弱認定されていたはずが、寒くなってからは大丈夫な気がする。


 それを葵に確認すると、短い鼻息が漏れた後で、

「ちゃんちゃらおかしいわ」

 と、不必要に冷たい言葉が返ってきて、莉子は鼻で笑う。

「変わりなく、じゃくじゃくなわけ?」

 面白そうに聞く莉子に、葵は眉を寄せる。

「ほんと、なんでそんなで元気風なのか、私には疑問」

「まじで」

「まじっす」

「どの辺が?」

「いや、もう、全部。体重計乗ってみたら」

 そう言えば数か月乗ってないなぁと莉子は思っていた。

「そうね」

「ランチもしっかり食べてるし、振る舞いは健康な人って感じなんだけど、なぁ~んかねぇ、心配」

「あ」

 ふいに、莉子は思い出す。

 カレンダーに目を馳せた莉子の目線を追って、葵も頷いた。

「…あれから一年ねぇ」

「樋口さんは?」

 まだ話したくない、それ以上、話したくない、そう思って莉子は聞かれてもいないことを葵に尋ねる。

「…まだ。近くまでは帰って来てるんだけど。もうちょっと付き合って」

 樋口の帰社が予定したより遅くなってしまったらしい。

 二人の待ち合わせ場所で、莉子は夕食を食べている。莉子は樋口が来たら帰るつもりでいる。注文したサンドイッチを一切れ小皿に乗せて葵に渡した。莉子は残りを手早く平らげようと思った。

「あの日も、二人でさぁ…」

 そんなことを言う葵に「早く食べな」と莉子は促す。

 莉子を一瞥(いちべつ)して、葵はそれでも話を続けるつもりだ。

「来週末、予定ある?ないなら家に泊まりに来なよ」

 来週末とは、ちょうどあの日から一年の日のこと。

 莉子はため息を吐きだした。

「…ありがとう、葵。また、考えておく」

 そう言った莉子が、この話を自分からすることはないことを葵も分かっている。

「分かったわ」

 そう一言告げて、葵はサンドイッチに手を伸ばした。




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