13
ブックマークいただいてる方、ありがとうございます!
初投稿、迷走中の、里村です。
この辺りから、閑話をはさんでゆきたいと思っています。
そして、プロローグ、いつか、書き直したり入れ替えたりする予定です。
なんだか、暗いお話っぽいのがイヤで…。
まだまだ迷走しますが、お付き合いいただけると幸いです。
よろしくお願いします。
「ハル~?ハ~ル~」
休日の夕方、外はもう薄暗い。
何もすることがないな…そう思った莉子は、暇つぶしにハルを呼んでみた。
そう言えば、呼び出したことはない。呼べば出てくるんだろうか。ハルは、ここに居ない時は、どこで過ごしているんだろうなぁ。
そんな連想の果ての暇つぶしに、ハルは容易く返事を返してきた。
「何?リコ呼んだ?」
「聞こえる所にいるのねぇ」
思ったよりも早く出てきたハルに、莉子は驚いてそう声をかける。
「ん?呼んだら聞こえるでしょ?」
「そうなの?」
「うん」
「ふぅ~ん」
「どうしたの、リコ。珍しく僕を呼んだりして」
嬉しそうにハルはそう言う。
「何?呼ばれると嬉しい?」
「うん!」
飛び跳ねんばかりの様子に、莉子は笑った。6歳頃の子どもの、子どもらしい姿がそこにある。
「暇なの。牛乳入れて」
「うん、良いよ。待ってて」
そう言って、ハルはシンクの方へ跳ねるように向かう。コップが伏せてある所に手を伸ばして「届かないから取って」と莉子を振り返る。
ハルは、物象を物象としないですり抜ける癖に、たまにこういう甘えたようなことを言う。
今も、シンクを通り抜けてコップに手を伸ばせば届くはずだ。
波紋のように、ハルが通り抜けたものには小さな泡のような波が起きる。ゆっくりと動くその輪郭の泡がふわりふわりと輝く様を見ると、莉子はどうしようもなく切なくなった。
美しいのだけど、何か、ざわざわと…。
冷蔵庫の取っ手を持って開けて、牛乳パックは扉を透過して取り出すハル。
テーブルに体半分埋めながら、テーブルの上のコップに牛乳を注ぐハル。
自在に物象からの干渉を変化させることができる。飛んだり、透過したり、その上を歩いたり走ったり。
何とも理解しがたい不思議な光景だ。
「届くでしょ」
「良いの、リコに取ってもらいたいの」
ハルは頬を膨らませて、莉子を見た。
「はいはい」
その表情に笑って莉子は立ち上がった。
「これじゃ…。ハルを呼びださなくても、コーヒー淹れたよ、自分でさぁ」
そんな小言も漏らしながら向かう莉子を、ハルは気にした様子もない。
牛乳を飲みながら、流れるテレビに視線をやって、「暇ね」とつぶやけば、ハルが嬉しそうに莉子を見て言った。
「じゃあ、お散歩行こうよ!」
ハルの言う散歩とは、夜空に向かうことを言う。
正直、あの散歩の後の体がつらくて、莉子は逡巡する。
「行きたいんだよ、行きたいんだけどね…体力がさ…」
「じゃあ、莉子、ご飯食べて、ベッドで寝て。寝たら連れてってあげる。起きても、ベッドで寝てたら、大丈夫でしょ」
子どもの理屈は、大人のそれをかなり端折ってしまうものだと、この数か月のハルとの生活で、莉子も少しばかり分かってきていた。
「う~ん…そんな単純な話でもないんだけどぉ」
「ねぇ、行こう!ねぇねぇ、行こうよぉ」
行きたい、やりたい、遊びたい、何かがしたい時の子どもの意志を折るのが大変だということも、ここ数か月で学んだ。
「…分かった」
予定もなく、見たいテレビがあるわけでも、毎日眺めるサイトがあるわけでもない。ここで駄々をこねては、自分の方が子どもっぽい気がしてしまう。
莉子は意を決して立ち上がり、冷凍庫から取り出したものをレンチンして夕食にした。シャワーを浴びて髪を乾かして、随分と早い時間からベッドへと入る。
支度をする間、ハルは莉子の後をついて回ったり空想のものを飛ばして遊んだり、自由に過ごしている。
そして、莉子がベッドへ入ると、ハルもその隣に当然のように寝転んだ。
「おやすみ、ハル」
「おやすみなさ~い」
そうは言っても眠れないだろう、そう思って瞼を閉じたにもかかわらず、莉子は、すぐに眠りに落ちた。
次の瞬間にはベランダの外にいて、少し上で浮かぶハルと手をつないでいる。
いつものことだけれど、本当に不思議だ。
向かう方向は様々で、今日もハルの行きたい所へと向かう。遊園地だったり、海の上だったり、山々をぐるぐると飛び回ることもある。
莉子は、ハルの髪に触れることができて、自由に飛び回れる解放感が好きで。
今日も気が済むまで飛び回ったハルが「そろそろ帰る~」と言い出して部屋へと戻ることにした。
その途中、一本の街灯の上を通り過ぎた。
そこは、駅からの帰宅途中、時々通る道沿いにある。
ドラッグストアに立ち寄った後で部屋へ帰る最短ルートの上で、人通りが少ない。すれ違うか追い越していく人が、一人二人いる程度。莉子にとっては、人通りが少ない割に街灯が整備されていて、ドラッグストアから帰るには便利な道に過ぎない。
その道沿いの一本の街灯の前を通る際、静電気のようなビリビリとした何かを肌に感じた。
その感じが、ここ最近強くなってきている。
それは、原因が増えたためか、ハルと過ごして自分の感性が変わっていっているためか、どちらかは莉子には分からないのだけど。
「ねぇ、ハル。あの街灯って、ハルから見るとどんな感じ?」
莉子は言葉が少ない。端折りすぎだと葵に言われることをふと思い出し、付け足すように言葉を重ねた。
「どんな感じっていうのは、あのね、私、最近あの街灯の近くを通ると、ビリビリするんだよね。でも、そう感じるだけだから、何だか分からなくて。ひょっとして、ハルには私には見えない分からないことが、見えたり分かったりするのかなって思って」
莉子が指差した街灯の真上でハルが止まって、「う~ん」と言いながら眺めている。少しずつ旋回して高度を下げて行くと、その街灯の麓がはっきりと見えはじめた。
今日は男が寄りかかっているのが見える。
「ねぇ、リコ、あの男の人分かる?」
「ほんと。男の人がいるね。知らない人だよ」
真上の街灯に照らされて、男の顔には濃い影が落ちている。
顔はよく見えないが、背中を丸めて煙草の煙を吐き出しているのが分かった。誰かを待ち伏せしているのか、何かの調査中か、それにしても、違和感がある。
服装?顔色?何だろう…。
「こんばんは!」
臆することなく、その男の前に降り立ったハルは、そう男に話しかけた。
返事はないだろう、ハルが他の人に見えたことはないのだから。
莉子がそう思ったのと同時に男から声が上がった。
「おお、ぼうず。元気な挨拶やな。えらいなぁ」
そんなことを言って、ハルの頭を、煙草を持っていない方の手で一撫でする。
「見えるの⁉」
驚いて声を上げる莉子を、男は訝しげに見る。
「何、言うてんの、お嬢ちゃん。見える、見えん、って、見えるやろ」
もう何の話ですかと、莉子の頭の方が混乱する。
「ねぇ、おじさんって、ずっとここにいるの?」
「そぉやな、わりと長いことおるなぁ」
煙草を吐き出しながら男はそう言った。
「リコがここを通るときに、何かイワカン?があるって言うから、おじさんなら知ってるかと思ったんだけど…」
「あっ。リコってその嬢ちゃんか。そう言えば、時々見かける顔やないか。夜、買い物袋下げて、週に何回か通るやろ?」
「ええ、そうですけど…」
「たまぁにワシが手振ってやるのに、ぼぉっとメンチ切ったまんまで、無視しよる。感じの悪いねぇちゃんやなぁって思っとったんや」
がはははっと笑う男は、妙に明るい。
「…それは…ごめんなさいね?」
「ねぇ、ねぇ、リコの言う、ビリビリの感じって、このおじさんなんじゃないの⁉」
ハルが唐突にそんなことを言ったのを、莉子は不思議と聞き流しそうになった。
人通りの少ない道に駅の方向から近づいてくる足音を聞いて、そちらに気を取られていたからだ。
カツカツと言う響きが男性用の革靴の音だなと考えながら振り返る。
すると、そこに居たのは、樋口で。
「あ、リコのお友だちだ!」
ハルは相変わらずの無鉄砲で、樋口の方へと跳ねて行く。「元気なぼうずやなぁ」とそれを見た男が笑って言う。
悪い人に見えないな、そんなことを思いながら、莉子は横道に向かう。
樋口に見えるはずはないのだが、なんとなく、樋口と目が合うことがないように街灯から距離を取って三叉路を曲がった所で身を隠すことを選んだ。
ハルが樋口の横や後ろに回って何か言っている様子が、莉子が隠れた所からでも見える。
樋口は、ハルの方を見ることないが、手だけはぶんぶんと振り払うような素振りをしている。ハルは、その素振りを気にも留めず、好きなことをやっている様子だ。
ふっと、樋口は、男が立つ街灯で立ち止まった。
まるで、そこが目的地のように止まった樋口は、ポケットから何かを取り出しすと、ぽとりと街灯の下に落とした。
落としたものを確認して、一人頷いて、何事もなかったかのように莉子の住んでいる方向へと歩き去ってゆく。
何のための?
考えても分からない。
街灯に戻って、樋口の落としたものを探す。
すると、そこには輝く小さな石があった。
「また、やられたなぁ」
莉子の目線をたどって小石を見た男が、軽い口調でそう言う。
「この石?」
「きれいだねぇこの石」
「そうや、石やなぁ。何にせよ、こいつのせいで、ワシはここから動かれへん」
「…この…石の?」
「そうや、あの兄ちゃんが、この前もここにこれ置いてってなぁ」
男が煙草を持った手を動かして示す方向に、妙な形の置物が置いてある。
「このぉ…招き猫?」
「これ、猫かぁ。どー見ても、宇宙人かと思とったんやけど。嬢ちゃんにはこれ猫に見えるんか?」
男はがははと豪快に笑う。
「リコ、これ猫じゃないよ、だって、緑色だもん」
「そこは問題じゃなくて…で、この置物がどうしたんです?」
「ああ、あの兄ちゃんが置いてってなぁ。それから、ここに足止めくらってんねん。動きたくても動かれへん。ねぇちゃん、ひょっとして…動かせるんか?」
その言葉を受けて、莉子は試しに手を伸ばしてみた。
案の上、今、ハルと散歩中の莉子の手は素通りしていく。
「…明日とか明後日とかでも良ければ…」
樋口が置いて行ったということは、普段なら動かせるはずだ。
「おっ。ほんまに!助かるわぁ。ありがたいなぁ。まぁ、無理やったら無理でええから、試しにお願いするわ。ほんま、よろしく頼むで!」
煙をふーっと吐き出して、男は殊更嬉しそうにそんなことを言って、にぃっと笑っていた。




