第一話 まずは近い数字を見つけたり
この物語は東風戦なので、東四局=オーラス=最終章です
ある程度予想はできてもいざそこに触れる場面になると緊張が走るものである。
封筒を破いてその中身を見る単純作業に和平は慎重に慎重を重ねている。
いや、慎重ではなく臆病がそうさせているのだ。
封を開けるも中の紙が取りにくく、口を広げて出そうと封筒を下にするが勢いあまりその知らせはあっけなく和平の視界に入った。
合格
たった二つの漢字を目にしたに和平は力尽きて机に突っ伏した。
「合格したぁー……」
「私、合格したよー、森君!」
麻雀部部室にて和平を見るや杏子が笑顔で手を振る。
「そうか、おめでとう。俺も合格だよ」
杏子の手に合わせてハイタッチをする和平。
「推薦試験とはいえ『ミス葵塚学園』と麻雀部部長が二人して不合格だったら大学に麻雀部できないもんね!」
「そう、凛にすごい恨まれる」
外は今にも雪が舞い散りそうな色をした雲と寒さに囲まれているが二人のいるこの部屋だけ明るいのは蛍光灯のせいだけではない。
文化祭から三ヶ月が過ぎた。
杏子は「二代目麻雀プリティー」として「ミス葵塚学園」に選ばれ、名実ともに学園の「姫様」となった。
だからといって麻雀部における日々は特に変化はない。たまに「ミス葵塚学園」としてのお仕事(主に学園のパンフレットに載るための写真撮影)があるだけだ。
杏子目当てで麻雀部に入る者(特に男子生徒)がいるのかと思ったが、意外なことにゼロであった。直が言うに「部が新設されてからもう半年以上経っているから、卒業要件としての旨みが無くなったのだろう」とのこと。
(よくよく考えてみれば夏休みに入った二人は最初は教頭の密偵だったわけだし……)
直樹と章三は特例として「麻雀部の入部=卒業要件」だったのであろう。
もっとも教頭たる明美の策略は麻雀部によってすべて引っくり返された。
いや、唯一成功したといえば麻雀部から「ミス葵塚学園」が出たことである。
明美としては一香にその役を担ってほしかったのだが。
しかし、彼女は現実を見る人間なので、自分の考えていた構想よりも学園の利益になるならば他人の意見であっても優先させる。そのため文化祭以降彼女より何らかの妨害や策略は全く受けていない。
むしろ「次はこの大学に麻雀部を作りましょう」と、校長に進言しているぐらいだ。
これには校長も「まずはこっちの部員を増やしてからね……」と引き気味である。
最近では卒業要件である「部を新設して定着させる」を「新設期間とは何ヶ月といった時間ではなく、定着しているかどうかで判断」と解釈変更を図っているとの噂も出ている。
「先生から聞いたよー! 合格だっておめでとーう!!」
噂をすればなんとやらで、凜がいつもの細い目の笑顔で部室の扉を開けた。
大学はもう冬休みに入っているらしい。高校である学園は未だ授業期間だが、和平ら三年生には授業は無い。ある者は葵塚学園から葵塚大学へと向かうために、ある者は別の大学へと入るためにと受験勉強という名の戦いの真っ最中。
和平と杏子は成績はさることながら、「麻雀部創設」の功績によって数少ない推薦候補となり、合格したのでこの戦線から一足先に解放されていた。
「推薦候補になった時点で、この試験に落ちても大学行きはほぼ確定らしいけど、やっぱり二人には推薦できてほしかったよ。そうすれば後々やりやすいじゃない」
笑顔で頷く凜を見て、改めて和平は推薦入学が決まってよかったと思う。
これで落ちていたら凜のことだ。「大丈夫、普通試験があるから」と言う表情は変わらぬとはいえ。目は決して笑っていなかったであろう。
「さて、ほぼ決まっていた二人はいいとして、問題は……」
「事前のテストでは十分合格ラインを越えていたんで大丈夫だと思いますよ」
「そうです。あの子はできる子です!」
話題はもう一人の三年生である清水一香に移っている。
彼女は当初の希望どおり文京大学の推薦入学を選んだ。
大学トップである詩崎正之助の知遇を得ているとはいえ扱いは普通の推薦希望者と同じである。
もっとも、これは一香と正之助双方が望んでいたことなのだが。
「確か合格発表は今日なんだよね」
「そうだよな、あん子」
「うん……、立花先生宛に通知書が来ていると思うけど……」
杏子がふと扉に目をやると、それが合図であるかのように直がゆっくりと入ってきた。後ろには緊張な面持ちの一香。
「お、揃っているな」
直にとって和平たちが部室にいることは想定のうちだったらしい。一香も同様で
「わへい君、あん子。おめでとう」
と、二人を見るなり祝福の笑顔を向けた。しかし表情に少し緊張が残っているのが見て分かる。
「あ、ありがとう清水さん」
「どうもね、一香」
「ま、二人はよっぽどのチョンボをしない限り、推薦で行くか普通で行くかの二択だったんだから。あたしからは『当然だ』としか言わないよ」
直はそう言うと一香に目をやる。
「お願いします」
一香が頷くと、直は小さい紺色の封筒をポケットから出した。
「それはもしかして……」
凛が少し楽しさを混じらせながら尋ねる。まるで封筒がお年玉のポチ袋であるかのように。
「そう、これは文京大学推薦入試の合否通知書だ。清水の希望でここにいる四人と一緒に見たいんだそうだ」
「え、いいの……?」
「いいよ」
和平が戸惑いながら尋ねると一香は迷うことなく答える。
「うちの麻雀部の将来にも関わることだから見届けてほしいんだそうだ」
そう言う直は封筒を開き始めている。
「えっ、先生。もうちょっと前フリとか必要なんじゃ……」
「三石、こういうのは思い切りが必要なんだよ!」
直は中に入っている紙を取り出して真っ先に文面を見る。
「…………」
しばし無言の直を見て
「せ、先生……?」
先ほどまで楽しみな様子を見ていた凜に落ち着きが無くなる。
「清水……」
直にまっすぐ見つめられた一香は
「どんな結果であったも覚悟は出来ています。言ってください、先生」
直に負けじと力強い目を見せる。
しかし、次に出た直の言葉はその力を奪うものだった。
「お前の受験番号何番だっけ?」
「はぁ?」
「……なるほど、合格者の受験番号が書かれていて、それを探せって形式ですか」
五人の視線の先には文京大学の合否通知書。和平や杏子のような「合格or不合格」の文字ではなく、合格者の受験番号が羅列している。ここで一香の番号がなければ彼女は不合格ということになる。
「私の受験番号は555番ね」
「結構受験者いたんだねぇ」
「文京大学は学部が多い上に人気がありますからね、凜さん。全学部で七百人くらいいたそうですよ」
「555ね……」
改めて数字列の中から一香の合否を探る五人。
「あっ、『552』番がある! この次か次に一香の番号があるんじゃない?」
杏子の指摘に他の四人も視線がその数字に行く。
「なるほど、『552』でその下は……『553』。……で、その次は……」
その次にある数字を見た和平の声が止まる。
「う……嘘でしょ?」
杏子は口を抑える。
「ご、『560』……」
絶句した二人に代わり、凜が次なる番号を告げる。
本来ならば無くてはならない番号。「555」はそこに存在しなかったのだ。
「あーあ、筆記試験は自信があったんだけど、面接で緊張しちゃったからなー」
一香は明るい笑顔を見せるものの、無理をしているのが和平にも見て分かる。
一香以上に杏子の表情が暗い。奇しくも窓の外の景色のように。
(そう言えばこの時期が一年で一番昼が短いはずだったな)
和平は呆然としながらも外を見て不意にそんなことを思った。
「いや、大丈夫だよ……普通試験もあるでしょ?」
慰めの言葉をかける凜の目は心底悲しんでいるように見える。
「まぁ……そうなんですけどね……」
一香の無理やりなる明るさは、言葉にも陰りが見えてきた。
三人が一香を励ます中、まだ生徒の不合格を信じられないのか、直はじっと通知書から目を離さない。
「清水……、お前何部受けているんだっけ?」
「私ですか? 大学で麻雀部を……」
「いや、部活じゃない。学部だ」
視線が通知書のままにある直の問いに、一香は一瞬その趣旨を見失ったが。
「は、はい……文学部です」
「『553』と『560』の野郎は社会学部じゃねぇか」
「え……?」
四人がそれぞれ驚きの声と視線を見せると。
「これ、学部別なんだよ」
両手で通知書を持つ直の右手が示す先には「社会学部」の文字。そして左手はその列に連なっている「560」の数字。
「つまりな……」
右手がそのまま「文学部」と書かれた文字に移動する。
「ここに『555』があれば!?」
「合格ってことだな」
改めて通知書を机の上に置き、「555」があるか否かの確認を始める。
和平は文学部の数字列を一度定規で隠して、一つずつ公開していく。
「えーっと文学部の最初の番号は『334』から……」
「なんでそこから!? 『555』と関係ないでしょ?」
「いや、一応一番最初から見ておけば今度は間違えないだろ?」
あくまでもボケではなく真面目に探していると、杏子の突っ込みに答える和平。
「確かにね、和君のいう通りだよ。現に『334』の次は『442』ってかなり飛んでいるわね」
「それは……たぶんその間に文学部を受験する人がいなかったんでしょうね」
「実際は一人か二人いたんじゃないのか? 合格したかどうかは別として」
「443」より十数秒後して「549」の数字を文学部の列に見つける。
「この次か……、はたまたその次か……」
深呼吸をして次の番号に行こうかと思ったが、一香の呼吸がまだ整っていないのを見るや、和平は指を止める。
「清水さん、大丈夫だよ」
「ありがとう、わへい君。でも……」
一香は和平が手にしている定規に手を触れると。
「ここからは私が見る!」
と、一気に下へと動かした。
「早いっ! ……って ええっ!?」
力が余って一香は数字三つ分下へずらしてしまった。
そこに書かれていたのは
549
551
555
563
「……あった。あったよ清水さん!」
「あったー、『555』!」
「一香、おめでとーう!」
「よかったな。清水」
「みんな……ありがとう……」
分厚い雲の僅かな隙を突こうと太陽が日没前最後の輝きを見せたころ、清水一香の文京大学推薦入学が決まった。




