居候生活 ③
僕がやっかいになっている家は、フラットと呼ばれている共同住宅だ。
外から見ると大きな一軒家だが中では四つの家にわかれている。そのうちの正面から見ると二階の右側の家がそうだ。
外国だけに玄関らしきものはない。入るとちょっとしたスペースがあり、そこで靴を脱ぐ。すぐ右手にはかなり大きな部屋があり、そこはみんなで食事をしたり寛ぐ場所で、ラウンジルームと言ったところだろう。左手にはキッチンがある。そして荷物置きになっている部屋が玄関正面。その隣がバスルームになっていて、僕の部屋はその左隣。入って左側の一番奥の部屋が、お兄ちゃんとお姉ちゃんの部屋になっている。日本でいうアパートみたいなものだと言われたが、かなり広いと思う。こんな家に住んでいたら、日本に帰ってちっちゃなアパートなんかで暮らせなくなってしまいそうだ。
僕は散歩から帰ると、声を張り上げ、
「ただいま!」
お姉ちゃんは夕食の支度を終えたところで、
「お帰り。あっこれ運んで…それとこれね」
と言って、忙しそうにキッチンへ戻っていった。毎日毎日、お姉ちゃんの料理は盛りだくさんで、どこから手をつけていいか分からないくらいバラエティーにとんだおかずが並ぶ。夕食のスタンバイを始めているということは、お兄ちゃんが仕事から帰って来ているのだろう。僕がせっせとキッチンとラウンジを行き来していると、部屋着とでもいうような服装に着替えて、お兄ちゃんは自分の部屋から出てきた。
「おっ帰ってきたな。それじゃあ飯かな」
「そうよ。お兄ちゃんも運ぶの手伝って」
どうやら僕が帰って来ると同時に夕食だったらしい。待っていた二人に悪いことをした。
夕食の席につくと、お兄ちゃんが嬉しそうな顔で、
「公平。明日、ゴルフ行くか?」
お姉ちゃんは横で、呆れたとも憂うつともとれる顔をしている。
「ゴルフって、あのゴルフ?」
と僕は一応ゴルフのスイングを手振りでやって見せた。お兄ちゃんは口の中に物を含んでいるので頷くだけだ。日本ではとても僕みたいな身分でゴルフなんて出来ない。一度は挑戦してみたかったので、嬉しい誘いだった。
「できるかな?」
微笑みを浮かべ、もう一度スイングの真似をしていた。お兄ちゃんはゴクンと食べ物を飲み込み、
「よし、決まりだな」
お姉ちゃんだけが浮かない顔をしている。
お兄ちゃんは食後、すぐといっていいほどその場で横になってしまう。いつもながらの光景も、やっぱりその一つ一つがないと不安なもので、イビキをかいて眠っているお兄ちゃんを見ると、今日も一日が終わったという気がする。
僕にとってお兄ちゃんとは、読んで字のごとくお兄ちゃんだった。いろんなことを知っていて、アドバイスをくれた。これから行くエアーズ・ロックにしても全ての知識は彼から仕入れたもので、全く頼りっぱなしで頭があがらない。唯一、弱点があるとすればそれはお姉ちゃんに対してかもしれない。よくお姉ちゃんからお兄ちゃんの失敗談とかやらを聞く。まぁそんなところがあるから、親近感も持て、僕にとってもお兄ちゃんなのだろうけど。
イビキをかいているお兄ちゃんを横目に、お姉ちゃんが愚痴っぽいことを言うのは毎度のことだが、今日はいつもより激しさを増しているような感じがした。
「ゴルフは行きたくないなぁ、二人で行ってきなさい」
その後、僕が何かを言う隙も与えず、お姉ちゃんのトークショーが始まった。
「お兄ちゃんは、私よりゴルフがヘタなのよ。始めたのも私の方が先だったの。すごく負けず嫌いで…それは分かるでしょ?二人でゴルフをする時は、躍起になって勝負を挑んでくるわけ。その度に私が勝っちゃうから、お兄ちゃんのプライドなんてあったもんじゃなくて。だから最近は一緒に行ってもコースをついてまわるだけにしてたんだ。でも公平を誘ったってことは、いいところを見せたいだろうから私と勝負なんて言いかねないし…。わざと負けるのなんてもってのほか。このところ調子がよいみたいで、会社の人達と行くと勝ってきちゃうのよ。だからそろそろだと思ったけど、まさか公平を連れて行くときに勝負しなくてもいいような気がするなぁ」
ようするにお姉ちゃんも負けず嫌いらしい。お兄ちゃんが眠っているのを良いことに、好き勝手いって明日の勝負に闘志を燃やしていた。
二人の勝負、どっちに転がったとしても僕にとって良いことではない。楽しみのゴルフが憂うつな展開にならなければいい、と思いつつ僕は眠りについた。
普段お昼過ぎに起きる僕にとって、午前中に起こされ早くから体を動かすことじたい間違っていることだった。別に朝から行かなくてもいいようなことを言ってたのに、三時ごろからべーべキューだったことをすっかり忘れていたらしく、慌ただしく僕を起こし、ゴルフに行くぞと二人とも張り切っていた。
体の半分の機能も働いていない僕にとって、一番ホールのティーグラウンドに立つまでの記憶はなかった。
二人のアドバイスも残念ながら、初心者に拍車をかけている僕にとっては、それ以下の問題がごまんとあるため、ただ前に飛ばすことに専念するしか方法はないと悟ったのだった。普通なら最初に打った後、一番ボールが飛んでないプレーヤーが先に打つのだが、
「俺たちのことは気にしないで、どんどん打たないと後ろに迷惑がかかるから」
と、お兄ちゃん。
「ちゃんとボールを見て打つのよ」
と、お姉ちゃん。汗をかきながらせっせとゴルフ?をしている僕に対して、比較的優しく話しかけてくれていた。好きで道化になっているわけではないけど、僕がいることで二人のピリリとしたムードは一変して、和やかになっていたようだ。
まったくゴルフという奴はとんでもないスポーツだ。なんせボールが前に跳ぶのに一苦労する。当たったと思いきや、コロコロコロと数メートル転がるだけ…とかだったりする。まだまっすぐ飛べば良い。快音が響き、やった!と声を出す時は、シューッとフェアウェイのど真ん中に…隣のコースだけれど。その度に謝りながら元のコースに小刻みに戻していく。グリーンにのるときにはもうくたくたで、それからまたパターとボールで追いかけっこしているように見える。たまに、ショートコースで人並みの打数でグリーンにオンした日には、ホールインワンでもしたかのような喜びようで、後ろで順番待ちしている人たちも拍手を送ってくれていた。
とにかく、打っては走り、走っては打つ、そんなゴルフだったので紳士のスポーツとは、百歩譲ったとしても言えない。ただ足が棒になるだけで、楽しさがよくわからない。世の中には向き不向きがあり、それを体で実感したと思う。僕にとってゴルフは不向きなスポーツだ。最終ホールを終えた時点で、僕のスコアは二百打を軽く超えているらしく、計算するのが面倒だと、お兄ちゃんにはサジを投げられるくらいだから、ひどい結果は見なくてもわかりきったことで、必要以上に聞かなかったのは言うまでもない。
そんな僕の珍ゴルフを見ていた二人は、勝負など忘れてゴルフを楽しんでいた。二人の火花を散らすところに出くわさなかったのだけが救いだ。なんせ平和主義の僕にとって、負けず嫌いの二人が衝突する場に居合わせることほど嫌なものはないからだ。
「今日はそれほど暑くないし、ゴルフ日和だったね」
と、さわやかな笑顔でお姉ちゃんに話しかけているお兄ちゃんの後ろで、僕は汗を拭いていた。胃が食べ物を求めているのにもかかわらず、僕は黙ったまま車のシートにもたれていたのだった。




