GOING TO AUSTRALIA ③
スチュワーデスからなにやら紙を配られ困っていたが、添乗員さんらしき人の姿は見受けられず、いやいやながら辞書を引いて見ることにした。すると苗字・名前・国籍などなど英語で書かれている横が空白になっていたので、書き込めばいいのかと僕の第六感が働いた。そういえば旅行代理店で航空券を買った時、そんなような項目のことを根掘り葉掘り聞かれ、いま手に持っているカードらしきものと似たものを渡されたことを思いだした。持ち込みの荷物にそれほど大きくないリュックを従えていた僕はその中をあさってみた。すると、さっきスチュワーデスにもらったものと同じカードが出てきたからびっくり。これでとりあえずなんとかなるだろうと、落ち着きを取り戻していた。
着陸は間近なのだろう。ガラス越しに外を眺めると大陸が広がって見えている。高度が下がっていることが目にも体にも伝わって、自然に体が硬直しているのがわかる。いよいよだとシートベルト着用のランプも赤く光っていた。
飛行機の車輪が滑走路に接触すると、大地から振動がダイレクトに僕の体にふれたみたいに感じた。ジェットエンジンも豪快な音をたて、着陸した喜びを表現しているようだ。フーと大きく息をついた気持ちは、飛行機嫌いの人にはよく分かるだろう。二度目のフライトとは言え、緊張しっぱなしでたて続けに飛行機に乗った僕の心労は計り知れないものだった。
周りがざわめきだした。自分たちの荷物を手にすると、さっさと飛行機を後にしている。遅れをとるな!とばかりに威勢よく立ち上がると、みんなの後に続いた。僕はリュックにコートを抱えている。コートなんてものは僕ぐらいしか持っていないのに気付いたのは席を立ち並んで出口に向かう途中だった。少し恥ずかしさを感じたものの隠しようがない。なんであいつはコートなんて持っているんだろうと、たまに不思議な顔をしている人が僕を見る。そのたび相手と目を合わせないようにしていた僕は小心物だろうか。青い目の人に、英語なんかでまくしたてられたらと、僕は何故か弱気だった。よーく見ると黒い髪で黄色い肌の人間は僕しか見当たらない。外国に来たのだからそれは当たり前かもしれないけど、おどおどしてしまったのは事実だからしょうがない。とりあえずこの場から出たいと思っていたところに、
「××××××」
スチュワーデスに何か言われたが聞きそびれてしまった。とっさに笑ってごまかし、その場を離れた。気が付くと飛行機と空港をつないでいる渡り廊下を歩いていた。
あと一歩で面倒くさい手続き地獄から逃れられると思っていたら、最後の難関でひっかかってしまったらしい。流されるままにスーツケースを押して歩いていると、
「××××××」
冷酷な顔で、人の流れとは違う方向を指さしているお巡りさんみたいな人がいた。それはあきらかに、僕に向かってのジェスチャーだった。
「ゆっくりと…話して…下さい」
頭の中で文法を整理しながら、さっきまでの逃げ腰を反省してか、聞き直した。
「あなたはあっちの方へ行って下さい」
今度はゆっくりと分かりやすく、きっとそう言っていたに違いない。答えはわからないが勝手に理解できたことに満足し有頂天になっていた。そんな僕の顔をお巡りさんらしき人物は「早く行け!」ともとれる表情で見ていた。この愛想のない人物に対して、
「何様のつもりだよ」
と、聞こえるように日本語で言ってやった。せっかく良い気分でいたのに、まったく不愉快だ。人が日豪親善を考えて下手に出ていれば、無愛想にもほどがある。さっきの人もそうだった。同じ服装だったから仲間だろう。
飛行機の中でスチュワーデスから手渡されたカードをパスポートと一緒に提示する機会があった。そこはどうも重苦しい雰囲気が漂って居心地がよくない。円の中にカメラの絵があり、その上に×印。撮影禁止をアピールしていることが想像できた。僕みたいに英語に少し疎い人間でもわかりやすい配慮だと思うが、そのくらい厳重なところをみるとなんだか落ち着かなくなってしまっていた。相手も相手で、ニコニコせずに厳しい口調で質問を浴びせてくる。適当に分かる部分だけを答えた。無表情なその人は再三首を傾げていた。僕はイメージしていた外国とは程遠い現実に呆れていた。
それから例のごとく、人並みに流れていると、僕は呼び止められた。何かを言っているけども僕は疲れていたので英語が頭に入ってこないでいた。
指をさされた方向にしぶしぶ行くと、また新たに反日豪親善グループの一人が現れた。まぁ彼らも仕方なくかもしれないが、でもあの無表情はやめてほしい。辺りを見渡すと、僕と同じように連れてこられた人達がバッグの中身を検査されている。中には犬を引き連れ、怪しいと思われるものをその犬に嗅がせてチェックしている光景も見られた。その時になって僕は何かを持ち込もうとしている人間だと疑われていることがわかった。犬は麻薬かなにかを隠し持っている人を探すためにいるのだろう。背筋がぞっとした。警官もどきが突然何か言ったがよく聞き取れず、周りの状況となんとか聞き取れた単語とで僕はスーツケースを広げていた。
なんで疑われたのか見当もつかない。たぶんさっきの根掘り葉掘り聞かれていたとき間違って答えたのか、あまりにも愛想良く笑顔を振りまき、いかにも怪しそうだったのかといろいろと思い当たることを考えていた。
しばらくして僕に何か言っている。たぶんもういいのだろうと勝手に解釈し、荒らされた荷物をスーツケースに押し込んだ。誰にも引き止められないし、もうこんな所から早く逃げだしたかったので「出口」と書いてある所へと急いだ。楽しいはずの旅行は散々な目にあい、天国から地獄という表現がぴったりだった。
到着ロビーは朝も早いせいか、あまり人は見受けられない。僕は空港についたら雅樹に電話をする予定になっていた。キョロキョロしながら公衆電話を探している時に、僕の視界に「沖田公平」と書かれている紙を持っている男の人を見つけた。沖田公平とはまさに僕の名前で、漢字も一緒だった。世の中には同名の人は居るだろうが、なんて偶然なんだろう。この時間に着いた飛行機の中で僕と一緒の名前の人が存在するなんて、なんかその人の顔を見てみたい気がした。それよりも電話が先だと、公衆電話を探した。やっとの思いで見つけたが硬貨がない。お札は日本で変えてあったので両替しないといけない。何かを買わなければと売店を探すことになった。そんな僕の行動を例の僕の名前と同じ人を待っている人が追っているような気がした。何度か目もあった。少したちもう一度見ると、男の人の横に女の人までいて、二人でこっちを見ている。そんなジロジロと見てなんかいられないから、二人とも眼鏡をかけているぐらいなことしか分からなかった。
しばらくして男の方がこっちに近づいてくる。別に悪いことはしてないし、何気なく見ていたつもりなので絡まれる理由もないだろう。日本じゃああるまいしそんなことはないだろうが、ひょろっとして背の高い眼鏡をかけている男が、僕の目の前で止まった。
「沖田君…沖田公平君でしょ?」
唐突にそう聞かれた僕は、しばらくの間何も答えず、目をパチクリさせているだけだった。
これで第一章 GOING TO AUSTRALIA は終わります。
第二章 居候生活 から本格的なオーストラリアでの生活が始まりますので
よかったらお楽しみ下さい。




