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ひとりぼっち ~ I STAND ALONE ~  作者: 104


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19/21

FARM STAY ④

 僕と雅樹はロバートに連れられ、昼間に開催されたハンギング・ロック・フェスティバルの打ち上げをやっているカントリー・パブへ来ていた。お店は町のメインストリート沿いにあり、この町唯一の飲み屋らしい。ロバート曰く、この店がこれほど賑やかな時は年に一度、フェスティバルの夜だけ、普段は一人か二人しみじみと飲んでいるだけの寂しい店だと説明してくれた。年に一度の夜に運よく僕らは出くわしたのだ。しかも僕は皆に大歓迎されていた。何故かを説明するにあたって、偶然が偶然を呼んだ僕の英雄伝を披露しなければならない。それはフェスティバル会場での出来事だ。

 


 ハンギング・ロック・フェスティバルはその名の通り、ハンギング・ロックと呼ばれる山の様な岩の様などちらとも言い難い自然が作り出すオブジェのふもとの広場で開催されていた。僕は雅樹に朝早くから起こされ、寝ぼけていたので朝食を食べていたという記憶もおぼつかないが、そう!ちょうどそこらへんから完璧に頭がスッキリしたのだ。

その原因はオーストラリア原産の食べ物?ジャムのようなもので、パンにぬって食べたりするものがある。

 その名はベジマイト。

 それを雅樹に知らぬ間にパンにぬられ、それを食べた僕はさっきまで機械的に動かしていた口をとめ、目を大きく見開いた。

「まじーっ!!」

 猫舌ということも忘れ、熱~い紅茶を口に含んだ。当然ながら言葉にならない叫びのようなものを僕は発していた。笑いながらちなみさんが水をくんできてくれたので、今度はそれを一気に飲み干し、ひと段落着いた。するとみんなが腹をかかえて大爆笑。

「やっぱりおまえにはあわない味だったか」

 雅樹はニヤニヤしながら言った。

「なんだよこれ?」

「それはベジマイトって言って、日本人がご飯に味噌汁ならオージーにはパンにベジマイトって感じかな」

 とちなみさんが説明してくれ、ロバートはロバートで、

「ベジマイト、おいしいねー」

 それにアルが続き、

「ベジマイ、うまい!ベジマイ、うまい!」

 僕はそれを聞いて何も言えなかった。

 

 その後すぐにハンギング・ロック・フェスティバルに足を運んだ。広場にはずらーっと車が並んでいた。何も知識のない僕が見て、これはすごく古い車だとわかる年代物から僕的には何が凄いのかわからない車まであった。雅樹とロバートは楽しそうに一つ一つの車をじっくりと見物し、それぞれについて語り合っていた。つまらなそうにしている僕にロバートが気をつかってか、今まで端から順番に見ていたのを止め、一台の車の前に僕を連れていった。

「公平。これはあの有名な映画、マッド・マックスで使った車だよ」

 と雅樹の同時通訳的援助のすえ教えてくれた。僕は映画には興味のない男なのでそう言われてもどうリアクションをとっていいのか困ってしまう。せっかく気をつかってもらっているのに、僕は本当にいやな奴だ。ロバートはしかたないと言うかわりに僕の肩をたたいて、

「No problem. But, you enjoy?」

「Yes I do.」

 僕がそう答えるとほっとした様子だった。こんなに親切にされているのに裏切っているようで気が引ける。そのうち罰が当たるんじゃないかと思うくらいだ。でもそのうちではなく、もうすでに罰は当たっているのかもしれない。口の中はいつまでもベジマイトの味がする。何度もつばを吐き出していた。なぜこんなものを好んで食べるのか、僕には一生かかっても理解できないだろう。好きになればやめられなくなり、大好物になるというが、日本の納豆と同じなのだろうか。でも僕にはあれはこの世の中の食べ物ではないような気がする。大袈裟に言ってしまったが、僕は受け付けないということだけかもしれない。おかげで口直しを口実に何度もジュースやコーヒーなどを飲んでいた。だから当然トイレへ行くことが普段より多くなる。もう完璧にトイレのある場所を把握していて、案内係にでも立候補しようかと思うくらいだ。

「ちょっとトイレ」

 と僕が言うと、

「またかよ」

 雅樹は呆れていたが、だけれど生理現象だからしかたがない。僕は一目散に走っていった。

 用をたすとスッキリした気持ちになる。大きく伸びをした。トイレ近くには柵があり何度も来ていたから何のために柵があるのだろうと不思議に思っていた。けれど、それが何故だかが今回やっと発見できたのだ。それはこれより先は牧場らしいということだ。さっきまでは小屋に入っていたからわからなかったのかもしれない。今見ると牛や羊、馬などが自由気ままにくつろいでいる。別に日本でも見れない光景ではなく、珍しくもないけれど、動かない車を見ているよりも退屈しないのか、僕はしばらくのあいだ動物たちをぼんやり眺めていた。すると馬に乗った男の人が僕の前に現れた。ジーンズにTシャツ、筋肉質の体がよりいっそうその恰好を引き立てていた。

「乗ってみるかい?」

 と、彼は言ってくれた…と思う。そしてあっちの方からまわってこいと、身振り手振りで伝えてくれた。僕は柵沿いを歩いていき、牧場内に入っていった。馬に乗ったおじさんはさっそうと近づき、僕の目の前でぴたっと止まると、かっこうよく馬から降りた。馬の方もおじさんと同じく、クリ色をしていて気品が漂っている。僕が乗ろうとしても馬は暴れず落ち着いていて行儀がいい。けれど僕の方が馬に乗るのが初めてだったために四苦八苦している始末だ。おじさんはたまりかねて僕を持ち上げてくれ、やっとの思いで乗馬は完了した。

 いろいろとハウトゥーを教えてくれたが、僕の理解力があまりないことが分かると、また身振り手振りで指導してくれる。僕は無我夢中で手綱を操作した。やはり馬に跨っていると視野が広がり、同じ場所にいるはずなのに景色が違ったように見えるのは不思議だ。でもぱっかぱっかとゆっくり馬と散歩ができるなんて気持ちがいい。さっきまでの退屈な車見学や口当たりの悪いベジマイトのことなどすっかり忘れてしまっている。だがそんな優雅な散歩もただではすまされなかった。突然、馬の前に蛇が出現!さっきまで行儀のよかった馬がヒヒーンと泣き叫び前足を高々とあげた。僕は手綱を離すまいと必死に握りしめ、そのおかげで落馬はのがれた。がしかし、一難去ってまた一難。馬が暴走しだしたから大変だ。僕はどうしたらいいのかわからないので、されるがままになった。落馬をして痛い思いはやだったから、馬の腹を両足でしっかりとはさみ、手綱もこれでもかというくらいしっかり握りしめ、怖いから目を瞑っていた。

 

 その頃会場では、もちろん僕の知らないところでだが、事件が起こっていた。事件とは大げさかもしれないが、この町の人たちにとっては大事件だったらしい。なんせ町は親戚だらけだからだ。町中を車で走るとロバートは「あそこは姉の家」だとか「ここは従兄弟の家」と、しょっちゅう僕らに説明していたことからも分かることだ。とにかく親戚連中で町を作っていると言っても過言ではないと僕は思う。だからそんな事件は起こるはずがないと思っていても不思議ではない、と僕も思う。

そんな事件とは、簡単に言うと泥棒が出現した。よそ者がうろちょろしていたら怪しんでもいいものだが、僕や雅樹のような見慣れないアジア人がいても、珍しそうには見るが、とりあえずみんな受け入れてくれる心の広い人達だ。でもそれが時として仇となることも。犯罪に対して無防備と言ってもいい。

その泥棒は好き勝手に車の中の現金や金目のものを盗んでいたらしい。泥棒もはじめのうちは慎重に盗みを働いていたが、次第と大胆になり、ほどほどにしておけばいいものを調子にのってきたらしく、さすがに怪しまれた。そして間抜けなことに盗みがばれ、追っかけっこが始まった。

そこに僕が登場する。

 偶然にも暴走している馬と泥棒が逃げている方向が同じだったのだ。偶然とは重なるもので、ちょうど馬が泥棒を抜いたと同時に僕が落馬したのだ。それも泥棒の背中にエルボードロップをおみまいしたかたちになってしまった。もちろん泥棒はその場で逮捕。僕はヒーローというわけだ。

 


 そんなわけで、打ち上げパーティーでは大賑わいの中で僕はみんなに飲まされ続けた。しばらくしてカウンターに落ち着くと、ロバートの親友が現れた。

 あだ名はワイルド。

 名は体を表すということわざは偉いと思えるほどそのあだ名はピッタリだった。顔中ヒゲだらけで、服装に関してもロックスターを思わせる格好でまさにワイルドだ。僕たち四人は一つのテーブルを陣取り、腰を据えて飲むこととなった。そしてここのパブのしきたりか、オーストラリア人の伝統なのか、そこらへんは詳しくは分からないが、酒の飲み方というものがあるらしく、ロバートがワイルドが、雅樹の日本語訳の助けを借り僕に説明してくれたのだ。

「まず始めに俺がみんなに奢るとする」

 と、ロバートが、そしてすかさずワイルド。

「で、次は俺の番だ。ヘイ!ここの連中に同じもの追加だ!」

 ようするに順番に皆におごるのが仲間同士での酒の飲み方らしい。

「この二人は強いぞ!」

 雅樹が僕の耳元でささやいた。そんなことはつゆ知らず、ロバートとワイルドはビールを水のように飲んでいる。さすがに三杯目に入り、僕のペースは落ちた。雅樹は五杯目でも彼ら二人に、

「Cheers!」

 と何度もジョッキを高々とあげ、ごくごくとビールを流し込んでいる。店の人も商売上手なのか、ジョッキが空になろうとするとすかさずおかわりを持ってくる。

「順番に奢るってやつはどうなってるんだ?」

「そうやって始まっていつの間にか店のやつがどんどん持ってくるんだよ」

「じゃあ最初だけってことか」

「ああ、酒が飲めればなんでもよくなるんだ」

 このまま付き合っていたらたまらない。横にいる雅樹も流石にジョッキのビールが減っていない。それを飲むのでもなく、ただ眺めている。

「もうダメ。ついていけないね」

 と雅樹の耳元で話すと奴も、

「同じく」

 と苦笑いだ。結局、雅樹が意を決して、盛り上がっている二人に帰る事を話した。そして僕らは残りのビールを一気に飲み干した。でも、すかさず新しいビールが目の前に…。ロバートとワイルドはくすくす笑っている。

「ここでは…もう…いらないって…時は、ジョッキを…横に……するんだ」とロバート。

「…でもな、こうやって、おっと…本当にやったらまずいや。ジョッキを逆さにした日にゃ……店中の連中が殴りかかってくるぞ…」とワイルド。

「だから気をつけろよ」と二人が声を合わせて。

 完全に出来上がっているようだ。ゆっくり?と話してくれたおかげで、しかも雅樹に確かめ、どうやら僕の解釈も合っていたようだ。そうここでは飲んでいたものを逆さにしておくことは喧嘩を売る事らしい。店の中を見渡すと、ワイルドのような男がいっぱいいる。平和主義の僕としては、何事もなくほっとしていた。けれど目の前には並々注がれたビールが…。しかたなく飲んだが今度はちゃんとジョッキを横に置いた。まったく一年分のビールを飲んだ気分だ。そしてまだ飲み足りないというロバートとワイルドをほったらかしにして、僕と雅樹は家路についた。

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