FARM STAY ③
夕食も終わり、デザートのアイスを食べていた。ちなみさんが僕たちのために作ってくれたローストビーフは舌がとろけるほど美味しかった。冷えたワインを水のようにがぶがぶ飲み、僕は顔を真っ赤にしてご機嫌だ。アルも一口食べる度に、
「うまい!」
と絶賛し食卓を和ませていた。が、さすがに夜も遅くなり、今は冬眠前の動物のように動きが鈍くなっている。
「ところで、どうしようか」
雅樹が話をきりだした。
「どうするってなにが」と間抜けなことを言っているのは僕ぐらいで、
「そうね。早いうちに決めとけば、あとは遊んで帰れるしね」
と、ちなみさんは雅樹の言っている意味がわかっているらしく、ちゃんと会話になっている。
「ちょちょっと、それってお兄ちゃんとお姉ちゃんのこと…」
二人は今頃分かったかという目で僕を一旦見てから、また話を始めた。
出だしでつまずいた僕は、何か良い案はないかと必死で考えた。二人も黙り込んで考えていた。
「お兄ちゃんは頑固だからねぇ…」
「あの頑固さと公平の楽天さを足して二で割ればちょうどいいんだけどな」
「そうそう……っておい!」
雅樹には言いたいことを言われ、ちなみさんは笑っている。これでは僕の面目がない。
「I’m home!」
体中真っ黒けでロバートが戻ってきた。なにやら英語で会話をしている。僕はただぼけーっと、口を動かしている人の顔を見ていた。そしてロバートはお風呂に入ると言っているらしく、バスルームへと消えていった。すると雅樹は微笑みながらつぶやく。
「タイミングがいいなぁ。車が見れるなんて…」
「なに車って?」
「明後日、車の展示会やるんだって。いろんなのがあるんだぞ」
「そう」
さほど車に興味のない僕には喜ばしいことではない。
「ロバートもその展示会に車を出すのよ」
と、ちなみさんが補足し僕に教えてくれた。
しばらくしてロバートがさっぱりした顔で戻ってくると、改めて日本語から英語へ切り替わり、自然の成り行きのように僕だけが蚊帳の外に追いやられるかたちになっていた。全部が全部理解できないわけじゃないけど、かいつまんでしか分からない僕は、まるで調子の悪いラジオを聞いているようでイライラしていた。それを察してか、たまにだけれど雅樹やちなみさん、ロバートまでもが日本語で説明してくれた。言葉が理解できずにイライラしていた自分が恥ずかしくなり、みんなに申し訳ないような気がして、早くこの場から立ち去りたいと思ってしまった。僕には英語が話せないというコンプレックスがただ重くのしかかり、つらい。
その後も話はそれるだけそれ、いつのまにかお兄ちゃんとお姉ちゃんのためにしようとしている計画の“け”の字も、僕たちの中からは消えていた。今僕にとって英語は子守歌でしかなく、まぶたがだんだん重くなっている。とてもじゃないが睡魔には勝てないので、先に寝るとみんなに宣言し、僕は眠りについた。
その夜、僕は夢を見た。
大きな広場に大勢の人が集まっていた。そしてその大勢の人達は、黒い服の男性と、白い服の女性を囲んで笑っている。そんな夢をだ。
すがすがしい太陽の光が白いカーテンを突き抜け、僕を目覚めさせた。静寂の中、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。しばらくし、頭が働きだしたのか、今自分がいる状況を把握した。
「そうか。ここはちなみさん家だ」
我ながら馬鹿なことを口にしている。
確かにちなみさん家は広いが、耳を澄ましても物音がしないのはおかしい。僕はなぜかそーっと、部屋を出た。昨日夜遅くまでみんなで雑談していた日本でいうリビングルームに顔を出しても誰もいない。この部屋は何のへだたりもなくキッチンにつながっている。僕はコップを探して水をくみ、一気に飲み干したあと、ソファに横になった。
オーストラリアに来て以来、昼過ぎに起きたとしてもたいていはお姉ちゃんがいて朝の挨拶を交わしていた。もちろんタスマニアのひとり旅は別、いや朝起きたら葵ちゃんがいた時もあるから…。それは別にしても眠りから目覚めた後、こんなに寂しい気分に浸ったのはこの国に来て初めてのことかもしれない。日本ではそんなことなんとも思わなかったけど、オーストラリアで少しでも暮らしてきた僕にとって、そんなことでは割り切れないものがあるような、ないような。昨日の夜、僕は仲間外れになった気がして、でもそんな僕を察してか気を使ってくれるみんながいて、それがまた蚊帳の外にいるような気になって…と、普段どうでもいいやとか別になんとも感じない自分の位置というのかを考えてしまう。だからいっそう、朝起きて誰もいない部屋にいると、一人無人島に取り残されたようで、不安なのかもしれない。
ソファで僕はまた眠ってしまったらしい。車のエンジン音で目が覚めたのだ。そしてしばらくするとちなみさんが現れた。
「おはよう。やっと起きたんだね。ねぇちょっとアルを抱っこしてて」
そう言って何処かに消え、また戻ってくると今度は両手いっぱいに荷物を抱えてやってきた。そして紙袋から食料品を出し、冷蔵庫や戸棚へと片付けだした。アルは僕の腕の中でよだれをたらしながらすやすや眠っている。
「雅樹とロバートは?」
「二人とも朝早くから明日出展する車の仕上げだって言って、はりきって出ていったわ。ロバートは友達のガレージを借りて車いじくってるのよ。少し遠いんだけどね。私は二人をガレージまで送って、買い物に行ってたってわけ」
「そう」
「公平君もガレージに行ってみる?」
「…僕は車に興味ないから…」
「そうか…。ねぇ、昨日から変だよ。初めてあった時の元気がないみたい」
「そんなことはないと思うけど…そう見えるかな?」
ちなみさんは何も言わなかった。からっぽの紙袋を綺麗にたたみ終わると僕の横に座った。そして僕の腕の中にいるアルをゆっくりと抱きかかえた。
「ありがとう」
「どういたしまして。…この子はいいよな、小さな頃から英語が自然に覚えれるんだから」
「うーん。そうなんだけど、私はこの子に日本語もちゃんと喋れる子に育てたいとは思っているのよ。ここで暮らしていれば、自然と英語は覚えていくわ。だから私は敢えてこの子には日本語で接していくつもりなの。…もしかしたら公平君は、言葉の壁に悩んでるのかな?」
「それもあるかもしれないけど、他に何か違うことがあって、悩んでるとかじゃなくて、ここでの生活がとても羨ましくって…よく分からないや」
本当によくわからない。今僕のいる環境が、以前まで僕が感じていたなにかを否定している。そんな朧げなことしかわかっていない。
「一つだけ言えることはね公平君。ここへ来てよかったって思えるように楽しむことだと私は思うよ」
と、ちなみさんは言ってくれた。そうかもしれない。始めから言葉が壁になる事はわかっていたのだし、それでも今までやってこれた。それにその他の事だって、カルチャーショックだ!で、いつもの僕ならやり過ごしてきたんだ。やっぱり疲れているのかもしれない。疲れをとるには眠ることが一番だ。だから僕はちょっと昼寝をとベッドに向かった。
目が覚め、リビングルームに顔を出すと、全員が揃っていた。最初に僕が来たことに気づいたちなみさんは、
「あっ、ちょうどいい時に起きてきたわね。夕食の支度が今終わったところなの」
それからアルがトコトコ歩み寄ってきたので、僕はアルを抱き上げた。
「にーに、いい子。Good boy」
彼は僕の頭を撫でてくれた。
「にーにはどこ行ったって、ずっと言ってたんだぞ」
と、雅樹。初代にーには僕にお株をとられて、少しだけ不貞腐れているらしい。逆に僕は少しだけ鼻高々だ。
夕食は和やかに進む。昨日とは違い、僕は英語に立ち向かっていった…と思う。耳を傾け一生懸命楽しもうとしていた。そんな僕の姿勢をまわりは感じとったのか、ゆっくりとわかりやすく、時には日本語を混ぜて話してくれた。そして話題はお兄ちゃんお姉ちゃんの事へと移っていった。その途端、みんなは黙り込み考えだす。その静まり返った中で、僕の脳裏にある風景が浮かんだ。
大勢の人に囲まれた黒い服の男性と白い服の女性。最近みた夢の光景だ。
そしてその瞬間、自分でも驚くようなことを言っていた。
「僕が、なんとかできると思う…」
雅樹、ちなみさん、そしてロバートの三人は突然の僕の発言にきょとんとしているだけだった。
「なんかいいアイデアでもあるのかよ?」と雅樹。
「こーへい、すごいねー」とロバート。
「それじゃあ公平君に任せてみよう」とちなみさん。
で、結局僕に一任することが決まった。その後お兄ちゃんとお姉ちゃんの結婚パーティーのことは話題にはならなかった。もっぱら明日のハンギング・ロック・フェスティバルのことで盛り上がっている。僕は会話には参加しながらも、頭の片隅で本当にどうにかなるのか、?マークが点滅していた。が、次第にどこか楽天家の僕が「まいっか」と言いだし、いつのまにか不安は消えてしまっていた。
そしてファームステイも二日目の夜が終わろうとしていた。




