TASMANIA LOVE STORY ①
沖田公平はひょんなことからタスマニア旅行へ。
頼りない英語力での旅行はいったいどうなるのか!?
偶然出会った女性とは、恋に発展するのか!?
目覚めてから三時間が過ぎようとしていた。
外はやっと明るくなりだしたみたいだが、それよりも足が地につかない状態が一時間は続くのかと思うと、何もかもがどうでもよくなってしまう。
時刻は朝の六時だ。
僕は六時二十分発、タスマニア・ホバート行きの飛行機に乗るため、空港に来ていた。
こんな信じられないほど早い時間に、誰が好き好んで鉄の塊に乗るんだ!と声を大にして訴えたいが、けっこう物好きはいるみたいだ。そんなことを言いながらも自分だってと思うかもしれないが、僕は違う。
たまたまお祭りで勝ち取ったしましまの犬みたいなぬいぐるみに、三泊四日の旅行券が貼り付いていたのだ。
それももの凄くスペシャルだと言われた。
ウソだろうと僕本人も思ったけど、実際あったからしょうがない。だからこうして空港にも来ている。
行かなければいいと言うかもしれないが、僕は貰ったものはいただく主義だ。だから今回の旅も文句を言いながら実行しようとしていた。
ひとり旅は不安だが、なんとかなるだろう。
一番の問題、英語については最低限必要な会話文、ホテルにチェック・インする時、ご飯を食べる時などそういったことに関してはお兄ちゃんに文章を書いてもらいその上に一応カタカナをふった紙を作ってもらった。その紙を見て喋っても通じなければ、見せればいい。そう言ってお兄ちゃんが家を出る直前にその紙を渡してくれた。あまりにも不安要素が多い僕を心配してくれていたのだ。もし、僕がこれからも海外旅行へ行くとしたら、英語が通じるところにはこの紙を持参するようにと心に誓ったほどで、僕の家宝として扱ってゆくつもりでいる。お姉ちゃんは僕に本を貸してくれた。好きな女流作家のエッセイ集らしく、旅先での移動の時や寝る前に睡眠薬のような効果があるというのだ。さっそく読んでみようと本を開いた。内容は著者の失敗談とかを散りばめていて、けっこうこの人は楽しい人生を送っているのだろうと思った。男に振られた話や就職に失敗した話などもあり、自分の不幸を笑いに変えていることもさることながら、その不幸をゲラゲラ笑っている僕は、なんて残酷な人間なんだと思う。でも、他人の不幸ほど下手な道楽よりもエンターテインメントのような気がするのは、僕がハイド氏にでも乗り移られているのからだろうか。
飛行機に乗り、窓から空を見ると、すっかり日は昇っていた。けれどそんなことよりも、タスマニアに行けることの喜びよりも、僕にはこれからこの鉄の塊と一緒に空の旅に出ることの恐怖がまさっていた。本でも読んでそんなことは忘れようと試みてはいるが、運悪くちょうど翼の横の席なので、ジェットエンジンのあの嫌な音が耳にも目にも体にも伝わってきて、それどころの騒ぎではない。しかし、そんな僕の不安をよそに飛行機はタスマニアへと飛び立った。
機内放送ではパイロットが、まるでDJのように明るく何かを喋ってはいたが、話している内容などは分からないのは当然として、この飛行機は絶対落ちないで目的地まで着きますよと、遠回しに言っているみたいに聞こえ、かえって僕の不安に拍車をかけていた。とにかく緊張していたので、横に座っていたおばさんに話しかけられた時、
「I am going to Tasmania.」
と、とっさに言ってしまったところ、もうそのおばさんは僕に話しかけてこなかった。彼女は僕に話しても無駄だと思ったのだろう。だってこの飛行機に乗っている人は全員タスマニアへ行くに決まっている。それなのに当たり前の事を言われ、さぞかし僕のひとり旅を無謀だと思ったろう。それは僕も同感だ。相手にされなくなったのは寂しいけれど、もし最初がうまく通じたところで、また次が困るからこれでよしとしようと臨機応援に考え、ただひたすら無事着陸することを願いつつ、いつのまにか眠ってしまっていた。
スチュワーデスに起こされた時には、横のおばさんはとっくにいなかった。慌てて席を立つと、僕が最後に飛行機から降りる人間らしいことが分かった。もう誰一人としていなかったからだ。
飛行機を降りると、空はどんより曇っていた。これは雨が降るかもしれないと思ったが、それよりも預けている荷物が気になっていたので、受け取り場所へと急いだ。
行ってみるとそこはなんてことのない、ただの広場みたいな所だった。何回か飛行機に乗り、荷物を受け取る時は、グルグルと回転寿司のように回っている荷物を取っていくものだと思っていたので、違う場所に来たのかと心配になったが、隣の席にいたおばさんが団体の中にいるのをみつけたので少しだけ安心していた。でもこの人たちはツアーの人達で添乗員さんがいるのではないかと、いろんな最悪の事を考えてドキドキしていた。そういう時、短い時間でも永遠のように感じてしまうことがあるけど、まさにそんな心境だった。
そんな余裕のない状況でも、男の性なのかただのすけべ根性なのか、日本人の可愛い(好みのタイプ)女性を見つけた。百歩譲って日本人ではないにしてもアジア人に違いない、黒髪でポニーテールの女性に目がない僕にとって、理想の髪型もさることながら、丸顔でぱっちりした目、小さい鼻と口は完璧といっていいほどで、一目惚れしてしまいそうだった。僕の視線を感じたのか、一回だけ目があった。慌てて目をそらしたものの、僕の第一印象が悪くなりはしないかとひやひやしていた。なぜか彼女とはもう一度逢えるような気がしたからだ。
出逢いにときめいている最中に、荷物が運ばれてきた。この空港では回転寿司式ではなく、ただたんに運搬用の車みたいなものに荷台がくっついているもので、二回にわたり荷物がやってきた。一台目には僕の荷物はなく、少し焦ってはいたが、次の時にはしっかりと目立っていたので胸を撫でおろした。スポーツバッグを肩にかけると、何気にあたりを見渡してみたが、もうすでにポニーテールの彼女は消えていた。
少しがっかりしたけれど、気を取り直し、一路ホバート市内へと向かった。




