第4章:死の呪い
[ デスゾーン・チャレンジが起動されました ]
目的:部屋の中のすべてのモンスターを倒せ。
制限時間:00:29:59
その瞬間、足元の石床が光を放った。
血のように赤い魔法陣が次々と浮かび上がり、点滅する光の中からモンスターが溢れ出す。
その緊張をぶち壊すように、下卑た笑い声が響いた。
「ブハハハ! ゴブリンだと? 相変わらず、新人は楽しませてくれるぜ!」
シッタルの笑いが、部屋に響き渡る。
隣では、弓を持った細身の青年――アーチャーも口元を歪めた。
「前のやつはスライムしか出せなかったからな。そいつよりはマシだ、ハハッ!」
俺は三人の顔を見て、言葉を失った。
命の危機だというのに――まるで遊びでもしているかのようだ。
「俺……何か間違えましたか?」
おそるおそる、そう口にした。
シッタルは振り返り、気楽に親指を立てた。
「問題ねぇ。むしろ最高だ――俺たちの狙い通りだ」
そう言うと、武器を握る手に力を込める。
「さあ、狩りの時間だ。全員、武器を出せ! 時間切れになる前に、全部片付けるぞ!」
戦闘が始まった。
レベル差は一目瞭然だった。
連中は一、二撃でゴブリンを沈めていく。
それに対して、俺は一匹倒すのにも何度も振らなきゃならない。
前線のシッタルは、まるで別格だった。
異様な速さで踏み込み、草を刈るみたいにゴブリンを薙ぎ払う。
掃討のスピードが明らかにおかしい。
気づけば、部屋を埋めていた群れは半分以下になっていた。
まだ時間は、二十分も残っているというのに。
目の前の光景を見て、理解する。
これは――狩りなんかじゃない。
ただの虐殺だ。
しばらくして――
シッタルと二人は、ゴブリンの血を浴びたまま立っていた。
まだ制限時間は十五分も残っている。
それでも、部屋のモンスターはすべて片付いていた。
軽い電子音とともに、ウィンドウが視界に浮かぶ。
[ おめでとうございます、デスゾーン・チャレンジをクリアしました ]
報酬: +25,000 EXP
永続バフ: +10% ATK, +10% HP, +10% DEF
ドロップアイテム:ゴブリンキングの結晶 ×1
……桁が違う。
ゴブリン相手にしては、報酬があまりにも大きすぎる。
気づけば、俺のレベルは一気に8から10まで跳ね上がっていた。
――シッタルの言っていたことは、本当だった。
この部屋は、ルーキーをトリガーにすれば――
経験値を刈り取るための、格好の“畑”になる。
「やっと終わったな」
シッタルはそう言って、頬についたゴブリンの血を乱暴に拭った。
高揚感に押されるように、俺は真っ直ぐ彼を見る。
「シッタル、もう一度起動しませんか?」
すぐには答えない。
シッタルはしばらく黙り込み――やがて、薄く笑った。
ゆっくりと距離を詰めてくる。
「必要ねぇよ……」
「え?」
思わず声が漏れる。
「ここでいくらでも稼げるんじゃ――」
シッタルは馴れ馴れしく肩に腕を回してきた。
「それはな……」
耳元で、囁く。
「――一回きりだからだ」
次の瞬間。
至近距離から、剣が突き込まれた。
冷たい感触が、腹を貫く。
CRITICAL HIT!
250 ダメージ
赤いダメージ数値が弾け、視界が一瞬、白に染まる。
――本来なら、即死だ。
だが。
HPバーは、ゆっくりと削れていく。
「はぁ!? 何しやがる、このクソ野郎ッ!」
溢れ出る血を押さえながら、俺はもがき、シッタルを突き飛ばした。
シッタルは顔色一つ変えず、むしろ薄く笑う。
「いいこと教えてやるよ、シグ」
気楽な口調で続ける。
「このデスゾーンな……仲間を一人殺すと、そいつの経験値が全部、生き残りに分配される」
一拍、間を置く。
「しかも――ここじゃPK扱いにならねぇ」
「街に戻っても、ペナルティなしってわけだ」
満足げに、口元を歪めた。
「クソッ!」
気づけば、力が抜けていた。
膝が崩れ、血が床に広がる。
そのまま、倒れ込んだ。
HPは削れ続け――ゼロになる。
「あまり気にするな」
遠くで、シッタルの声がする。
「楽に死ね。俺たちの糧になれ」
――痛い。
言葉にできない。
ただの痛みじゃない。
体も、意識も、何もかもが引き裂かれていく。
心臓が止まる。
呼吸が途切れる。
闇が、すべてを飲み込んだ。
――そのはずだった。
次の瞬間。
耳をつんざくノイズが、静寂を引き裂く。
ビジィィィィッ!!
[ 致命的なダメージを計算中 ]
[ ダメージ > 最大HP:TRUE ]
[ アイテム効果をトリガー:Curse of Death ]
[ ステータス:UNDYING WILL が起動しました ]
――一瞬。
空になったHPバーが、強制的に引き戻される。
154まで回復。
視界を染めていた赤が消え、代わりに黒いオーラが噴き出した。
[ スタック1:攻撃力+10% / クリティカル率+5% / クリティカルダメージ+10% ]
……計算通りだ。
致命的な一撃を受けた瞬間、Undying Willが発動する。
強制的に“生き返らされる”。
だが――
想定外が一つだけあった。
痛みだ。
すでに消えたはずの肉体が、赤いコードのような光に引き裂かれ――再構築される。
その感覚が、消えない。
呼吸が、無理やり再開される。
肺が焼ける。
意識が軋む。
……なのに、死ねない。
その瞬間、世界が歪んだ。
現実が――地獄に変わる。
「アアアアアッ!!」
悲鳴が、部屋を引き裂く。
――言葉にならない。
確かに、生き返った。
だが、勝った気分なんて欠片もない。
息を吸うたび、肺が焼ける。
生き返った俺を見て、シッタルが目を見開いた。
「はぁ? なんで生きてる!?」
信じられない、といった顔で叫ぶ。
そんなことに構っている余裕はない。
全神経が焼き切れそうな痛みに、意識を持っていかれる。
それに抗うだけで、すべてが削られていく。
俺は床に崩れ落ち、ただ呻いた。
「答えろ、クソ野郎!」
シッタルが吠え、再び剣を突き立てる。
今度は――背中。
CRITICAL HIT!
250 ダメージ
[ Undying Will 起動 ]
[ HP回復:100% ]
[ スタック 2... ]
「グアアアアッ……!」
痛みが、跳ね上がる。
「や、やめてくれ……」
掠れた声で、懇願する。
さっきの“死”が、まだ消えていない。
脳に焼き付いたまま、何度も再生される。
――壊れそうだ。
だが、シッタルは意に介さない。
俺はただの的。HP付きのサンドバッグに過ぎない。
「うるせぇ。さっさと死ね」
ズブッ――
刃が肋骨を抉った。
[ HP回復:100% ]
[ スタック 3... ]
床に転がる俺に向かって、シッタルは狂ったように剣を突き立て続ける。
「死ねぇ……死ねぇ……死ねぇ……死ねぇぇぇッ!!」
背中を貫く激痛に呼応するように、奴の咆哮が耳をつんざく。
一秒ごとに――
“死”が繰り返される。
骨まで砕け、神経が焼き切れ、視界が闇に落ちる。
――そして。
ビジィッ。
無機質な音とともに、システムが俺を無理やり引き戻す。
痛みは消えない。
リセットもされない。
ただ、積もる。
魂の奥に、泥のように。
生き返るたび、前の“死”が上書きされる。
終わらない苦痛が、鎖のように絡みつく。
――これは、不死なんかじゃない。
拷問だ。
(頼む……殺してくれ……!)
心が悲鳴を上げる。
もう、終わりにしたい。
何度も引き裂かれるくらいなら――消えてしまいたい。
だが。
首元の「Curse of Death」が、赤く脈打つ。
まるで、嘲笑うように。
それは俺をこの循環に縛りつける。
死なせもしない。
救いもしない。
[ スタック 7... ]
[ スタック 8... ]
歪んだ現象が起きていた。
シッタルの一撃を受けるたび――俺の力が増していく。
体は黒い力で満ちていく。
だが、精神はとっくに壊れていた。
――ぷつり、と切れる。
血飛沫と、空中を漂うノイズの粒子の中で。
俺は、抑えきれず笑い出した。
「ハ、ハハ……ハ……痛い……すごく痛い……」
と俺は微笑みながらうわごとのように言った。
「なんで生きてる!? お前……何なんだよ!?」
「なんで死なねぇんだ!?」
シッタルが後ずさる。
顔が引きつり、震えている。
繰り返される痛みが、何かを壊した。
限界を越えたその苦痛は――
純粋な“狂気”に変わる。
そのとき。
頭の中に、赤い通知が弾けた。
[ 条件達成 ]
[ 特性を獲得しました ]
《 特性スキル: Abyssal Pain Denial 》
効果:
痛覚の無効化。
ひるみ&妨害:大幅に減少。
[ 警告:致命的な損傷の検出に失敗するリスクが増加します。 ]
そのスキルが、俺を救った。
全身を蝕んでいた痛みが、ゆっくりと引いていく。
だが――あの拷問は、精神の芯を完全に壊していた。
もう、どうでもいい。
俺を苦しめた奴は――全員、殺す。
ゆっくりと立ち上がる。
右手は、ナイフの柄を強く握っていた。
視界が赤く染まる。
呪われたアイテムと同じ、歪んだ光。
もう、ルーキーの目じゃない。
何度も“死”を越えてきた――そんな目だ。
一歩、一歩。
体が時折、グリッチのように歪む。
それでも――
俺はシッタルへと、ゆっくり歩み寄った。
「来るな……近づくな!!」
シッタルが叫ぶ。
顔が引きつり、完全に取り乱していた。
慌てて振り返る。
「おい、お前ら……あいつを止めろ!」
アーチャーが素早く弓を引き、矢を放つ。
――だが。
ビジィィィィッ……
体が、グリッチする。
肉体がノイズのように揺れ、
矢は――当たらない。
まるで、そこにいないみたいに。
「あ、あいつ……避けやがった……」
アーチャーが震えた声で呟く。
その瞬間。
壊れた表示とともに、警告が視界を埋め尽くした。
[ Critical System Error: Entity ID_S01_047 malfunction ]
System Conflict Detected — Restarting Vital Logic — Rewriting Authority...
《 ユニークスキル獲得:Authority Glitch 》
効果:
このスキルが発動されている間、使用者は30分間、自身の中のグリッチおよび触れた物体に対する完全な制御を得る。
その期間中、使用者はリンクスキル「Flicker」への一時的なアクセスも得る。
期間終了後、Authority: Glitch は5時間のクールダウンに入る。
体が時折、制御不能なグリッチを起こす。
――だが、関係ない。
視線はシッタルに固定されたまま。
合図もなく、踏み込む。
雷のような速さで距離を詰めた。
ナイフを振り上げる。
当然、シッタルも迎え撃つ。
剣が振り抜かれる。
「このクソ野郎が!」
刃がぶつかる――その寸前。
俺は、呟いた。
「ユニークスキル……Authority Glitch」
ビジィッ――
世界が、歪む。
体がグリッチし、動きが“ずれる”。
次の瞬間。
防御は、意味を失っていた。
ナイフは――すでに、腹に突き刺さっている。
CRITICAL HIT!
74 ダメージ
[ ステータス:出血(重度) – 5秒ごとに40HP減少 ]
「ガハッ……!」
シッタルが激しく咳き込み、血を吐く。
HPバーは、すでに大きく削れていた。
出血が、じわじわと命を削っていく。
ナイフは――まだ腹に突き刺さったまま。
残った力で、シッタルが剣を振るう。
だが、俺は――避けない。
[ 受信ダメージ:170ポイント ]
[ Undying Will 起動 ]
[ HP回復:100% ]
[ スタック 9 ... ]
刃が貫く。
それでも、死なない。
その光景に、シッタルの顔が歪んだ。
「このチーターめ……!」
だが――止まらない。
痛みも、理屈も、どうでもいい。
ただ、刺す。
何度も。
何度も。
――俺は、もう“バグ”だ。
やがて。
HPが尽きる。
その瞬間、シッタルの体が砕けた。
光の破片となって、空中に散る。
+98,092 EXP
LEVEL UP!
リーダーが無残に倒れたのを見て、残りの二人は取り乱した。
踵を返し、逃げようとする。
――落ち着いていた。
「Flicker……」
体が、光るグリッチに弾ける。
次の瞬間。
二人の前に――立っていた。
逃がさない。
防御は無視。
一人の首を掴み、短剣を突き立てる。
ズブッ――
148 ダメージ
[ ステータス:出血(重度) – 5秒ごとに40HP減少 ]
アーチャーの血が噴き出し、顔を濡らした。
そのまま崩れ落ちる。
HPは、なお削れ続ける。
残った一人は、仲間があっさり倒されるのを見て、明らかに動揺していた。
「このバケモノが……!」
叫びながら、大盾を構えて突っ込んでくる。
だが――
その瞬間。
体が、グリッチする。
空間を跳ぶ。
次の瞬間には、背後にいた。
振り向く隙も与えず、首元へナイフを突き立てる。
ブスッ――
CRITICAL HIT!
85 ダメージ
……やはりタンクか。硬い。
奴は即座に振り返り、大盾で殴り返してきた。
重装備のくせに、妙に速い。
「Authority……Glitch」
ビジィッ――
体が歪む。
攻撃は、そのまま通り抜けた。
「チッ、タンクスキ――」
言い終わる前に、踏み込む。
ナイフを突き上げ――喉を貫いた。
「ガハッ……!」
血を吐き、スキルは途切れる。
[ ステータス:出血(重度) – 5秒ごとに40HP減少 ]
巨体が崩れ落ちる。
ナイフは首に刺さったまま、HPだけが削れていく。
やがて――
二人の体は、淡い光の破片となって砕け散った。
+319,132 EXP
+354,185 EXP
LEVEL UP!
ついに、部屋は静寂に包まれた。
――虐殺は、終わった。
その直後。
俺の体が、崩れ落ちる。
デスゾーンの床に倒れ込み、視界がゆっくりと霞んでいく。
意識の輪郭が薄れていき――
やがて、闇に落ちた。
***
次回、第5章「ゴブリンスレイヤー」
毎週土曜日に更新しています。




