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第3章:死のゾーン



夜が、ゆっくりと街に落ちていく。

視界の端には、時刻を示す半透明の表示――[22:15]。


俺は、古い木造の建物の中で藁の上に横になっていた。

もともとは馬小屋だったらしい。


……ここが、今の俺の「家」だ。

少なくとも、今は。


乾いた藁の匂いと、古い木の匂いが鼻をつく。


天井の隙間からは、夜空が覗いていた。

冷たい風が入り込み、思わず身をすくめる。


俺は体にかけていた薄茶色の布を引き寄せた。


……毛布と呼ぶには、少し厳しい。


ただの古びた布切れだ。

それでも、ないよりはマシだった。


この世界は、金のないやつには容赦がない。


宿屋で“セーフゾーン”付きの部屋を借りられる連中とは違って、

俺みたいな貧乏プレイヤーは、この元馬小屋に身を置くのが精一杯だ。


しかも、タダじゃない。

毎月、地主のNPCに銅貨一枚を払う必要がある。


……まあ、それでもいい。


森のど真ん中で寝るよりは、よっぽどマシだ。


「ステータス」


小さく呟く。


次の瞬間、青い粒子が目の前に集まり、

半透明のステータス画面が浮かび上がった。


[ プレイヤーステータス ]

レベル: 8

クラス: ノービス

HP: 120/120 | MP: 30/30 | スタミナ: 50/50

ATK: 12 (+5) | DEF: 20

クリティカル率: 5% | クリティカルダメージ: 50%

属性ダメージ: 0%

魔法ダメージ: 0%

ボーナスダメージ: 0%

通常スキル: -

ユニークスキル: -

パッシブスキル: -

実績スキル: Watcher on Death's Edge。

特性スキル: -

アルティメットスキル: -


あの異常なゴブリンから得た経験値で、レベルは7から8へ上がった。

最大HPも120まで増えている。


さらに、新しいスキル――

「Watcher on Death's Edge」も手に入れた。


だが、俺の視線はそこじゃない。

グリッチのせいで赤く光る、アクティブ装備スロット。


[アイテム:Curse of Death]


その説明が、頭の中に浮かぶ。

効果:一撃で最大HPを超えるダメージを受けた場合、HPを100%回復する。


……思わず、息が止まった。


最大HPを超えるダメージ。

今の俺のHPは120。


仮に、二階層のゴブリンを相手にし続けたとして――

一撃でそれを超えることは、まずありえない。


つまり、じわじわ削り殺された場合は……


「Undying Will」は発動しない。


そのまま、普通に死ぬ。


つまり――


この呪いを持つ俺にとって、弱いモンスターこそが一番危険ってことだ。

だが……


十五階層のオーク。

あいつらの一撃は、150近いダメージになる。


……150。

今の俺の最大HPは120。


――超えている。


思わず、目を見開いた。


恐怖じゃない。

むしろ逆だ。


体の奥が、じわっと熱くなる。

指先がわずかに震えていた。


もし――

オークの一撃をまともに食らえば。


それは確実に、致命傷になる。


……そして。


「Undying Will」は、間違いなく発動する。

つまり――


俺は、死なない。

HPは一瞬で全回復。

さらに、一定時間の強化バフ。


……これは呪いなんかじゃない。


むしろ――

この世界の“死”のルールを、ねじ曲げる力だ。


条件は一つ。


自分のHPを超える一撃を、受けること。


強くなるためには――

強い敵に殺されなきゃならない。


……なんだよ、それ。


皮肉にもほどがある。


ただ、一つ問題がある。


「Undying Will」は、発動できる回数が十回までだ。


それを使い切れば、HPは強制的に1まで落ちる。

しかも、その状態で二十四時間のクールダウン。


……その間は、無敵どころか――

一番死にやすい状態になる。


だから、雑に使うわけにはいかない。


あくまで切り札。

避けられない一撃のために、温存しておく必要がある。


……とはいえ。


このバグを利用するなら、もう安全なやり方は通用しない。


中級モンスター帯に行って――

クールダウン中をカバーしてくれるパーティーを見つけるしかない。


「パーティー、か……」

しばらく考えて、苦く笑う。


「……無理だろ」


今まで、一度だって誘われたことはない。


理由は単純だ。

レベルもステータスも低すぎる。


……でも、それだけじゃない。


俺が避けられる理由は、他にもある。


あの時のことが――

まだ、頭に焼き付いて離れない。



— 回想 —

半年前。


すべては、真っ暗な空間から始まった。

光はない。あるのは、ただの闇だけだ。


突然――


無機質な女の声が、頭の中に響いた。


『キャラクターの作成に成功しました。システム言語を追加します』

[ロード中……]

『追加処理が完了するまで、キャラクターは発話できません。推定時間は60秒です』


心臓がどくん、と跳ねる。


……なんだ、今の声。

どうして頭の中から聞こえる?


俺はゆっくりと体を起こした。

頭がズキズキと痛む。

思わず手で押さえる。


目を凝らして周囲を見渡すが――


何も見えない。


ただ、どこまでも続く闇だけだった。


『ここはどこだ……?

なんで、こんなに暗いんだ?』

俺は心の中でそう呟いた。


パニックになりかけて、声を出そうとする。

だが――喉が詰まったみたいに、何も出てこない。


見えない。聞こえない。

だから、手を伸ばすしかなかった。


暗闇の中を探るように手を動かすと、何かに触れた。


柔らかくて、妙に弾力がある。

布のようなものに包まれている感触だ。


『なんだ、これ……?』


無意識のまま、確かめるように何度か触ってしまう。


その瞬間――


あの無機質な声が、再び頭の中に響いた。


『言語の追加に成功しました。ユーザーインターフェース画面を表示します』

[ロード中……]


その瞬間、光景が一変した。

暗かった部屋の松明が一斉に灯り、石造りの広間が一気に明るくなる。


「っ……!?」


眩しさに思わず息を呑む。

目が慣れていくと、そこは広い石造りの部屋だった。


そして――俺は一人じゃなかった。


周囲には、何百人もの人間が倒れている。

まるで眠っているように、静かに。


……その中で、起きているのは俺だけだった。


だが、次の瞬間。

俺の視線が、自分の手に落ちる。


「……え?」


すぐ隣で眠っていた女性に、手が触れていた。


柔らかい感触に、思考が一瞬止まる。


そのとき――

彼女のまつ毛がわずかに揺れた。


ゆっくりと目を開けた彼女と、目が合う。


数秒の静寂。


そして、状況を理解した瞬間――


「きゃあああっ!!」

鋭い悲鳴とともに、頬に衝撃が走った。

パァンッ!


ビンタの音が、広間に鋭く響いた。


左頬に強い衝撃が走る。

じん、と熱を持って腫れていくのがわかった。


「きゃあああっ!!」

甲高い悲鳴が静寂を破る。


その声をきっかけに――


周囲に倒れていた人影が、次々と動き出した。


一人、また一人と目を覚ましていく。


皆、同じように青ざめた顔で周囲を見回していた。


……誰も状況を理解していない。

そして、誰も――ここに来た理由を覚えていない。


混乱が広がる中、突然。


透明なウィンドウが空中に現れた。


[名前を入力してください]


「……名前?」

誰かが呟いた。


「俺の名前……?」

「なんで思い出せない……?」


「……俺は、誰だ?」


この悲劇は、俺たち全員に同時に降りかかった。


気がつけば、誰もが見知らぬ場所にいた。

記憶も、家族も、知り合いもない。


……まるで、まとめてどこかに連れてこられたみたいだ。


時間が経つにつれ、混乱は少しずつ収まっていった。

そして皆、自分の状況を理解し始める。


生き残るために、いくつかのグループが自然とできていった。


部屋のあちこちで、人が集まり始める。


……その中で、俺はどの輪にも入れなかった。


試しに一つのグループに近づいてみたが、

すぐに視線が冷たくなる。


理由は分かっていた。


さっきの騒ぎだ。


あの一件以来、誰も俺に近づこうとはしなかった。


……こうして俺は、最初からソロになるしかなかった。


***


「ふぅ……」


ソーシャルメニューを開く。

フレンドリストには、たった一人だけ名前があった。


ヴィオナ。


昼に食事に誘ってきた彼女だ。


……少しだけ、口元が緩む。


そのとき、ふと違和感がよぎった。


ヴィオナ……どこかで聞いたことがある。


「……待て」


画面の名前を見つめる。


「……まさか、彼女……」


思い出す。

ギルドのランキング掲示板。


レベル47の上位プレイヤー。

“フローズン・ローズ”という二つ名まであったはずだ。


思わず、息を呑んだ。


「ああ……まさか彼女とフレンドになって、連絡先まで手に入るとは思わなかった」

俺は半信半疑のまま呟いた。


ヴィオナの名前の横にあるアイコンをタップする。


すぐにメニューが開き、[メッセージ]の項目が目に入った。


……挨拶くらい、送ってみるか。


そう思ったのに、指が止まる。


こんな低レベルの俺からのメッセージなんて、相手にされないんじゃないか。


「……何ビビってんだ、俺」


小さく息を吐いて、[メッセージ]を選択した。


チン、と軽い音が鳴る。

目の前に入力ウィンドウと仮想キーボードが展開された。


ぎこちなく文字を打ち込む。


「よし……」


送信ボタンに指を伸ばし、そのまま押した。

メッセージが、静かにシステムへと送られていく。


[ メッセージボックス:ヴィオナ ]


シグ

やあ…


俺は息を止めた。やがて、返信中のインジケーターが表示される。――彼女が返事をくれている!


ヴィオナ

やあ…


シグ

何してる?


ヴィオナ

もう寝るところ。


シグ

そっか。


ヴィオナ

シグは?


シグ

同じく、もう寝るところ。


ヴィオナ

そっか。じゃあゆっくり休んでね。おやすみなさい。


シグ

うん、おやすみ。


[ システム:チャット終了 ]


馬小屋を静寂が包み込んだ。

俺は数秒間、その画面を見つめていた。


「……ああ……何やってんだ、俺……」

藁の上に倒れ込みながら、思わず頭を抱える。


会話は特に盛り上がることもなく、あっさり終わっていた。

むしろ何も起きなかった分、余計に虚しさだけが残る。



***


翌朝。


[ 場所:リフェリーの街 - 06:00 AM ]

一晩を過ごした元馬小屋から、俺はゆっくりと外へ出た。

あくびを漏らしながら、冷たい朝の空気に白い息が混じる。


[ システムアラート ]

軽度デバフ:粗悪な寝具によるかゆみ


藁の上で寝たせいか、朝から妙に腹がかゆい。

俺はそれを掻きながら、いつものように歩き出した。

だが、それもこの世界では毎朝のことだ。


馬小屋からそれほど離れていない古い井戸へ向かう。

水を汲み、顔を洗い、簡単に身を整える。いつもの朝のルーティンだ。


その後、インベントリを開き、食料を取り出した。


[ 消費アイテム:食パン ]

効果:空腹度を20%減少させる。


昨日買った食パンで朝食を済ませるのも忘れない。

そのパンは、昨日の昼にゴブリンを倒して手に入れたドロップコインで買ったものだ。


固いパンを噛みながら、マップを開く。

今日の予定はすでに決まっていた。レベル上げのため、再びダンジョンでモンスターを狩るつもりだ。


ただ、その前にギルドへ寄ってパーティーを探す。


***


[ ギルド ]の敷地に到着した。

壮大な建物の外にあるLFGエリアは、メンバー募集の声で溢れている。


「16階層行き、レベル17以上のヒーラー募集!戦利品は均等分配!」

「高敏捷タンク募集!14階層、高速周回!」


俺は広場の端に立ち、空きを探した。

この装備じゃ、ダメージディーラーとして加わるのは厳しい。


パーティー掲示板にリクエストを出そうとした、そのとき。

不意に、大きな影が視界を覆った。


「おい、ルーキー」


俺は振り向く。

そこには、がっしりとした体格の男が立っていた。腰には剣。(ウォリアー)


その後ろには二人。

フルプレートに大盾を背負ったタンクと、クロスボウを構えた細身の青年アーチャー


二人とも、値踏みするような目でこちらを見ている。


「俺はシッタルだ」

男は気さくに笑い、手を差し出した。

「パーティー探しか?」


俺は慎重にその手を握り返した。

「はい。シグです。早くレベルを上げたくて、パーティーを探しています」


シッタルは低く笑う。

「ちょうどいい。俺たちは今、8階層への遠征準備中だ。タンクもDPSも揃ってるが――ポーターが足りなくてな」


「8階層ですか?」

思わず聞き返す。


頭の中でダンジョンの情報を引き出す。

8階層はリザードマンの縄張り。HPが高く、一撃も重い。


……だが、それじゃ足りない。


あの程度のダメージじゃ、“あれ”は発動しない。


「前に出ろとは言わねぇよ」

俺の表情を読んだのか、シッタルが続けた。

「後ろで荷物持ちしてくれりゃいい。報酬は総経験値の25%、それと余り物のドロップだ。どうだ?」


彼の申し出は、悪くない。

ベテランに守られながら中級エリアで経験値を稼げるなんて、ルーキーにとっては願ってもない話だ。


ついでにダンジョンの構造も頭に入れられる。

この情報は、いずれ一人で潜るときに役立つはずだ。


――悪くない取引だ。


「わかりました」

俺は迷わず答えた。

「俺も行きます」


シッタルはニヤリと笑う。

一見すると気さくな笑みだが――その奥に、わずかな違和感があった。


だが、その時の俺は気づかなかった。


彼は空中に指を走らせ、システムを呼び出す。


[ システム通知 ]

プレイヤー「シッタル」が、あなたをパーティー「レッドファング」に招待しました。


俺は[承諾]を押した。


「いい取引だ、シグ」

シッタルはそう言って、少し強めに俺の肩を叩いた。危うくHPが1減るかと思うほどだ。


「準備しろ。これからポータルに向かうぞ」


彼はそのまま踵を返し、ダンジョンの入口ゲートへ歩き出す。

俺は最後尾についた。


意識はUIパネルと、中級モンスターに挑むための準備に向いている。

そのせいで――前を歩く三人の様子には、まったく気づかなかった。


この世界に、“タダの経験値”なんてない。


そして俺は今、ダンジョン深部へ向かう“契約”に足を踏み入れている。


ルーキーがろくな計算もなしに踏み込めば――それは、自殺行為だ。


***


湿った石の回廊に、重い足音が響く。

空気が違う。上層とは明らかに別物だ。


血と錆が混じったような臭い。

薄い革鎧の上からでも伝わってくる冷気。


レッドファングの補給袋を担ぎ、俺は最後尾を歩いていた。

前ではシッタルが気楽な足取りで先導し、その後ろをタンクとアーチャーがぴったりと続く。


……妙に間隔が狭い。


ただの探索にしては、詰めすぎている。


「11階層の境界だ」

沈黙を破るように、シッタルが言った。


彼は、呻くような顔が彫られた巨大な鉄扉の前で足を止める。


ゴクリ、と喉が鳴った。

「11階層? 話が違うだろ。8階層までのはずじゃ……」


シッタルは振り返る。

笑っている。だが、目だけが笑っていない。


「計画変更だ、ルーキー。特殊エリアの情報を掴んでな」

「レベルを上げたいんだろ? だったら――ここが近道だ」


こめかみが嫌な脈を打つ。

危険に慣れた本能が、警鐘を鳴らしていた。


だが、抗議する間もなく――シッタルの手が肩を強く叩く。


「さあ、ルーキー……お前が先に入れ」


俺はビクッと肩を震わせた。

「俺が? 前衛はタンクかウォリアーの役割じゃないんですか?」


「すぐ後ろから入る。心配するな……中にモンスターはいない」

タンクが淡々と答える。


「いいから行け。時間を無駄にするな」


震える手で、鉄の扉に触れる。

――重い。


軋む音とともに扉が開いた。

紫の松明に照らされた、広い空間が現れる。


……確かに、何もいない。


数歩だけ中へ進み、足を止めた。

背後から続いてくるはずの足音を待つ。


「これで……どうするんですか?」


振り返り、三人に問いかけた。


「今からお前は、この部屋のデスゾーンを起動するだけでいい」


シッタルはそう言って、部屋の奥――宙に浮かぶシステムパネルを指さした。


「なんで俺が?」

思わず聞き返す。


シッタルは距離を詰め、肩に腕を回してきた。

声を潜める。


「いいこと教えてやる……ここは“チャレンジ部屋”だ」

「最初に起動したプレイヤーのレベルに合わせて、出てくるモンスターが決まる」


一拍、間を置く。


「――つまり、お前が起動すれば雑魚しか出ない」


薄く笑った。


「俺たちはそれを片付けるだけでいい。ボーナス経験値も丸ごと手に入るってわけだ」


俺はしばらく黙り込んだ。

三人に対する違和感は消えていない。


……だが。


結局、俺はシッタルの言葉に従い、デスゾーンの起動に手を伸ばした。


パネルは、目の前にあった。

紫の光が、生き物のようにゆっくりと脈打っている。


表面には、こう表示されている。


[ デスゾーン・チャレンジを起動するには、手のひらを置いてください ]


俺は手を上げ、そのまま右手をパネルに当てた。

一瞬、光が肌の上を這うように走る。


[ スキャン中…… ]


一瞬、画面がノイズのように揺らいだ。

だが、それもすぐに収まる。


[ 起動完了 ]


ガガガッ――!!


轟音が空気を震わせた。

俺は反射的に振り向く。


――息が詰まった。


あの鉄扉が、完全に閉じている。

俺たちは、部屋の中に閉じ込められた。


視界の中央にシステムウィンドウが浮かび上がり、不安定に点滅する。


[ デスゾーン・チャレンジが起動されました ]

目的:部屋の中のすべてのモンスターを倒せ。

制限時間:00:29:59



***

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