↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/31

第29章:曖昧な存在

シグ 視点



***



以前、吸収に成功した記憶の欠片によれば、オルニムス北部にある古代の神殿跡で、不審な動きがあったらしい。


俺は崩壊した神殿の広場の中央に静かに立ち、黒いローブをまとい、髑髏の仮面をつけた五人のプレイヤーに囲まれていた。


数秒間、沈黙が続いた。


五人の視線が、一斉に俺へと向けられる。


次の瞬間、左右から二人のプレイヤーが猛然と飛び出した。


二人は同時に剣を水平に振り抜き、俺の首と腰を狙ってくる。


避けるつもりなど微塵もなかった。


俺はその場に立ったまま、静かに呟く。


「オーソリティ……グリッチ」


直後、俺の身体がグリッチの光に歪んだ。


二本の剣は、実体を失った俺の身体をすり抜け、かすり傷一つ負わせることなく空を切った。


再び俺の身体が実体を取り戻した、その瞬間。


俺は両手を伸ばし、二人の顔面をそれぞれ掴んだ。


そのまま身体を軸に回転し、二人を左右反対の方向へと投げ飛ばす。


ボカッ! ドォン!


奴らの身体は神殿の石柱に激突し、砕け散った。


瓦礫の粉塵が収まる間もなく、巨大な火球が頭上から降ってきた。


俺は即座に反応し、後方へ跳んで直撃を避けた。


ドカァーン!!


火球が神殿の床を直撃し、石畳を砕きながら、もうもうと粉塵を巻き上げた。


だが、攻撃はそれだけでは終わらなかった。


背後から迫る気配を、俺の直感が捉える。


後方へ跳んだ俺を狙い、仲間の一人が待ち構えていたのだ。


そいつは槍を突き出し、俺の背中を狙ってきた。


俺はわずかに身を傾け、槍の穂先を紙一重でかわした。


槍使いが武器を引き戻すより早く、俺は右膝を曲げ、勢いよく突き上げた。


膝が正確にみぞおちへとめり込む。


ボカッ!


「ガハッ……!」


大量の血が噴き出し、髑髏の仮面の内側を赤く染めた。


そいつの身体がくの字に折れ曲がる。


間髪入れず、俺は右肘を振り下ろし、背中に叩き込んだ。


ボカッ!!


そいつは雪に覆われた神殿の床に崩れ落ちた。


再び横合いから火球が飛来した。先ほどの爆発で立ち込める煙を突き抜け、俺に迫ってくる。


避けることなく、俺は左手を掲げた。


火球が左手に触れた瞬間、急速に縮小し、跡形もなく消え去った。


「フリッカー」


俺の身体が一瞬明滅し、その場から消える。


次の瞬間、俺は魔導士の真後ろに現れていた。


奴が振り向いた瞬間、俺は左手を横に払った。


その一撃で奴の身体を薙ぎ払い、神殿の壁へと叩きつける。


ボカッ!!


俺は左手を奴に向けて掲げた。


先ほど吸収した火球が、再び俺の左手に出現する。


直後、火球は持ち主へ向かって飛んでいった。


ドカァーン!!


火球が爆発し、神殿の壁を粉砕した。


次の脅威は背後から迫ってきた。


振り返ることなく、俺は左足を軸にして身体を回転させ、襲いかかろうとしたプレイヤーのみぞおちに右足を叩き込んだ。


ボカッ!!


奴の身体がくの字に折れ曲がり、後方へと吹き飛ぶ。


「フリッカー」


俺の身体が一瞬明滅し、宙に浮いた奴の背後に現れた。


間髪入れず、俺は拳を叩き込み、奴をさらに上空へと打ち上げる。


再びフリッカーを発動し、奴の頭上へと移動した。


そして、渾身の踵落としを叩き込み、奴の身体を神殿の雪に覆われた床へと叩き落とした。


ボカッ!!


着弾の衝撃で、雪に覆われた石床に激しい亀裂が走る。


俺は再び身体を明滅させ、倒れ込む奴の真上に現れると、その胸元へ最後の一撃を叩き込んだ。


ドォォン!!!


凄まじい衝撃が神殿の基礎部分を砕き、亀裂の中心に円形のクレーターが生まれた。


その底には、奴の身体が深々と埋まっていた。


俺は身体を起こし、残る敵の姿を探した。


その瞬間、仲間の一人が目の前に躍り出て、俺の頭を狙って剣を突き出してきた。


俺は超高速で左手を掲げ、迫り来る剣の刀身を掴み取った。切っ先は、俺の仮面に触れる寸前で止まっていた。


左手で奴の動きを封じる。


次の瞬間、掴んだ剣がこの世界から消え去った。


直後、握り締めた右拳を叩き込み、奴の髑髏の仮面を粉々に砕いた。


ボカッ!


奴の身体が吹き飛ぶ。


その時、俺の足元に落ちた影が勢いよく伸び、手の形を取った。影の手は奴の片足を掴み、俺のもとへと引き戻す。


俺は再び右拳を握り締め、今度は奴の腹部へと思い切り叩き込んだ。


ボカン!!


「ガハッ!!」


奴の口から鮮血が噴き出した。


その身体は再び吹き飛び、すでに崩れ落ちていた神殿の瓦礫へと激突した。


ドォォン!!


俺の直感が、背後から迫る脅威を察知した。


シュッ!


奴の剣が、グリッチの光に歪んだ俺の身体をすり抜けた。


次の瞬間、俺は身体を後方へと回転させ、その勢いを乗せた右拳を奴のみぞおちへ深々と叩き込んだ。


ボカッ!


「ガハッ……!」


鮮血が激しく噴き出し、髑髏の仮面の内側を赤く染めた。


剣の柄が奴の手から滑り落ちる。


間髪入れず、俺は連続して拳を叩き込み、奴の身体を宙へと打ち上げた。


そして最後に、旋風脚を叩き込み、奴を瓦礫の中へと吹き飛ばした。


ドォン!


俺は静かに立ち、周囲に広がる惨状を見渡した。


「ハァ……」そろそろ終わりにするか。


「ユニークスキル……デスゾーン」


時間の流れが一瞬にして遅くなった。


暗黒の結界が急速に広がり、瀕死の奴らを俺の領域へと引きずり込む。


無力化された五人が、ドメインの床に倒れ伏している。


俺の足元で影がうごめいた。


そこから五本の影の腕が伸び、奴ら一人ひとりを俺のもとへと引き寄せる。


「マジックスキル……アビサルソーン」


足元の影がさらに広がる。


次の瞬間、広がった影の中から巨大な黒い棘が突き出し、俺の周囲に引き寄せられた奴ら全員の身体を貫いた。


グサッ!! グサッ!! グサッ!! グサッ!! グサッ!!


すでに瀕死だった奴らのHPが、一気に0になった。


ほどなくして、五人の身体は光の粒子となって砕け散り、空中へと舞い上がった。


「……」


俺は静かに立っていた。


だが、いつもなら流れ込んでくるはずの記憶の断片も、EXPも、何ひとつ得られなかった。


奴らの記憶は、完全に空っぽだった。


まるで、遠隔操作される魂のない人形のように。


「一体何者なんだ、こいつらは?」


どうやら、オルニムスで広まっているヴォイドフェイスの噂は、こいつらの異様な姿を目撃したプレイヤーたちの誤解に過ぎなかったらしい。


「ハァ……」


俺が指を鳴らすと、領域が縮小し、俺は現実世界へと戻された。


神殿の瓦礫の中に立ち、俺はしばらく考え込んだ。


こいつらがオルニムス周辺に配置された目的は分からない。


一般プレイヤーを殺戮するためだけなのか。それとも、もっと大きな企みがあるのか。


いずれにせよ、こいつらを造り出した者の正体を突き止めるのは、今の俺の役目ではない。


立ち去ろうと足を踏み出した、その瞬間だった。


俺の戦闘直感が、死角から迫る脅威を察知した。


振り向くと、女プレイヤーが滑空するように降下しながら、二本の剣を同時に俺の首めがけて振り抜いてきた。


身をかわす必要もなかった。


俺の身体がグリッチの光に歪み、女の二連撃は首をすり抜けた。勢い余った彼女の身体も、そのまま俺を通り抜けていく。


俺はすぐさま身体を反転させ、再び首を狙って剣を振るおうとする彼女に向き直った。


俺は冷静に上体を後ろへ反らし、身体でCの字を描く。


二本の剣の刀身が、胸元からわずか数センチのところをかすめていった。


そして、間髪入れずに上体を起こし、体勢を立て直した。


息つく暇もなく、彼女はすぐさま構え直し、二本の剣を同時に突き出して俺の心臓を狙ってきた。


俺は瞬時に反応し、空中へと跳び上がった。


身体を弓なりに反らし、両足を真上へと伸ばして逆さまの姿勢を取る。


次の瞬間、片手を彼女の頭上に軽く添え、それを支点に身体を回転させた。彼女を飛び越えるようにして、背後へと抜ける。


淀みのないアクロバティックな動きで空中を舞い、彼女の後ろへと滑らかに着地した。


「チッ……!」


彼女は忌々しげに舌打ちした。


足を軸にして身体を百八十度回転させ、猛烈な勢いで剣を振るってくる。


今度は後方へ跳び、距離を取ってその一撃をかわした。


俺が距離を取ったのを見るや、彼女はすぐさま踏み込んできた。


俺は右手にヴェインリーヴァーを出現させた。


彼女は素早く間合いを詰め、精密かつ致命的な連撃を繰り出してきた。二本の剣が、矢継ぎ早に俺へと襲いかかる。


ガキィン! ガキィン! キィン!


俺は剣の刀身で、その一閃一閃を受け流した。


剣戟は極めて速いテンポで続く。


凍てつく吹雪の中、甲高い金属音が響き渡り、激しい火花が幾度も散った。


そして、ある瞬間。


俺は彼女の左手に握られた剣の刀身へ、狙い澄ました一撃を叩き込んだ。


激しい衝撃に耐えきれず、彼女の手から剣が弾き飛ばされる。剣は宙を舞い、積もった雪へと突き刺さった。


「くっ……!」


彼女は苦悶の声を漏らした。


俺は剣を一直線に振り下ろし、彼女を叩き斬ろうとした。


彼女の反応は速かった。身体を横へ傾け、斬撃を紙一重でかわす。


ドォン!


俺の斬撃が大地を穿ち、目の前の雪面を砕いた。地面には、長く深い亀裂が走る。


予想に反して、彼女はすぐさま反撃に転じた。


再び、俺の首を狙って剣を振るってくる。


回避を繰り返すのにも飽きた。


俺はあえて避けず、その斬撃を受け入れた。


ブシュッ!


鮮血が空中に飛び散る。


俺の首は完全に切断され、宙を舞った後、雪の上へと落ちた。


首を失った俺の身体は、それでもなお直立していた。


Undying Willが発動するよりも早く、俺はその身体を動かし、左手で彼女の首を掴んで高々と持ち上げた。


やがてUndying Willが発動し、切断された首が再生する。


視界が戻ると、俺の左手に首を絞められたままの彼女が目に入った。


俺のパッシブスキルがもたらす苦痛に耐えるどころか、彼女はそれを楽しむかのように笑みを浮かべていた。


吐き気がする。


どうやら、彼女は先ほどの魂なき人形たちとは違うらしい。


その淫らな視線と不気味な笑みが、彼女には一般的なプレイヤーと同じように、確かな意思と魂があることを物語っていた。


彼女の首を握り潰してしまう寸前で、俺は手を離した。


彼女の身体は力なく崩れ落ち、雪の上で意識を失った。


俺はそのまま彼女を放置することにした。わざわざ命まで奪う必要はない。


足元に落ちていた仮面を拾い、再び装着する。


これで立ち去れる――そう思った矢先だった。


最初の一歩を踏み出す前に、青い光の線が突如として周囲に走り、俺を閉じ込める四角形を描き出した。


「ハァ……」


俺は疲れたように息を吐いた。


「今度は誰だ?」


視線を向けた先には、少し離れた場所に三人のプレイヤーが立っていた。


「イリーナ、今だ! ユニークスキルで奴の記憶を探れ!」


そのうちの一人が、背後にいる少女へと命じた。


イリナと呼ばれた少女は、ためらいがちに前へ出た。


俺を見据える彼女の手は、かすかに震えていた。


「ユニークスキル……メモリー・サイト……」


彼女の瞳に、柔らかな銀色の光が宿る。


だが、その直後――


少女は息を詰まらせ、激しく顔を背けた。


次の瞬間、彼女は雪の上に胃の中のものを吐き出した。


その場に膝をつき、肩を激しく震わせる。


それでも、彼女は二度と俺を見ようとはしなかった。


突然嘔吐した仲間の姿に、残る二人は明らかに動揺していた。


「おい、イリーナ! 大丈夫か?」


こいつらの茶番に付き合っている暇はない。


俺はそのまま前へ歩き出し、目の前に立ちはだかる透明な魔法障壁を通り抜けた。


身体が障壁をすり抜けた瞬間、ノイズ混じりの歪んだ音が響いた。


ビビビッ!!


魔法の檻をあっさりと突破した俺を見て、三人のうちの一人が呪文を唱えた。


「マジックスキル――ディメンション・ワープ」


次の瞬間、三人の足元に魔法陣が出現した。


そして、彼らの身体はその場から消え去った。


「ハァ……」


俺は足を止め、短く息を吐いた。


追いかけるつもりなど毛頭ない。


そのまま踵を返し、神殿の跡を後にした。


***


オルニムスの中心街。


宿屋の廊下を歩いていた俺は、自分の部屋から一人のプレイヤーが出てくるのを見て、思わず足を止めた。


一瞬、言葉を失った。


周囲を見回す。木造の壁や装飾には見覚えがある。だが、ここは俺が泊まっている宿屋ではない。クララが休んでいる宿屋とも違う。


「またか……」


俺は額に手を当てた。


この街のプレイヤーたちの記憶を大量に吸収したせいで、また混乱が生じている。


彼らの記憶は、まるでこの街のあらゆる場所や家、宿屋、仲間、さらには日々の習慣まで知り尽くした、もう一人の自分の記憶のようだった。


その一方で、俺自身の記憶は輪郭を失い、曖昧になりつつあった。


「このまま他のプレイヤーの記憶を吸収し続けたら、いつか俺は自分自身を見失うんじゃないか……?」


「いや……今はそんなことを気にしている場合じゃない」


俺は静かに呟いた。


俺にはまだ約束がある。立ち止まっているわけにはいかない。


……待てよ。


誰との約束だった?


ロイ?


思考がそこで途切れた。


記憶の山から不意に浮かび上がった名前。だが、その名を思い浮かべても、胸には何の感慨も湧かなかった。


ロイとは誰だ?


俺の友人なのか。それとも、記憶を吸収したプレイヤーの知り合いなのか。


「……」


『深く考えすぎるな』


俺は心の中でそう言い聞かせ、込み上げる眩暈を押し殺した。


考えれば考えるほど、どこまでが自分の記憶で、どこからが他人の記憶なのか、その境界が曖昧になっていく。


まるで何本もの糸が複雑に絡み合っているようだ。無理にほどこうとすれば、かえって結び目を増やすだけだろう。


「ハァ……少し休める場所が必要だな」


宿屋の廊下の真ん中で、俺は小さく息を吐いた。


立ち去ろうとした、その時だった。


背後から、女の声が俺を呼んだ。


「シグ……」


「は?」


俺はゆっくりと振り返った。


そこには、一人の女性が立っていた。


見覚えのある瞳が、まっすぐに俺を見つめている。


あれは……ヴィオナ?



***

次回、第30章 「見えない絆」


新しい章の更新は毎週土曜日です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。