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第30章:見えない絆


ヴィオナ視点



***



馬車の木製の車輪が軋み、厚く積もった雪を踏みしめる音が、絶え間なく響いていた。


単調な車輪の音が、私たちの長い旅路に寄り添うように続いている。


私はルーシーの隣で、ひんやりとした馬車の木壁に肩を預けた。


狭い車内には、乾いた藁や古い革の匂いが漂っている。そこへ、木板の隙間から入り込む冷気が容赦なく吹きつけてきた。


「ねえ、ルーシー」


私は毛皮のローブを引き寄せながら、静寂を破った。


「あとどれくらいでオルニムスに着くの?」


ルーシーはすぐには答えなかった。彼女の目の前に浮かぶホログラムのデジタルマップに目を落とし、指先で軽くスワイプして表示を切り替える。


やがて彼女はマップを閉じ、私に視線を向けた。


「今の移動ペースと、オルニムスまでの距離を考えると……」


彼女は自分の太ももを軽く叩き、薄い笑みを浮かべた。


「あと十二時間くらいかな。まあ、このNPCの御者が途中の休憩地点に寄らなければ、だけどね」


私は小さくため息をついた。


吐いた息が白く染まり、冷え切った車内に薄く漂ってから消えていく。


私は顔を背け、窓の外へ目を向けた。窓の縁には氷の粒がこびりつき、その向こうには、雪に覆われた景色がどこまでも続いていた。


窓の外には、凍てつく大自然が果てしなく広がっていた。


くすんだ緑の葉を残す松の木々が、厚く積もった雪の中に立ち並んでいる。美しくもあり、同時に恐ろしさを感じさせる光景だった。


馬車の後部扉に設けられた小さな窓から後方を覗くと、一定の距離を保ちながら、二台の馬車が私たちの後を追っていた。


あの二台も、単なるNPC商人の馬車ではない。同じくオルニムスを目指すプレイヤーたちの一団だった。


モンスターやPKプレイヤーに襲われる危険を少しでも減らすため、大人数でまとまって移動する。今の状況では、それが最も合理的な選択だった。


私たちの馬車は、雪道をゆっくりと揺れながら進み続けた。


それから数時間後、馬車の速度が徐々に落ちていった。


降りしきる雪で視界が白く霞む中、崩れた黒い石柱の巨大な影がぼんやりと浮かび上がった。


道の脇には古城の廃墟がひっそりと佇んでいる。吹きつける夜風はますます冷たさを増していたが、崩れた石壁は、風をしのぐためのわずかな場所になりそうだった。


その時、御者が手綱を強く引いた。


二頭の馬がいななき、直後に車輪とブレーキが軋む音が響く。馬車はゆっくりと減速し、やがて完全に停止した。


「今夜はここで休む! ここに野営地を設けるぞ!」


前方の御者台から、NPCの御者のしゃがれた声が聞こえてきた。続いて、馬車の外壁を何度も叩く音が響く。


「この廃墟でキャンプを設営する! 視界が回復したら、明日の朝に出発を再開するぞ!」


「私たちも、そろそろ休まないとね」


ルーシーは両腕を伸ばした。関節が小さく鳴ると、彼女は私の肩を軽く叩いた。


「降りよう、ヴィオナ」


「うん」


私は短く返事をし、外の冷気に備えて、そっと息を吸い込んだ。


私たちは馬車を降りた。


風化した古城の石壁が風を遮る場所で、NPCの御者が用意してくれた携帯用テントを張り始めた。焚き火を囲むように、手早く野営の準備を整えていく。


やがて焚き火に炎が上がり、冷え切った身体に温もりが広がった。


私は温かい紅茶の入った金属製のカップを両手で包み込み、焚き火の前に腰を下ろした。


カップからは細い湯気が立ち上り、ほのかに苦みを帯びたハーブの香りが漂ってくる。


一日中、ほかの馬車と連れ立って旅を続けた後では、こんな素朴な飲み物でさえ、どんなポーションよりも価値があるように感じられた。


隣では、ルーシーが落ち着いた様子で紅茶を味わっていた。


穏やかな時間だった。


誰かの足音が近づいてくるまでは。


ザクッ、ザクッ。


ブーツが薄く積もった雪を踏みしめる音が、キャンプの近くで響いた。


私がカップから顔を上げると、ルーシーも音のした方へ振り返った。


闇の中から、一人の女性プレイヤーが姿を現した。後ろの馬車に乗っていた一団の一人らしい。彼女は雪を踏みしめながら、こちらへ近づいてきた。


首にマフラーを巻き、赤茶色の厚手のコートを着ている。腰には短剣を下げ、左肩にはパーティーのエンブレムを留めていた。


装備そのものは目立たない。だが、その身のこなしからは、かなりの経験を積んだプレイヤーであることがうかがえた。


女性は焚き火の明かりが届く範囲の端で足を止め、親しげな笑みを浮かべた。


「ごめんね。お邪魔じゃなかった?」


ルーシーは小さく頷き、彼女に微笑み返した。


「大丈夫だよ。何か用でもあるの?」


「ううん、特に何も。ただ、ちょっと気になっただけ」


女性の視線がルーシーから私たちの背後にある小さなテントへ移り、さらに焚き火のそばに整然と並べられた装備へと向かった。


そして、彼女の眉がゆっくりと上がった。


「あなたたち、二人だけでここにいるの?」


カップに口をつけ、温かい紅茶を飲んでいた私は、ちらりと隣を見た。


ルーシーがすぐに答えた。


「そうだよ。私たち二人だけ」


「えっ、マジで?」


「それが何か問題でもある?」


「ううん、そういうわけじゃないよ」


女性はすぐに首を横に振った。


「ただ、珍しいなって思って。二人だけのパーティーもそうだけど、メンバーが全員女性なんて、なかなか見ないからさ」


「よかったら教えてくれない? 二人のクラスって何なの?」


彼女は興味深そうに続けた。


「アサシンとヒーラー? それとも、二人とも前衛なの?」


「私たちはただ——」


ルーシーが言いかけたところで、女性の視線が私に向けられた。


「待って……もしかして、あなたはヴィオナ?」


私はすぐには答えなかった。


しまった。誰にも注目されたくないと思っていたのに。


「やっぱり! 雪のように白い髪に青い瞳……間違いない。あの有名なドミニクのパーティーにいるヴィオナでしょ?」


私がヴィオナだと気づいた途端、女性の声が弾んだ。


「うん」


私は小さく頷いた。


「まさか本人に直接会えるなんて思わなかった! リフェリーの街でも、あなたたちのパーティーの話はよく聞いていたんだ」


私はカップの陰で、小さくため息をついた。


そんなに持ち上げないでほしい。私たちはただ、静かな夜を過ごしたいだけなのだから。


女性は胸の前で両手を合わせた。頬が緩むほど、満面の笑みを浮かべている。


「ねえ、握手してもいい?」


私はゆっくりとカップを置いた。


「いいよ……」


「エヘヘヘ……」


彼女の笑みが変わった。


それは、憧れのアイドルプレイヤーにようやく会えたファンの親しみやすい笑顔ではなかった。


まるで、新しい楽しみを見つけてしまい、もう手放すつもりなどない人間の笑みだった。


彼女は両手で私の手を包み込むように握った。


ただ握手をするだけではなかった。私の手の甲を熱心に撫で回したかと思うと、そのまま握った手を何度も上下に振り始めた。


「いやぁ、本当にヴィオナの手だ……」


私は彼女を見つめた。


それから、自分の手に視線を落とした。


「温かいんだね……」


彼女は目を輝かせながら呟いた。


「あなたみたいなプレイヤーの手って、きっと冷たくて威厳があるんだと思ってた。なのに、こんなに柔らかいなんて!」


「っ……ありがとう?」


私はゆっくりと手を引き抜こうとした。


……抜けなかった。


彼女の握る力は、むしろさらに強くなった。


「ムエヘヘヘ……」


不気味な笑い声が彼女の口から漏れた。


彼女は少し俯き、常軌を逸したような喜びを抑え込もうとしているのか、肩を小刻みに震わせていた。


もはや握手とは呼べないその様子に、同じ女性を相手にしているというのに、私はなぜか恐怖を覚え始めていた。


「エヘヘ……ヴィオナ、もしよければ、私——」


コツッ!


「何やってんだ、このバカが!」


彼女の背後から男の声が響いた。直後、彼女の頭に容赦のない一撃が振り下ろされた。


「痛っ、頭が……」


女性は頭を押さえ、痛そうに呻いた。


一人の男が、その女性のすぐ後ろに立っていた。


長身でがっしりとした体格の男だった。金属製の肩当てが付いた黒いコートをまとい、背中には片刃の斧を背負っている。


その顔には、とっくの昔に限界を迎えた忍耐力が、ありありと表れていた。


「行くぞ……」


男は女性のコートの襟を後ろから掴み、私たちのキャンプから引き離すように引きずっていった。


男は一瞬足を止めると、こちらを振り返った。そして、謝罪するように頭を下げた。その表情は真剣そのものだった。


「うちのリーダーがご迷惑をおかけして、申し訳ありません。あいつも本当はそこまで悪い奴じゃないんです。ただ、気に入ったものを見つけると、時々周りが見えなくなっちまうだけで」


「ちょっと! 待って! まだヴィオナと話し足りないのに!」


「もう十分だ」


男は容赦なく、自分のリーダーを引きずっていった。


自分の部下に引きずられ、必死に抗議する女性を見ながら、私はただ黙っていた。


二人の声は徐々に遠ざかっていく。それにつれて、女性の抗議の声も次第に悲しげなものへと変わっていった。


彼女は両手をこちらに伸ばし、何かを掴もうとするようにもがいていた。まるで、私だけが彼女をこの罰から救い出せるとでも思っているかのようだった。


彼女が去ると、キャンプには先ほどまでとは打って変わって、静けさが戻ってきた。


「はぁ……」


私は小さく息を吐き、ようやく安堵した。


「よかったね。あの男が止めに入らなかったら……君、あの女に襲われてたかもしれないよ。アハハ」


ルーシーの口から、軽い笑い声が漏れた。


私の背筋が一瞬で凍りついた。


「もう、ルーシー……そんな怖いこと言わないでよ」


ルーシーはただ笑い返すだけだった。


***


夜が更けるにつれて気温は急激に下がっていった。私たちは二人ともテントに入り、眠ることにした。


どれくらい時間が経っただろうか。


ぐっすりと眠っていたはずの私は、ふと目を覚ました。


それからというもの、どうしても寝つけなかった。気持ちが落ち着かないせいなのか、それとも別の何かが原因なのか、自分でもよく分からなかった。


目を開けると、隣ではルーシーが穏やかな寝息を立てていた。疲れ切った彼女を起こすのは気が引ける。私はそっと身体を起こした。


物音を立てないよう慎重に動きながら、テントの外へと這い出る。


外は深い闇に包まれていた。


雲一つない夜空には無数の星が瞬き、その光が雪原に青白く反射している。星明かりだけが、辺りの景色をかすかに照らしていた。


キャンプエリアは静まり返っていた。他の馬車に乗っていたプレイヤーたちも、皆それぞれのテントで眠っているようだった。


私は、ひび割れた石壁が氷に覆われた城の廃墟へと歩み寄った。


わずかに残った塔は、まるで天を掴もうとする巨人の指のようにそびえ立っている。屋根の一部は崩れ落ち、かつての栄華を物語る壮麗なアーチだけが、今もその姿を留めていた。


特に迷うこともなく、好奇心に駆られた私は、氷の結晶がびっしりと付着した廃墟の石造りの柵を越え、その中へと足を踏み入れた。


靴の下で、朽ちた古いタイルの破片がかすかに音を立てた。


月の光が崩れかけた塔の頂をなで、凍てついた石壁を伝い、クリスタルのようにきらめく雪面へと降り注いでいた。瓦礫の間には長い影が伸び、冬の冷たい風が人影のない回廊を吹き抜けるたびに、かすかに揺らいだ。


そこはあまりにも美しかった。けれど、その美しさには言葉にしがたい悲しみが宿っていた。


風が廃墟の隙間をすり抜け、過去からの囁きにも似た、か細い音を立てる。まるで、散らばった石の一つ一つが、かつてそこで笑い合っていた人々の物語を秘めているかのようだった。


やがて広大な中央ホールにたどり着いた。そこには人影ひとつなく、かつて壮麗だった広間は、息を呑むほどの静寂に包まれていた。


両側にそびえ立つ石柱は、天井のアーチを支えていた。その一部はすでに崩れ落ち、古代の彫刻にも無数の亀裂が走っている。月の光が差し込むたび、表面を覆う氷の結晶がきらめいた。


場所によっては、野草の根が壁の隙間に深く入り込み、凍りついていた。その姿はまるで、廃墟の壁を這う黒い血管のようだった。


かつて貴族たちの栄華を映していたのかもしれない大理石の床も、今では薄い雪に覆われている。色とりどりのステンドグラスの破片が瓦礫の中に散らばり、氷の表面には深紅やサファイアブルー、黄金色の欠片が埋もれていた。


私が一歩踏み出すたび、足元からかすかな軋み音が響き、長年続いてきた静寂を破っていった。


その時、予期せぬことが起こった。


チクリッ!


「っ……!」


鋭い痛みが右足首を襲った。


何が起きたのかを確かめる間もなく、淡く光る鱗を持った小さなアルビノの蛇が、石の山から目にも留まらぬ速さで飛び出した。私の足首に噛みつくと、そのまま暗い廃墟の隙間へと這い去っていった。


心臓が激しく脈打つ。私は反射的に声を上げた。


「やばい!」


すぐさま視線を左上へ向け、HPバーを確認する。


先ほどの噛みつきに状態異常の効果があれば、毒を示すアイコンが表示されるはずだった。


十秒が経過し……二十秒が経過した。


しかし、紫色の小瓶のアイコンも、[Poisoned]という文字も、HPバーの下には現れなかった。


「はぁ……よかった」


私は長く息を吐き出した。こわばっていた肩から、ふっと力が抜ける。


それでも気になって、右足首へと視線を落とした。


外側の皮膚に触れてみると、噛み跡の周囲には薄黒い幾何学模様のような奇妙な痕跡が残っていた。


通常のポーションでは簡単に消せそうにない。


明らかに、普通の噛み傷ではなかった。


「ヴィオナ、こんなところで何をしているの?」


城の廃墟の中央ホールを包む夜の静寂を破るように、突然、背後から女性の声が聞こえてきた。


「えっ!?」


私は思わず振り返った。


ひび割れた石柱と、一部が崩れ落ちた壁の間に、一人の女性が立っていた。私から数歩ほど離れた場所だ。屋根の隙間から差し込む月の光が、彼女の顔の半分を照らし出している。


すぐに気づいた。


先ほど、私に握手を求めてきたあの女性だった。


「私は……ちょっと散歩していただけよ」


少し言葉に詰まりながら答え、私はホールを見回した。


「なかなか寝つけなくて。それで、せっかくだから中を見て回ろうと思ったの」


「こんな場所を、しかも真夜中に一人で歩き回るなんて、あまり賢い選択とは言えないわね」


彼女の声は落ち着いていたが、その口調には厳しさがあった。


「私たちは城の廃墟の真ん中にいるのよ。この瓦礫の陰に何が潜んでいるかなんて、誰にも分からないわ」


彼女の言う通りだった。


つい先ほども、どこからともなく現れた蛇に右足首を噛まれたばかりだ。


「さっさとテントに戻って休みなさい。わざわざ無意味な危険を冒す必要はないわ」


彼女はそう言い切った。


私はその真剣な口調に少し驚きながら、彼女へと視線を戻した。


「じゃあ、あなたはどうなの?」


「私は見張りをしているの」


返事は簡潔で、迷いがなかった。


そう答えながら、彼女は腰に差した剣の柄にそっと手を添えた。その動作はあまりにも自然で、まるで考えるまでもなく身についている習慣のようだった。


「仲間たちがぐっすり眠っている間、こうして夜の見張りをするのには慣れているのよ。少なくとも、誰か一人は起きて周囲を警戒しておかないとね」


私はしばらく言葉を失った。


数時間前に会った時の彼女とは、何かが違っていた。


あの時は、ただ浮かれているだけのプレイヤーに見えた。けれど、今の彼女はまるでパーティーを率いる者らしい、毅然とした雰囲気をまとっている。


もしかすると、私は彼女のことを見誤っていたのかもしれない。


彼女は、私が思っていたよりもずっと経験豊富で、実力のあるプレイヤーなのだろう。


「ふーん、そういうことなんだ」


私は小さく頷き、それ以上尋ねるのはやめた。彼女は見張りをしている理由を説明してくれたし、これ以上その邪魔をするつもりもなかった。


「わかったわ。注意してくれてありがとう」


私は小さく笑って答えた。


「じゃあ、テントに戻るね」


「それがいいわ。歩くときは気をつけて。床は平らじゃないし、この建物も、いつ崩れてもおかしくない場所があるから」


「うん、わかってる」


私は身を翻し、中央ホールを後にして歩き始めた。


足音がかすかに響き、そびえ立つ石柱の間で反響する。やがてその音は、広大なホールの静寂に呑まれるように、ゆっくりと消えていった。


しかし、ほんの数歩進んだところで、私はふと思い出した。


足を止め、再び女性の方へと振り返る。


「あ、ちょっと待って」


彼女は眉を吊り上げ、突然振り返った私を不思議そうに見つめた。


「まだ何か?」


私は頬をかきながら、少し気まずそうに口を開いた。どうして最初に尋ねておかなかったのだろう。


「ごめん。私たち、まだちゃんと自己紹介してなかったなって思って」


私は照れくさそうに笑い、彼女を見つめた。


「よかったら、あなたの名前を教えてくれる?」


女性は一瞬きょとんとした後、表情を緩めた。同じことを今になって思い出したのか、彼女の口元にも小さな笑みが浮かぶ。


「あ、そういえばそうだね。さっきはお互いに用事があって、自己紹介するのをすっかり忘れてたみたい」


彼女は姿勢を正し、先ほどよりも親しみやすい表情で私を見た。


「私の名前はフレイヤ。フレイヤって呼んで」


「フレイヤ、ね?」


私は小さく頷き、忘れないように心の中でその名前を繰り返した。


「よろしくね、フレイヤ」


***


翌朝、朝日が厚い霧を突き破るように差し込み、凍えるような寒さを少しずつ和らげていった。


ちょうどその頃、再び馬車が動き出した。私たちはほかのプレイヤーたちの馬車の隊列に合流し、長く険しい道のりを進み続けた。


見飽きた雪景色を何時間も眺め続け、退屈な時間を過ごした後、待ちに待った光景がついに地平線の向こうに姿を現した。


オルニムスの壮大な城門だった。


幾重にも積み上げられた石のブロックで築かれた城壁は高くそびえ立ち、その両側には天を突くような監視塔が立っていた。


「やっとオルニムスに着いた……」


私は安堵の息を漏らしながら呟いた。


「うん。シグがまだこの街にいてくれるといいんだけど」


隣にいたルーシーが答えた。


馬車が市街地に設けられた乗降場に停車すると、私たちはすぐに飛び降りた。


薪の燃える匂いに、マーケットから漂う香辛料の香り、そして肉が焼ける香ばしい匂い。それらが一斉に鼻をくすぐった。城壁の外に広がる雪山の冷たい空気とは、まるで別世界のようだった。


ふと横を見ると、フレヤたちのパーティーも馬車から降りてくるところだった。


その中の一人が、まだ眠っているフレヤを背負っている。


彼女はどうやら、まだ夢の中にいるらしい。


「ご飯持ってきて……」


フレヤは背負っている男の背中をぽんぽんと叩きながら、寝言を漏らした。


私はその様子を見て、思わず微笑んだ。


しかし、シグの居場所を探し始める前に、私のお腹が盛大に鳴った。


プレイヤーやNPCが行き交う街の喧騒の中でも、その音ははっきりと聞こえるほどだった。


結局、私とルーシーはシグを探す前に、近くの酒場で腹ごしらえをすることにした。


人で賑わう石畳の通りを進み、私たちは狼の頭を彫った木製の看板が掲げられた、二階建ての酒場を見つけた。


店内は活気に満ちており、暖かな空気に包まれていた。私たちは周囲の様子を確認しやすく、それでいて人目につきにくい、隅の空いているテーブルを選んだ。


NPCの店員に温かい肉のスープと全粒粉のパンを二人前注文し、料理が運ばれてくるのを待つ。


やがて料理が運ばれてくると、私たちはさっそく食事を始めた。


久しぶりに感じる店内の温もりに、張り詰めていた気持ちも少しずつ和らいでいった。


その時だった。


左隣のテーブルから、ひそひそと話す声が聞こえてきた。革鎧を身につけた数人のプレイヤーが、周囲を気にしながら何かを話している。


「おい、昨日のニュース聞いたか? ヴァーンのパーティーがヴォイドフェイスに襲われたって噂だぞ」


〈Voidface〉もこの街にいるのか?


私は心の中で呟いた。思いがけない名前を耳にして、驚きが胸の奥から込み上げてくる。


ちょうどその時、スプーンですくったスープを口に運ぼうとしていたルーシーが、突然むせた。


「ゴホッ、ゴホッ……!」


「ルーシー! 大丈夫?」


私は反射的に声をかけ、水の入ったグラスをすぐに彼女の方へ押しやった。


「ゴホッ……だ、大丈夫だよ」


「本当に?」


「うん……ちょっとむせただけ」


彼女の様子が落ち着いたのを確認すると、私は再び隣のテーブルへ意識を向けた。会話の続きを聞き逃さないよう、そっと耳を澄ませる。


「パーティーのメンバーは全員殺されたのか?」


モヒカン頭のプレイヤーが尋ねた。


「全員じゃない。ヴァーンとリナの二人が死亡して、残りのメンバーは二人とも生き延びたらしい」


「はぁ……この街じゃ、ヴォイドフェイスによる殺人事件がますます増えてるな。なんでエリートプレイヤーや大手ギルドの幹部連中は黙ってるんだ? 何も対策を取らないつもりかよ?」


「それについてだが……昨日の夜、エリートプレイヤーたちが緊急会議を開いたらしい。噂によると、今日からオルニムス周辺にヴォイドフェイスを捜索するための特別チームを派遣するそうだ」


向かいに座っていたプレイヤーが、冷ややかに鼻を鳴らした。


「遅すぎるだろ。これだけ犠牲者が出てから、ようやく動き出すのかよ」


「俺もそう思う。この街の治安システムなんて、まるで頼りにならないな……」


隣のテーブルから聞こえていた声は、次第に小さくなっていった。やがて、スプーンや食器が触れ合う音と、酒場に満ちた喧騒に紛れて聞こえなくなる。


私はレザーアーマーを着たプレイヤーたちから視線を外し、ルーシーへと向けた。


彼女はコップに残っていた水を半分ほど飲むと、ようやく落ち着いたようだった。けれど、その表情にはどこか普段と違うものがあった。


瞳の奥に、張り詰めたような緊張が見える。そこには不安だけでなく、何かを悔やんでいるような色も滲んでいた。


もしかすると、彼女も私と同じことを考えているのかもしれない。


シグもまた、〈Voidface〉の犠牲になってしまったのではないかと。


***


食事を終えると、私たちは二人でシグの捜索を再開した。


その前にも、メッセージを送って何度も連絡を試みていたが、一度も返信はなかった。


結局、自分たちの足で探すしかなかった。


私たちは街の隅々まで探し回ることにした。賑やかな大通りから、建物と建物の間にある狭い路地、さらには人通りの少ない街の片隅まで。シグがいそうな場所を一つずつ確認していった。


しかし、オルニムスがリフェリーよりもはるかに広い街だとは、思ってもいなかった。


外から眺める限りでは、よくある大きな街のように見えた。けれど、実際に歩き回ってみると、その広さを思い知らされた。建物はどこまでも続いているように見え、複雑に入り組んだ道のせいで、目的の場所へたどり着くだけでも予想以上に時間がかかった。


それだけではない。厳しい寒さも、私たちの捜索をさらに困難にしていた。


風が建物の隙間を吹き抜け、容赦なく顔に吹きつける。冷たい空気は衣服の隙間から入り込み、身体の芯まで冷やしていった。降り続く雪も少しずつ道に積もり、歩くたびに足を取られる。時折、吹きつける雪を避けるため、私は顔を伏せなければならなかった。


それでも、私たちは足を止めずに探し続けた。


だが、何時間も探し回ったにもかかわらず、シグの手がかりは一つも見つからなかった。


シグの居場所を示す手がかりは、何一つ見つからなかった。それどころか、通り過ぎた場所を何度も確認してみても、怪しいものや気になるものは一つも見当たらなかった。


私は長く息を吐いた。口から漏れた白い息は、冷たい空気の中ですぐに消えていった。


正直、かなり疲れていた。


長い距離を歩き続けたせいだけではない。何の手がかりも得られないまま、ただ当てもなく歩き回っているだけのように思えてきたからだ。


私は暗くなり始めた空をちらりと見上げた。わずかに残っていた夕日の光も、黒い雲に覆われ、次第に薄れていく。


それを見て、私はようやく口を開いた。


「私たち、そろそろ宿を探したほうがいいと思う。もう日が暮れ始めてるし、このまま無理を続けても、今日中に何か見つかるとは限らないから」


隣を歩いていたルーシーが、ふと足を止めた。


彼女は顔を上げ、先ほどよりも激しく降り始めた雪に目を向けた後、私へと視線を戻した。


「それが一番いいと思う」


ルーシーは頷いて答えた。


「何時間もあちこち探し回ったのに、手がかりは何も見つからなかった。それに、気温もどんどん下がっている。このまま外にいたら、身体が冷え切ってしまうわ」


そう言いながら、彼女は両手をこすり合わせ、冷えた指先を温めようとしていた。


私は小さく頷いた。


「それじゃあ、捜索は明日に続けよう。明日は何か見つかるといいな」


「そうだね。捜索を再開する前に、まずはゆっくり休まないと」


私たちが再び歩き出そうとした時、先ほどから降り続いていた雪が、さらに激しさを増していった。


私は顔を上げた。


灰色の雲が空を覆い尽くし、わずかに残っていた夕日の光さえも遮ってしまった。雪は絶え間なく降り続き、少し離れた場所にある建物の輪郭すら、はっきりと見分けるのが難しくなっていた。


冷たい風が再び吹き荒れる。今度は先ほどよりもずっと冷たく、肌を切り裂くように感じられた。


私は服の襟元をかき寄せ、身を縮めた。


今日の天気は、どうやら私たちの味方をしてくれそうにない。夜が完全に訪れる前に宿を見つけようと、私たちは近くの通りを進んだ。


幸い、さらにいくつかの通りを抜けたところで、空室のある宿をようやく見つけることができた。


その建物は、店の多くがすでに閉まった商店街の一角に建っていた。窓から漏れる黄色い光が、雪に覆われた外の通りとは対照的に、暖かな雰囲気を漂わせている。


入り口の上に吊るされた木製の看板は、風に揺れてコトコトと音を立てていた。建物の裏手にある煙突からは、細い煙が立ち上っている。


扉の向こうからは、宿泊客たちの話し声や、暖炉の薪がパチパチと燃える音がかすかに聞こえてきた。


私たちにとって、その宿はまるで救いのように思えた。


ロビーに足を踏み入れた瞬間、冷え切った体を温もりが包み込んだ。冷たい空気に長時間さらされていたせいで、感覚が鈍くなっていた指先にも、少しずつ感覚が戻ってくるのを感じる。


宿の主人らしき、少し太めの中年男性が受付カウンターの向こうから私たちを出迎えた。彼の視線は、雪まみれになった私たちの服へと一瞬向けられた。この天候の中、どれほどの距離を歩いてきたのか、察しているようだった。


「今夜の部屋を探しているのかい?」


彼が尋ねた。


「はい。まだ空き部屋はありますか?」


男はカウンターの上に置かれた帳簿を開き、何ページかめくってから頷いた。


「一部屋だけ空いているよ。ベッドが二つある部屋だ。ただ、天候が悪いから、今夜の料金は普段より少し高めになるがね」


追加料金がいくらなのか、わざわざ尋ねる気にはならなかった。


「わかりました。その部屋にします」


支払いを済ませて鍵を受け取ると、私たちはすぐに二階へ続く階段を上った。宿の廊下は、壁に取り付けられた小さなランプに照らされている。古い木張りの床は、私たちが歩くたびにきしんだ音を立てた。


少なくとも、今夜は野宿せずに済む。


そして今の私たちにとっては、それだけで十分すぎるほどだった。


部屋の扉を開けると、私はすぐに中の様子を確かめた。


それほど広い部屋ではなかったが、二人で過ごすには十分な広さがあった。白いシーツが敷かれた二つのベッドが、向かい合う壁際に並べて置かれ、その間には小さなテーブルが設けられている。窓際には椅子と木製の机があり、部屋の隅に置かれた小さな暖炉からは、暖かな空気が流れていた。外の通りとは比べものにならないほど、穏やかな雰囲気に包まれている。


特別なものは何もない部屋だった。だが、吹雪の中を何時間も歩き続けた後では、文句を言う理由などどこにもなかった。


部屋に入ると、私たちはすぐに、雪に覆われた毛皮のローブを脱いだ。肩やフードに付着していた氷の粒が床に落ち、暖かな空気に触れてゆっくりと溶けていく。


ルーシーは、私がローブを掛け終わるのを待つことさえなかった。


ふらつく足取りで一番近くのベッドへ向かうと、そのままぼふっと音を立てて倒れ込んだ。


「あぁ……やっと着いた……」


彼女は枕に顔をうずめ、両腕をだらりと伸ばした。まるで、この部屋にたどり着くためだけに、残された体力をすべて使い果たしたかのようだった。


それも無理はない。ルーシーはヒーラーなのだから。私と比べると、身体能力はそれほど高くなく、体力もあまりない。


それでも、今日一日、彼女が懸命に頑張ってくれたことはよく分かっていた。


実際、先ほどの捜索中も、彼女はほとんど文句を言わなかった。気温が下がり続ける中、私について街の通りを歩き、狭い路地や街の中心部から離れた場所まで付き合ってくれた。


ようやく休める場所を見つけたことで、それまで気力で押し殺していた疲労が、一気に押し寄せてきたのだろう。


一方、私はまだすぐに眠るつもりはなかった。


私は自分のベッドの端に腰掛け、結露が浮かび始めた窓を見つめた。


ガラスの向こうでは、雪が相変わらず激しく降り続いていた。降りしきる雪の向こうに街灯の光がぼんやりと滲んで見える。時折、風が窓枠を揺らし、コトコトとかすかな音を立てた。


本来なら、その光景を眺めているだけで、心が落ち着くはずだった。


けれど、私の思考は依然として一人の人物に向けられていた。


シグ。


私たちは彼を探すために何時間も費やした。それなのに、何一つ見つからなかった。手がかりもなければ、彼の消息を知る者もいない。彼に送ったメッセージにすら、返信はなかった。


考えれば考えるほど、今何が起きているのか分からなくなっていく。


もし彼が本当にこの街にいるのなら、どうしてこれほど見つからないのだろう?


逆に、彼がここにいないのなら、一体どこへ行ってしまったのだろう?


私はうつむき、両手で顔を覆った。


手がかりもないまま探し続けても、時間を無駄にするだけかもしれない。だが、彼をそのまま放っておくことも、私にはできなかった。


今、シグが何に直面しているのか、私には分からない。それでも、彼のことを些細な問題として片付けてはいけない。胸の奥にある何かが、そう告げていた。


私はルーシーをちらりと見た。


彼女は目を閉じ、寝息もすっかり落ち着いていた。どうやら、もう眠りに落ちようとしているらしい。


彼女の眠りを邪魔したくはなかった。


それに、私が少し外に出るだけなら、問題ないはずだ。


私は薄手のコートを羽織り、部屋の鍵がポケットに入っていることを確かめてから立ち上がった。


部屋の暖かな空気は、まだ肌に心地よかった。それでも、胸の奥に澱のように沈んでいく焦燥感が、これ以上ここに留まることを許さなかった。


私は扉の前まで歩み寄り、音を立てないようにそっと開けた。


廊下へ出ると、慎重に扉を閉める。


カチャリ。


鍵のかかる小さな音が、静まり返った廊下に響いた。


歩き出そうとした、その時だった。


突然、私の足が止まった。


少し離れた場所に、誰かが立っていた。


一人の青年だった。


彼は私に背を向け、廊下の真ん中にじっと立っていた。まるで、周囲に誰かがいることなど気にも留めていないようだった。ローブはくしゃくしゃで、髪も少し乱れている。


振り返る前から、私は彼が誰なのか分かっていた。


だが、名前を呼ぼうと口を開くよりも早く、彼の呟いた言葉に、私は思わず息を呑んだ。


「このまま他のプレイヤーの記憶を吸収し続けたら、いつか俺は自分自身を見失うんじゃないか……?」


廊下の端にある窓の隙間から、冷たい風が忍び込んでくる。その風音に紛れてしまいそうなほど、彼の声は弱々しかった。


私は思わず息を呑んだ。


彼はうつむいたまま、片手でこめかみを押さえていた。まるで、いつまでも治まらない頭痛を少しでも和らげようとしているかのようだった。


しばらく沈黙が続いた。


やがて、彼は長く息を吐き出した。


「いや……」


小さく首を振る。その仕草は、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。


「今はそんなことを気にしている場合じゃない」


彼は再び黙り込んだ。


私はその場に立ち尽くし、彼の言葉を必死に理解しようとしていた。


他のプレイヤーの記憶を吸収する?


どういう意味だろう?


この世界の仕組みを考えれば、その言葉にはどこか聞き覚えがあった。けれど、彼の口ぶりからは、それが単なる普通の能力ではないことが伝わってきた。


彼の声には迷いがあった。そして、必死に隠そうとしている恐怖も感じられた。


まるで彼自身、自分がまだ本当に自分自身でいられているのか、確信を持てずにいるかのようだった。


私がほかの可能性を考える間もなく、彼は顔を乱暴にこすった。


「ハァ……少し休める場所が必要だな」


彼は顔を上げ、廊下に並ぶ部屋の扉を見渡した。その動きは緩慢で、彼がどれほど疲れ切っているのか、私にもすぐに分かった。


それは肉体的な疲労だけではない。長い間、自分自身の思考と向き合い続けてきた人間の疲れにも見えた。


もうこれ以上、彼を見つめているだけではいられなかった。私はついに、彼の名前を呼んだ。


「シグ……」


青年の肩がびくりと震えた。


「……え?」


彼はゆっくりと振り返った。まるで、廊下に誰かがいることに、今になってようやく気づいたかのようだった。


私たちの視線が交差する。


一瞬、私は何も言えなかった。


何時間もの間、私はこの街を歩き回り、様々な場所を探し続けてきた。彼の居場所を示す手がかりが、たった一つでも見つかることを願っていた。私たちが到着する前に、彼はすでにこの街を去ってしまったのではないか。そんな可能性さえ、心の片隅では考えていた。


それなのに、今、彼は私の目の前に立っている。


何の手がかりもなく。

返信もなく。

そして、これまでどこにいたのかさえ分からないまま。


私は、いつの間にか止めていた息をゆっくりと吐き出した。


ようやく。


彼を見つけた。


「シグ」


今度は、はっきりとした声でもう一度彼の名前を呼んだ。


青年は数秒間、私を見つめていた。やがて、その表情がわずかに変化する。驚きはすぐに消え、代わりに警戒の色が浮かんだ。


まるで、目の前にいる私が、本当に自分の知っている人物なのか確かめようとしているかのようだった。


なぜだろう。


先ほどの彼の呟きを聞いたせいか、私は不安を覚えていた。


彼を見つけられたことは、決して終わりではない。


これから始まる、もっと大きな問題の前触れに過ぎないのではないか。


そんな予感が、胸の奥に残っていた。



***

第30話まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


まだ句読点の使い方や、不自然な表現、言葉の選び方などに間違いがあるかもしれませんが、どうか温かい目で見守っていただけると嬉しいです。


私は日本語や日本の文化を100%理解しているわけではなく、翻訳ツールやAIの力を借りながら執筆しています。そのため、翻訳の過程で、自分が本来書きたかった意味とは異なる表現になってしまうこともあります。


まだまだ至らない点も多いと思いますが、少しずつ改善していきたいと思っています。


ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!

これからも『Vorrestia Online』をよろしくお願いいたします!

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