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第22章:想い

ルーシー視点



***



いつの間にか眠ってしまっていた。


目を覚ました時、シグはもう私の膝の上にはいなかった。


残っていたのは、彼が掛けてくれた分厚い毛布だけ。


毛布を握りしめると、不思議と胸の奥が温かくなった。


この毛布が温かいからなのか。


それとも――。


気づけば、私の頭の中にはまたシグの姿が浮かんでいた。


どうしてだろう。


最近、ますますシグのことばかり考えてしまう。


私は毛布を胸元でぎゅっと握りしめた。


この気持ちは……思っていたよりも早く、大きくなっている。


そして、いつからだろう。


子供たちを救ってくれたことへの感謝。


最初は、それだけだと思っていた。


けれど今は、それだけでは説明できない。


胸の奥にあるこの気持ちは、あの時感じた恩義よりも、ずっと強くなっている。


――シグが、好き。


そう認めてしまえば、きっと簡単なのだろう。


でも、それはできない。


シグを好きなヴィオナの気持ちを、傷つけたくない。


だから私は、二人を応援しなければならない。


たとえそれが――自分自身に嘘をつくことになったとしても。


「ふぅ……」


私はゆっくりと息を吐き、これが最善の選択なのだと自分に言い聞かせるように、拳を握りしめた。


しばらくして気持ちを落ち着かせると、私は周囲を見渡した。


古びた建物の中には、誰もいない。


私はソファから立ち上がり、毛布を丁寧に畳んでインベントリへ収納した。


そして、その建物を後にする。


向かう先は――リフェリーの街にある大聖堂の孤児院だった。


***


リフェリーの街の広場を通り過ぎた時、集まっていた人々が次々と立ち去っていくのに気づいた。


「ここで何か見世物でもあったのかな?」


そう思った直後、すれ違ったNPCたちの会話が耳に入った。


「あんな犯罪者、死刑にされるべきだ」

「ああ、俺もそう思うよ」


その会話を聞いて、すぐに事情を察した。


サンクト・オーダー・ギルドが有罪と判断した人物を裁く、特別裁判が行われていたのだ。


私はそれ以上気に留めることなく、その場を通り過ぎた。


こうしたことは、彼らにとって珍しいことではない。


少なくとも、私には関係のない話だった。


***


大聖堂に着くと、すぐにアイラとその弟が出迎えてくれた。


「ルーシーお姉ちゃん!」


アイラは小走りで私に駆け寄り、その後ろから弟もゆっくりとついてくる。


私はしゃがみ込み、両手を広げた。


「アイラ」


近づいてきたアイラは、すぐに私をぎゅっと抱きしめた。


「ルーシーお姉ちゃんが来た!」


「ええ。来たわよ」


私は微笑みながら、彼女の頭を優しく撫でる。


「二人とも、調子はどう?」


アイラは小さく頷いた。


「私たち、大丈夫だよ」


私はアイラの隣に立つ弟へと視線を向けた。


彼は服の裾をぎゅっと握りしめ、静かに立っている。


昨夜に比べれば、顔つきは落ち着いているように見えた。


それでも、その瞳にはまだ怯えの色が残っている。


私は彼に微笑みかけた。


「ヴァエルも、少しは気分が良くなった?」


彼はゆっくりと頷いた。


「うん……」


その声は、ほとんど聞き取れないほど小さかった。


私は、それ以上無理に話させようとはしなかった。


二人が経験したことを思えば、まだ恐怖が残っているのも当然だ。


アイラはそのまま私の手を引いた。


「ルーシーお姉ちゃん、お願いがあるの」


「何? 言ってみて」


「あの……ルーシーお姉ちゃんは、昨日の夜、私たちを助けてくれた男の人を知ってるよね?」


アイラは少しだけ言葉を詰まらせ、それから続けた。


「私たち、その人にお礼が言いたくて。だから、この手紙を彼に渡してほしいの。二人で彼のために書いたんだ」


そう言って、アイラは一通の手紙を私に差し出した。


思いがけない頼みに、私は驚いた。


けれど、同時に嬉しくもあった。


「わかったわ。この手紙、彼に渡しておくね」


私はそう答えながら、手紙を受け取った。


「ありがとう、ルーシーお姉ちゃん」


アイラは安堵したように微笑んだ。


その小さな笑顔を見て、私の胸が温かくなった。


私は手の中にある手紙を見つめる。


またシグに会うことになるかもしれない。


できることなら、この手紙は私が直接彼に渡したかった。


「ルーシー」


シスター・エレナの声が、私の物思いを断ち切った。


彼女はいつの間にか、私たちのすぐそばに立っていた。


「ルーシー、子供たちと遊ぶために来たの?」


「いいえ。少しだけ二人の様子を見に来たんです。この後、用事があるので」


「そう」


シスター・エレナは、アイラとその弟へ視線を向けた。


「あなたたちは、他の子供たちと遊んでいなさい。私はルーシーと少し話があるから」


アイラは頷いた。


それから弟の手を取り、他の子供たちの後を追っていった。


子供たちが十分に離れたのを確認すると、シスター・エレナは再び私へ視線を戻した。


「ルーシー、あなたが行く前に、伝えておきたいことがあるの」


「何ですか?」


「昨夜、子供たちを救ってくれたあなたたちのおかげで、今朝、サンクト・オーダー・ギルドがこの地域で起きていた子供誘拐事件の黒幕を捕らえたのよ」


私は少し驚いた。


「えっ? 本当ですか?」


「ええ。さっき、リフェリーの街のホールで見たのよ」


シスター・エレナは、そこで一度言葉を切った。


「でも、少し不思議に思うことがあって……。ヴィオナが、彼を庇おうとしているように見えたの」


「ヴィオナが? 庇おうとした?」


私は眉をひそめた。


ヴィオナがサンクト・オーダー・ギルドを止めようとすることは、確かに珍しくない。


彼女はいつも、十分な証拠もないまま人を裁く彼らのやり方を嫌っていた。


だから最初は、今回も彼女のいつもの行動だと思っていた。


しかし、シスター・エレナは続けた。


「ヴィオナがどうしてあそこまでしたのか、私にも分からないわ。もしかしたら、彼女はあの人のことを知っていたのかもしれないわね」


「……」


「確か……ヴィオナが、あの人の名前を呼んでいたのが聞こえたわ」


その瞬間、心臓が止まったような気がした。


「……シグ」


「シ、シグ?」


私の口から漏れた声は、ささやき声に等しかった。


あり得ない。


その名前は、あまりにも聞き慣れていた。


私は聞き間違いであってほしいと願いながら、シスター・エレナを見つめた。


「そんなはずは……」


「あなたも、あの青年のことを知っているの?」


無意識のうちに、私の指は先ほど受け取った手紙を強く握りしめていた。


シグ。


なぜ、その名前がこの事件に出てくるの?


先ほど、何人かのNPCから聞いた会話が、頭の中に蘇る。


「あんな犯罪者は死刑にされるべきだ」


「ああ、俺もそう思うよ」


その言葉が、突然、以前よりもはるかに恐ろしく感じられた。


まさか。


嘘でしょ……。


「ルーシー?」


シスター・エレナの声が、もうはっきりとは聞こえなかった。


私の頭が何が起きているのかを理解するより先に、身体が動いていた。


私は背を向け、そのまま大聖堂を走り出した。


「ルーシー……?」


背後から、シスター・エレナの驚いた声が聞こえる。


私は止まらなかった。


そんなはずはない。


なぜシグが?


一体、何が起きているの?


考えれば考えるほど、胸の奥を締め付ける不安が大きくなっていく。


私は唇を噛み締め、走り続けた。


リフェリーの街の広場に到着した時、そこはすでに人の気配がほとんどなかった。


数人のNPCとプレイヤーが、広場の周辺を行き交っているだけだ。


そこに、ヴィオナもシグも見当たらなかった。


時間を無駄にすることなく、私はすぐに次の場所へと向かった。


***


いつもの集合場所である《Pieces of Light》ギルドに入ると、ドミニク、トール、そしてギルがすでに中にいるのが見えた。


「ルーシー、いいところに来た」


私がギルドに入るなり、ドミニクが声をかけてきた。


私は足を止めた。


三人の様子から、何か話し合っていたことが見て取れる。


トールは机の近くに立ち、ギルは何を考えているのか分からない表情で椅子に座っていた。


「今はパーティーのことを話している場合じゃないわ」


私はそう言って、すぐに尋ねた。


「ヴィオナはここにいる?」


「まさに、そのことを話していたんだ」


ドミニクは一度顔を拭うような仕草をしてから、再び私を見た。


「ヴィオナを説得してくれないか?」


私は眉をひそめた。


「ヴィオナがどうかしたの?」


ドミニクは一瞬黙り込んだ。


適切な言葉を探すように、重いため息を吐く。


「それなんだが……」


彼は視線を落とした。


「今朝、街の広場で裁判を見た後から、彼女は部屋に閉じこもっているんだ」


私の胸が少し苦しくなった。


今のヴィオナがどんな状態なのか、容易に想像がついた。


あれだけ信じていたシグが、突然、犯罪者として裁かれたのだから。


ヴィオナがショックを受けるのも無理はない。


「自分が信じていた男が犯罪者だったと知って、ショックを受けてるだけさ」


突然、ギルの声が割り込んできた。


私は彼の方を振り向いた。


ギルは、この話がただの雑談であるかのように、平然とした表情を浮かべていた。


「俺自身は驚いてないけどな」


彼は続けた。


「最初から、あの男はろくでなしだと思ってたんだ。そして案の定、あいつは――」


パーン!


平手打ちの音が、ギルド内に大きく響き渡った。


私の手は、思考よりも先に動いていた。


いつギルの目の前まで近づいたのか、自分でも分からない。


ただ、気づけば私の手のひらが、彼の頬を打っていた。


ギルの顔が横へ弾かれる。


その瞬間、ギルド内の空気が凍りついた。


私は荒い息を吐きながら、彼を睨みつける。


「口を閉じて」


自分でも驚くほど、冷たい声だった。


「実際に何が起きたのか知らないなら、すべてを知っているかのように話さないで」


ギルはゆっくりと顔を上げた。


頬には、赤い跡が浮かび始めている。


彼はしばらく黙ったまま、自分の頬に手を触れた。


「チッ……」


小さく舌打ちをすると、ギルは何も言わずに背を向けた。


そのまま、ギルドから出ていく。


背後で、扉が静かに閉まった。


その時になって初めて、私はその場がどれほど静まり返っているのかに気づいた。


誰も言葉を発しない。


ドミニクはただ驚いた表情で私を見つめ、トールは腕を胸の前で組んだまま黙っていた。


私はゆっくりと手を下ろした。


手のひらには、まだ熱が残っている。


そこで、ようやく我に返った。


私はたった今、自分のパーティーのメンバーを平手打ちしてしまった。


それでも、ギルの言葉を止めたことに後悔はなかった。


「ルーシー、落ち着いてくれ……」


ドミニクがようやく口を開いた。


その声は、先ほどまでよりずっと穏やかだった。


「君やヴィオナがショックを受けていることは分かっている。だが、少なくともパーティー内の雰囲気をこれ以上悪くしないでくれ」


私はうつむいた。


先ほどまで燃え上がっていた怒りが、ゆっくりと引いていく。


その後に残ったのは、冷たい罪悪感だった。


「うん……ごめんなさい」


私は深呼吸をした。


「少し感情的になりすぎたみたい」


すぐには、誰も答えなかった。


先ほどから黙っていたトールが、ついに口を開いた。


「俺たちのパーティーは、しばらく休む必要があるかもしれないな」


私は顔を上げた。


「まずは、それぞれが落ち着く時間を持とう」


トールは続けた。


「こんな状態でダンジョンへの遠征を強行するのは、自殺行為にしかならない」


私は黙り込んだ。


誰も彼の言葉を否定できなかった。


私たちは確かに、今は一緒に戦えるような状態ではない。


まだ冷静に考えられる状態ですらなかった。


パーティーメンバーの関係には亀裂が入り、ヴィオナは部屋に閉じこもっている。


もし今、無理をしてダンジョンに入れば、ほんの少しのミスが致命傷になりかねない。


「君の言う通りだ……」


ドミニクはゆっくりとため息をついた。


こめかみを揉みながら、椅子に深く腰を下ろす。


「それなら、しばらくパーティーの活動は休止にしよう。状況が落ち着くまで休みだ。その後で、また一緒にダンジョンへ行こう」


「賢明な選択だ」


トールは短く答えた。


私は小さく頷いた。


少なくとも今は、ダンジョンのことを考える必要はない。


まだ、それよりずっと大切なことがある。


ヴィオナだ。


私はすぐに扉の方へ向き直った。


「それじゃあ、私はヴィオナの宿屋に行ってくるわ」


これ以上、彼女を一人にしておきたくなかった。


ドミニクは頷いた。


「ヴィオナのことは君に任せるよ、ルーシー」


私は扉の前で一瞬だけ立ち止まった。


返事はせず、ただ小さく頷いてからギルドを後にした。


***


宿屋に着くと、私はヴィオナの部屋へゆっくりと歩いていった。


彼女の部屋の扉は、まだ固く閉ざされている。


私はその前で、しばらく立ち止まった。


なぜだろう。ただノックするだけなのに、手が重く感じられた。


それでも意を決して、私は扉を何度かノックした。


「ヴィオナ、中にいる? 少し話したいことがあるの」


数秒の沈黙の後、部屋の中から声が返ってきた。


「……入って」


ゆっくりと扉を開ける。


ヴィオナはベッドの上に座っていた。


目元にはまだ涙が残っている。今にもまた泣き出してしまいそうな顔だった。


その姿を見た瞬間、胸が締め付けられるようだった。


私は重い足取りで近づき、彼女の隣に腰を下ろした。


すると、胸の奥にあった罪悪感が、さらに強くなっていく。


「ヴィオナ……シグのことなんだけど――」


「うん」


ヴィオナは、私の言葉を遮るように答えた。


「私、まだ彼を信じてる」


私は何も言えなかった。


「彼がそんなことをしたのには、きっと何か別の理由があるはずだわ」


ヴィオナはまっすぐ私を見つめていた。


目元にはまだ涙が残っている。それでも、その声には微塵の迷いもなかった。


その迷いのない言葉を聞いて、私はただ黙り込むことしかできなかった。


羨ましいのか。それとも――ただ、すごいと思っているのか。


私の問題に、二人を巻き込むべきじゃなかった。


そう思うほど、胸の奥が苦しくなった。


「ヴィオナ……」


私は膝の上で両手を握りしめた。


「これ……全部、私のせいなの」


「えっ!? どういう意味?」


私は深く息を吸った。


そして、ゆっくりと話し始めた。


私はヴィオナに、これまで起きたことをすべて話した。


ただ一つだけ、彼女に話さなかったことがある。


シグが〈Voidface〉であることだ。


私の話を聞き終えても、ヴィオナはしばらく黙っていた。


膝の上に置かれていた彼女の手が、ゆっくりと握りしめられる。


「それじゃあ……全然逆じゃない。シグが誘拐犯たちから、あの子たちを助けたっていうの?」


私は頷いた。


「ええ。それが本当に起きたことよ」


迷いはなかった。


シグは、犯罪とみなされても仕方のないことをした。


でも、その行動の裏にあった理由は、人々が信じているものとはまったく違っていた。


「つまり彼らは、自分たちが見たものだけでシグを犯罪者だと判断したの?」


ヴィオナが続けて尋ねる。


私はゆっくりと頷いた。


「実際に何が起きたのか……彼らは知らないからね」


ヴィオナは再び黙り込んだ。


やがて顔を上げると、思いがけないことに、その顔に小さな笑みが浮かんだ。


「私の思った通りだわ。シグが理由もなく、あんなことをするはずがない」


私は彼女を見つめた。


顔にはまだ悲しみが残っている。


それでも、その瞳には先ほどまでとは違う強さが宿っていた。


「彼が理解しがたい行動をよくするのは知ってる。でも……彼は子供たちを傷つけるような人じゃないって、ずっと信じてた」


ヴィオナは突然、私の手を握った。


「ルーシー、教えてくれてありがとう。あなたのおかげで、私が彼を信じていたことは間違いじゃなかったって分かったわ」


私は答えることができなかった。


本当は、もう一つだけ彼女に伝えたいことがあった。


今話したことよりも、ずっと大切なこと。


――私も、シグのことが好きなのかもしれない。


そう思ってしまった。


でも、その言葉は喉の奥でつかえて、どうしても口にすることができなかった。


まだ、言えない。


今じゃない。


ヴィオナは立ち上がった。


「ルーシー、私たちはどうすればいい? サンクト・オーダー・ギルドは、シグをどこかへ追放するって言ってたわ。私が直接彼らに会って、止めるべきかな? 必要なら……実力行使をしてでも。彼らのやり方は、度が過ぎてる」


「落ち着いて、ヴィオナ。この街の大部分の人は、サンクト・オーダー・ギルドの味方よ。もし私たちが彼らと揉め事を起こせば、逆に私たちが犯罪者扱いされて、裁判に引きずり出されることになるわ」


「あなたの言う通りね。でも……」


「気持ちは分かるわ。私もシグを助けたい」


私はヴィオナを見つめた。


「彼らに気づかれない別の方法を探せるかもしれない。無謀なことをする前に、まずはシグがどこにいるのか調べた方がいいわ」


「……そうね」


私は静かに続けた。


「シグに直接メッセージを送れるわよね。フレンドリストに、まだ彼の名前が残ってるんでしょ?」


ヴィオナはすぐにフレンドリストを開いた。


並んだ名前の中に、シグの名前がある。


少なくとも――シグはまだ生きている。


そして、私たちのフレンド登録も解除されていない。


「彼にメッセージを送ってみて」


私はそう言った。


ヴィオナは頷き、シグへのメッセージを打ち始めた。


私たちは数分待った。


しかし、返信はなかった。


「これじゃ、安心できないわ……」


ヴィオナは拳を握りしめた。


「もしかしたら、彼らはシグを監禁しているのかも。あるいは……もっと酷いことに、拷問を受けているのかもしれない」


私は黙り込んだ。


実は、私の頭にも同じ考えが浮かんでいた。


シグは〈Voidface〉だ。


あんな扱いを受けて、シグが黙って耐えているとは思えなかった。


裁判の時、彼はまったく抵抗しなかった。


おそらく――ヴィオナがそこにいたからだ。


シグはただ、ヴィオナを自分の問題に巻き込みたくなかったのだろう。


「落ち着いて、ヴィオナ。シグは……」


言葉が詰まった。


私自身も、本当は落ち着いてなんていなかった。


でも、ここで私までパニックになれば、シグのために何もできなくなってしまう。


「シグは十分に強いわ。あなた自身も、それを見たでしょ? 彼はアンダーガーデンで、タイタンのボスを一人で倒した。まだ、彼が抵抗できる可能性はあるわ」


ヴィオナは黙り込んだ。


その視線は、目の前に表示されたフレンドリストから離れない。


私は無意識に拳を握りしめた。


――シグを信じたい。


そう思いながら、私たちは何度も彼にメッセージを送った。


けれど、何度送っても返信は来なかった。


他に行動を起こす前に、私たちにはまず、やっておきたいことが一つあった。


***


その夜、ヴィオナと私は、他のプレイヤーの居場所を追跡できる人物を探していた。


「そのプレイヤー、本当にシグの居場所を見つけられるの?」


私はヴィオナに尋ねた。


「私が聞いた話だと、彼女は他のプレイヤーの居場所を追跡できる特別なスキルを持ってるみたい。シグがまだアクティブなプレイヤーとして登録されているなら、きっと見つけられるはずよ」


ヴィオナはさらに歩く速度を上げた。


私はその後を追う。


どうか……あのプレイヤーのスキルが、本当にシグを見つける手掛かりになりますように。


リフェリーの街の入口にある門から、そう遠くない場所。


そこに建つ古びた建物へ辿り着くと、ヴィオナはようやく足を止めた。


その建物は、周囲のものとは明らかに雰囲気が違っていた。


くすんだ外壁には、何を描いているのか分からない奇妙な彫刻がいくつも刻まれている。


窓の近くには、見たこともない物体まで吊るされていた。


一見すると、普通の商店というより――魔女の店のようだった。


ヴィオナが、私たちの前にある木製の扉を指差した。


「ここよ」


そう言いながら、ヴィオナは扉に手を掛ける。


私はしばらくその建物を見つめてから、彼女の背中に向かって小さく呟いた。


「ここ……魔女の家みたいに見えるわね」


ヴィオナは私の言葉には答えず、そのまま扉を開いた。


チリン――


私たちが中へ入ると、扉の上に吊るされた小さなベルが、澄んだ音を響かせた。


奇妙な匂いが、すぐに私の鼻を刺激した。


店内の壁は、ほぼ全面が木製の棚で埋め尽くされていた。


棚には、色鮮やかな液体の入った瓶や、奇妙な形をした石、動物の骨、紙の巻物など、様々な物が並んでいる。


中には、何に使うのかさえ分からない物まであった。


レジカウンターの奥では、一人の女性プレイヤーが分厚い本を読んでいた。


暗い色のローブに身を包み、頭には魔女を思わせる尖った帽子をかぶっている。


その姿が、この店に漂う魔女のような雰囲気をさらに強めていた。


私たちの存在に気づくと、彼女は本を閉じた。


「おや、二人の美しいお嬢さん。何かお手伝いできることはあるかしら?」


彼女は親しげな笑みを浮かべて、私たちに声をかけた。


ヴィオナは時間を無駄にすることなく、すぐにレジカウンターへ近づいた。


「私たちの友達がどこにいるのか調べたいの。手伝ってくれない?」


女性は小さく微笑んだ。


「もちろんよ。でも、あなたたちの友達の私物が必要だわ」


「私物?」


「ええ。彼が以前使っていた物や、所有していた物なら何でもいいわ。それを媒介にすれば、彼の居場所を追跡できるの」


ヴィオナは黙り込んだ。


その表情に、困惑の色が浮かんでいる。


私はすぐに気づいた。


どうやらヴィオナは、シグからもらった物を何も持っていないらしい。


私はゆっくりと息を吐いた。


それなら、他に選択肢はない。


私は一歩前へ出て、インベントリを開いた。


そして、その中にしまっていた一つの物へ手を伸ばす。


――毛布。


あの時、シグが私に掛けてくれた毛布だ。


私はそれを取り出し、レジカウンターの上に置いた。


「これは使える?」


「えっ!?」


ヴィオナが驚いた顔で、毛布を見つめる。


カウンターの奥にいた女性は毛布を手に取った。


しばらく観察した後、彼女は尋ねる。


「これは彼の物かしら?」


「ええ」


私はゆっくりと頷いた。


しかし、その直後。


ヴィオナの視線が変わった。


さっきまでとは違う。


――鋭い。


「ル、ルーシー……」


彼女の声が、妙に低く聞こえた。


「どうしてあなたが、その毛布を持ってるの?」


まずい。


その質問が来ることは分かっていた。


説明はできる。


でも――今は話すべき時じゃない。


私はゆっくりとヴィオナへ顔を向けた。


「ヴィオナ、これには長い話があるの。今はまず、シグを探すことに集中した方がいいわ」


ヴィオナは頬をぷくっと膨らませた。


「ふんっ……」


「仕方ないわね。今のところは黙っておくわ」


そう言いながらも、彼女の表情は明らかに不満そうだった。


……怒っている。


それだけじゃない。


もしかしたら――少し、嫉妬しているのかもしれない。


私は心の中で小さく息を吐いた。


ひとまず、これ以上話を掘り下げられずに済んだ。


まさか、この毛布が問題になるなんて思ってもみなかった。


でも――この毛布がシグを見つける手掛かりになるのなら、今は気にしている場合じゃない。


女性は毛布の上に両手を置いた。


表情が真剣なものへと変わる。


目を閉じ、意識を集中させていく。


数秒後。


彼女の両手から、淡い光が現れた。


「マジックスキル――レゾナンス・トレース」


その瞬間、毛布が光を放った。


淡い光が布の表面をゆっくりと覆っていく。


やがて、毛布の上に細い光の筋がいくつも浮かび上がった。


それはまるで、何かを探すように布の上を走っている。


私とヴィオナは、ただ黙ってその光を見つめていた。


光は次第に強くなっていく。


そして――


数秒もしないうちに、光が徐々に弱まり始めた。


女性が目を開く。


ヴィオナはすぐに尋ねた。


「どう? 彼がどこにいるか分かった?」


女性は答えなかった。


その表情に、困惑の色が浮かんでいる。


「ごめんなさい……」


彼女はゆっくりと首を横に振った。


「彼の居場所を見つけることができなかったわ」


「えっ!?」


私とヴィオナは、ほぼ同時に声を上げた。


ヴィオナはすぐに女性へ詰め寄る。


「どうして?」


「私にも分からないの」


女性は、手にした毛布へ視線を落とした。


「普通なら、そのプレイヤーがまだこの世界に存在している限り、私のスキルで何かしらの痕跡を見つけられるはずなの」


彼女は眉をひそめた。


「でも、今回は違うわ。この毛布と繋がっている何かは感じるの……ただ、その先にある方向だけが分からないのよ」


ヴィオナはすぐにフレンドリストを開いた。


「彼の名前は、まだここにあるわ」


私も画面を覗き込む。


……本当だ。


シグの名前は、まだフレンドリストに残っている。


なら、少なくともシステム上では、シグはまだ生きている。


アクティブなプレイヤーとして、認識されているはずだ。


女性はしばらく考え込んだ。


そして、ようやく口を開く。


「おかしいわね……」


彼女は毛布を見つめながら続けた。


「彼が追跡できないエリアにいる可能性があるわ」


少し間を置いて、彼女はもう一つの可能性を口にした。


「あるいは……特殊なダンジョンの中にいるのかもしれない」


それを聞いて、私とヴィオナは黙り込んだ。


特殊なダンジョン。


追跡できないエリア。


どちらにしても、シグの居場所を知る手掛かりにはならなかった。


重くなった空気を感じ取ったのか、女性は私たちを落ち着かせるように口を開いた。


「もし彼がまだ生きていて、本当に追跡できない場所にいるのなら……今は、そこから出てくるのを待つしかないかもしれないわね」


「そうなれば、彼の居場所を見つけられる可能性もあるわ」


ヴィオナはうつむいた。


「……待つしかないのね」


その声には、はっきりと落胆が滲んでいた。


女性は小さく微笑んだ。


「後でもう一度、試してみるわ。もし彼の痕跡を見つけられたら、すぐにあなたたちへ知らせる」


そう言って、彼女は手を差し出した。


「フレンドの連絡先を交換しましょう。何か分かったら、すぐにメッセージを送れるようにね」


「分かったわ」


私とヴィオナは、彼女とフレンド登録を済ませた。


その女性プレイヤーの名前は、メリッサだった。


彼女は最後に、もう一度私たちへ声をかける。


「あなたたちは先に戻っていていいわ。もし友達の居場所について何か手掛かりを見つけたら、すぐに連絡するから」


「ありがとう」


「どういたしまして」


その後、私とヴィオナは古びた店を後にした。


チリン――


背後で扉が閉まる。


同時に、扉の上に吊るされた小さなベルが、再び澄んだ音を響かせた。


外へ出ると、私は少しだけ足を止め、リフェリーの街を見渡した。


プレイヤーたちは、いつもと変わらず通りを行き交っている。


何も変わっていない。


けれど――


私たちにとっては、すべてが違って見えた。


シグがまだ生きていることは分かっている。


ただ……。


彼が、どこにいるのかは分からない。


今の私たちに残された手掛かりは、メリッサだけだった。


だから私は、彼女からの知らせを待つしかなかった。



***


次回、第23章 「手掛かり」


新しい章の更新は毎週土曜日です。

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