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第21章:臨死体験

ビビーーーーッ!


[ ステータス:Undying Will 発動 ]

[ スタック1:攻撃力 +10%、クリティカル率 +5%、クリティカルダメージ +10% ]


《 パッシブスキル:ペイン・リフレクション(痛覚反射)……発動 》


意識を失ったまま、首を失った俺の身体が脅威に反応した。


腕の筋肉が残酷なまでに引き締まり、ヴェインリーヴァーが強制的に手の中へと顕現する。


そのまま、空気を切り裂くような猛烈な一撃を放った。


だが、刃が届くより早く、彼女の姿は霧のように消えた。


剣は虚空を斬り裂いただけだった。


その直後――


システムの異常処理が発動した。


血のように赤い無数のピクセルが、切断された首の断面へと殺到する。


裂けた肉が強引に縫い合わされ、砕けた骨が一つずつ結合していく。


そして、痛みを伴う一呼吸の間に――俺の頭部は完全に再構築された。


視界が再び鮮明になる。


その先で、あの怪物が宙に浮かんでいた。


先ほどまでの余裕は消え、驚愕と警戒が入り混じった表情で、俺を見下ろしている。


「お前は何者だ? なぜ死なない。それに……なぜ私が、自分の攻撃の痛みを受けなければならない?」


彼女は鋭く牙を剥いた。


俺は繋がったばかりの首をゆっくりと回した。


コキッ。


骨の鳴る音が、一瞬の静寂を破った。


「俺はただのプレイヤーだ」


彼女の目が細められる。


「プレイヤー?」


動揺したのは、その呼称そのものではなかった。


彼女の視線が、俺の存在を根底から暴こうとするかのように、さらに深く突き刺さってくる。


「貴様の身体から……何かを感じる」


低く呟き、彼女は鼻をわずかに動かした。


「忌々しい神と同じ匂いだ」


「……いや」


彼女の表情がわずかに歪む。


「もっと濃い。まさに、あの匂い――あの女神と同じだ」


「匂い……だと?」


俺はあえて聞き返した。


答える代わりに、彼女の視線はゆっくりと下がり、俺の左手の甲に釘付けになった。


一瞬、目を見開く。


そして再び、狂喜の笑みが彼女の顔を彩った。


「貴様……同じ呪いを背負っているとはな」


背中の漆黒の翼がゆっくりと羽ばたき、胸を締め付けるような破滅のオーラを放った。


「面白い……奴はまだ諦めていないようだな」


「どういう意味だ?」


俺の問いを無視し、彼女は人差し指を空へと向けた。


山のように巨大な青い火球が、彼女の頭上に顕現する。


その熱は、周囲の空気さえ焼き尽くすほどだった。


「今度こそ、貴様の死を確実にしてやろう……覚悟しろ」


俺はゆっくりと左手の手袋を外した。


露わになった肌の表面で、グリッチが不規則に波打っている。


奴が巨大な火球を落とした。


俺は、わざわざ避けようとはしなかった。


左手を掲げ、大地を飲み込まんとする炎の質量を、たった一枚の手のひらで受け止める。


熱波が猛烈な勢いで押し寄せ、シャツの袖を一瞬で灰へと変えた。


「オーソリティ・グリッチ」


俺は小さく呟いた。


青い火球が歪む。


次の瞬間、それは無数の壊れたコードの断片へと砕け散り、この世界の現実から完全に消去された。


「……」


息つく暇もなく、俺はすぐに別のスキルを放った。


「マジックスキル――ヴォイド・シェイド!」


足元の影がインクをぶちまけたように広がり、そこから十体の影のクローンが這い出してくる。


合図など必要なかった。


十体すべてが黒い矢のように飛び出し、空中の竜王を包囲する。


しかし、竜王は退屈そうに指を鳴らしただけだった。


パチン。


瞬間、燃え盛る青い炎が周囲の空間を薙ぎ払った。


十体の影は、炉の中へ飛び込んだ羽虫のように一瞬で焼き尽くされ、黒い灰となって消えていく。


戦闘は、次の段階へ移った。


奴と俺の姿が同時に消える。


あまりにも速い。


残されたのは、空間を走る黒と青の閃光だけだった。


ヒュンッ!!


ガキィィィン!!


空中で激しい衝突が起きた。


全力で振り下ろしたヴェインリーヴァーの刃が、完璧に受け止められている。


――奴の、人差し指一本によって。


「……!」


衝撃が爆発し、俺たち二人の身体が同時に弾き飛ばされた。


だが、次の瞬間には再び距離が消える。


青と黒の光が、空中で激しく衝突した。


ガキィィィン!!


ズガァァン!!


ガキィィィン!!


ズガァァン!!


何度目かの轟音が響いた瞬間、俺の動きは完全に止められた。


ヴェインリーヴァーは、奴の二本の指に挟まれている。


同時に、背筋を這うような冷気が胸の奥へと広がった。


予測する暇すらなかった。


奴の左手が、俺の肋骨を突き破った。


その手は、そのまま心臓のある位置を正確に貫いている。


[ ステータス:Undying Will 発動 ]

[ スタック:2 ]


「心臓がなくても、生きていられるのか?」


奴は退屈そうに呟き、俺の胸から手を引き抜いた。


その一瞬だった。


俺の身体を構成する細胞が、再びグリッチを起こした。


ヴェインリーヴァーが奴の指から滑り抜ける。


空気を切り裂きながら斜めに走った刃が、奴の胸を深々と切り裂いた。


スパァァン!!


[ システム通知 ]

敵はDoT・毒・火傷を無効化。


「チッ……」


舌打ちが聞こえた。


次の瞬間、奴の手が俺の顔面を乱暴に鷲掴みにした。


そのまま、まるで俺の身体が羽のように軽いかのごとく、地面へ向かって投げ飛ばされる。


視界が激しく回転した。


ドガァン!!


地面に叩きつけられ、その勢いのまま土を削りながら引きずられていく。


最後にヴェインリーヴァーを地面へ突き立て、強引に身体を止めた。


荒い息を吐きながら、俺は無理やり立ち上がる。


遠くに見える奴の胸の傷が、みるみる塞がっていく。


――俺の胸に開いた穴と、まったく同じように。


俺は奴のHP表示から目を離せなかった。


そこに並んでいるのは、意味を成さないランダムなエラーコードの羅列。


[ HP: 9DH3473K1B / 7FG21S4ER3 ]


まるで、HPそのものが「無限」という概念から外れているかのような表示だった。


これまで遭遇してきたモンスターとは、明らかに違う。


イベントの残り時間が、視界の隅で赤く点滅していた。


[ 06:29 ]


時間は確実に減り続けている。


だが、これほど激しい戦闘では、一分が一時間にも感じられる。


ヴェインリーヴァーを無理に使い続けるのは自殺行為だ。


俺はその剣をインベントリに戻し、代わりに「海王のトライデント」を取り出した。


柄の先端を地面へ叩きつける。


瞬間、周囲の地面が幻の水面へと変わった。


その水面から、何十本もの巨大な触手が一斉に飛び出す。


荒れ狂う触手が、奴の身体へと次々に絡みついていった。


だが、奴の目に動揺はない。


奴は指先を前方へ向けた。


次の瞬間、レーザーのような青い光線が一直線に放たれた。


ヒュンッ!


軽く振るわれた青い光が、触手を次々と切り裂いていく。


まるでバターでも切るように、巨大な触手の肉が容易く両断された。


新たな触手が水面から這い出しても、結果は同じだった。


一瞬で切り刻まれる。


「……やっぱり、正面からじゃ無理か」


俺は直接攻撃を狙っていたわけではない。


触手が奴の視界を塞いだ一瞬の隙。


それだけで十分だった。


俺はトライデントをその場に残し、移動スキルを発動する。


身体が一瞬だけグリッチ化した。


次の瞬間、俺は奴の真上の空中にいた。


左手を高く掲げる。


以前吸収した、巨大な青い火球を再び呼び出した。


「うおおおおっ!!」


そのまま、巨大な火球を奴目掛けて叩き落とした。


残念ながら、俺の予測は外れた。


光の斬撃が、標的に届く直前でその火球を真っ二つに切り裂いた。


連鎖反応が凄まじい爆発を引き起こし、その衝撃波が巨大なハンマーのように俺の身体を吹き飛ばした。


俺は地面を何度も転がりながら吹き飛ばされ、爆発の衝撃に耐えるため、両足を地面に突き立てて無理やり踏み止まった。


煙が晴れる。


そこには、無傷のまま宙に浮かぶ奴の姿があった。


その左手には、いつの間にか凝縮された炎が長剣の形を取っていた。


奴がその炎の剣をゆっくりと振り上げた瞬間、俺の身体が本能的に危険を察知した。


生存本能が逃げろと叫んでいる。


だが、現実は凍りついたように動かなかった。


間に合わない。


炎の剣が垂直に振り下ろされた瞬間――


絶対的な閃光が、俺の身体だけでなく、この島そのものを真っ二つに切り裂いた。


ズドォォォォン!


耳をつんざく轟音とともに、大地が裂けた。


意識が粉々に砕け散る。


その直後、Undying Willの効果が俺を再びこの世界へと引き戻した。


だが、筋肉と骨がまだ完全に繋がっていない。


その一瞬を狙うように、水平に走った閃光が俺の身体を再び吹き飛ばした。


数秒もしないうちに、俺は二度目の死を迎えた。


死は、胸糞の悪いループへと変わっていた。


奴は俺のパッシブスキルの弱点を完全に理解している。


そして、意図的に最も脆弱な瞬間――復活直後の遅延時間――を狙っている。


俺の身体が完全に再生する前に、破壊するために。


生死の境目で、俺の思考は数ミリ秒単位で情報を処理していた。


Undying Willの残量が尽きる前に。


俺の魂そのものが完全に消去される前に。


この拷問のようなループを断ち切らなければならない。


幸い、地面に突き刺さったままの海王のトライデントには、独自の防衛機能が残っていた。


俺が命令する必要もない。


背後から巨大な触手の塊が飛び出し、奴へと襲いかかる。


奴が振り返った。


その瞬間――


今だ。


俺が必要としていた、ほんのわずかな隙。


「ユニークスキル――デスゾーン!」


時間の流れが鈍る。


ほとんど停止したかのように、周囲のすべてがゆっくりと動き始めた。


空間が歪み、周囲の空気さえ捻じ曲がる。


足元から漆黒の領域が広がり、俺自身を特殊な異空間へと引きずり込んだ。


このイベントの勝利条件は、奴を殺すことじゃない。


――十分間、生き残ること。


なら、この領域の中に隠れて残り時間が尽きるのを待てばいい。


「どこでその能力を手に入れた?」


背筋が凍った。


振り返る。


そこには、奴がいた。


俺のすぐ後ろ。


まるで散歩でもしているかのような気軽さで立ち、デスゾーンの虚無を興味深そうに見つめている。


あり得ない。


デスゾーンの最大半径は三十メートル。


奴がいた場所は、間違いなく効果範囲の外だった。


それなのに――


なぜ、ここにいる?


「口が利けないようだな。まあいい」


奴は興味を失ったように呟いた。


そして、ゆっくりとこちらへ視線を向ける。


「貴様が使っているその権能の――」


一拍。


「真の姿を見せてやろう」


奴は両手をゆっくりと合わせた。


「くそっ!」


俺は反射的に剣を構えた。


「ソードスキル――インフィニティ・スラッシュ!」


発動しない。


失敗した。


システムによって、スキルそのものが無効化されている。


俺の周囲では、時間そのものが死んでいた。


動かない。


流れない。


ただ、完全に停止している。


そんな虚無を突き抜けるように、奴の声が響き渡った。


「南竜門――」


背後に、古代の巨大な門が顕現する。


その門から、骨まで凍りつくような冷気が溢れ出した。


「――凍天神殿」


ゴゴゴゴゴ……。


石造りの巨大な門が、重い軋み音を響かせながら開いていく。


次の瞬間、俺の身体はおろか、魂までもが漆黒の闇へと強引に引きずり込まれた。


再び目を開けた。


俺は、果てしなく広がる氷の鏡の上に立っていた。


空に太陽はない。


代わりに、空そのものを焼き尽くすような巨大な青い火球が浮かんでいる。


足元からは、つま先どころか全身の感覚を奪うほどの冷気が這い上がってくる。


一方で、頭上から降り注ぐ熱気は、頭皮を焼き焦がすほどだった。


「……」


冷たい。


熱い。


両方が同時に存在している。


[ システム通知 ]


竜王の領域効果:

・スキル:無効

・時間停止:有効


俺の理性が状況に追いつくより早く、か細い声が静寂を破った。


「シグ?」


俺は鋭く振り返った。


そこにはヴィオナが立っていた。


その瞳には、純粋な驚きが浮かんでいる。


吐き出した息が、空中で凍りついた。


彼女がふらつきながら俺へ歩み寄ってくる。


俺は微動だにできなかった。


反射的に、右手へエンジェルウィング・カッターを顕現させる。


彼女が両腕を伸ばし、俺を抱きしめようとした、その瞬間――


足が止まった。


冷たい刃が、彼女のみぞおちを貫いていた。


「シ、シグ……?」


信じられないものを見るように、彼女が呟く。


次の瞬間――


現実が崩れ落ち、反転した。


広大な氷原は、ただの潜在意識の投影だった。


目の前から、ヴィオナの姿が消える。


そして気づけば、俺は鏡のような氷の上に立っていた。


足元には、さっきまで見えていた氷原が映っている。


その景色の中に、ヴィオナの姿はない。


ただ、剣を突き出した俺自身だけが映っていた。


「お前の趣味は、本当に反吐が出るな」


俺は吐き捨てるように呟き、振り返った。


遠くでは、竜王が腕を組んで立っている。


その唇に、薄い笑みが浮かんでいた。


「まさか、あの女を二度も刺すとはな」


竜王は愉快そうに目を細める。


「一度目で躊躇すると思っていたが……私の予測は外れたようだ。見た目ほど甘くはないらしいな」


どうやって俺の記憶を探り当てたのかは分からない。


だが、そんなことはどうでもいい。


奴は――俺を怒らせた。


「お世辞は結構だ……」


俺はエンジェルウィング・カッターの切っ先を奴へ向ける。


「さっさと終わらせようぜ」


突然、冷たい感触が背中を突き抜けた。


背後から伸びた手が俺の胸を貫き、前方へ突き出している。


いつの間にか、奴の姿が二つに増えていた。


「そう自惚れるな、人間」


背後の奴が、耳元で囁く。


同時に、目の前に立つもう一体も口を開いた。


「私の領域で、勝てると思ったか?」


胸を貫いていた手が、乱暴に引き抜かれる。


[ ステータス:Undying Will 発動 ]

[ スタック:9 ]


内臓がまだ傷口から零れ落ちている。


それでも、俺は腰を捻り、エンジェルウィング・カッターを水平に薙ぎ払った。


ガキィィィン!


奴の手が、俺の剣の刃を素手で掴んだ。


次の瞬間、奴の掌から凄まじい熱が剣へと流れ込んだ。


金属が眩い白光を放つほど赤熱し――


バァンッ!!


刃が粉々に弾け飛んだ。


同時に、俺の右手も指先から腕の付け根まで黒く焼け焦げる。


皮膚が焼け落ち、炭化した肉と白い骨だけが残った。


それでも、俺は怯まなかった。


生まれた一瞬の隙を逃さず、左手を振り上げる。


奴の顔面を鷲掴みにした。


左手を覆うグリッチが、触れた場所から奴の全身へと一気に広がっていく。


「消え失せろ……」


俺が冷たく呟いた。


その瞬間、奴の身体が大きく歪んだ。


そして――


掻き消えるように消滅した。


だが、もう一体の幻影も黙ってはいなかった。


指先から青い光が放たれ、背後から俺へと襲いかかる。


俺は身体を捻り、左手でその光を弾き飛ばした。


バシィッ!!


光を弾き飛ばした直後、俺の身体が高速で駆ける。


一瞬で姿を消し――


奴の背後へと現れた。


奴が振り返った瞬間――


俺の左手が素早く伸び、その顔面を鷲掴みにした。


「消えろ……」


奴の身体が一瞬にして消滅した。


だが――


それもまた、奴の幻影に過ぎなかった。


本体は依然として、遥か上空で静かに浮かんでいる。


二つの幻影を倒したばかりだというのに、今度はこの領域の鏡のような床から、俺そっくりの姿が次々と現れ始めた。


二十体――いや、四十体。


俺は深く息を吸い込んだ。


次の瞬間、姿を消す。


拳を握り締めたまま、一体の影の目の前へと現れた。


ドゴォッ!!


その顔面を殴り飛ばす。


別の影が迫ってくる。


俺は即座に身体を捻り、右足をその腹へ叩き込んだ。


ドゴォン!


影の身体が吹き飛んでいく。


だが、間髪入れずに別の影が四方から襲いかかってきた。


俺は死の舞踏を踊るように、拳と蹴りを次々と叩き込んでいく。


一体、また一体。


影たちが次々と吹き飛んでいく。


それでも、倒した数を上回る勢いで新たな影が距離を詰めてくる。


そのとき――


竜王が指を鳴らした。


パチン。


瞬間、俺の身体が凍りついたように動かなくなる。


奴の領域だ。


俺の身体は無数の影に完全に取り囲まれていた。


そして――


ズドォォォォン!!


影たちが一斉に爆発した。


爆炎と衝撃波が俺の身体を呑み込み、肉も骨もまとめて木端微塵に吹き飛ばした。


[ ステータス:Undying Will 発動 ]

[ スタック:10 ]


[ システム通知 ]

Undying Willがクールダウン(24時間)に入りました。

ペナルティ:30分間、最大HPが1ポイントになります。


終わった。


残された命は、あと一つ。


この領域には、カウントダウンすら存在しない。


時間そのものが、永遠に凍りついている。


スキルも使えないこの状況で――どうやって、こんな災害級の存在を倒せっていうんだ?


「ハ……ハハ……」


領域の静寂に、俺の乾いた笑い声が響いた。


絶望しているわけじゃない。


むしろ、逆だった。


心臓が激しく鼓動し、全身を駆け巡るアドレナリンが、俺の感覚を研ぎ澄ましていく。


そして――俺は気づいていた。


この領域から抜け出す、一番簡単な方法に。


「狂ったか?」


奴が冷たく嘲笑う。


「ハハッ……」


俺は左手を、鏡のような氷の床へと押し当てた。


頭に浮かんだのは、たった一つの命令。


――この偽りの世界を、消せ。


次の瞬間。


グリッチの歪みが手のひらから爆発的に広がった。


鏡の床を走る無数のコードが、まるでウイルスに侵食されるように次々と崩壊していく。


「ハァ!?」


初めて――奴の傲慢な表情が崩れた。


空を覆っていた神殿の領域が、音を立てて砕け散る。


次の瞬間、世界そのものが反転し、俺たちは元の現実空間へと吐き出された。


新鮮な空気が肺へ流れ込む。


俺はゆっくりと立ち上がり、いまだに信じられないものを見るような目で俺を見つめる奴を睨み返した。


「今……何をした?」


奴が低く問い詰める。


「ちょっとしたチートを使っただけさ」


俺は皮肉交じりに答えた。


「チッ……」


奴は雲を突き抜けるほど高く飛び上がった。


その瞬間、奴のオーラが劇的に変化した。


今の俺にできることは、ただ耐えること。


そして、最後まで集中を切らさないことだ。


頂点まで達すると、奴は右腕を大きく振り上げた。


「神器解放!」


空が割れ、その向こうに異次元の光景が広がった。


次の瞬間――


明るい青色に輝く巨大な連星が、空間の裂け目からゆっくりと姿を現した。


熱放射の波が島全体を覆い、周囲の木々が次々と焼き尽くされていく。


海面すら沸騰し、白い蒸気となって空へ消えていった。


冷や汗が背中を伝う。


嘘だろ……。


奴は力の50パーセントしか出していない。


そう思っていた。


だが、この攻撃は違う。


一つの島を焼き払うどころか、この世界そのものを消し飛ばしかねない。


それほどの威力だった。


はるか上空で、巨大な星の質量が極限まで圧縮されていく。


やがてそれは、鋭く尖った光の槍へと姿を変えた。


「裁きの槍……」


奴が呟く。


そして――


決定的な一撃が、振り下ろされた。


ズドォォォォン!!


破滅の槍が、空を滑るように落下してくる。


グリッチが完全に発動する前に、この攻撃を左手で消去することもできる。


ただし、その場合は――


あの重力圧に耐えきれず、グリッチが発動するより先に俺の体そのものが蒸発する可能性がある。


心臓が激しく鼓動する。


俺は逃げなかった。


ただ、迫り来る終末を見据えていた。


しかし――奇妙なことが起こった。


光の槍が急停止した。


俺の身体を押し潰す寸前、わずか数メートル手前の空中で完全に動きを止めたのだ。


強風が顔面を叩きつける。


俺はただ、その光景を呆然と見つめていた。


空では、竜王が片手で自分の頭を掴んでいた。


まるで、頭の中にある何かを必死に押さえ込んでいるようだった。


「なぜ私を止めようとする!?」


奴は自分自身に向かって怒鳴りつけた。


「お前は私の一部だろう! 逆らうのはやめろ!」


「くそっ……なぜ今になって……!」


奴の声が震える。


「本当に……頑固な奴だな!」


光の槍が淡く明滅した。


そして――


完全に消滅した。


空を引き裂いていた次元の裂け目も、ゆっくりと閉じていく。


その直後。


ピッ。


小さな電子音が、俺の思考を現実へと引き戻した。


イベントの残り時間が――


[ 00:00 ]


ゼロになった。


助かった。


まさか、最後の一秒まで生き残れるとは思わなかった。


その瞬間――


四方八方から黄金の鎖が飛び出した。


ジャララララッ!!


無数の鎖が竜王の身体へと絡みつき、その動きを完全に封じ込めていく。


「チッ……!」


奴は最後に、忌々しそうに舌打ちした。


[スペシャルイベント]

目的:南の竜王を相手に10分間生き残れ――達成。


獲得報酬:

*[称号] Draconarius(ドラコナリウス)

*[ワールドスキル] Aurora Illusion(オーロラ・イリュージョン)

*[ユニーク武器] 双竜刃(Twin Dragon Blades)

*[特殊契約] 竜王の契約

 ステータス:名前待機中


 竜王に新しい名前を付けてください。


[ 名前を入力:_______ ]


名前を付けろ、か。


何度も死ぬ羽目になった直後に、今度は名前まで考えろということらしい。


これ以上時間を使いたくなかった俺は、短い名前を一つ入力した。


[ モア ]


確定ボタンを押す。


チリン――。


黄金の輪が現れ、彼女の首に静かに掛かった。


同時に、俺の右手の甲が熱を帯びる。


そこに、契約の証を示す赤みがかった紋章が浮かび上がった。


[ 契約成功 ]


次の瞬間、彼女を縛っていた見えない鎖の檻が消え去った。


黒い翼と恐ろしい角を持つ、あの傲慢な姿が縮んでいく。


身体を覆っていた鱗が消え、翼も角も崩れるように消滅した。


そして――


俺が初めて出会ったときの、か弱い少女の姿へと戻った。


少女はそのまま意識を失った。


高所から真っ逆さまに落下していく。


考えるより先に、身体が動いていた。


俺は地面を蹴って跳躍し、両手で少女の身体をしっかりと受け止めた。


彼女の呼吸は規則正しい。


顔も、眠っているかのように穏やかだった。


やがて、彼女のまぶたがゆっくりと開く。


無邪気な瞳が俺の顔を捉えた。


そして、唇がわずかに開く。


「アリガトウ?」


俺は深く息を吐いた。


ようやく、身体に残っていた緊張が抜けていく。


「それは俺のセリフだ……」


俺は少女を見つめる。


「ありがとう、モア」


「モア?」


少女は少しだけ首を傾げた。


「ああ。お前の名前はモアだ」


「モア! モア!」


小鳥のように、少女は嬉しそうに名前を繰り返した。


俺は小さく息を吐く。


……まあ、悪くない名前か。


***


スタミナを回復させた後、俺はシステムインターフェースをもう一度確認した。


ミニマップを覆っていた暗闇は晴れ、現在地が表示されている。


リフェリーの街の南――死の島。


フレデン本土から、遥か遠く離れた場所だった。


「……この木材で、いかだでも作るしかないのか?」


燃え残った木々を眺めながら、俺は小さく呟いた。


まるで俺の戸惑いを聞き取ったかのように、モアがゆっくりと立ち上がった。


次の瞬間――


ブワァァァッ!


濃い白い霧が爆発するように広がり、モアの小さな身体を包み込んだ。


霧の中から、巨大なシルエットがゆっくりと浮かび上がる。


薄い雲を突き抜けるほどの巨体。


その影が太陽を覆い隠した。


やがて霧が晴れる。


そこに立っていたのは――


先ほどまでの少女ではない。


圧倒的な巨体を誇る、竜王モアの真の姿だった。



***

次回、第22章 「想い」


新しい章の更新は毎週土曜日です。


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