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第13章:答え

ヴィオナ視点



***



目の前で巨大なミノタウロスが崩れ落ちる。


青い血飛沫は空中に溶けるように消え、跡に残ったのは岩場にカチンと音を立てて転がる一つのダークストーンだけだった。


私の荒い息遣いだけが、静まり返ったダンジョンに響いている。


「はぁ……今日はこれくらいにしておこうかな」


私の独り言は、第三十三階層の静寂の中へ吸い込まれるように消えていった。


なぜか最近、私は一人でモンスターを狩るのが好きになっていた。


本当にソロプレイヤーになりたいのかもしれない。


あるいは……ただ胸の奥に引っかかったまま離れない思いを忘れたくて、この疲労に逃げているだけなのかもしれない。


疲れた体を引きずるように、私はゆっくりと剣を鞘に収めた。


鞘走る金属音が、まるで一日の終わりを告げる合図のように響く。


私は肌を刺すような冷気が漂い始めた第33階層を後にした。


***


ダンジョン第21階層のアンダーガーデンを通り過ぎようとした時、私の足取りはふと遅くなり、その場で立ち止まった。


岩壁の縁から眼下を見下ろす。


そこにはファレリーの街並みが広がっていた。


行き交うプレイヤーの姿も多い。


街が復興し、再び活気を取り戻した証だった。


タイタンがこの街を蹂躙したあの日から、もう半年が過ぎていた。


物理的には、この街は完全に元通りになっている。


けれど、その光景を見ても、私の心は少しも晴れなかった。


突然、胸がちくりと痛んだ。


私は胸元に手を当てる。


これだけ時間が経った今でも――あの日の傷は、まだ消えていなかった。


忘れようとしているはずなのに。


モンスターを狩り続けても、身体が疲れ果てるまで剣を振っても、その記憶だけは何度でも蘇ってくる。


私は小さく息を吐き、そのまま歩き出した。


これ以上、この場所にいたくなかった。


ここには、私にとって苦すぎる思い出が残っている。


***


道の終点にあるダンジョンの出口。


残った力を振り絞り、私は巨大な扉を押し開けた。


重い蝶番が軋む音とともに扉がゆっくりと開く。


夜風が頬を撫で、外がすでに深夜になっていることを思い出させた。


ダンジョンに潜っている間、時間の感覚はすっかり薄れていた。


あの静寂の中にいると、何時間経ったのかさえ分からなくなる。


全身にじわじわと疲労が広がるのを感じながら、私は重い足取りで宿へと向かった。


しかし、いつもなら人通りの少ない石畳の道に、奇妙な光景が広がっていた。


帰り道の途中、道端に倒れ込み、意識を失っている一人のプレイヤーの姿が目に入ったのだ。


疲労を忘れて、私は反射的にそのもとへ駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


慌てて声をかけながら膝をつき、彼の体に触れた。


その体は驚くほど冷たかった。


沈黙。


返事はなかった。


震える手で、私はゆっくりと彼の体を仰向けにした。


そして、その瞬間――私は息を呑んだ。


そこにいたのは、意識を失ったシグだった。


「はっ……シグ!?」


思わず声が震える。


「大丈夫? シグ! 目を開けて!」


頬を軽く叩いて呼びかけるが、彼が目を覚ます気配はない。


その表情はまるで眠っているかのように穏やかだった。


だけど――触れた体は異様なほど冷たかった。


胸の奥で不安が一気に膨れ上がる。


考えるより先に、私はシグを背負おうとしていた。


両腕を肩に回し、自分の宿へ運ぶ。


彼の体が背中にもたれかかった瞬間、私は思わず足を止めた。


重かったからじゃない。


その逆だった。


あまりにも軽すぎたのだ。


同年代の男の子とは思えないほどに。


まるで体重がないかのようだった。


不安と焦りが胸を締めつける。


――シグはちゃんと食事を摂っていたのだろうか。


――ちゃんと眠れていたのだろうか。


道中、不安な考えばかりが頭の中を巡っていた。


息を切らしながらルーシーの部屋のドアの前に着いた時、私はほとんど礼儀など気にしていなかった。


ドンドンドン!


「ルーシー……早くドアを開けて!」


私は必死に叫んだ。声が少し裏返っている。


「はいはい、待ってよ……」


ドアの向こうからルーシーの不満そうな声が聞こえ、気怠そうな足音が近づいてきた。


やがてドアが開く。


しかし、ルーシーの眠そうな表情はすぐに消え去った。


驚いたような視線が真っ直ぐ私へ向けられる。


「ヴィオナ? こんな夜更けに、一体どうしたの?」


「ルーシー、お願い! シグを診て!」


私は荒い息をつきながら叫び、背中に背負ったシグを見せるように身体をひねった。


ルーシーは目を丸くする。


「え? シグ!? 彼に何があったの?」


「分からない!」


私は今にも泣き出しそうな声で答えた。


「道端で倒れているのを見つけたの! 意識もなくて……!」


ルーシーの表情が真剣なものへと変わった。彼女の医療本能が優位に立った。


「それなら中へ運んで。診てみるわ」


私は彼女の部屋へ足を踏み入れた。


これ以上傷つけてしまわないよう、私は震える手でシグをルーシーのベッドへそっと寝かせた。


ヒーラーであるルーシーはすぐにシグへ近づき、その状態を確認した。


彼女が診察を始めると、その掌から柔らかな光が放たれた。


部屋は静まり返り、時計の針の音と私の吐息だけが聞こえていた。


緊張の中でしばらく待っていると、やがてルーシーの手から放たれていた光がゆっくりと弱まった。


彼女は診断結果を口にする前に、深く息を吐く。


「どうなの、ルーシー?」


待ちきれず、私は一歩前へ出た。


「治せるの?」


ルーシーは悲しげな目で私を見つめ、小さく首を横に振った。


「……分からないわ」


彼女は眉をひそめながら、ベッドに横たわるシグへ視線を落とす。


「身体に異常はないの。内臓も血流も……全部正常よ。でも――」


言葉を濁したルーシーに、私は思わず声を荒げた。


「でも何よ、ルーシー?」


「意識よ」


ルーシーは静かに答えた。


その声はひどく重く聞こえた。


「あの時と同じなの。彼……まるで魂だけがどこかへ行ってしまったみたい」


私はその場で力が抜けそうになった。


「魂が……無い」


かすかに呟きながら、私は足元の床へ視線を落とす。


頭の中では様々な考えが渦巻いていた。


呪いなのか。

それとも、誰かの魔法によるものなのか。


私の沈んだ様子を見たルーシーは、重くなった空気を変えようとするように口を開いた。


「ヴィオナ、落ち着いて」


彼女は冗談めかして言った。


「たぶん……あの時と同じように、あなたが彼にキスすれば、また目を覚ますんじゃない?」


私は顔を上げ、力なくため息を漏らした。


「はぁ……冗談はもういいわ、ルーシー。私は大丈夫。無理に慰めてくれなくても平気よ」


深く息を吸い、無理やり気持ちを落ち着かせる。


「ごめんね、ルーシー。しばらくシグをここで寝かせてあげて」


私はベッドで眠るシグへ視線を向けた。


「その代わり、今夜は私の部屋を使っていいから」


ルーシーは理解に満ちた眼差しで私を見つめ、腕を組んだ。


「じゃあ、ヴィオナはどこで寝るつもり?」


私はベッドの近くにあった木の椅子を引き寄せ、シグの横に腰を下ろした。彼の右手のグローブを外し、その冷たい手をそっと握る。


「私はもう少しここにいるわ」


きっぱりと言い切る。


「それに、まだ眠る気にもなれないし」


シグのことになると私が聞かなくなると分かっているのか、ルーシーは小さくため息をついた。


「はぁ……分かったわ。それじゃ、私は先に寝るわね」


そう言うと、ルーシーは励ますように私の肩を軽く叩いた。


そして部屋を後にし、夜の静寂の中に私とシグだけが残された。


まだ穏やかに目を閉じているシグの顔を見つめながら、私は無意識のうちに彼の手をさらに強く握りしめていた。


冷え切ったその手に、少しでも私の温もりが伝わればいい――そんなことを願うことしかできなかった。


そうしているうちに夜は少しずつ明けていき、私は朝が来るまでずっと彼の手を握り続けていた。


やがてオレンジ色の朝日がカーテンの隙間から差し込み、宙を舞う埃を照らし出す。


その柔らかな光は、シグの青白い横顔を静かに照らしていた。


突然、私の心臓が大きく跳ねた。


私の手を握り返すように、シグの指先がかすかに動いたのだ。


それはほんの一瞬だった。けれど、その小さな反応だけで、私は大きく安堵の息をついた。


「シグ……?」


私はかすかな声で呼びかけながら身を乗り出した。


だが、シグのまぶたは閉じたまま。私の呼びかけに応えることはなかった。


それでも不思議と、もうすぐシグは目を覚ます気がした。


「いけない」


私ははっとする。


「すぐに朝食を用意しなきゃ。あんなに長く眠っていたんだから、きっとお腹が空いているはずだわ」


私はすぐに立ち上がり、シグのための朝食を用意しようと部屋を飛び出した。


***


数分後、私は温かいスープの入ったボウルと牛乳の入ったグラスを載せたお盆を持って、ルーシーの部屋へ戻ってきた。


だが、ドアノブに手を伸ばしかけたところで、ふと足が止まる。


私たちが最後に会ったあの日のことが脳裏をよぎった。


『二度と俺に近づかないでくれ』


鋭い視線と共に向けられた、あの冷たい声が再び頭の中で響く。


胸の奥がちくりと痛んだ。


今も彼は、私を拒絶しているのだろうか。


もし目を覚ました時、私がここにいるのを見たら――


彼はまた、私を追い払うのだろうか。


実際、その不安だけで十分だった。私はルーシーの部屋の前で立ち尽くし、ドアを開ける勇気を失っていた。


その時、隣にある私の部屋のドアがゆっくりと開いた。


目をこすりながら出てきたルーシーは、廊下で立ち尽くしている私を見ると、怪訝そうに眉をひそめた。


「ヴィオナ?」


不思議そうに私の名前を呼ぶ。


「どうしたの、ヴィオナ? なんでここで立ち尽くしているの?」


そう言いながら歩み寄ってきたルーシーの視線が、私の手にあるお盆へと向けられた。


「私はただ……」


言葉が喉で詰まる。


私は言葉を続けられなかった。


不安を隠すように視線を落とし、お盆の上のスープと牛乳を見つめる。


結局、そのまま黙り込んでしまった。


私の説明を最後まで聞くまでもなく、ルーシーは事情を察したようだった。


「はぁ……」


同情するように長いため息をつく。


「貸して。私が持っていくわ」


ルーシーは優しくそう言った。


きっと、理由なんて聞かなくても分かっていたのだろう。


私は渋々、お盆を彼女に手渡した。


「ごめんね……いつも迷惑かけて、ルーシー」


「いいのよ」


ルーシーはかすかに微笑んだ。


「でも約束してね。今度こそ、ちゃんと仲直りするのよ?」


ルーシーの言葉は、鈍い短剣のように胸に突き刺さった。


私は何も答えられなかった。


問題は、私たちがただ喧嘩をしたという話じゃない。


もっとずっと痛いこと――。


そう、シグは私を拒絶したのだ。


それも、私が自分の気持ちを伝える前に。


彼はもう、私が自分のそばにいることすら望んでいなかった。


私の返事を待つことなく、ルーシーはドアノブを回し、自分の部屋へ入っていった。


やがて、彼女の明るい声が聞こえてくる。


「シグ、やっと気がついたのね」


シグが本当に目を覚ました。


その事実を知っただけで、私は大きく息を吐いた。


張り詰めていた力が抜け、その場にへたり込む。


背中を壁に預けながら、私はわずかに開いたドアへ視線を向けた。


息を殺し、ただ二人の会話に耳を澄ませることしかできなかった。


「ルーシー……?」シグは静かに言い、その声は掠れて弱々しく聞こえた。


「具合はどう? 少しは良くなった?」ルーシーはとても優しい声で尋ねた。


「俺は大丈夫だ。ありがとう」


シグは彼らしく、ごく短く答えた。


「無事ならよかったけど……」


ルーシーはそう言い、その声のトーンを少し変えた。


「だからって、そんなに急いで出て行く必要はないわ」


まるで引き留めるような口調だった。


少しの間、沈黙が流れる。


「シグ、話したいことがあるの」


ルーシーは続けた。


そして――


「ねえ、シグ……」


ルーシーは間を置き、その声に真剣な響きを滲ませる。


「教えてちょうだい。どうしてヴィオナから遠ざかろうとしているの?」


その質問を聞いた瞬間、私はその場で凍りついた。


部屋の外で、私はしばらく言葉を失った。


壁に背を預けたまま身を固くし、激しく脈打つ心臓を感じながら、ただ聞き耳を立てることしかできなかった。


私はずっと、シグは私を嫌っているのだと思い込んでいた。


だけど――


彼の口からこぼれた答えは、その考えを大きく裏切るものだった。


シグはためらうように言った。


「俺はただ、彼女に……殺されてほしくないだけだ」


その言葉は私の胸を強く打った。


まるで私を縛りつけていた何かが砕け散るように、今までの思い込みが音を立てて崩れていく。


「殺される?」


ルーシーは驚きを隠せない様子で問い返した。


「誰に?」


ドアの向こうで、私の胸はさらに苦しくなった。


『どういう意味? もしシグが私に近づいたら、私は誰かに殺されるっていうの?』


混乱と好奇心に駆られた私は、さらにドアの隙間へ耳を近づけた。


重い沈黙が流れ――やがて、シグのかすかな声が聞こえてきた。


「……俺にだ」


シグは諦めたように呟いた。


その声には、押し殺しきれない苦しみが滲んでいた。


「え……?」


ルーシーは息を呑んだ。


信じられない――そんな感情がありありと伝わってくる声だった。


そして、それは私も同じだった。


途端に、死んだような静寂が部屋を満たした。


シグはそれ以上何かを語るつもりはないようで、やがてその場を離れようとする足音がかすかに聞こえてくる。


もし彼が部屋を出てきて私を見つけたら――。


そう思った瞬間、私は反射的に立ち上がり、自分の部屋へと駆け込んだ。


ドアを閉めると、そのまま力が抜けるように崩れ落ちる。


私は背中をドアに預けたまま、呆然と息を吐いた。


頭の中を様々な考えが駆け巡る。


先ほどの彼の言葉は、一体どういう意味なのだろうか。


じゃあ、今まで彼が必死に私を避けようとしていた理由は、私を殺したくなかったからなの?


彼は誰かに操られているの?

それとも、もっと別の何かが――


いや、推測するだけじゃ真実は分からない。


彼に直接聞くべきなのだろうか。


「無理よ……」


今の私には、彼と二人きりで向き合う勇気なんてなかった。


様々な疑問が次々と頭の中を埋め尽くしていく。


けれど、その混乱の中で、一つだけ確かなことがあった。


シグは――私を憎んでなんかいなかった。


今まで私を避けていたのは、私を傷つけたくなかったから。


気づけば、涙が頬を伝っていた。


それでも、不思議と苦しくなかった。


ただ、その事実を知れただけで――


ずっと胸を締めつけていた苦しさが、少しだけ和らいだ気がした。


少しして、ドアをノックする音が聞こえた。


「ヴィオナ、中にいる?」


続いて聞こえてきたルーシーの声に、私はゆっくりと立ち上がり、部屋のドアを開けた。


ルーシーはすぐに、泣き跡の残る私の顔に気づいた。


「ヴィオナ、どうして泣いてるの? もしかしてさっき……全部聞いてたの?」


心配そうに尋ねるルーシーに、私は顔を伏せたまま答える。


「全部じゃないわ」


少し掠れた声でそう言いながら、手の甲で残った涙を拭った。


「はぁ……そう」


その答えを聞いて、ルーシーは少しだけ安堵したように肩の力を抜いた。


私は少しためらった後、勇気を振り絞って尋ねる。


「シグは……」


視線をそっとルーシーの部屋へ向けた。


「もう行っちゃったの?」


ルーシーは静かに頷いた。


「ええ。私の部屋の窓から出て行ったわ。まるで幽霊みたいに、跡形もなく消えちゃった」


こめかみを揉みながら、ルーシーは呆れたようにため息をつく。


「……そっか」


しかし、私がそれについてさらに尋ねようとしたその時だった。


突然、青い光が目の前に灯る。


受信メッセージを知らせる半透明のシステムウィンドウが現れたのだ。


「メッセージ……?」


私は小さく呟きながら、そのホログラム画面を見つめた。


「誰から?」


とルーシーも不思議そうに尋ねる。


私はすぐにウィンドウを開いた。


「ルーシー、私たち二人とも今すぐギルド本部に来るようにって」


私は真剣な表情でルーシーを見た。


「ドミニクからのメッセージよ」


急いで支度を済ませた後、私とルーシーは街の通りを抜け、《Pieces of Light》ギルドへと向かった。


そこは、私たちのパーティーがいつも集まる場所だった。


***


そこへ到着して正面のドアを押した瞬間、私は思わず息を呑んだ。


ギルドの部屋には、見覚えのないプレイヤーが一人いたのだ。


部屋の空気は妙に重く、肺を圧迫するような緊張感に満ちていた。


その人物はひときわ目立っていた。


垂れ下がる漆黒のローブを纏い、顔はわずかに透ける黒い布で覆われている。


私がこれまで見てきたどのプレイヤーとも違う雰囲気を纏っていた。


その身から漂う圧倒的な気配はどこか神秘的で、息が詰まるほどだった。


テーブルの近くに立っていたドミニクは、私たちがやって来たのを見ると姿勢を正した。


「やっと二人とも来たか」


彼は張り詰めた空気を和らげるようにそう言った。


ドミニクの声を聞き、その謎の女性はゆっくりと振り返る。


そして私たちへ視線を向けた。


「ドミニク、その二人は?」


その声は美しい。


けれど同時に、凍えるほど冷たく威圧的な響きを帯びていた。


「ああ」


「彼女たちは俺たちのパーティーのメンバーなんだ。ヴィオナとルーシーだよ」


この重苦しい空気に耐えきれず、私は一歩前に出た。


「ドミニク、一体ここで何が起きているの? それに、この人は誰?」


私は単刀直入に尋ねた。


「それについては……ええと、こちらの女性はアテナさんだ」


ドミニクは少し口ごもりながら説明した。


「彼女はオルニムスの街でも有名なエリートプレイヤーの一人だ。ヴォイドフェイスを追って、はるばるここまで来たんだ」


彼は一度言葉を切った。


「……いや、『追う』というのも少し違うな」


ドミニクは困ったように苦笑する。


「要するに、アテナさんはヴォイドフェイスを生け捕りにして連れて帰りたいらしい」


『えっ!? 生け捕り!?』


私は思わず心の中で叫んだ。


『ヴォイドフェイスってペットじゃないのに……!』


「それで、俺たちにもヴォイドフェイス探しを手伝ってほしいそうなんだ」


ドミニクは困ったように後頭部を掻いた。


その瞬間。


私の隣から突然、激しくむせるような咳が聞こえた。


「ゲホッ……!」


私は慌てて振り向いた。


「ルーシー!? 大丈夫?」


彼女がよろめかないよう腕を支える。


「うっ……だ、大丈夫よ……」


ルーシーは苦しそうに顔をしかめた。


だが、その目には一瞬だけ隠しきれない動揺が走っていた。


アテナという名のその謎の女性は、私たちのやり取りなど気にも留めず、有無を言わせない口調で再び口を開いた。


「別に無償で協力しろと言っているわけじゃないわ。もしヴォイドフェイスを捕まえて私のところまで連れて来られたなら、報酬として金貨百万枚を支払う」


彼女はきっぱりと言い切った。


「金貨……百万枚!?」


私は思わず声を漏らした。


その額は賞金としてはあまりにも破格だった。


私たちの反応すら待たず、黒いローブがふわりと翻る。


「それじゃあ失礼するわ。この街でまだ済ませたい用事があるの」


そう言い残し、アテナは背を向けた。


そのまま私たちを部屋に残し、一人で立ち去っていく。


やがてドアが閉まる音が響いた。


私はすぐにドミニクへ向き直る。


「ドミニク、この話についてどう思う?」


私はパーティーリーダーである彼に答えを求めた。


ドミニクは腕を組み、真剣な表情になった。


「彼女の提案だけど、俺も悪くない話だと思ってる」


そう言って、小さく息を吐く。


「確かに最近のヴォイドフェイスは無視できない脅威だからな。このまま放っておけば、被害者は確実に増えていくだろう」


それを聞いたルーシーが慌てて口を挟んだ。


「でも、ドミニク……ヴォイドフェイスを捕まえるなんて、そんな簡単な話じゃないわ。彼がいつ現れるかさえ、私たちには分からないのよ」


「確かにな……」


ドミニクは顎に手を当てた。


「まあ、そこまで深刻に考える必要はないさ」


二人を安心させるように、彼は肩をすくめる。


「サイドクエストみたいなもんだと思えばいい。もし偶然ヴォイドフェイスに遭遇したら、その時は捕まえる。そうじゃなければ……まあ仕方ない」


「分かったわ」


私が頷くと、隣でルーシーが小さく安堵の息を吐いた。


だが、その安堵の表情は長くは続かなかった。


何かを思い出したように、ルーシーの表情が引き締まる。


「ドミニク……前に話した件だけど、何か分かった?」


「ああ、その件か」


ドミニクは小さく眉をひそめた。


「悪い。まだ新しい情報は入ってないんだ」


「このままじゃ、人手を増やす必要があるかもしれんな」


「……そう」


ルーシーは小さく視線を落とした。


その横顔には、不安の色が滲んでいるように見えた。


「ルーシー、何かあったの?」


私は思わず尋ねた。


ここ数日ずっとダンジョンに籠もっていたせいで、地上のことはほとんど知らなかった。


ルーシーは少しだけ言葉に詰まり――やがて力なく微笑んだ。


「何でもないわ。ただの……個人的なことだから」


***

次回、第14章 「ジャスティスギルド」


新しい章の更新は毎週土曜日です。

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