第12章:ヴォイドフェイス
シグ視点
アンダーガーデンでの一件から半年後。
***
俺は、光もほとんど届かないリフェリーの街の片隅に座っていた。
背中を預けている石壁は冷たく湿っていて、長い年月のせいであちこちにひびが入っている。
人目を避けるには悪くない場所だった。
リフェリーには二つの顔がある。
そして、その両方を俺は知っていた。
昼間のリフェリーは、まるで理想郷みたいな街だ。
通りには行き交うプレイヤーと威勢のいい商人たちの声が溢れ、屋台には色鮮やかな布が掛けられている。
子供たちは何の不安もなく走り回り、磨き上げられた鎧をまとった衛兵たちが毅然と立ち、教会の鐘はまるでこの世の悪を祓うかのように鳴り響く。
人々はリフェリーを「希望の街」と呼ぶ。
正義が守られ、善が必ず勝つ場所だと。
それが真実であることを俺は知っている……少なくとも、太陽の下では。
だが、夜は違う顔を見せる。
光が薄れ、衛兵の巡回も減り始めると、リフェリーはゆっくりと姿を変えていく。
轟音を立ててではない。
音もなく、まるでこの街が仮面を外すかのように。
薄暗いオイルランプでは影を追い払うことなどできず、むしろ闇をより濃くしていた。
先ほどまで何の変哲もなかった路地裏は、今や人に聞かせるべきではない囁きや、闇の取引が交わされる場所へと変わっていた。
俺のいる場所からは、昼間とは違う人間たちが見えた。
同じ顔をしていても、その目つきは鋭く、足取りも慎重になっている。
昼間は愛想よく商売をしていた商人が、夜になると禁制品の仲介人に姿を変えることもある。
昼間は凛々しく立っていた衛兵が、薄暗い路地の角で金貨の詰まった袋を受け取り、その背後で何が起きていようと見て見ぬふりをすることもある。
時折、聞くつもりもない話が耳に入ってくる。
間違った方法で返済された借金の話。
跡形もなく消えた人間の話。
そして、法ではなく恐怖によって支配されている力の話。
リフェリーは希望の街だ。
少なくとも、昼の顔だけを見ている者にとっては。
そして奇妙なことに、それをおかしいと思う者は誰もいない。
リフェリーには、誰もが誇りに思う光の部分がある。
それは確かに誇るに値するものだ。
だが、その裏側にある闇はあまりにも巧妙に隠されていて、あえて闇に目を向けた者だけがその存在に気づくことができる。
俺は決して首を突っ込まない。
ただ影の中から、静かに眺めているだけだ。
時々、考えることがある。
太陽の下で笑う街と、月明かりの下で囁く街――。
本当のリフェリーは、一体どちらなのだろうか。
夜風が狭い路地を吹き抜け、煙の匂いと、どこか鉄錆びにも似た鋭い臭いを運んできた。
俺はフードを深く被り、顔が闇に沈んだままであることを確認する。
そして、俺の視線は目の前で不気味に赤く点滅するクエストパネルに釘付けになっていた。
無視するには存在感が強すぎる。
だが、向き合うにはあまりにも重い。
【クエスト:死をもたらす者】
目標:48時間以内にプレイヤーを4人殺害する。
ターゲット:1/4
残り時間:08:30:11
「ふぅ……」
吐き出した息が、夜の冷たい空気に溶けていく。
俺はゆっくりと立ち上がった。
黒いマントの裏から無地の白い仮面を取り出し、顔に装着する。
視界がわずかに暗くなった。
エンジェルウィングカッターをインベントリへ戻し、代わりにヴェインリーヴァーを握る。
「ユニークスキル……アンブラル・ドリフト」
次の瞬間、俺の体は黒い霧へと崩れ、夜風の中へ溶けていった。
――跡形もなく。
***
夜が音もなく降りてきた。
風が静かに吹き、押し殺されていた囁きのように木々の葉を揺らす。
空には、どこか不吉な赤い月が浮かんでいた。
あまりにも濃く、あまりにも生々しい。
黒い霧が渦を巻き、崖の上に立つ俺の体を形作る。
眼下には、ハーベストギルドの野営地が、これといった警戒もないまま広がっていた。
焚き火が静かに燃えていた。
テントが整然と並び、かすかな笑い声も聞こえてくる。
一見すると、すべてが普通に見えた。
しかし、長く観察すればするほど……奇妙な違和感が浮かび上がってくる。
柵が多すぎる。
笑い声が少なすぎる。
野営地の隅では、一人のNPCが拘束されていた。
細く光る鎖で両手首を繋がれ、その瞳は虚ろに濁っている。
それは肉体的な傷のせいではない。
正気そのものが、少しずつ削り取られていたからだ。
「もう一度言え」
その声は平坦だった。
大きくはなかったが――他の者たちを即座に黙らせるには十分な重みを持っていた。
軽装鎧を身につけた男が、一人の捕虜の前に立っていた。
力の抜けたような態度でありながら、その場を支配するような威圧感を纏っている。
彼の手の中では小さな水晶が脈打ち、不気味な鈍い光を放っていた。
「その宝の場所だ。北にあると言ったな」
男はわずかに首を傾げる。
「正確にはどこだ?」
捕虜の身体は恐怖で小刻みに震えていた。
唇を震わせながら何かを言おうとするが、うまく声にならない。
「わ、私は……忘れました……」
水晶の光がさらに強く脈打った。
「いや」
男の声は落ち着いたままだった。
――いや、あまりにも落ち着きすぎていた。
「お前は忘れてなんかいない」
彼はわずかに身を乗り出し、捕虜が怯えて身を縮めるほど近づいた。
「お前はただ、思い出さないことを選んでいるだけだ」
彼の後ろにいた何人かのメンバーが、低くクスクスと笑った。
大きくはない。
騒がしくもない。
それは面白がっている笑いではなかった。
慣れきった者たちの笑いだった。
「もう少し時間をやってくださいよ、ボス」
一人が気楽な調子で口を挟む。
「大抵、三回目くらいには『思い出す』もんですから」
捕虜はうつむき、肩を震わせた。
「わ、私は……ただの一般人です……」
「ここにいる全員が一般人だ」
男は冷たく遮った。
「我々が必要とする何かを持つまではな」
彼らは知らなかった……何が待ち受けているのかを。
俺は音もなく崖を下りた。
足元の地面は一切音を立てない。
見張りは一人。
残りの二人は焚き火の近くで気を抜ききっていた。
一人は大声でくだらない話をしている。
もう一人は笑っていた。
この世界で生きている者とは思えないほど、あまりにも無防備だった。
――すでに手遅れだとも知らずに。
俺の足音が、ようやく静寂を破った。
「はぁ――お、お前は誰だ!?」
「ボス! あ、あれは……ヴォイドフェイスだ!」
「何だって!? ヴォイドフェイス!?」
俺は連中に恐怖を噛み締める時間すら与えなかった。
「ユニークスキル……デスゾーン」
世界が……遅くなった。
空気が重くなる。
周囲の空間が歪み、まるで現実そのものが俺の意志によって無理やりねじ曲げられているかのようだった。
足元から闇が広がり――すべてを飲み込むドームを形成する。
一瞬にして、俺たちは全員、俺の領域の中に閉じ込められた。
「はあ!? ここは一体どこだ!?」
リーダーの男は乱暴に振り返り、必死に周囲へ視線を巡らせた。
俺はゆっくりと歩み寄る。
焦る必要はない。
俺から放たれる圧が、その場の空気を重くしていた。
「あいつ、俺たちを罠にはめやがった! おい、お前ら二人! あいつを殺せ!」
リーダーが怒鳴る。
「ボス……スキルが使えません!」
「……何だと?」
「封じられてます! スキルが全部封じられてます!」
「チッ……クソが」
彼らの顔から余裕が消え、代わりに焦りと恐怖が浮かび始めた。
俺の足取りは止まらなかった。
「近づくな!」
男の声はすでにひび割れ始めていた。
その虚勢など意に介さず、俺は歩き続ける。
「止まれと言ってるんだ! さもないと、こいつの首を刎ねるぞ!」
リーダーは怒鳴ると、乱暴に剣を振り、傍らで縛られているNPCの首元へ刃を突きつけた。
俺は足を止める。
その瞬間、男の顔に笑みが浮かんだ。
「武器を捨てろ。さもないと、こいつの命はないぞ」
強気になったリーダーが命令する。
俺は何も言わず、握りを緩めた。
ヴェインリーヴァーが乾いた音を立てて地面へ落ちる。
男の笑みはさらに深くなった。
勝った。
そう確信したのだろう。
自分が状況を完全に支配したと思い込み、男は余裕たっぷりに口元を歪めていた。
「お前ら二人、行け! あいつを捕まえろ!」
リーダーが鋭く命令する。その目には、言葉にされない殺意が宿っていた。
二人の手下は理解したように頷き、いやらしい笑みを浮かべながら近づいてくる。
二人との距離が数歩まで縮まった瞬間、彼らは一斉に剣を抜いた。
合図もなく、二人は同時に踏み込み、俺へ向かって剣を突き出す。
俺はわざわざ避けようとはしなかった。
微動だにせず、冷たい刃が腹を貫くのをそのまま受け入れる。
《 パッシブスキル:ペイン・リフレクション(痛覚反射)……発動》
効果:受けたダメージを痛みとして攻撃者へ反射する。
物理的なダメージは与えず、痛覚のみを共有させる。
次の瞬間、悲鳴を上げたのは俺ではなかった。
二人はその場に崩れ落ち、腹を押さえながら苦痛にのたうち回る。
「ぎゃあああっ!?」
「な、何だ……!? 腹が……!」
まるで自分たちの腹が貫かれたかのような激痛に、二人は絶叫していた。
「はあ!? 一体何が起きてるんだ?!」
リーダーは、二人の部下が突然苦しみ始めた光景に混乱し、悪態をついた。
俺は表情一つ変えず、腹に突き刺さったままの二本の剣をゆっくりと引き抜く。
完全に抜き終えると、そのまま手首を返し、足元でうめき声を上げる哀れな二人の胸へ突き立てた。
「アァァァッ!」
二人は再び絶叫した。
その一撃で即死することはなかった。
だが、胸に突き刺さった剣は、残されたHPをゆっくりと、しかし確実に削り取っていく。
まるで、小さな穴の開いた容器から水が漏れ出していくように。
痙攣する二人を一瞥し、俺はゆっくりと顔を上げた。
鋭い視線が、リーダーを射抜く。
「近づくな! もう一歩でも動いたら、このNPCの命はないぞ!」
男の焦りは限界に達していた。
結局、再び人質に頼ることしかできなくなったらしい。
「オーソリティ……グリッチ」
俺は小さく呟いた。
静電気にも似た痺れが肌の下を走り、ユニークスキルの発動を告げる。
「フリッカー」
空間が一瞬歪んだ。
瞬きする間もなく、俺の体は点滅するように消え、数メートルの距離を一気に詰めて、男の目の前へと出現した。
右手が素早く伸びる。
俺は男の首を掴み、そのまま重さなど存在しないかのように体ごと持ち上げた。
彼の剣が乾いた音を立てて地面に落ちる。
「ク、クソが……!」
男は途切れ途切れに悪態をつきながら、必死に俺の腕を引き剥がそうとした。
だが、その抵抗は何の意味も持たなかった。
俺はさらに指に力を込める。
男は苦しげにもがいたが、宙に浮いた両足は虚しく空を蹴ることしかできなかった。
やがて、首の骨が嫌な音を立てながら砕けていく感触が、手のひら越しに伝わってくる。
男の手から力が抜けるにつれ、抵抗も次第に弱まっていった。
そして、HPバーがゼロに達した瞬間――
彼の体は光るガラス片となって砕け散り、空中へと消えていく。
続いて、床でうめいていた二人の部下もまた、光の欠片となって崩れ去り、存在そのものが跡形もなく消滅した。
システム通知が次々と――容赦なく俺の視界を埋め尽くした。
+620,400 EXP
+500,210 EXP
+593,782 EXP
LEVEL UP!
【 新スキル獲得 】
【 クエスト《死をもたらす者》:成功 】
通知の嵐がようやく収まった直後――
今度は、三人分の記憶が濁流のように俺の頭の中へとなだれ込んできた。
これが、この虐殺クエストで最も気味の悪い効果だ。
犠牲者の記憶をすべて引き継ぐこと。
それだけで、胃の奥がひっくり返りそうになる。
ましてや、奴らがこれまで積み重ねてきたおぞましい行いの数々が、まるで自分自身の体験であるかのように五感へ流れ込んできた時はなおさらだった。
俺はその場に立ち尽くしたまま、喉の奥に込み上げる苦味を無理やり飲み込む。
そして、辛うじて正気を保つために深く息を吐いた。
俺の横で、一人のNPCが目を見開き、まだ恐怖に縮こまっているのが見えた。
俺は間を置かず、指を鳴らした。
周囲を覆っていたドメインが収縮し、俺たちは現実世界へと戻る。
少し離れた場所に落ちていたヴェインリーヴァーを拾い上げる。
そして、怯えるNPCのもとへ戻ると、迷いなく剣を振るった。
手首と足首を縛っていた錆びた鎖が断ち切られ、重い鉄鎖が地面に落ちる。
「あ、ありがとうございます……」
彼は震える声で礼を言った。
だが、その目にはまだ消えない恐怖が色濃く残っていた。
俺は何も答えず、背を向ける。
そして俺の姿はゆっくりと解け、夜風にさらわれる黒い霧のように跡形もなく消え去った。
***
人気のない路地裏で、黒い霧の粒子が再び集まり、俺の体が形を取り戻した。
影の中からゆっくりと歩み出し、白い仮面をマントの奥へと押し込む。
ヴェインリーヴァーを消し、代わりにエンジェルウィングカッターを呼び出した。
どこにでもありそうな白い剣だ。これなら余計な疑いを向けられることもない。
そして、リフェリーのメインストリートへ足を踏み入れた、その瞬間だった。
視界がぐらりと揺らぐ。
頭の中に強烈な違和感が走った。
「っ……!?」
何が起きたのか理解する間もなく、意識が急速に遠のいていく。
ふらりと体が傾き――
俺は石畳の上へ倒れ込み、そのまま意識を失った。
意識が宙を漂う中、骨の髄まで凍りつくような冷気が全身をゆっくりと包み込み、俺は果てしない闇の底へ沈んでいくような感覚に襲われていた。
絶対的な静寂だけが支配するその空間で、不意に女の声が耳元で柔らかく響く。
「どうやら人選を間違えなかったようね」
優しく、それでいて不思議とよく通る声だった。
「お前は誰だ?」
姿も見えない相手に向かって、俺は警戒を込めて問いかける。
だが、その謎の声は答えなかった。
再び静寂だけが広がり、俺は闇の中に取り残される。
しばらくして――
「これは私からの、ささやかな贈り物よ」
女はそう囁いた。
その瞬間、左手の血管がドクンと大きく脈打った。
電流にも似た奇妙な感覚が腕を駆け抜け、思わず息を呑む。
気づけば、俺の左手には異変が生じていた。
赤く点滅するグリッチ。
燃えるような赤色のピクセルノイズが皮膚の上で揺らめき、不気味な静電ノイズを散らしながら、まるで最初からそこに存在していたかのように左手へ刻み込まれていた。
一方で、俺の右手には温もりが伝わっていた。
まるで誰かが、優しく手を握ってくれているような感触。
その温もりに導かれるように――
俺はゆっくりと目を開いた。
気づけば、見覚えのない部屋のベッドの上に寝かされていた。
反射的に右手へ視線を向ける。
だが、そこには誰もいない。
「……俺は、どこにいるんだ?」
俺は小さく呟いた。
さっきまで感じていた、あの奇妙な感覚を思い出し、慌てて左手を覆う黒い手袋を外す。
だが――残念ながら、あれは夢ではなかった。
俺の左手には、本当に不気味なグリッチが刻まれていた。
恒久的な異常効果。
俺が知る限り、決して取り除くことのできないものだ。
その時、蝶番の軋む音がした。
部屋のドアが開き、俺は反射的に左手を毛布の中へ隠す。
「シグ、やっと気がついたのね」
聞き覚えのある声だった。
ルーシーが、湯気の立つスープの入った器と、牛乳の入ったグラスを載せた木のトレイを持って歩いてくる。
「ルーシー……?」
思わず声が漏れた。
まさか、ルーシーが俺を見つけてここまで運んでくれたとは思ってもいなかった。
彼女の瞳には、はっきりと心配の色が浮かんでいた。
「具合はどう? 少しは良くなった?」
彼女は優しくそう言いながら、トレイをベッド脇のテーブルに置いた。
「俺は大丈夫だ。ありがとう」
内心の動揺を隠しながら、俺はゆっくりとベッドから起き上がる。
そのまま身支度を整え、この部屋を出ようとした俺を見て、ルーシーは困ったように小さく息をついた。
「無事ならよかったけど……だからって、そんなに急いで出て行く必要はないわ」
やがて、彼女の表情が真剣なものへと変わる。
「シグ、話したいことがあるの」
俺は少しの間沈黙し、再びベッドの端に腰を下ろした。
なぜか、彼女の目を見ることができなかった。
「ねえ、シグ……教えてちょうだい。どうしてヴィオナから遠ざかろうとしているの?」
説明を求めるように尋ねるルーシー。
しばらく沈黙した後、俺はようやく口を開いた。
「俺はただ、彼女に……殺されてほしくないだけだ」
その言葉が重く口からこぼれ落ちた。
ルーシーは眉をひそめる。
「殺される? 誰に?」
胸が苦しくなる。
「……俺にだ」
「え……?」
ルーシーは信じられないものを見るように目を見開いた。
重苦しい沈黙が部屋を満たす。
これ以上説明するつもりはなかった。
俺は再び立ち上がり、部屋を出ようとした。
「待って、シグ」
ルーシーが呼び止める。
その声は、恐怖と疑念の間で揺れていた。
「最近、不気味な噂が広まっているのを聞いたわ……」
「プレイヤーを容赦なく狩る、白い仮面の亡霊」
彼女は一度言葉を切り、誰にも聞かれたくない秘密を打ち明けるように声を潜めた。
「ヴォイドフェイス……あれ、シグなんでしょう?」
俺の動きが止まる。
窓を開けようとしていた手が、空中で凍りついた。
――秘密が、暴かれた。
ルーシーは間髪入れずに、悲痛な声で問いかけてきた。
「どうしてそこまでするの、シグ? 一体何がシグをここまで変えてしまったの?」
俺は少し振り返り、窓の外の広い空を見つめた。
薄く苦い笑みが浮かぶ。
「さあな……」
視線を左手へ落とす。
「俺にも、いつからすべてが変わっちまったのか分からないんだ」
「気づいた時には……もうここまで来ていた」
少しの沈黙の後、俺は再び口を開いた。
「ルーシー……もしお前に選択肢が与えられたら……」
「近くにいる人間を誰でも殺すか……」
「それとも……自分で殺す相手を選ぶか……」
「お前なら、どっちを選ぶ?」
ルーシーは息を呑み、答えられないまま沈黙した。
「何よ、その選択……」
「ああ、忘れてくれ……」
俺は視線を窓の外へ向けた。
そして、本当に去る前に、最後の忠告を口にする。
「ルーシー……お前も俺から離れた方がいい」
俺は窓を大きく開けた。
「……さもないと、いつかお前まで手にかけちまうかもしれない」
その言葉を最後に、俺の身体はゆっくりと崩れ始める。
黒い霧の粒子となったそれは、冷たい朝の風に溶けるように散っていった。
――呆然と立ち尽くすルーシーを、その場に残して。
***
次回、第13章 「答え」
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