第9章:ワールドイベント
ファレリーの街は、すでに半壊状態だった。
廃墟の中心で、巨大なタイタンが暴れ狂っている。
振るわれる腕だけで周囲の建物が次々と砕け散り、瓦礫が宙へ舞い上がった。
数十人のプレイヤーたちが距離を取りながら包囲し、あらゆる方向から攻撃の隙を探っている。
その死角から、ギルが静かに弓を引き絞った。
「アーチャースキル……ディバイデッド・アロー」
低い詠唱と共に、緑色に輝く矢が空気を裂いて放たれる。
タイタンは接近する矢に気づき、鬱陶しそうに右腕を振り払った。
だが――。
衝突する寸前、一本の矢は十数本もの光の矢へと分裂する。
光の軌跡が鋭く曲がり、そのままタイタンの両目へ突き刺さった。
バンッ! バンッ!
閃光が炸裂し、タイタンの視界を奪う。
その隙を逃さず、ドミニクが右足へ突撃した。
同時に、ヴィオナは反対側へ回り込む。
二人の武器が眩く輝き、青と白のオーラを纏った。
「ホライズン・スラッシュ!」
ドミニクの斬撃が、タイタンの右足首を深く斬り裂く。
「クレセント・スラッシュ!」
ほぼ同時に、ヴィオナの一撃が左足を薙ぎ払った。
クロスするような連携攻撃。
次の瞬間、タイタンの両脚が完全に断ち切られた。
巨人はバランスを崩し、その巨体を地面へ激突させる。
ドゴォォンッ!!
衝撃で地面が揺れ、周囲に土煙が巻き上がった。
「やったぞ……!」
プレイヤーたちの間から歓声が上がる。
誰もが、ヴィオナたちが討伐に成功したと思った。
――だが。
タイタンの頭上に浮かぶHPバーを見た瞬間、その笑みは凍りつく。
[ HP: 581,650 / 588,000 ]
――ほんの浅い傷だった。
さらに最悪なことに、切断された脚が不気味に蠢き始める。
肉が盛り上がり、砕けた骨と筋肉が瞬く間に再生していった。
数秒後には、タイタンの両脚は完全に元通りになっていた。
そして――。
HPバーまでもが、一瞬で全快する。
「グォォォォォォ……ッ!!」
タイタンが大気を震わせる咆哮を放った。
「クソッ……HPが全快しただと!?」
ドミニクの表情が険しく歪む。
「このボス、不死系のギミック持ちか……!?」
だが、その時。
ヴィオナが合図もなく前へ飛び出した。
「ヴィオナ、待て!」
ドミニクが叫ぶ。
だが、ヴィオナは止まらない。
「っ……あの頑固女……!」
彼女が警告を完全に無視したのを見て、ドミニクは苛立たしげに吐き捨てた。
その直後、連続した火球がタイタンの背中へ次々と炸裂した。
ゴォォンッ! ゴォォンッ!
爆炎に煽られ、タイタンの巨体がわずかによろめく。
「シオン!?」
ドミニクが驚いて振り返った。
「前だけ見てろ! 後ろは俺が抑える!」
遠方から、シオンの怒鳴り声が響く。
その隙を逃さず、ヴィオナは崩れた建物の屋根を駆け上がった。
そして、そのままタイタンの首元へ向かって高く跳躍する。
タイタンは接近するヴィオナに気づき、巨大な腕を振り回した。
空中の彼女を、そのまま握り潰そうとしたのだ。
「ユニークスキル……エフェメラル・ブルーム」
次の瞬間。
ヴィオナの身体が淡く揺らぎ、無数の白い薔薇の花びらへと変わった。
巨大な手が閉じる。
だが、そこにはもう誰もいない。
タイタンの握撃は空を切った。
舞い散る花びらはそのまま巨人の背後へ回り込み、首の後ろで再びヴィオナの姿を形作る。
彼女の剣は、すでに振り下ろされていた。
「ソードスキル……フローズン・ムーン・スラッシュ」
CRITICAL HIT!
2,400 ダメージ
氷を纏った斬撃がタイタンの首筋を深く斬り裂いた。
傷口からは瞬く間に氷結が広がり、巨人の背中を凍らせていく。
だが――。
その規格外の巨体は、信じられない速度で反応した。
空中にいるヴィオナへ向かって、巨大な右腕が乱暴に振り回される。
「フロスト・ステップ」
ヴィオナは冷静にスキルを発動した。
周囲の水蒸気が瞬時に凍りつき、空中に氷の足場が生成される。
彼女はそれを蹴り、後方へ大きく跳躍した。
タイタンの一撃は空を切る。
だが、その直後――。
ビュオォォォォッ!!
凄まじい風圧が爆発し、周囲の瓦礫や建物をまとめて吹き飛ばした。
「っ……!」
ヴィオナの身体も、まるで軽い人形のように宙へ弾き飛ばされる。
そのまま崩れた住宅の屋根へ激突しかけた。
「ヴィオナ!」
ルーシーの悲鳴にも近い叫び声が響いた。
混乱の最中にも、タイタンの首の傷は再生を始めていた。
肉が蠢き、凍りついた傷口がみるみる塞がっていく。
遠距離からその様子を見ていたギルが、再び弓を構えた。
狙うのは、大きく晒されたタイタンの背中。
「アーチャースキル……ユニコーン・ラミング!」
放たれた矢は緑色の光を纏い、空中で巨大なユニコーンの幻影へと変貌する。
咆哮を上げながら、光の獣がタイタンへ一直線に突撃した。
だが――。
タイタンは振り向きざまに右腕を振るう。
ドォンッ!!
その一撃だけで、ユニコーンの幻影は光の粒子となって砕け散った。
まるで鬱陶しい虫でも払うかのような動作だった。
しかし。
どうやら今の攻撃は、本命ではなかったらしい。
タイタンの頭上に、巨大な魔法陣が次々と展開されていく。
一つではない。
二重、三重――いや、十重にも重なった魔法陣が空を埋め尽くしていた。
スィン――。
スィン! スィン!
遠方では、数十人ものプレイヤーたちがすでに魔法の詠唱を終えていた。
タイタンが異変に気づき、ゆっくりと頭上を見上げる。
その瞬間――。
幾重にも重なった魔法陣が黄金色に輝いた。
次の瞬間、無数の光の奔流がタイタンへ向かって降り注ぐ。
ドズゥゥゥゥゥンッッッ!!!
轟音と共に、巨大な光の柱が地面へ突き刺さった。
爆炎が巻き上がり、地面が激しく揺れる。
衝撃で周囲の瓦礫が吹き飛び、熱波が戦場を飲み込んだ。
プレイヤーたちは風圧に耐えるため、必死に身体を踏ん張る。
黄金の光は数秒間にわたって降り注ぎ続けた。
まるで、タイタンそのものを焼き消そうとしているかのように。
「……やったか?」
誰かが呟く。
プレイヤーたちは固唾を呑みながら、爆煙の中心を見つめた。
やがて。
立ち込めていた土煙が、ゆっくりと晴れていく。
そして――。
クレーターの中心には、なおもタイタンが立っていた。
全身は焼け爛れ、皮膚の一部は黒く炭化している。
だが、それでも。
奴はまだ倒れていなかった。
[ HP: 517,440 / 588,000 ]
「嘘だろ……俺たちの総攻撃が……」
そして。
次の瞬間、さらに異常な光景が起きた。
タイタンのHPが、十秒ごとに回復し始めたのだ。
5,880ポイント。
最大HPの一パーセント。
傷ついた肉が不気味に蠢き、焼け爛れた傷口が次々と塞がっていく。
頭上の赤いHPバーは、ゆっくりと上昇を続けていた。
「なんだよ、あのリジェネ……」
プレイヤーたちの顔に動揺が走る。
あまりにも異常な回復速度だった。
「攻撃を止めるな! 押し切れ!」
ドミニクが怒鳴る。
その指示と同時に、数十ものスキルが再びタイタンへ叩き込まれた。
魔法の爆発。
降り注ぐ矢の雨。
オーラを纏った無数の斬撃。
だが――。
どれだけ傷を与えても、再生速度がそれを上回っていた。
刻まれた傷は数秒で塞がり、抉れた肉さえ瞬く間に再生していく。
まるで、この怪物そのものが“不死”であるかのようだった。
そして、一分後――。
[ HP: 535,080 / 588,000 ]
「HPが……増えてる……!?」
プレイヤーたちの間に、明確な恐慌が広がり始めた。
プレイヤーたちの連携は、徐々に崩れ始めていた。
何人ものメイジがマナポーションを飲みながら後退し、前衛たちもタイタンへ踏み込めなくなっていく。
だが、その間にも。
タイタンは再生を続けていた。
二分経過――。
[ HP: 552,720 / 588,000 ]
「嘘だろ……」
誰かが震える声を漏らす。
「俺たちの火力が……自動回復に負けてる……」
絶望が、ゆっくりと戦場に広がっていった。
なおも数十ものスキルがタイタンへ撃ち込まれ続ける。
だが、その赤いHPバーは止まらない。
まるで嘲笑うかのように、少しずつ回復していく。
そして――。
総攻撃から四分後。
[ HP: 588,000 / 588,000 ]
タイタンの全身から、傷が完全に消えていた。
焼け焦げた皮膚も。
抉れた肉も。
すべて再生している。
完全回復だった。
タイタンがゆっくりと振り返る。
その赤黒い瞳が、自分へ攻撃を続けていたプレイヤーたちを捉えた。
次の瞬間。
タイタンは大きく口を開く。
漆黒の粒子が周囲から吸い寄せられ、口元へと集束していった。
空気が歪む。
圧縮された闇のエネルギーは、やがて巨大な黒い球体へと変貌した。
その周囲では、重力すら狂ったように空間が軋んでいる。
「全員散開しろ!! 範囲攻撃が来るぞ!!」
ドミニクが怒鳴った。
そして――。
タイタンは黒球をプレイヤーたちへ向かって撃ち放つ。
ズゥゥゥゥンッ!!
漆黒の弾丸は、常識外れの速度で一直線に迫った。
だが、その瞬間。
トールが雷鳴のような勢いで前へ飛び出す。
彼はプレイヤーたちの最前線へ滑り込み、巨大な盾を地面へ突き立てた。
「ユニークスキル……アブソリュート・シールド」
次の瞬間。
黒い球体が、防御壁へ真正面から激突する。
ズドォォォォォォンッッッ!!!
凄まじい爆発がアンダーガーデンを揺るがした。
衝撃波が周囲一帯を飲み込み、建物の残骸をまとめて吹き飛ばしていく。
まるで大地そのものが抉り取られたかのようだった。
***
俺は崩れた瓦礫の山から這い出した。
舞い上がる土埃が喉に入り込み、激しく咳き込む。
視界の先に広がっていたのは――破壊だった。
アンダーガーデン第21階層。
かつて美しかったファレリーの街は、今や見る影もない。
建物は瓦礫へ変わり、地面には巨大なクレーターが幾つも刻まれていた。
その破壊の中心で。
タイタンだけが、変わらず立っている。
まるで災害そのものだった。
頭上に浮かぶHPバーが、プレイヤーたちの抵抗を嘲笑うように輝いている。
[ HP: 588,000 / 588,000 ]
「グォォォォォォ……!!」
タイタンが咆哮を轟かせた。
その声だけで空気が震える。
周囲には、血塗れで倒れ伏すプレイヤーたちの姿が散乱していた。
HPを失い、動かなくなった者も少なくない。
そして――。
残されたプレイヤーたちの心は、完全に折れた。
「に、逃げろ……!!」
誰かが叫ぶ。
次の瞬間、プレイヤーたちは一斉に背を向け、第21階層の出口を目指して逃げ出した。
「なんなんだよ、あの化け物は……!?」
一人のプレイヤーが震える声で叫ぶ。
「ドミニクたちですら勝てないなら、俺たちなんか瞬殺されるだけだろ!」
恐怖に耐えきれず、彼もまた出口へ向かって駆け出していった。
だが――。
そんな絶望の中。
瓦礫の陰から、一つの影が飛び出す。
ヴィオナだった。
その蒼い瞳には、微塵の迷いもない。
目の前にいるのは、誰も勝てない怪物。
それでも、彼女は止まらなかった。
立て直しを待つことすらせず、ヴィオナは再びタイタンへ向かって駆け出す。
「っ……!」
俺は奥歯を強く噛み締めた。
拳を握りすぎて、関節が白くなる。
「クソッ……」
思わず声が漏れる。
「こんなところで見てるだけなんて……ヴィオナを一人で死なせるわけにはいかない……!」
俺は必死に思考を巡らせた。
どうすれば、あのモンスターを倒せる――?
タイタンがヴィオナの動きを捉える。
次の瞬間。
巨大な拳が、彼女のいた地面へ容赦なく叩き落とされた。
ズドォォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃が地面を砕き、瓦礫と土煙を巻き上げる。
だが。
ヴィオナは一瞬早く跳躍していた。
崩壊する地面を飛び越え、そのまま空中へ逃れる。
しかし、タイタンも即座に反応した。
巨大な左腕が空を薙ぎ払う。
空中では回避不能――。
そう思った瞬間。
「フロスト・ステップ」
ヴィオナが静かに呟いた。
空中に薄い氷の足場が生成される。
彼女はそれを蹴り、一気に前方へ加速した。
死の薙ぎ払いを紙一重で回避し、そのままタイタンの顔面へ肉薄する。
「アイス・ボルテックス!」
瞬間。
ヴィオナの身体が氷の嵐のように高速回転した。
白銀の斬撃が渦となって炸裂する。
ザシュゥゥゥゥッ!!
連続する斬撃がタイタンの顔面を切り裂き、凍結した肉を次々と砕いていく。
だが――。
システムパネルは、再びあの異常を表示した。
タイタンのHPが、十秒ごとに5,880ポイント回復していく。
以前とまったく同じだ。
「……っ!」
俺は目を見開いた。
十秒ごとに最大HPの一パーセントを回復。
その再生量は、あまりにも安定しすぎている。
まるでシステムそのものに守られているみたいだった。
普通の攻撃じゃ駄目だ。
ただダメージを与えるだけでは、あの異常なリジェネを突破できない。
アンチヒール系の効果でもなければ――。
その瞬間。
一つの考えが、脳裏を貫いた。
「まさか……」
俺は反射的に振り返る。
そして次の瞬間には、戦場から離れるように全力で走り出していた。
***
俺の向かう先は、一つしかなかった。
アンダーガーデン第21階層の片隅にある、あの古びた木造の店。
奇跡的に。
ファレリーの街が壊滅した今も、『エイデンズ・トレード(Aiden's Trade)』だけは崩れずに残っていた。
俺は勢いよく扉を押し開ける。
店の中では、エイデンが慌ただしく荷物をまとめていた。
このエリアがもう長く持たないことを、彼も理解しているのだろう。
「エイデン!」
俺が叫ぶ。
彼は肩を跳ねさせ、驚いたように振り返った。
「シグ? お前、なんでまだここに――」
「力を貸してくれ。今すぐだ」
俺は息を切らしながら言った。
「……は?」
エイデンが眉をひそめる。
俺は真っ直ぐ彼を見据えた。
「ヴェインリーヴァーを貸してくれ」
その瞬間。
店の空気が静まり返った。
エイデンは数秒、無言で俺を見つめる。
やがて。
彼の口元がゆっくりと吊り上がった。
まるで、俺が何を考えているのか理解したように。
「なるほどな……」
エイデンは小さく呟く。
そして迷いなく、店の奥の保管庫へ向かって歩き出した。
エイデンは店の奥から、黒い包帯で巻かれた異様な剣を取り出した。
そして、それを無造作に俺へ放り投げる。
「持っていけ」
俺は飛んできた柄を掴んだ。
包帯越しでも伝わってくる冷たい感触に、思わず目を細める。
「助かる。後で返す」
俺がそう言うと、エイデンは鼻で笑った。
「返却はいらねぇよ」
彼はニヤリと口角を上げる。
「もし本当にあのモンスターを倒せたなら――その剣は正式にお前のもんだ」
「……分かった」
俺は短く頷いた。
「恩に着る」
エイデンの店を飛び出した瞬間、俺はヴェインリーヴァーに巻かれていた黒い包帯を解いた。
露わになった刀身は、血のように赤黒い。
見ているだけで不吉さを感じる剣だった。
その瞬間、システムパネルが視界に浮かび上がる。
[ Veinreaverを装備しますか? ]
[O] 装備
[X] キャンセル
俺は迷わず[装備]を選択した。
次の瞬間。
視界の端で、赤い警告表示が激しく点滅する。
ヴェインリーヴァーの呪いが発動。
最大HPが九〇%削減された。
[ HP: 105 / 1,056 ]
だが――。
俺の口元には、逆に笑みが浮かんでいた。
この瞬間を待っていた。
HPが一〇%を下回ったことで、アチーブメントスキル《Watcher on Death's Edge》が自動発動する。
直後。
世界が、ゆっくりになった。
周囲の音が遠ざかり、流れていた瓦礫や土煙までもが鈍く見える。
敏捷。
集中力。
移動速度。
すべての感覚が、一気に研ぎ澄まされていく。
死に近づけば近づくほど、俺は加速する。
「オーソリティ・グリッチ――」
俺は静かに呟いた。
次の瞬間。
皮膚の下を電流のような感覚が駆け抜ける。
ユニークスキルが発動した証だ。
視界の奥で、赤いグリッチノイズが明滅する。
《Flicker》への接続が解放された。
その時。
廃墟の中心では、タイタンがヴィオナへ拳を振り下ろそうとしていた。
直感で分かる。
もう、彼女は限界だ。
俺はヴィオナへ視線を固定する。
「フリッカー」
空間が歪んだ。
次の瞬間には、俺の身体は数百メートル先へ跳躍していた。
「シ、シグ!?」
突然目の前へ現れた俺を見て、ヴィオナが目を見開く。
だが、説明している時間はない。
俺はそのまま彼女の身体を引き寄せ、強く抱き締めた。
直後。
俺たちの身体がノイズ混じりに掻き消える。
そして――。
タイタンの拳が、さっきまで俺たちのいた場所を叩き潰した。
ズドォォォォンッ!!!
巨大なクレーターが生まれ、土煙が高く吹き上がる。
俺とヴィオナは、安全圏まで退避しながら、その光景を見つめていた。
「危なかったな……」
俺は小さく息を吐く。
「今のって……シグのスキル?」
ヴィオナが驚いたように目を見開いた。
「ああ。まあ、ただの回避系スキルだよ」
俺は短く答える。
「ただの、って……」
ヴィオナは呆然と呟いた。
「私、あんな移動の仕方……初めて見た」
まだ信じられないものを見るような目で、彼女は俺を見つめている。
その時。
「よかった……!」
後ろからルーシーが駆け寄ってきた。
「二人とも無事だったのね!」
彼女は心底安心したように胸を撫で下ろした。
「ルーシー、トールとギルは?」
気を取り直したように、ヴィオナが素早く尋ねる。
「二人とも命に別状はないわ。回復スキルで応急処置は済ませたから」
ルーシーはそう説明した。
「でも、しばらくは戦線に戻れそうにない」
「……そう」
ヴィオナは小さく頷く。
「それじゃあ、ドミニクは?」
「怪我人を避難させてるわ。アンダーガーデンの出口まで誘導してるみたい」
そこまで言ってから、ルーシーは少し表情を曇らせた。
「……それと、私たちにもすぐ撤退しろって」
ヴィオナは俯いた。
「じゃあ……もう、あのモンスターを倒す方法は……」
その時。
「俺なら倒せる」
俺は静かに言った。
「――!?」
二人が同時に振り返る。
「えっ……?」
ヴィオナが目を見開いた。
「今、なんて言ったの……?」
ヴィオナの視線が、俺の右手にあるヴェインリーヴァーへ向けられる。
血のように赤い刀身を見た瞬間、彼女の表情が凍りついた。
「シグ……まさか、その呪われた剣を使うつもりなの……?」
不安を隠しきれない声だった。
「ああ」
俺は短く頷く。
「この剣の継続ダメージなら、あいつの再生を突破できる」
ヴィオナはすぐに一歩踏み込み、俺の腕を掴んだ。
「駄目!」
彼女は強く首を振る。
「そんなHPで戦ったら、本当に死ぬよ!? あいつの攻撃なんて、一発でも食らったら終わりなんだから!」
「ヴィオナ」
俺は静かに彼女を見つめ返した。
「心配しなくていい」
そのまま、ゆっくりと言葉を続ける。
「……俺は、こういう戦い方に慣れてる」
直後。
俺の身体に赤いノイズが走った。
輪郭が歪み、グリッチの粒子が空中へ弾ける。
「待って、シグ――!」
ヴィオナが手を伸ばす。
だが、その時には。
俺の姿は、もう空間から掻き消えていた。
一瞬にして、俺は空間の折り目を越えて明滅し、数百メートル上空へと現れた。
重力に引かれる直前、俺の体はほんの一瞬だけ虚空に静止する。
遥か下では、タイタンがこちらを見上げていた。
落下を開始すると同時に、俺はヴェインリーヴァーを構えた。
この剣のATKはたったの+1。
普通なら高レベル戦では完全なゴミ装備だ。
だが――重要なのはそこじゃない。
Blood Omen。
そして、回復量を半減させる出血(Bleeding)のアンチヒール効果。
再生型モンスターにとって、この剣は天敵になる。
問題はただ一つ。
CRITICAL HIT!を連続で叩き込めるかどうかだ。
ヴェインリーヴァーの追加効果によって、クリティカル率は+45%。
俺自身の基礎クリティカル率5%を合わせれば、合計は50%。
半分の確率。
ギャンブルみたいなものだ。
だが、必要なのは10回連続のクリティカルだけ。
そこまで繋げられれば――
あとはDoTが、あのモンスターを勝手に食い殺していく。
理論上は簡単な話だ。だが、実際にやるとなれば別問題だった。
流星のような勢いで急降下する俺に、タイタンもすぐ反応する。巨大な腕が持ち上がり、空中の俺を握り潰そうと迫ってきた。
だが、その指先が俺の体を捉える寸前――グリッチが発動した。
ビジィィィィッ!!
俺の体が歪む。
まるで幽霊のように、俺はタイタンの腕をすり抜けた。
すれ違いざま、迷わずヴェインリーヴァーを振り下ろす。
落下の勢いを乗せた赤黒い刃が、タイタンの右目を貫き、そのまま深々と突き刺さった。
CRITICAL HIT!
80 ダメージ
[ ステータス:Blood Omen 発動 ]
[ (DoT) — 1分間、最大HPの5%を継続損失 ]
[ DoTスタック:5 ]
「グォォォォ……!!」
タイタンが咆哮し、その声は周囲の空気を震わせた。
29,400 ダメージ (DoT)
[ DoTスタック:4 ]
[ HP: 558,520/588,000 ]
ボスの防御システムが即座に反応する。
Blood Omenの出血(Bleeding)効果によって回復量は半減している。
それでもモンスターのパッシブスキルが発動し、10秒ごとに+2,940ポイントのHPを回復していた。
問題はここからだ。
DoTスタックが切れる前に、次の攻撃でもCRITICAL HIT!を叩き込まなければならない。
奴の再生速度に押し返される前に、出血を途切れさせず維持し続ける必要がある。
この流れを維持できれば――
タイタンのHPは、少しずつ確実に削り切れる。
暴れ狂うタイタンが、即座に左腕を振り下ろしてきた。
だが、《Watcher on Death's Edge》の効果で、俺には世界がスローモーションのように見えていた。
攻撃の軌道は手に取るように分かる。
俺は最小限の動きでその一撃を回避した。
ズドォン!!
勢い余った拳は、そのままタイタン自身の顔面へ叩き込まれる。
吹き飛ばされた俺は、そのまま奴の背中側へ回り込み、ヴェインリーヴァーを突き立てた。
重力に引かれるまま刃を滑らせ、硬い皮膚に深い裂傷を刻む。
だが――
CRITICAL HIT!は発動しなかった。
通常ヒット。
俺の足が地面に着いた瞬間、タイタンが即座に振り向いた。
巨大な右足が高く持ち上がる。
次の一撃で、俺を踏み潰すつもりだ。
巨体の影が視界を覆い尽くし、巨大な足裏がゆっくりと迫ってくる。
だが――。
俺は静かに呟いた。
「フリッカー」
ヴゥンッ――。
瞬きする間に空間が歪み、俺の姿が掻き消える。
ズドォォォォンッ!!
タイタンの踏みつけが空振りし、地面を深々と砕いた。
その瞬間。
俺はすでに空中へ転移していた。
タイタンのうなじ、そのすぐ後ろ。
振り上げたヴェインリーヴァーを、全力で振り下ろす。
「はあぁぁっ!!」
スパッ――
CRITICAL HIT!
80 ダメージ
[ DoTスタック:9 ]
「グォォォォ……!!」
伝播するダメージに苦しみ、タイタンが再び咆哮した。
奴は身悶えしながら、首の後ろへ向かって右腕を盲目的に振り回す。
反射的に、俺はその巨体を踏み台にして大きく後方へ跳んだ。
奴から見れば、今の俺は死角からまとわりつく異常な蚊みたいなものだろう。
速すぎて、まともに捉えることすらできない。
地面へ滑らかに着地すると、俺はすぐに体勢を立て直した。
タイタンが巨体を回転させ、再び俺へ焦点を合わせる。
一秒たりとも無駄にはできない。
俺は再び死地へ向かって駆け出した。
巨大な腕が低く薙ぎ払われる。
俺は軽く跳躍し、その腕の上へ着地した。
そのまま腕を駆け抜け、一気に首元へ跳ぶ。
待ち構えていた左手が俺を握り潰そうと迫る。
だが、その瞬間――俺の体はグリッチによって歪み、幻影のように奴の掌をすり抜けた。
そして。
空中で、ヴェインリーヴァーを水平に一閃する。
スパッ――
CRITICAL HIT!
80 ダメージ
[ DoTスタック:14 ]
俺はすでに奴の弱点を見抜いていた。
さっきからヴィオナたちの攻撃を観察していて気づいたのだ。弱点に正確に攻撃を叩き込めば、確定でクリティカルになる。
跳躍の勢いのまま、俺はタイタンの肩を飛び越え、破壊された地面へと着地した。
計画は順調だ。
タイタン自慢のオートヒールも、もう意味を成していない。
Blood Omenの蓄積ダメージと、回復量を50%低下させる出血(Bleeding)デバフによって、奴のHPは毎分11,760ポイントずつ削られている。
自身の異常に気づいたのか、タイタンは突如として全身から白い蒸気を噴き出した。
煙は一気に周囲へ広がり、戦場全体を覆い尽くしていく。
「クソッ、何も見えない……」
俺は低く舌打ちした。
視界は完全に白い霧に閉ざされ、見通せる距離は五メートルにも満たなかった。
その言葉を口にした直後――頭上の白霧を突き破り、巨大な足の影が落ちてきた。
ビュオォォォ!!
ドズゥゥン!!!
俺は咄嗟に跳躍して回避した。
だが、衝撃波と砕け散った岩片が周囲を吹き荒れ、俺の体は弾き飛ばされる。硬い地面を何度も転がり、肺の空気が一気に吐き出された。
白霧が再び視界を覆う。
方向感覚を取り戻すより早く、今度は巨大な掌が上空の死角から振り下ろされた。
ズドォォォン!!!
直撃だった。
即死級の一撃。
残りHP10%程度で耐えられる威力じゃない。
――だが、その瞬間。
首に下げていたアクセサリー《死の呪い(Curse of Death)》が反応した。
Undying Will発動。
致死ダメージが強制的に無効化され、失われかけたHPが10%の値まで引き戻される。
ヴェインリーヴァーの呪いによって削られた、ギリギリの生存ラインへ。
[ スタック1:ATK +10%、クリティカル率 +5%、クリティカルダメージ +10% ]
死のネックレスが一つ目のスタックを刻む。
このスタックが10に達した瞬間、Undying Willは24時間のクールダウンへ移行し、俺のHPは30分間、強制的に1へ固定される。
その時点で、俺にもう死を誤魔化す余地はなくなる。
タイタンの二撃目が続けざまに振り下ろされた。
ズドォォン!!
俺の体が地面へ叩き潰される。
[ スタック2:ATK +10%、クリティカル率 +5%、クリティカルダメージ +10% ]
それでも、俺はまだ生きていた。
三撃目が迫る。
巨大な拳が視界を覆い尽くす直前、俺は無理やり体を起こした。
「オーソリティ……グリッチ」
静電気のようなノイズが全身を走る。
次の瞬間、俺の姿は歪み、タイタンの拳がそのまま体をすり抜けた。
その勢いのまま横へ滑り込み、俺はヴェインリーヴァーの赤い刀身を巨腕へ深々と突き立てる。
ズブッ!!
40 ダメージ
タイタンは即座に反応した。
奴は力任せに腕を振り払い、その遠心力で俺を体から強引に弾き飛ばす。
空中を十数メートル吹き飛ばされ、俺は再び濃い白霧の中へ叩き込まれた。
「ふぅ……」
呼吸を整える。
余計な感情を切り捨て、意識を感覚へ集中させた。
《Watcher on Death's Edge》の効果によって、脳の処理速度が異常なレベルまで引き上げられている。
視界の情報。
風の流れ。
地面の振動。
すべてを同時に解析する。
ビュオォォォ!!
次の瞬間、巨大な足の裏が霧の上空から盲目的に降ってきた。
――だが、今度は俺の反応の方が速い。
俺は一歩後ろへ滑るように下がり、一撃目を空振りさせる。
続けざまに二撃目。
今度は横へ流れるように跳び、その追撃を回避した。
PERFECT DODGE!
鍵は一つ。
Blood Omenを受けた対象は、微かに血を流し続ける。
ヴェインリーヴァーのパッシブ効果によって、その血の気配が霧の中でもタイタンの位置を俺に教えてくれていた。
危うく見落とすところだった、小さなギミックだ。
「フリッカー」
俺の姿が再び明滅する。
瞬時に距離を詰め、タイタンの胸元へ跳躍した。
そのまま垂直に剣を振り下ろす。
ザシュッ!!
だが、不運だった。
CRITICAL HIT!は発生しない。
タイタンは即座に反応し、自らの胸を薙ぎ払うように腕を振るった。
俺はその分厚い筋肉を蹴り、後方へ跳んで距離を取る。
俺の足が地面に触れた直後――目の前の空気が歪んだ。
圧縮された風の弾丸が、白霧を貫いて一直線に撃ち込まれる。
反射的に、俺は剣を振るった。
キィィン!!――ドォォン!!
最初の一発は弾き返す。
だが、二発目、三発目、四発目が間髪入れず襲いかかってきた。
キィン! キィン! ――ドン!! ドン!!
攻撃は止まらない。
むしろ、時間が経つほど射撃の密度と威力が増していく。
俺は飛来する弾丸を弾きながら、限界まで体を加速させた。
この戦場の圧力が、俺を極限領域へ押し込んでいく。
神経が焼き切れそうだった。
それでも、剣は止まらない。
半ば反射だけで振るわれる斬撃が、人間離れした精度で攻撃を弾き続ける。
「もっと速く……奴より速く……!」
――だが、まだ足りない。
《Authority Glitch》は、一度に一つの攻撃しかすり抜けられない。
《Flicker》も、この密度の連撃を完全には回避しきれなかった。
そして、Undying Willを使い切れば――
俺は死ぬ。
奴の攻撃速度を上回る何かが必要だった。
このままでは、いずれ回避が追いつかなくなる。
極限まで追い込まれた、その瞬間――
突如、システムの通知が視界に割り込んだ。
―― 新スキル獲得 ――
《ソードスキル:Infinity Slash》
タイプ:ダメージ
効果:このスキルが発動された時、使用者は特殊状態「Infinity Time」に入る。
Infinity Time:1秒間、使用者の時間認識が極限まで高まり、周囲の時間が停止したかのようになる。 この状態では、使用者はターゲットに対して最大1000回の連続斬撃を放つことができる。
制約:インフィニティ・スラッシュの合計ダメージは、ターゲットの最大HPの50%を超えることはできない。 最大斬撃数は使用者のレベルアップに伴って増加する。
持続時間:1秒
マナコスト:100 MP
クールダウン:10分
俺は新たに獲得したスキル情報を一瞬で読み取り、そのまま発動した。
「ソードスキル……インフィニティ・スラッシュ」
瞬間、ヴェインリーヴァーの刀身が血のような深紅の輝きを放った。
世界が歪む。
時間の流れが急激に鈍化し――やがて完全に停止した。
凍りついた世界の中で、俺の姿が掻き消える。
残されたのは、赤い斬光だけだった。
斬撃。
斬撃。
斬撃。
無数の赤い軌跡が、様々な角度からタイタンの巨体を切り裂いていく。
それはまるで、空間そのものに赤い蜘蛛の巣を編み上げるかのようだった。
気づけば、タイタンの全身は赤い斬痕で埋め尽くされていた。
0.99秒にも満たない時間の中で、俺は九百を超える斬撃を叩き込んでいた。
次の瞬間――
俺はすでにタイタンへ背を向けていた。
血を滴らせるヴェインリーヴァーを片手に、静かに立ち尽くす。
そして、停止していた時間が再び動き出した。
ズドォォォォォンッ!!!!
抑え込まれていた衝撃と爆音が一斉に解放され、アンダーガーデンを覆っていた白霧を一瞬で吹き飛ばす。
CRITICAL HIT!
59,960 ダメージ (合算)
[ DoTスタック:2,513 ]
[ HP: 504,160/588,000 ]
停止した時間の中で叩き込まれた無数の斬撃は、すでにタイタンへ確実な死を刻み込んでいた。
だが、それでも奴はまだ倒れない。
システムの再生ギミックが、この膨大なDoTダメージがHPを削り切るまでの猶予を強引に繋いでいた。
「グォォォォ……!!」
死を拒絶するように、タイタンが巨体を捻りながら振り返る。
次の瞬間、右腕が一直線に俺へ叩き込まれた。
俺はその軌道を読み切り、空中へ高く跳躍する。
ズドォォォン!!!
拳が地面を粉砕した。
だが、その瞬間――
左腕が死角から薙ぎ払われる。
空中で身動きの取れない俺を、そのまま握り潰すつもりだ。
巨大な掌が迫る。
その直前、俺の体はグリッチを起こし、ノイズ混じりの残像を残して奴の掌をすり抜けた。
……だが、それすら囮だった。
タイタンは、まるで俺のスキルの隙を見抜いていたかのように、口腔へ圧縮した空気を収束させる。
そして次の瞬間――
空気弾が、実体化した直後の俺へ向かって撃ち放たれた。
「なっ――!?」
ズドンッ!!!
その衝撃だけで、俺の体は遥か後方へ吹き飛ばされた。
地面へ叩きつけられ――そのまま瓦礫の山へ激突する。
ズガァァンッ!!
肺の中の空気が一気に吐き出された。
だが次の瞬間、Undying Willが再び発動する。
システムが俺の死を無理やり引き留め、HPを強制的に10%まで押し戻した。
[ スタック3:ATK +10%、クリティカル率 +5%、クリティカルダメージ +10% ]
遠くで、タイタンが大きく口を開いていた。
周囲のダークエネルギーが奴の口腔へと吸い込まれ、圧縮されていく。
やがて、重力すら歪ませる巨大な黒球が形成された。
「クソッ……」
俺は崩れた瓦礫を押し退け、無理やり立ち上がる。
その時――
「シグ! 早く離れて!」
遠くから、ヴィオナの切迫した叫び声が響いた。
――その時だった。
突然、俺の左手が激しくグリッチを起こした。
バチバチとした静電気が皮膚の上を走り抜ける。
まるで、この力そのものが俺に何かを訴えかけてくるようだった。
その時、俺は一つの可能性に気づいた。
《Authority Glitch》は、単なる回避スキルじゃない。
おそらく――
この力には、まだ俺の知らない側面がある。
同時に、タイタンの掌で圧縮されていた黒いエネルギーが限界まで膨れ上がった。
そして――放たれる。
轟音と共に、巨大な黒球が一直線に俺へ迫った。
だが、俺は逃げない。
深く息を吸い込み、迫り来る破滅を真正面から見据える。
極限まで加速した知覚の中。
黒球が目前まで到達した瞬間、俺は左手を突き出した。
掌が触れた瞬間、灼熱が皮膚を焼く。
「オーソリティ……グリッチ」
直後、黒球そのものが激しくノイズ混じりに歪んだ。
明滅。
崩壊。
そして――消失。
まるで、この世界から存在ごと切り取られたかのように。
「フリッカー」
空間が歪む。
次の瞬間、俺の姿は数百メートル上空へ明滅し、タイタンの真上へと現れていた。
左手を天へ掲げる。
すると、その掌の上に黒いグリッチの歪みが生まれた。
ボンッ――!!
消えたはずの黒球が、再び姿を現す。
俺は左手を振り下ろした。
それに呼応するように、黒球は凄まじい速度で落下する。
標的は――
自らの創造主だ。
ズドォォォォォォン!!!
絶望的な爆発がアンダーガーデンを揺るがした。
轟音と共に衝撃波が大地を薙ぎ払い、残っていた建物の残骸を四方八方へ吹き飛ばしていく。
やがて、アンダーガーデンの中心には巨大なクレーターだけが残された。
分厚い黒煙が、その中心から空高く立ち昇っている。
俺は荒れた地面へ着地した。
全身に細かな裂傷が走っていたが、まだ動ける。
煙の向こうでは、タイタンの巨体が完全に崩壊していた。
砕けた骨。
引き裂かれた肉片。
もはや原形すらまともに残っていない。
それでも、奴はまだ死んでいなかった。
無数のDoTスタックが、今もなお奴のHPを削り続けている。
オートヒールは完全に抑え込まれていた。
残りHPは、約十分の一。
あと数分もすれば――終わる。
「はぁ……っ」
俺はその場に座り込み、荒い息を吐いた。
ゆっくりと崩れ続けるタイタンを、ただ無言で見つめる。
その時だった。
遠くから、こちらへ駆けてくる足音が聞こえた。
振り返る。
爆煙を突き抜けるようにして、ヴィオナが姿を現した。
その顔には、隠しきれない焦りが浮かんでいる。
「シグ……!」
「ヴィオナ……」
嗄れた声で彼女の名を呼びながら、俺は重い体を無理やり起こした。
次の瞬間――
ヴィオナはそのまま俺の胸へ飛び込んできた。
「どうしてあんな無茶するの……」
震える声だった。
彼女は俺の体を強く抱きしめる。
「私がどれだけ心配したと思ってるの?」
潤んだ瞳のまま、ヴィオナはかすれた声でそう呟いた。
「ごめん……心配かけた」
俺は静かに答える。
しばらくして、ヴィオナはゆっくりと腕を離した。
そして、俺の顔をまっすぐ見つめる。
張り詰めていた感情を吐き出すように、小さく息をついて――
「……でも、無事でよかった。本当に」
彼女は安心したように微笑んだ。
この惨劇の中では場違いなほど穏やかな表情で、ヴィオナはそう言った。
俺が返事をしようとした――その瞬間だった。
突然、血のように赤いシステムウィンドウが視界を埋め尽くす。
激しく点滅しながら、警告音が脳を揺さぶった。
[ クエスト:死をもたらす者 ]
- 残り時間:00:00:00 -
[ Quest Failure Detected ]
[ Penalty Activated ]
[ Initializing Penalty Process : Entity ID_S01_047 ]
「――っ!?」
次の瞬間。
俺の右腕が、勝手に動いた。
まるでシステムに体の主導権を奪われたかのように。
止められない。
抵抗もできない。
伸びた右手は、そのままヴェインリーヴァーを突き出し――
赤黒い刀身が、ヴィオナの腹部を深々と貫いた。
[ Error_System : 999,999,999 Damage ]
「……え……?」
ヴィオナの瞳が揺れる。
唇の端から、赤い血が静かに零れ落ちた。
「シ……グ……?」
掠れた声だった。
彼女のHPバーが、一瞬で消し飛ぶ。
0。
絶対的な死の数値が、そこに表示されていた。
***
次回、第10章 「死をもたらす者」
新しい章の更新は毎週土曜日です。




