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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第2章 帝国の闇編

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第89話 三年前の護衛任務

ライアンは震える唇で、固く握り締めた拳に力を込めた。


「……あの日、俺は――」


言葉は途切れ、彼の瞳が遠い過去を見つめて揺れる。俺たちは、ただ黙って彼の告白を待った。


* * *


――三年前。


俺、ライアン・ラグナーは、ラグナー騎士爵家の三男として生まれた。


我が家は決して裕福ではなかったが、誠実な父は三男の俺にも剣技や学問、戦術知識など

どこへ行っても恥ずかしくないように惜しみなく教えてくれた。


だが、家督を継ぐのは長男だ。


いずれ家を出ることは決まっていた。


だから俺は、自分の力だけで生きていくため、冒険者になる道を選んだ。


「ライアン、あなたに指名依頼よ。断らないでよね、破格の報酬なんだから!」


ギルドの受付嬢が、興奮した様子で依頼書を叩きつけてきた。


【依頼内容:大規模商隊の護衛】

【目的地:帝都近郊の商業都市アルマ】

【期間:約二ヶ月】

【報酬:金貨二十枚】

【特記事項:危険地帯(大砂漠)を横断。A級冒険者も参加。将来有望な若手冒険者、ライアン・ラグナーの参加を強く希望する】


「金貨二十枚……!?」


当時の俺にとって、それは目眩がするような大金だった。同時に、任務が相応に危険であることも意味していた。


「どうする? 受ける?」


「……受けます」


俺は迷わず頷いた。若さゆえの自信と、自分の力を試したいという野心が、危険への恐怖を上回っていた。


集合場所の西門へ行くと、すでに屈強な冒険者たちが十数人集まっていた。その中心に、一際大きな体躯の男が腕を組んで立っている。顔には無数の傷跡。だが、その目は厳しさの中に理性を宿していた。


「お前がライアンか。話は聞いている。俺は今回の護衛隊長を務める、ガイルだ」


A級冒険者、”岩砦”のガイル。多くの修羅場を潜り抜けてきた、生ける伝説のような男だ。


「よろしくお願いします」


俺が頭を下げると、ガイルはニヤリと笑った。


「堅苦しい挨拶はよせ。戦場じゃ、頼れるのは隣にいる仲間だけだ。若造、せいぜい足を引っ張るなよ」


その言葉とは裏腹に、彼の目には俺への期待が滲んでいた。


他にも、陽気なドワーフの戦士ボルガン、無口だが弓の腕は一流のエルフの斥候リーナ、個性豊かな面々が揃っていた。誰もが歴戦の強者であることを、その佇まいが物語っていた。


自分の力が認められ、実力者たちと共に仕事ができる。その事実が、俺の心を高揚させた。


'ここで成果を上げれば、俺もA級に上がれるかもしれない'


希望に胸を膨らませ、俺は商隊と共に帝都へ向けて出発した。


* * *


旅は、最初の数週間、驚くほど順調に進んだ。


街道沿いのゴブリンやオークの群れなど、ガイル隊長の指揮とボルガンさんの豪快な戦斧の前では敵ではなかった。リーナさんの放つ矢は常に的確に敵の指揮官を射抜き、俺も前線で剣を振るい、いくつかの武功を上げた。


「ライアンの兄ちゃん、なかなかやるじゃねえか! その歳でその剣筋、大したもんだ!」


夜、焚き火を囲みながら、ボルガンさんがエールを呷って肩を叩いてくる。


「いえ、皆さんのおかげです」


「謙遜するな。お前の戦術分析は、ガイル隊長も褒めてたぞ。おかげで何度か面倒を避けられたってな」


ガイル隊長はぶっきらぼうに肉を咀嚼しながら、「フン」と鼻を鳴らすだけだったが、その口元が少し緩んでいるのを俺は見逃さなかった。


「ライアン。次、見張り交代」


無口なリーナさんが、静かに俺に声をかける。彼女はいつも森の木々のように静かだったが、その瞳は優しく、時折見せる微笑みは花が咲くようだった。


「ああ、わかった」


家族との仲が悪かったわけじゃない。だが、いつまでも実家に頼って生きるつもりもなかった。

だからこそ、自分の実力だけで評価されるこの場所が、俺には眩しく見えた。


「ライアン、お前は将来どうするつもりだ?」


焚き火の向こうから、ガイル隊長が不意に尋ねた。


「そうですね……まずは気の合う仲間を見つけて、自分のパーティーを作りたいです」


「そして、いつか皆でA級冒険者になれたらと思っています」


「ほう。いい夢じゃないか」


「ガイルさんやボルガンさんみたいな、頼れる仲間たちと、まだ誰も見たことのない秘境を旅してみたいんです」


俺が少し照れながら夢を語ると、ボルガンさんが腹を抱えて笑った。


「ガハハ! いいぞ、兄ちゃん! その時は、この俺が一番に駆けつけてやる!」


「おい、ボルガン。勝手に決めるな。だが……まあ、悪くない話だ」


ガイル隊長も、憎まれ口を叩きながら、満更でもない顔をしている。リーナさんも、口元に微かな笑みを浮かべていた。


焚き火の暖かさ、仲間たちの笑い声、注がれる酒、そして未来への希望。俺は生まれて初めて心の底から笑っていた。この仲間たちとなら、どんな困難も乗り越えられる。そう、信じて疑わなかった。


* * *


旅が後半に差し掛かり、俺たちは『嘆きの大砂漠』と呼ばれる広大な砂漠地帯に足を踏み入れた。昼は灼熱の太陽が肌を焼き、夜は凍える寒さが体力を奪う過酷な土地だ。


「全員、気を引き締めろ。ここからが正念場だ」


ガイル隊長の厳しい声が飛ぶ。商隊はラクダのような運搬獣を連ね、砂の海をゆっくりと進んでいく。


数日が過ぎた、ある夜のことだった。その日は珍しく風もなく、月明かりが砂丘を青白く照らしていた。俺は見張りの一人として、周囲を警戒していた。


不意に、物見台のリーナさんが、緊張した声を発した。


「……何か来る」


その一言で、野営地の空気が凍り付く。寝ていた者たちも飛び起き、慌ただしく武器を手にした。


「敵か、リーナ!?数は!?」


ガイル隊長が叫ぶ。


「……わからない。一つ……いや、違う。でも、数は多くない。だけど……これは……」


リーナさんの声が、困惑と恐怖に揺れていた。彼女ほどの斥候が敵の正体を掴めないという事実が、俺たちの背筋を凍らせた。


その時だった。


ヒュッ、と空気を切り裂く、細く鋭い音。


「――え?」


次の瞬間、俺の隣にいた冒険者の喉から、大量の血が噴き出した。彼は声もなく崩れ落ちる。


「なっ!?」


何が起きたのか、誰にも理解できなかった。矢でも魔法でもない。だが、仲間は死んだ。


パニックが伝染する間もなく、悲劇は連鎖した。


「ぐあっ!」


「うわあああ!」


闇の中から放たれる見えない『何か』が、次々と護衛たちの命を刈り取っていく。あまりにも一方的な虐殺だった。敵の姿は見えず、どこから攻撃されているのかも分からない。俺たちはただ、為す術もなく仲間が殺されていくのを、呆然と見ていることしかできなかった。


「ちくしょう! どこだ! どこから攻撃してやがる!」


ボルガンさんが戦斧を振り回し、虚空に向かって吠える。


「散開するな! 隊列を組め! 防御を固めろ!」


ガイル隊長が必死に叫ぶが、その声は恐怖に掻き消された。


俺も剣を抜き、必死に『何か』を探す。だが、殺気も、音も、気配すら感じられない。ただ、死だけが確実に、俺たちのすぐそばにあった。


「ライアン、危ない!」


リーナさんの叫び声。俺は咄嗟に身をかがめた。頭上を見えない刃が通り過ぎ、遅れて髪が数本ハラリと舞う。


「くそっ!」


俺は砂を蹴り、リーナさんの元へ駆け寄ろうとした。その時、彼女の目が絶望に見開かれるのを、スローモーションのように見た。


「リ……」


彼女の言葉は、最後まで紡がれなかった。その華奢な体が、まるで糸の切れた人形のように、ゆっくりと砂漠に崩れ落ちていく。

胸には見たこともない傷が刻まれていた。


「リーナさあああん!」


俺の絶叫が、砂漠の夜に虚しく響いた。


怒りと恐怖で我を忘れ、俺は攻撃が飛んできた方向へとがむしゃらに突進した。


「うおおおおおおっ!」


だが、それはあまりにも無謀な行動だった。


闇の中から現れた影が、俺の剣を容易く弾き飛ばす。そして、腹部に凄まじい衝撃。


「がはっ……!」


俺の体は紙切れのように吹き飛ばされ、砂丘に叩きつけられた。口から血の塊を吐き出す。折れた肋骨が肺に突き刺さるような激痛が走り、呼吸すらままならない。


薄れゆく意識の中、俺は敵の姿を見た。


だが視界は血で滲み、それが人間なのか魔物なのかさえ分からない。


ただ一つだけ確かなのは。


俺たちでは到底太刀打ちできない存在だったということだ。


* * *


「……ガイル、さん……」


俺が最後に見た光景は、ボロボロになりながらも、たった一人で敵の前に立ちはだかるガイル隊長の背中だった。彼の自慢の鎧は砕け散り、体中から血を流している。


「……行け……ライアン……」


彼は振り返らず、それだけを言った。


「お前だけでも……生き残って……これを、伝えろ……!」


ガイル隊長は最後の力を振り絞り、俺に向かって何かを叫んだ。だが、その声は敵が振るった刃によって掻き消え、俺の耳には届かなかった。


彼は俺の体を強く突き飛ばした。俺の体は砂丘を転がり落ちていく。


「ガイルさん……!」


遠ざかる意識の中、ガイル隊長の体が、敵の刃によって無残に引き裂かれるのが見えた。


――それが、俺の最後の記憶だった。


「……俺は、逃げた」


回想が終わり、ライアンの声が、現在の墓地に静かに響いた。彼の顔は再び涙で濡れ、その声は後悔に押し潰されそうだった。


「隊長が、仲間が、命懸けで作ってくれた道を……俺は、ただ逃げたんだ。一人だけ……生き残るために」


俺たち三人は、息を呑んだ。彼の背負ってきたものの重さが、痛いほど伝わってきたからだ。


「……そして、街に戻った俺は、『ゴブリンの大群に襲われた』と報告した」


ライアンは、自嘲するように笑った。


「だが、その先に待っていたのは――」


彼はそこで言葉を切り、苦痛に顔を歪めた。


「誰も俺の言葉を信じなかったことでも、『裏切り者』の烙印を押されたことでもない。本当の絶望は、もっと別のものだった」

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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