表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第2章 帝国の闇編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
80/128

第80話 赤き街、地下への道

不気味に赤く染まる空を睨みつけ、俺が「地下が……動く」と乾いた喉で呟いた、まさにその直後だった。


ゴゴゴゴゴゴッ!


今までの比ではない、腹の底から内臓を直接揺さぶるような激しい地響きが、宿全体を襲った。床が軋み、窓ガラスが悲鳴を上げて震える。


「きゃっ!」


「うおっ!?」


セーラが床に手をつき、ヒルダがテーブルに掴まって辛うじて転倒を免れる。俺とライアンも壁に手をつかなければ、立っていることすら困難だった。バルクだけが、まるで両足を大地に根付かせた巨岩のように微動だにしていない。


ガシャン!とけたたましい音を立てて棚から食器が滑り落ちて砕け散る。遠くの街の方からは、非常事態を告げるけたたましい鐘の音と、無数の人々の絶叫が恐ろしい波のように押し寄せてきた。


「な、なんだよこれ! 地震か!?」


体勢を立て直しながらヒルダが叫ぶ。


「いや、違う!」


ライアンが窓の外を指さしたまま、顔面蒼白で否定した。


「見てください! 地響きは街の中心部から、まるで水面に石を投げた時のように同心円状に広がっています! これは自然の地震などでは断じてない!」


その言葉を裏付けるかのように、窓の外、宿を取り囲むように配置されていた私兵たちが、松明を掲げて慌ただしく動き始めていた。彼らの動きは統率が取れているが、その無表情な顔には隠しきれない焦りの色が浮かんでいるのが見て取れた。


ドンドン! ドンドン! ドンッ!


突如、部屋の扉が破壊されんばかりの勢いで乱暴に叩かれた。


「旦那方! 大変です! 開けてください!」


宿の主人の、恐怖に裏返った金切り声だった。バルクが即座に扉ににじり寄り、斧槍を構えながら重い閂を外す。


転がり込むように入ってきた主人は、幽霊でも見たかのように顔面蒼白で、ぜえぜえと肩で息をしていた。その目には純粋な恐怖が宿っている。


「旦那っ……! もうおしまいです! 宿が……宿が、完全に包囲されました!」


「なんだと!?」


「私兵どもが……!『あの男を渡せ』と……! さもなくば、この宿ごと焼き払うと脅して……!」


主人の震える指が、ベッドの上で呻きながら意識を取り戻しかけている運び屋の男を指していた。


「ちくしょう……!」


俺が窓に駆け寄ると、主人の言葉が悪夢的な真実であることを思い知らされた。宿の周囲は、揺らめく松明の光によっておぞましいほど明るく照らし出されていた。その光を掲げる私兵たちが、まるで蟻の群れのように建物を幾重にも取り囲み、全ての逃げ道を完全に封鎖している。その数は、先ほどまでとは比較にならなかった。


「……ネズミ一匹、逃がすつもりはねえようだな」


バルクが獣のように低く唸る。


「どうするんだナオキ!? この数、まともに相手になるか!? やるならやるぞ!」


ヒルダが剣の柄に手をかけ、血に飢えた獣のような好戦的な目を向ける。


「無謀です、ヒルダ! 籠城したところで、火を放たれたら終わりです! しかし、この包囲網を正面から突破するのも……!」


ライアンが絶望的な声を上げる。仲間たちの視線が、俺一人に突き刺さる。戦うか、降伏するか、それとも……。


俺は小さく舌打ち一つすると、即座に決断を下した。


「……いや、逃げる」


「はあ!? どこに逃げるっていうのよ!?」


「道は俺が作る! 全員、準備しろ! 時間がねえぞ!」


俺は仲間たちの動揺を無視し、マリエクのウィンドウを脳内に展開した。この絶望的な状況こそ、俺の力が最も輝く舞台だ。


* * *


「逃げるって、一体どうやって!?」


セーラが悲鳴に近い声を上げるが、俺はそれに答えず、マリエクの検索ウィンドウに思考を叩き込んでいく。


[マリエク起動]

検索:『発煙筒』『ワイヤーロープ 50m』『滑車』『閃光手榴弾』


[防災用発煙筒 10本セット:8,000円]

[ステンレスワイヤーロープ Φ8mm 50m:12,000円]

[クライミング用プーリー 5個:15,000円]

[閃光手榴弾 5個:25,000円]

[送料:2,000円]

'合計62,000円。この状況を打開できるなら安い投資だ。'

[現在のマリエク残高:13,611,500円]


俺がアイテムボックスから次々と見慣れない金属の筒や塊を取り出すのを、仲間たちは呆然と見つめている。


「ナオキ、説明しろ! これは一体……」


「後だ! バルク、そこの壁! 外に面してる一番薄い壁をぶち抜け!」


「承知!」


バルクは雄叫び一つ、巨大な斧槍を横薙ぎに振るった。凄まじい轟音と土煙が舞い上がり、分厚かったはずの壁に巨大な風穴が開いた。そこから、冬の訪れを告げるような夜の冷気が、一気に部屋の中へとなだれ込んでくる。眼下には、突然の破壊音に驚き、慌ててこちらを見上げる私兵たちの顔があった。


「な、何だ!?」


「二階の壁を破壊したぞ!」


奴らが混乱している一瞬の隙を見逃さない。


「ヒルダ! 煙幕だ!」


「おうよ!」


ヒルダは俺から受け取った発煙筒のピンを引き抜き、眼下の私兵たちのど真ん中に投げ込んだ。シュッという甲高い音と共に、瞬く間に周囲が濃い白煙に包まれる。


「ぐっ、煙だ! 視界が!」


「セーラ、運び屋を頼む! ライアン、これを持て!」


俺はワイヤーロープの先端をライアンに渡し、もう一方の端を持って崩れた壁の縁に立つ。狙うは、通りを挟んだ向かいの建物の屋根だ。


「ナオキ、まさか!?」


「そのまさかだ! 行くぞ!」


俺はワイヤーの先端についた頑丈なフックを、全身のバネを使って力任せに投げつけた。フックは計算通りの放物線を描き、向かいの屋根の縁にガッチリと音を立てて食い込む。


「よし! バルク、先に行け! 道を確保しろ!」


「うおおおおっ!」


バルクはワイヤーを鷲掴みにすると、人間離れした腕力だけで一気に反対側へと渡っていく。その巨体が、まるで闇を裂く巨鳥のように夜空を滑空していく。下で煙に巻かれている兵士たちから見れば、悪夢のような光景に違いなかった。


「次はヒルダ、セーラ、ライアンの順だ! 早くしろ!」


俺は滑車プーリーをワイヤーに素早くセットし、仲間たちを次々と向かいの屋根へと送り出す。


「くそっ、侵入者が屋根に! 弓兵、射撃準備! 撃ち落とせ!」


煙の向こうから、隊長らしき男の怒声が飛んでくる。数本の矢が風を切って飛来するが、闇と煙に阻まれ、俺たちを捉えることはない。


「ナオキ、早く!」


「分かってる!」


全員が渡り終えたのを確認し、俺はポケットから取り出した閃光手榴弾のピンを抜いた。


「おら、餞別だ!」


眼下に向かってそれを投げつけ、自身もワイヤーにぶら下がる。直後、世界から音が消えたかのような一瞬の静寂ののち、閃光手榴弾が炸裂した。視界の全てを焼き尽くす純白の光が夜の闇を完全に消し去り、網膜に黒い残像を刻みつける。


「ぐわあああっ! 目が、目がぁ!」


私兵たちの断末魔のような悲鳴を背に、俺は向かいの屋根に軽やかに降り立った。俺たちは混乱を極める市街地の闇へと、どうにか紛れ込むことに成功したのだった。


* * *


「はあっ……はあっ……!」


入り組んだ路地裏の物陰に身を隠し、俺たちは荒い息を整える。運び屋の男はセーラに背負われているが、苦しげな呼吸を繰り返すだけで意識はない。


「くそっ! なんだってんだ、この街は! まるで戦争じゃねえか!」


ヒルダが壁を殴りつけ、忌々しげに悪態をつく。


街の混乱は、収まるどころかますます酷くなっていた。あちこちで小規模な火災が発生し、建物の間を人々が逃げ惑っている。だが、奇妙なことに、私兵たちはその混乱を積極的に鎮圧しようとはせず、特定の区画を封鎖し、人々を一定の方向へ追い立てることにのみ注力しているようだった。


「……おかしい」


息を整えながら追跡者の動きを観察していたライアンが、眉をひそめた。


「どうした、ライアン」


「彼らの動きです。我々を追ってはいますが、どこか執拗さが足りない。包囲網は徐々に狭まっていますが、まるで……羊を柵に追い込むような、計画性を感じます」


ライアンは何かを掴みかけたように、鋭く目を細める。


「それに、彼らの注意が奇妙に散漫です。我々を追跡しているはずなのに、時折、その視線が我々から外れ、地面……特に古いマンホールの蓋や、路地の隅にある排水溝の格子などに注がれている者が散見されます。まるで、そちらから何かが出てくるのを警戒しているかのようです」


「……地下、か」


俺の呟きに、ライアンははっとしたように顔を上げた。


「そうです! それです! 彼らの真の目的は、我々や運び屋の男の身柄確保ではない! 街の地下に通じる全ての入り口を完全に掌握し、封鎖することだ!」


ライアンの分析が、脳内に散らばっていた霧のような情報を一つの線で結んでいく。銀髪の男の言葉。『地下が動く』。そして、バルトリ伯爵の恐るべき計画。


「運び屋が言っていた『地下の街』……バルトリは、そこに何かを隠している。そして今夜、それが何らかの理由で暴かれようとしている。奴らは市民の避難を誘導し、それを口実に街を封鎖し、地下で起きていることを隠蔽したいんだ」


「じゃあ、あたしたちが派手に逃げ回ってるのは、奴らにとって好都合ってことかよ!?」


「ああ。俺たちという格好の『侵入者』を大義名分に、街全体に戒厳令を敷き、地下へのルートを独占できるからな。俺たちは奴らの計画の駒にされている」


「だとしたら、我々が進むべき道は一つしかありません」


ライアンが俺の目を見て、確信を込めて断言した。


「彼らが最も隠したい場所。この近くで、最も古く、そして巨大な地下への入り口……旧市街の『中央排水路』です!」


俺たちは顔を見合わせた。敵の罠に自ら飛び込むような、危険な賭けだ。だが、もはや引き返す道はない。真実は、その先にある。


「決まりだな。行くぞ!」


俺たちは再び闇の中を駆け出した。目指すは、この街の心臓部に隠された、真実への入り口だ。


* * *


旧排水路の入口は、打ち捨てられた広場の片隅に、まるで冥界への入り口のように巨大な口をぽっかりと開けていた。長年放置されたことで赤黒く錆びついた太い鉄格子が、その奥の計り知れない闇を固く閉ざしている。淀んだ水の匂いと、カビ臭さが混じり合った空気が漂っていた。


「着いたな……。バルク、頼む!」


「おう!」


バルクが巨大な斧槍を振りかぶった、まさにその瞬間だった。


ザッ、ザッ、ザッ。


退路は断たれた。背後、そして左右の路地から、寸分の狂いもない機械的な足音と共に、松明の光が壁のように迫ってくる。あっという間に、俺たちは数十人の私兵によって、逃げ場のない円陣の中に完全に閉じ込められていた。


「そこまでだ、侵入者ども」


兵士たちの間から、隊長らしき男がゆっくりと歩み出てくる。その目には、獲物を追い詰めた狩人のような、勝利を確信した冷たい光が宿っていた。


「貴様らの好きにはさせん。大人しく投降しろ。さすれば命だけは助けてやろう」


絶体絶命。俺が奥歯をギリリと噛みしめた、その時。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


今までとは比較にならないほどの激しい振動が、足元の石畳から突き上げた。立っているのもやっとの激しい揺れに、俺たちも、包囲していたはずの私兵たちも、等しく体勢を崩す。


「な、なんだ!? また地震か!?」


隊長の動揺した声が響く。


だが、揺れの源は地面の下からだった。俺たちの目の前、固く閉ざされていたはずの旧排水路の鉄格子が、内側からの想像を絶する巨大な力によって、金属の断末魔のような軋みを上げ始めた。ミシミシと音を立てて歪み、留め金が一つ、また一つと弾け飛んでいく。


ギギギギギ……バギンッ!!


ついに鉄格子が蝶番から無残に弾け飛び、地下の深淵から、まるで大地の血管が脈打つかのような、生々しい溶岩の赤い光が溢れ出した。それと同時に、心臓を直接鷲掴みにされるような、不快で規則的な重低音が空気を震わせる。


開かれた闇の向こうに、巨大な『何か』の影が、ゆっくりと姿を現す。


'地下にあったのは、要塞でも倉庫でもなかった。'

ここまで読んでいただきありがとうございます!


少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、

ブックマークしてもらえると励みになります!


評価や応援コメントは、とても励みになっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ