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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第2章 帝国の闇編

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第79話 地下の胎動

「……見間違いなどでは……ありません。確かに、銀色の髪の男が……こちらを見ていました」


ライアンの震える声が、張り詰めた部屋の空気をさらに凍てつかせた。俺たちは、運び込んだばかりの負傷者をベッドに寝かせ、窓の外に広がる深い闇を睨みつける。彼の視線の先に、一体何がいたというのか。


「……上等じゃねえか」


俺は吐き捨てるように呟いた。敵は俺たちの行動を完全に見透かし、まるで「ご苦労だったな」とでも言うように、その姿をわざわざ見せつけてきたのだ。


「ナオキ、こいつ、どうするんだ? このままじゃ……」


ヒルダがベッドの男を顎でしゃくる。脇腹からの出血は簡易的な止血では追いつかず、じわじわと服を濡らしている。呼吸は浅く、顔色は土気色を通り越して死人のように青白かった。


「セーラ、頼む」


「ええ……やるわ」


セーラが男のそばに膝をつき、両手を傷にかざす。淡い緑の光が彼女の手から溢れ出し、傷口を包み込んだ。


『ヒール!』


だが、光は傷口の表面を滑るだけで、なかなか浸透していかない。


「くっ……どうして!?」


セーラが焦りの声を上げる。


「傷が深すぎるのもあるけど……何より、汚すぎるわ! 泥や錆び、それに……何の金属片か分からないものまで入り込んでる。これじゃ、治癒魔法が弾かれる……!」


「洗浄が必要、か」


俺は舌打ちし、思考をマリエクに接続する。先日取得した『入門生活魔法』が、ここで役に立つはずだ。


「……これだ」


俺はセーラの隣に膝をつき、男の傷口に手をかざした。


「ナ、ナオキ!? あんた、何を……」


セーラの戸惑いの声も気にせず、俺は魔法の発動をイメージする。


「『洗浄(クリーン)』!」


俺の手のひらから、ピンポン玉ほどの純粋な水の塊が生まれ、傷口へと落下する。水は生き物のように傷の内部へと染み込み、泥や錆、正体不明の金属片を絡めとりながら、見る見るうちにどす黒い液体へと変わって溢れ出てきた。


「すげえ……! それが洗浄魔法か! 傷に直接なんて、無茶苦茶な使い方するな!」


ヒルダが感心したような、呆れたような声を上げる。


「効果があればいいんだ! セーラ、もう一度!」


「え、ええ!」


俺が洗浄を終えるたびに、セーラが治癒魔法をかける。どす黒い汚水が流れ出る。セーラが癒す。また洗浄する。それを数回繰り返すうちに、傷口はようやく生々しい肉の色を取り戻していった。


「よし、これで大分マシになったはずだ……」


「でも、出血はまだ完全には……。それに、このままだと化膿するわ」


セーラが悔しそうに唇を噛む。


「分かってる。ここからは俺の専門分野だ」


俺は再びマリエクを起動する。


【マリエク起動】

検索:『抗生物質 注射』『生理食塩水』『縫合セット』『栄養点滴』


[セフトリアキソンナトリウム注射用 1gキット:2,500円]

[大塚生食注 500ml:800円]

[外科用縫合セット(吸収糸):4,000円]

[高カロリー輸液基本液:3,200円]

[送料:2,000円]

'合計12,500円'

[現在のマリエク残高:13,673,500円]


俺がアイテムボックスから次々と見慣れない医療品を取り出すと、仲間たちはもはや驚く気力もないのか、呆然と俺の手元を見つめている。


「ライアン、腕を押さえろ。注射する」


「は、はい!」


俺は手際よくアンプルの首を折り、注射器に薬液を吸い上げる。


「ちょっと、ナオキ! あんた、そんなことまで出来るのか!?」


ヒルダが驚きの声を上げる。


「ああ。こういう時のために、医療知識、経験は前に買っていて既に取得済だ」


俺は淡々と答えながら、男の腕に針を突き立て、ゆっくりと抗生物質を注入していく。


「あとは……傷口を縫うだけだ」


俺は縫合針を手に取ると、躊躇なく男の皮膚に針を通し、手際よく傷を縫い合わせていく。その動きに一切の無駄はない。剣や斧を振るうのとは全く違う、精密な作業。だが、俺の手は震えなかった。


「……本当に、何でもありだな、あんたのスキルは」


ヒルダが呆れたように呟く。俺はそれに答えず、最後の結び目を作り、糸を切った。


* * *


運び屋の男の呼吸が、ようやく穏やかなものになった。顔色も少しだけ戻っている。


「……峠は越した、か」


俺が安堵のため息をついた、その時だった。男がうわ言のように、か細い声で呟き始めた。


「ちか……ちか……巨大な、め……」


「地下? 目?」


俺が聞き返すと、男は錯乱したように首を振る。


「だめだ……見つかる……あの『目』からは、誰も……逃げられない……うわあああっ!」


男は短い悲鳴を上げて、再び意識を失った。


部屋に重苦しい沈黙が落ちる。地下に広がる巨大な何か。そして、全てを監視する『目』。この街の闇は、俺たちの想像を遥かに超えて根深い。


コン、コン。


不意に、部屋の扉が控えめにノックされた。バルクが音もなく扉ににじり寄り、重い斧槍に手をかける。


「……どなたですかな」


宿の主人の、いつもと変わらない穏やかな声だった。


「夜分に申し訳ありません。お客様に、伝言を預かっておりまして」


バルクが俺を見て、俺が頷く。扉がゆっくりと開かれた。


「どうも。何か用ですかな?」


「ええ。先ほど、銀色の髪をされたお客様が……これを、ナオキ様にと」


主人はそう言って、一枚の折りたたまれた羊皮紙を差し出した。俺はそれを受け取り、開く。


書かれていたのは、短い一行だけだった。


『毒の正体を知りたければ、今から一人で時計塔まで来い』


'毒……!'


昨日の警告文が脳裏をよぎる。これは、あの銀髪の男からの招待状だ。


「ナオキ! 行く気か!?」


「罠に決まってるわ!」


ヒルダとセーラが同時に叫ぶ。


「ああ、罠だろうな。だが、行くしかない」


俺は羊皮紙を握りしめる。


「奴は『一人で来い』と書いた。俺たちの人数も、俺がリーダーであることも、全てお見通しなんだ。多人数で行けば、奴は現れないだろう」


「しかし!」


食い下がるライアンを手で制す。


「大丈夫だ。お前たちはここに残って、この男と、宿の周囲を警戒してくれ。これは俺への招待だ」


俺は仲間たちの制止を振り切り、一人で部屋を出た。これは、この街の深淵を覗くための、たった一つのチャンスなのだ。


* * *


夜のシルドは、昼間の活気が嘘のように静まり返っていた。だが、建物の屋根や路地の暗がりには、無数の『目』が潜んでいるのが肌で感じられる。バルトリ伯爵の私兵たちだ。


俺はその監視の網を、あえて隠れもせずにまっすぐ突っ切っていく。奴らの目的は監視であり、俺を害することではない。銀髪の男の招待に応じる俺を、今は見逃すはずだ。


時計塔の下に着くと、広場には誰の姿もなかった。ただ、カチ、カチ、と時を刻む巨大な針の音だけが不気味に響いている。


俺が塔を見上げた、その時だった。


「時間通りだな」


背後から、声がした。振り返ると、いつの間にかそこに銀髪の男が立っていた。月の光を浴びて、その髪が白く輝いている。


「お前が、あの伝言を?」


「いかにも」


男は表情を変えずに頷く。


「お前は一体何者だ? クラウスの手先か? それともバルトリ伯爵の……」


「どちらでもない」


男は俺の言葉を遮った。


「我々は、どちらにも属さない。ただ、この街で起きていることを『観察』している者だ」


「第三勢力、というわけか。それで、俺に何の用だ」


「単刀直入に言おう。ナオキ、お前たちはあまりにも深く首を突っ込みすぎた。この街は、お前たちが考えているような単純な場所ではない」


男の目が、俺の背後、遠くの建物の屋根を一瞬だけ捉えた。俺は気づかないふりをする。


'やはり、仲間たちが隠れていることにも気づいているか'


「毒の正体を知りたい、と言ったな。教えてやろう。この街そのものが、巨大な毒だ。そして……」


男はそこで言葉を切り、夜空を見上げた。


「今夜、その毒が動き出す」


「どういう意味だ!?」


「言葉通りの意味だ。バルトリ伯爵の長年の計画が、今夜、最終段階に入る」


男はそれだけ言うと、背を向けた。


「待て! まだ話は……!」


「お前たちの力、見せてもらうとしよう。この街の真の姿を目の当たりにして、どう動くのかをな」


男の姿は、あっという間に闇に溶けていった。まるで最初から、そこに誰もいなかったかのように。


男が完全に気配を消したのを確認し、物陰から仲間たちが現れる。


「……行っちまったな。一体、何なんだよあいつは」


ヒルダが吐き捨てる。


「ナオキさん……」


ライアンが、青ざめた顔で俺を見た。


「彼は、我々がここにいることを完全に把握していました。先ほど、彼の視線は間違いなく、我々が潜んでいた場所を正確に捉えていました。その上で、あなただけに語りかけた……」


「ああ。俺たちの戦力も、配置も、全て見抜かれていたわけだ」


俺たちは、またしても掌の上で踊らされた。だが、今回は違う。敵の正体は不明なままだが、目的の一端が見えた。


'今夜、地下が動く'


その言葉が、不吉な予言のように俺の頭の中で反響していた。


* * *


重い足取りで宿に戻る。扉を開けると、ベッドで寝ていたはずの運び屋が、上半身を起こしてガタガタと震えていた。


「……始まった……もう、始まってるんだ……」


男は虚ろな目で、虚空を見つめている。


その言葉を裏付けるかのように、街の遠くから、くぐもった地響きが微かに伝わってきた。ゴゴゴゴ……と、巨大な何かが地中で蠢くような、不気味な音だ。


「ナオキさん、あれを!」


窓際に立っていたライアンが、絶叫に近い声を上げた。


俺たちが窓に駆け寄る。その視線の先、シルドの街の中心部と思わしき方角の空が、まるで溶岩のように、不気味な赤色に染まり始めていた。


赤い光は脈動するように明滅し、厚い雲を不気味に照らし出している。


銀髪の男の言葉が、現実のものとなったのだ。


「地下が……動く……」


俺は、赤く染まる空を睨みつけながら、呟いた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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