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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第2章 帝国の闇編

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第78話 第三の観察者

俺の手の中で、羊皮紙の警告文が静かに揺れている。部屋の空気は張り詰め、仲間たちの息を呑む音だけが聞こえた。


「……『蜘蛛の巣を覗くなら、毒には気をつけよ』、か」


俺が呟くと、ライアンが沈黙を破った。


「脅しでしょうか。それとも、本気で心配しての警告か……。差出人が不明では、意図が読めません」


「親切な警告にしては悪趣味よ。わざわざ部屋に忍び込んでこんな置き土産なんて、ただの嫌がらせじゃないの?」


セーラが腕を組み、忌々しげに紙片を睨む。その横で、ヒルダが拳をゴキリと鳴らした。


「ごちゃごちゃ考えても仕方ねえ! 脅しだろうが警告だろうが、送り主を引っ張り出してぶん殴れば済む話だ!」


「まあ待て、ヒルダ。気持ちは分かるが、相手は俺たちの留守中に気配も残さず侵入できる手練れだ。そう簡単に見つかるもんじゃない」


「うむ。闇雲に動くべきではないな」


バルクも静かに同意する。


クラウスか、バルトリか、あるいは全く別の第三者か。誰が送ってきたにせよ、確かなことが一つだけある。


「待っていても状況は好転しない。奴らが俺たちを値踏みしている間に、こちらから仕掛ける。このシルドという街で一体何が起きているのか、敵の正体と目的を、根こそぎ暴き出すんだ」


俺が宣言すると、仲間たちの顔が上がる。


「……そうね。黙って監視されてるなんて、まっぴらごめんよ」


セーラが不敵に笑う。


「おう! やっと面白くなってきたじゃねえか!」


ヒルダも好戦的な笑みを浮かべた。


そうだ、これくらいでなくては。

'俺たちは獲物じゃない。'


「よし、決まりだな。昨日集めた情報を元に、さらに探る。まずは街の様子を見よう」


俺の言葉に、仲間たちは力強く頷いた。部屋を支配していた重苦しい空気は、新たな覚悟によって払拭され、静かな闘志に満ちていた。


* * *


翌朝、俺たちは再びシルドの街へ繰り出した。だが、宿から一歩足を踏み出した瞬間、昨日とは全く違う空気に息を呑んだ。


「……なんだ、これは?」


ヒルダが呆然と呟く。


街は静まり返っていた。いや、正確には、活気が強制的に抑えつけられている。いつもなら人でごった返しているはずの市場地区への入り口が、武装した兵士たちによって完全に封鎖されていたのだ。


「止まれ! これより先、バルトリ伯爵家からの通達により、市場地区への立ち入りを制限する!」


槍を交差させた兵士が、冷たい声で宣言する。その顔には感情がなく、ただ命令を遂行する機械のようだ。


「な、なんでだよ! 俺たちゃ、ここで商売しなきゃ食っていけねえんだ!」


「通達は絶対だ。下がれ。抵抗する者は、伯爵家への反逆とみなし拘束する」


兵士たちの背後では、さらに多くの私兵たちが整然と隊列を組み、街の主要な通りを固めている。その数は昨日見かけた比ではない。まるで街全体が戒厳令下に置かれたかのような、物々しい雰囲気だ。


「……異常よ。いくらなんでもやりすぎだわ」


セーラが青ざめた顔で囁く。


「昨日、我々が街を嗅ぎまわったことへの反応でしょうか……?」


ライアンの声も緊張にこわばっている。


「かもしれん。だが、それだけじゃない気がする。この封鎖……何かを隠しているように見えるな」


俺が周囲を鋭く観察している、その時だった。


封鎖線の向こう、市場の路地裏から、一つの影が飛び出してきた。


「待て! 逃がすな!」


兵士たちの怒声が響く。


その影は、深いフードを目深にかぶった小柄な人物だった。足を引きずり、脇腹を押さえている。明らかに重傷だ。


「くそっ……!」


逃走者は、封鎖された大通りを見て絶望の声を漏らした。すぐそこまで、複数の兵士が迫っている。逃げ場はない。


俺たちの目の前で、兵士の一人が槍を構え、逃走者に容赦なく突きかかろうとした。


'関わるな。面倒なことになる'


俺の理性が警告を発する。だが、それよりも早く、隣でヒルダが動いた。


「させるかあっ!」


ヒルダは腰の剣を抜き放つと、矢のように飛び出し、兵士の槍を弾き飛ばしていた。金属音が甲高く響き渡る。

ヒルダ自身も止まれなかったのだろう。


「な、何者だ貴様!」


突然の乱入に、兵士たちが驚愕の声を上げる。


「見て分かんねえのか! 困ってる奴を見捨てる趣味はねえんだよ!」


ヒルダは不敵に笑い、剣を構える。


「ナオキ! どうすんだよ!?」


「……ったく!」


俺は悪態をつきながらも、決断は一瞬だった。


「バルク、道をこじ開けろ! ライアン、最短の逃走経路を! セーラ、負傷者を援護しろ! 行くぞ!」


「おうよ!」


「承知!」


「ええ!」


バルクが雄叫びと共に、封鎖線に突撃する。その巨体と大剣の圧力に、統率されていた兵士たちの陣形がわずかに乱れた。


「あっちだ! 倉庫街の裏路地へ!」


ライアンが叫ぶ。セーラは素早く負傷者の肩を担ぎ、走り出した。


「こっちだ! ついてこい!」


俺は負傷者の手を引き、人混みをかき分けて疾走する。背後から迫る怒声とけたたましい笛の音。それを合図に、街中を巻き込んだ俺たちの必死の逃走が始まった。


* * *


「はぁっ……はぁっ……! ま、撒いたか……?」


ヒルダが壁に手をつき、荒い息を吐く。俺たちは入り組んだ倉庫街の、使われなくなった廃倉庫に逃げ込んでいた。


「いや、まだだ。奴らの連携は異常に早い。すぐにここも見つかる」


ライアンが窓の隙間から外を窺い、厳しい表情で答える。


「とにかく、そいつの手当てが先だ」


俺はセーラが担いできた負傷者に視線を移す。フードを取ると、まだ若い、憔悴しきった男の顔が現れた。作業着のような服は汚れ、脇腹からはどす黒い血が滲んでいる。


「しっかりしろ! 今、手当てを……」


セーラがアイテムボックスから取り出した布を傷口に当てようとした、その時。


「……やめろ」


男が、か細い声でそれを制した。


「もう……無駄だ。それより、聞いてくれ……」


男はぜえぜえと息をしながら、俺たちの顔を順に見回す。


「あんたたち……よそ者だな? この街の『本当の姿』を知らずに、首を突っ込んじまった口か……」


「どういう意味だ?」


俺が問うと、男は自嘲気味に笑った。


「俺は……街の地下で働いていた、ただの運搬係だ。伯爵様が買い上げた鉄や石材を、言われた場所に運ぶだけの……」


「地下だと?」


「ああ……。このシルドの地下にはな、もう一つの『街』が広がってるんだよ。いや、街じゃない……巨大な……巨大な『何か』だ……」


男の言葉に、俺たちは息を呑んだ。貴婦人たちが噂していた、鉄や石材の大量買い付けの謎。その答えが、今、目の前で明かされようとしていた。


「運び込まれた資材はな、一度も街の外に出ていかねえ。全部……全部、この街の中で消えていくんだ。地下深くで、何かとんでもないものを作るために……」


男は苦しげに咳き込み、俺の服を掴んだ。その目は恐怖に見開かれている。


「奴らは……この街を守ってるんじゃねえ。街そのものを……何か別のものに『作り変えて』るんだ……!」


その言葉は、俺の脳天をハンマーで殴りつけたかのような衝撃を与えた。


'監視都市。軍事施設。それらは全て、巨大な陰謀の表面に過ぎなかった。このシルドという都市そのものが、巨大な建設プロジェクトの現場であり、そこに住む人々は、知らず知らずのうちにその部品にされている。'


'俺たちが足を踏み入れたのは、蜘蛛の巣などという生易しいものではなかった。巨大な要塞。

あるいは、それに類する何か。'


* * *


衝撃的な事実に俺たちが言葉を失っていると、男が突然、ガタガタと震えだした。虚空の何かを指さし、瞳が恐怖に染まる。


「ひっ……! だ、駄目だ……ここも、もう……」


「どうした! しっかりしろ!」


「見られてる……! どこに逃げても……あの目からは、逃げられない……!」


男の恐怖は尋常ではなかった。


'この街全体が、彼にとって巨大な牢獄なのだ。'


「……仕方ない。一度、宿に戻るぞ。ここも長くは持たん」


俺たちは再び男を担ぎ、最大限に警戒しながら宿への帰路を急いだ。追っ手の気配は、不思議なほど綺麗に消えていた。まるで、意図的に見逃されたかのように。


宿の部屋に駆け込み、扉に鍵をかける。ようやく一息つける、と思った瞬間だった。


「……!」


窓際にいたライアンが、息を呑んで外を凝視した。その視線は、遥か遠くの建物の屋根に注がれている。


「どうした、ライアン!?」


「今……確かに……」


ライアンは信じられないというように、目をこする。


「遠くの屋根の上に……銀色の髪の男が、一瞬……」


俺が窓に駆け寄った時には、そこにはもう何もなかった。ただ、帝国の重く曇った空が広がっているだけだ。


「……見間違いか?」


「いえ……」


ライアンは首を振り、その顔から血の気が引いていた。


「見間違いなどでは……ありません。確かに、銀色の髪の男が……こちらを見ていました」


その言葉が、部屋の空気を再び凍てつかせた。

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