第69話 仲間との絆、新たな力と旅支度
扉の向こうには、すでに旅支度を整えたセーラが、凛とした空気で立っていた。俺の顔を見るなり、彼女はわずかに目を見開く。
「……準備、できたみたいね。なんだか顔つきが変わったわ」
鋭い指摘だ。ほんの数十分前とは、俺の内面が根本的に違う。それをこの女は敏感に感じ取っている。
「ああ、少しな。それより、みんなに話がある。重要な話だ」
俺のただならぬ口調に、セーラは頷き、黙って俺を先導した。
ヒルダとバルクが待つ客室に戻ると、二人もすでに出発できる格好だった。俺たちの姿を認めると、二つの視線が期待とわずかな緊張を乗せて突き刺さる。
「待たせたな」
俺は部屋の中央に進み出て、三人の顔を順に見回した。
「出発する前に、全員に共有しておきたい。俺のスキルが、大幅に向上した」
改まった俺の言葉に、部屋の空気がピンと張り詰める。三人が、ゴクリと固唾を飲む音が聞こえた。
* * *
「まず、俺のアイテムボックスだが……LV4に進化した。結果、容量は実質、無制限になった」
「はあっ!? む、無制限!?」
最初に声を上げたのはヒルダだった。彼女の目が、信じられないものを見るように大きく見開かれる。
「おいおい、冗談だろ!? 今までだって相当な量が入ってたのに、それ以上って……もはや何でもありじゃねえか!」
「……つまり、食料も武器も、予備の物資も、これからは一切の制限なく運べるということか?」
バルクが唸るように呟く。その巨漢ですら圧倒されているのがわかるほど、その言葉の意味は大きかった。
「戦略が根底から変わるわね……。補給の概念が、私たちのパーティーから消えるじゃない」
セーラが冷静に分析するが、その声には隠しきれない興奮が滲んでいる。
「ああ。だが一つ、注意点がある。このアイテムボックスは、収納した物の時間を止めたりはしない。例えば、新鮮な魚を入れておいても、何日も経てば普通に腐る。だから、食料の管理は今まで通り計画的に行う必要がある」
「なるほどな。万能ってわけでもねえのか。まあ、それでも十分すぎるほどだがな」
ヒルダが納得したように頷く。その現実的な制約は、むしろ彼らの信頼を深めたようだった。
「次に、鑑定スキルもLV4になった」
「鑑定もかよ!」
「具体的にどう変わったの? 前よりも詳しく見えるってだけ?」
セーラの問いに、俺は首を横に振った。
「それだけじゃない。LV3で物の『市場価値』が具体的な数値で見えるようになった。そしてLV4では、物の『真価看破』が可能になった」
「市場価値……って、まさか、その物の値段が分かるってことか!?」
ヒルダが身を乗り出す。
「ああ。商人との交渉で、不当に買い叩かれたり、ぼったくられたりする心配はなくなる。むしろ、俺たちの方が圧倒的に有利に立ち回れる」
「……すごい。それだけで、商売で負けなしじゃないの」
セーラが呆れたように溜息をついた。
「『真価看破』ってのは? もしかして……見た目がボロい剣でも、実は伝説の武器だったりするのを見抜けるとか、そういうことか?」
ヒルダの目がキラキラと輝いている。
「そういうことだ。ただの石ころに見えるものが希少な魔法素材だったり、敵が持つ武具の隠された弱点だったり……。俺だけが、その本質を見抜ける」
「……とんでもないな」
バルクが短く呟いた。その言葉に、三人の驚愕と戦慄が凝縮されていた。容量無制限の倉庫と、万物を見通す神の目。旅の戦略どころか、この世界の常識すら覆しかねない力だ。
「これで、潜入任務の成功率は格段に上がるはずだ。情報戦において、俺たちは誰よりも優位に立てる」
俺の言葉に、三人は黙って頷いた。その瞳には、単なる驚きだけでなく、俺という存在そのものへの畏怖の色さえ浮かんでいるように見えた。
* * *
「そして、戦闘面だ。俺自身の戦闘能力も、少しはマシになった」
「あなたがか弱いただのおっさんじゃなくなったってこと?」
セーラの茶化すような言葉に、俺はニヤリと笑って見せた。
「まあ、見てろ」
俺は集中し、スキルを発動させる。
'身体強化、LV3'
瞬間、体内の魔力が沸騰し、全身が灼熱のエネルギーに包まれた。空気がビリビリと震え、俺の存在感が一変する。
「なっ……!?」
三人の呼吸が止まった。
俺は床を軽く蹴った。ただそれだけで、身体が弾丸のように加速し、部屋の端から端まで一瞬で移動してみせる。
「今の……何が起きたんだ!?」
ヒルダが目で追うことすらできず、驚愕の声を上げる。
俺はそのままの勢いで、壁際に飾られていた装飾用の重いプレートアーマーに手をかけた。男二人でも持ち上げるのがやっとな代物を、片手で軽々と持ち上げてみせる。
「……信じられん」
バルクが絶句していた。自身の膂力と比べても、目の前の光景が理解できないという顔をしている。
プレートアーマーを静かに床に置くと、ぜえ、と少しだけ息が上がった。
「これが『身体強化』だ。一時的に、身体能力を爆発的に引き上げる」
「……反則だろ、そんなの」
ヒルダが呆然と呟く。
「だが、万能じゃない」
俺は息を整えながら続けた。
「見ての通り、息も上がる。MPも激しく消費するし、効果が切れた後には強烈な筋肉疲労が来る。長時間使えば動けなくなる可能性もある。これが、今の俺の切り札であり、最大の弱点でもある」
強さだけではない。その代償と弱点も、俺は正直に打ち明けた。こいつらは、もうただの護衛じゃない。背中を預ける『仲間』なのだから。
「……バカね。そんな大事なこと、普通はリーダーなら隠しておくものよ」
セーラが、呆れたような、それでいてどこか優しい声で言った。
「ああ。だが、だからこそ、あたしたちはあんたの背中を守れるってもんだ」
ヒルダが不敵に笑う。
「うむ。ナオキ殿の弱点は、我らが補う。そのためのパーティーだ」
バルクが力強く頷いた。
「そして、もう一つ」俺は続けた。「昨日、火・水・風・土の基本属性に加えて、雷・氷・光・闇のレア属性まで、全8属性の魔法適性を取得した」
「は……? 全属性だと!?」
ヒルダが驚愕の声を上げた。
「まだ呪文一つ使えない、ただの適性持ちだがな。だが、これから学んでいけば、俺も魔法使いの真似事くらいはできるようになるかもしれない。これも、切り札の一つになるだろう」
俺の告白に、三人はもはや言葉を失っていた。だが、その沈黙を破ったのはヒルダだった。
「……おいおい、待てよ! アイテムボックスの進化に、鑑定、身体強化、んで今度は全属性の魔法だと!?」
ヒルダが信じられないという顔で叫ぶ。
「なんでそんな簡単にスキルや魔法が取れるんだよ!? 普通じゃねえぞ!」
「ええ、私も気になっていたわ。いくらユニークスキル持ちだからって、限度があるわ。スキルをそんなにポンポン取得できるなんて……」
セーラも鋭い視線を俺に向ける。バルクもこくこくと力強く頷き、説明を求めている。当然の疑問だろう。
「……まあ、タダで手に入れてるわけじゃない」
俺は観念したように息を吐くと、三人を真っ直ぐに見据えた。
「俺のスキル『マリエク』には、お前たちに話していない機能があるんだ」
三人が固唾を飲んで俺の言葉を待つ。
「『信用スキル』という機能だ。簡単に言えば、マリエクのシステム内での俺の『信用ランク』に応じて、金貨を支払うことで新たなスキルを購入したり、既存のスキルを強化したりできる」
「信用……ランク? 金でスキルを買う、だと!?」
ヒルダが目を剥く。
「ああ。王家から貰った金貨の大半は、そのために使った。俺の力は、あの金貨が形を変えたものだと思ってもらえればいい」
「そんな規格外のスキル、聞いたことがない……」
セーラは驚く。
「へっ、なんだよ!それならそうと早く言えよな! まるで神様か何かだと思っちまったじゃねえか! 金で買った力なら、まあ、納得だ!」
ヒルダが合点がいったというように笑う。
「……金貨を力に変える。ナオキ殿らしい、合理的な力だ」
バルクも静かに頷いた。俺の力の源泉が、彼らが理解できる『対価を支払う』という形であったことに、三人は安堵したようだった。
「お前たちは俺の仲間だ。隠しておくことじゃない」
俺がそう言うと、三人は改めて力強い眼差しを返してくれた。
* * *
「さて、最後の仕上げだ。これから始まる長い旅を、少しでも快適にするための準備をする」
俺の言葉に、三人がきょとんとした顔で俺を見る。
「準備って……もう済んでるじゃないか?」
「ああ。だが、お前たちが知らない『特別な品』がいくつかあってな」
俺はマリエクを起動すると、アイテムボックスからいくつかの見慣れない品物を取り出した。
「なんだ、そりゃ? 乾パンか?」
ヒルダが指さしたのは、黄色のパッケージに入ったブロック状の菓子『カロリーフレンド』だ。
「まあ、似たようなもんだ。携帯食料だが、こいつは小さいくせに栄養満点で、しかも美味い。一つ食ってみろ」
俺が差し出した『栄養バランス食(フルーツ味)』を、ヒルダは半信半疑で受け取り、一口かじった。
「うまっ!? なんだこれ! しっとりしてて、果実の味がする! これが保存食だってのか!?」
「次はこれだ」
俺は次に、プラスチックの蓋がついた白いパッケージを取り出す。
「布か?」
「ウェットティッシュだ。これで体を拭けば、水浴びができなくてもかなりさっぱりする。長旅には必須だ」
俺がセーラに手渡すと、彼女は興味深そうに一枚引き抜き、自分の手の甲を拭いた。
「……信じられない! 水も布もなしに、こんなに清潔になるなんて!それに、いい香りもするわ…!」
その手軽さと清潔さに、セーラの目が輝いている。
「まだまだあるぞ。これは携帯用のエアーベッドと寝袋だ。これがあれば、どんな石ころだらけの地面の上でも、ふかふかのベッドで眠れる」
俺が次々と取り出す異世界の品々に、三人はもう驚きを通り越して、目を丸くして固まっている。
「さあ、これから本格的に買い出しを始める。ガルダ帝国への旅は、俺たちの想像以上に過酷なものになるだろう。だが、少しでも快適に、少しでも楽しく乗り越えたい。何か欲しいものはあるか?」
俺がそう言って笑いかけると、三人の目が、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように輝きだした。さっきまでの帝国への不安など、どこかに吹き飛んでしまったようだ。
「おいナオキ、このボタンを押すと火が出る筒は何だ!?」
「こんな薄くて温かい布があるなんて!」
「この飲み物、黒くて甘くてシュワシュワ……ふふ、なんだかクセになるわ」
仲間たちのはしゃぐ声を聞きながら、俺は静かに頷いた。
'そうだ。こいつらとなら、どこへだって行ける'
俺は覚悟を決め、仲間たちに向き直る。
「よし、準備はいいな。出発するぞ」
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