第70話 旅立ちの朝と新たな力
早朝、辺境伯の温かい見送りを受け、俺たちは用意された頑丈な馬車に乗り込んだ。
「昨日の『カロリーフレンド』はすごかったな! 小さいのに腹にたまって美味い。これで乾パンとはおさらばだ!」
馬車が走り出すと、早速ヒルダが興奮気味に切り出した。彼女の視線は、俺がアイテムボックスから取り出した携帯食料の空き箱に向けられている。
「私は『ウェットティッシュ』に感動したわ。水なしで水浴びみたいにさっぱりするなんて、旅が快適になるわ」
セーラもうっとりとした表情で、自分の手の甲を見つめている。
「うむ。『エアーベッド』も素晴らしかった。石の上とは思えぬ寝心地だ」
いつも無口なバルクまでが、しみじみと感想を漏らす。昨夜は庭で野営の練習を兼ねて、それらの道具を試したのだ。
「だろ? 長旅は少しでも快適な方がいい」
「快適すぎるくらいよ。それに、あのシュワシュワする黒い飲み物……コーラだっけ? あの甘くて不思議な刺激、クセになりそう」
「ははっ、任せろ。アイテムボックスには驚くようなものがまだまだ詰まってる。旅の途中で出してやるよ」
「本当か!? やったぜ!」
「楽しみにしてるわ、リーダー」
「いつも通りナオキでいいよ」
帝国への潜入任務とは思えないほど、馬車の中は明るい笑い声と期待に満ちていた。'こいつらと一緒なら、この絶望的な任務も悪くない。'
* * *
フェルムへと続く街道を、馬車は順調に進む。
数時間後、俺たちは気分転換も兼ねて、しばらく歩くことにした。
「よし、少し身体を慣らしておきたい。俺はここから走って馬車を追いかけるから、先に行っててくれ」
俺の提案に、ヒルダが呆れた顔を向ける。
「はあ? 走るって、本気か? ナオキの速さで馬車に追いつけるわけ……」
ヒルダの言葉を遮り、俺はスキルを発動する。
'身体強化、LV3'
「じゃあ、先に行く」
地面を蹴ると、身体は矢のように飛び出し、あっという間に仲間たちの視界から消えた。
背後からヒルダの驚愕の声が聞こえるが、もう遠い。
景色が飛ぶような疾走感。だが、その代償は大きい。MPがみるみるうちに減っていくのが分かる。心臓が早鐘を打ち、息も荒くなってきた。
'これがLV3の負荷か……!'
十分ほど走り続けた頃には、MPは半分近く消費され、足の筋肉が悲鳴を上げていた。
やがて、前方にのんびりと進む俺たちの馬車が見えてきた。
「ぜえっ、はあ……追いついた……」
俺が馬車の横にふらつきながら並走すると、窓から顔を出した三人が、化け物でも見るような目で俺を見ていた。
「嘘だろ……。本当に走って追いつきやがったのか!?」
「ああ……。持久力のテストも兼ねてな。大体の……限界が掴めた」
俺は汗だくで、肩で大きく息をする。
「限界が掴めた、じゃないわよ! あなた、自分がどれだけ無茶なことしてるか分かってるの!? 騎士団の俊足自慢だって、こんな真似できないわ!」
セーラが呆れを通り越して、若干引いている。
「……ナオキ殿。貴方は、本当に無茶をする...」
バルクまで真顔で聞いてくる。
「ははっ、失礼な。だが、これが俺の新しい力だ。思ったより燃費は悪いが、いざという時に頼りになるだろ?」
俺が強がって笑うと、三人は顔を見合わせ、やがて諦めたように大きなため息をついた。
「……もう、何でもありだな、あんたは」
「でも、頼もしいのは事実ね」
ヒルダとセーラの言葉に、俺は満足して頷いた。
その後、馬車に戻ると、今度はヒルダとセーラが身を乗り出してきた。
「なあナオキ。ガルダ帝国に着いたら、あたしたちは具体的にどう動けばいいんだ?『看板女優』って言われても、ピンとこなくてさ」
「そうね。ただ綺麗に着飾って、黙って立っていればいいわけじゃないでしょう?」
二人の瞳は真剣だ。
「いい質問だ。お前たちの役割は、ただの飾りじゃない。俺たちの商売の『顔』であり、情報を引き出すための『餌』だ」
俺はニヤリと笑った。
「ガルダ帝国では、まずお前たちの存在を派手にアピールする。最高のドレスと宝飾品、そして俺の化粧品で、誰もが振り返る美女に仕立て上げる。そして、『奇跡の品々を扱う謎の商人一座』という噂を流すんだ」
「へえ、面白そうじゃない! 帝国の連中もあたしの魅力でメロメロにしてやるわ!」
ヒルダが自信満々に胸を張る。
「ただ美しいだけじゃ、金持ちの道楽だと思われるわ。そこに『神秘性』を加える必要があるんじゃない?」
セーラが冷静に指摘する。
「その通りだ。だから、お前たちには『特別な何か』を探している、という雰囲気を醸し出してもらう。そうやって周りの興味を惹きつけ、帝国の懐に潜り込む」
俺の言葉に、二人は顔を見合わせ、不敵な笑みを浮かべた。どうやら、自分たちの役どころを完全に理解したらしい。
* * *
昼休憩のため、馬車を止めて野営の準備を始める。その間、俺は昨日強化したばかりの鑑定スキルを試してみたくなった。
'鑑定、LV4……どれほどのものか'
手始めに、道端の石に鑑定を使う。
[ただの石] レア度: F。特筆すべき点はない。
次に足元の雑草へ。
[ただの雑草] レア度: F。どこにでも生えている。
'やはり都合よくはいかないか。'そう思った時、茂みの中に青白い光沢を見つけた。
'なんだ、あれは?'
それに意識を集中する。
[鑑定中……]
[灯火の石] レア度: C。微弱な魔力を帯びた鉱石。内部に神々の灯火の光を宿しており、夜間に淡く輝く。錬金術で研磨することで、魔力を増幅させる触媒として機能する。市場価値: 銀貨5枚
「……は?」
思わず声が漏れた。'ただの石ころが、銀貨5枚?'
俺は慌ててそれを拾い、アイテムボックスに放り込む。心臓が少し高鳴った。
「おい、ナオキ! 何一人でブツブツ言ってんだ?飯の準備できたぞ!」
ヒルダの声に、俺ははっと我に返った。
「ああ、今行く」
俺が戻ると、三人が焚火を囲んで食事の準備をしていた。
「どうしたのよ、急に真剣な顔して」
セーラが俺の表情を訝しむ。
「これを見ろ」
俺は先ほど拾った『灯火の石』を鑑定情報と共に三人に開示した。
「はあっ!? この石ころが銀貨5枚だあ!?」
ヒルダが素っ頓狂な声を上げる。
「すごいじゃない、ナオキ! これなら道端の石ころを拾うだけで大儲けできるわ!」
「……まあな。だが、浮かれてる場合じゃない」
俺の冷静な声に、興奮していたヒルダとセーラが顔を見合わせる。
「俺たちの旅は宝探しじゃない。帝国への潜入任務だ。こういう発見は、あくまで副産物。あるいは、いざという時の資金源程度に留めておかないとな……」
「……そうね。つい、目の前の利益に目がくらんでしまったわ」
セーラが反省したように頷く。
「まぁ誰でもそう考えるさ。それより、フェルムに着いてからの具体的な動きを詰めておきたい」
俺の言葉に、三人の表情が引き締まる。
「フェルムでの最初の目的地は、金獅子商会だ」
「ゲルトのところか。あのおっさんに会うのか?」
ヒルダが少し嫌そうな顔をする。
「ああ。ガルダ帝国に潜入するには、現地の協力者が不可欠だ。特に、商業ギルドの情報網と流通経路は絶対に必要になる。俺たちの『商人一座』という立場を最大限に活かすためにも、ゲルトとの連携は必須条件だ」
「でも、あの狸爺、素直に協力してくれるかしら?」
「金と利益の話をすれば、乗ってくるさ。それに、こっちには交渉材料がある」
俺はそう言って、意味深に笑った。
「フェルムでゲルトと手を組み、これから俺たちが帝国で活動する為の繋がりを手に入れる。そして、アッシュブルグではザハルと、グルフのライアンとゴードンにも協力を頼む」
俺は、これからの道筋を一つ一つ確認するように語った。
仲間たちは、黙って俺の言葉に耳を傾けている。
「いいか、俺たちの旅はここからが本番だ。気を引き締めていくぞ」
俺の言葉に、三人は力強く頷き返した。
馬車の中の和やかな雰囲気は消え、代わりに共通の目的に向かう仲間としての、固い決意が満ちていた。
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