第63話 王家へのアプローチ
「それで、ナオキ。次はどんな『面白いもの』を、わたくしに見せてくださるのかしら?」
ルミナ王女の純粋な期待に満ちた瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
まずい。子供特有の、裏のない要求。それはどんな腹芸の通じる交渉よりも厄介だ。ここで下手に期待を煽れば、後で自分の首を絞めることになるのは目に見えている。
'どう切り抜ける……?'
一瞬で思考を巡らせ、俺は口元に商人としての笑みを貼り付けた。
「面白いもの、ですか。……では、まずはお一つ質問を。ルミナ様がお好きな色は何色でございますか?」
「え? わたくしの好きな色……?」
唐突な質問に、ルミナはぱちくりと目を瞬かせた。しかし、すぐに「ええと」と指を顎に当てて考え込み、ぱっと顔を輝かせた。
「ピンク色ですわ! 可愛らしい、淡いピンク色が大好きです!」
「ピンク色、でございますね。かしこまりました」
俺は芝居がかった仕草でアイテムボックスに手を入れながら、マリエクで中世ヨーロッパ風のドレスを検索する。5万円ほどの、品質の良いものを選択。
次の瞬間、俺の手の中に淡いピンク色のドレスが出現した。光を吸い込むような柔らかな絹の光沢と、幾重にも重なる繊細なレース。少女の可憐さを最大限に引き立てるであろうデザインだ。
「まあ……! なんて可愛らしい……! とても素晴らしいドレスですわ!」
ルミナはぱあっと顔を輝かせ、うっとりとドレスに見入る。その反応に、俺は内心で安堵のため息を漏らした。
「気に入っていただけたようで、何よりです」
「ええ! ええ! 大好きですわ! ありがとう、ナオキ!」
ルミナはドレスを胸に抱きしめ、くるくるとその場で回って喜びを表現した。
その時、ふと部屋の隅で静かに微笑んでいるエレノア王妃に視線を移す。
「エレノア王妃様も、よろしければお好きな色をお聞かせ願えますでしょうか」
「まあ、わたくしも? うふふ、そうね……情熱的な赤色が好きですわ」
優雅な答えに、俺は再び「かしこまりました」と応じ、マリエクを操作する。今度は、深紅のドレスを取り出した。落ち着いたデザインながら、その鮮烈な色は、成熟した女性の魅力を最大限に引き出すだろう。価格も同じ5万円程。
「まあ、わたくしにまで……? 嬉しいですわ、ナオキ殿」
王妃は驚きながらも、その瞳は隠しきれない喜びに満ちていた。
よし。二人の王族の歓心を得た。完璧な立ち回りだったはずだ。だが、俺の背中には、セーラからの氷のように冷たい視線が突き刺さっていた。
'……まずい。これは、かなりまずいぞ'
彼女の視線は雄弁に語っていた。「へえ、ずいぶんと楽しそうじゃない。王族相手にヘラヘラしちゃって」と。
これは、純度100パーセントの軽蔑の眼差しだ。
あとで何かで埋め合わせをしなければ、宿に帰ってからが地獄だろう。
* * *
「――以上が、この『双眼鏡』の有用性となります」
場所は変わって、王城の一角にある広大な軍事演習場。乾いた土と汗の匂いが風に乗り、兵士たちの掛け声が遠くから響いてくる。俺とセーラは、第一王子リチャードと対面していた。彼は武人らしく、装飾の少ない機能的な鎧を身に着け、その佇まいには一切の無駄がない。
「……信じられんな」
リチャードは双眼鏡を目から離すと、深い感嘆のため息をついた。彼の視線の先、数百メートル離れた場所では、兵士たちが模擬戦を行っている。
「あの距離で、兵士たちの表情どころか、鎧の傷一つ一つまで判別できるとは。これがあれば、戦の様相は一変するぞ」
「おっしゃる通りです、王子。情報こそが戦を制します」
リチャードは再び双眼鏡を覗き、興奮を隠せない様子で次々と指示を出す。
「あの丘の上にいる斥候に合図を送れ!」「騎馬隊、陣形を再編! 敵の側面を突け!」
彼は双眼鏡を覗きながら、まるで戦場全体を掌で転がすかのように、的確に部隊を動かしていく。これまでの伝令や狼煙による情報伝達とは、比較にならない速度と精度だ。
「ナオキ殿。これほどの物、いったい幾つ用意できる?」
一通りの実演を終えたリチャードが、熱の籠もった目で俺に問いかける。
「いかようにも。」
「そうか!金ならいくらでも用意しよう。我がアステル王国の軍事力は、これで飛躍的に高まる。ナオキ殿、貴殿は我が国の恩人だ」
リチャードは俺の肩を力強く叩いた。その手からは、純粋な感謝と信頼が伝わってくる。
「そうだな、10台ほど用意できるか?」
「承知しました」
俺はマリエクを操作し、王に献上したものより少し安い1台3万円の『ミコン』双眼鏡を10台購入し
リチャードの従者へ渡す。
「10台で金貨30枚程でどうでしょう?」
俺の金銭感覚は庶民の『ソレ』なので先ほどの王妃たちの事があっても調子に乗らず極端に吹っ掛ける事はしない。
'まあ、これでも原価を考えれば十分吹っ掛けているけどな...'
「何!?そんなに安いのか!?これだけ革命的な品なのだ!もっと欲してもいいのだぞ!」
反応にとまどっていると
リチャードと従者が何やらボソッと言ったかと思うと従者が俺に近づいてきて
重そうな袋を渡してくる。
「金貨100枚だ!もっと渡してもいいのだが、ひとまずな...」
「き、金貨……ひゃくまい……!?」
何か先ほども似たような、デジャブ感を感じていた。
セーラも同じように驚いている。
「今後も、軍事転用できそうな『面白いもの』があれば、ぜひ私に一番に見せてほしい」
「は。光栄にございます」
こうして、俺は第一王子という、王国軍部における最強のパイプを手に入れた。王妃、王女、そして第一王子。これで王家の主要人物三人を味方につけたことになる。グルフの復興にも、この繋がりは必ず生きてくるはずだ。
リチャード王子との会談は、驚くほどスムーズに進んだ。彼の関心は純粋に軍事力向上にあり、双眼鏡の出所などには深く突っ込んでこなかったのが幸いした。
'残るは、最も厄介そうな相手……'
* * *
次なる相手は、第二王子エドワード。知識の交換、などと聞こえの良いことを言っていたが、その実、俺という存在の根幹を探ろうとしているのは明らかだ。
'下手にボロは出せない。特に、俺が日本人だということは絶対に……'
過去の記憶が蘇る。会社に裏切られ、同僚に梯子を外され、妻にさえ見捨てられた日々。人間不信は、この世界に来て仲間たちと出会い、少しずつ癒えてきた。だが、心の奥底に刻まれた傷は、まだ完全に癒えているわけじゃない。
'相手は王子だ。俺のスキルが、俺の知識が、国にとってどれほどの価値を持つか。彼らはそれを理解している。だからこそ、俺を完全に掌握しようとするだろう'
俺の持つ力は、この世界ではあまりにも異質だ。使い方を誤れば、あるいは相手に利用されれば、破滅は免れない。
'どう立ち回るべきか……。どこまで話し、どこからを隠すか……'
俺は静かに目を閉じ、思考を巡らせる。第二王子との対話。それは、これまでの商談とは質の違う、危険なチェスゲームになるだろう。
* * *
ついに、その時が来た。
第二王子エドワードの従者に案内され、俺は王城の一室の前に立っていた。ここが、エドワードの書斎だという。重厚な木製の扉が、その先の空間の重要性を物語っている。
「ナオキ様、どうぞ」
扉が開かれる。俺は一つ深呼吸をして、覚悟を決めて足を踏み入れた。
部屋の中は、壁一面が天井まで続く本棚で埋め尽くされ、古書のインクと羊皮紙の匂いが濃密に満ちていた。その中央、大きな執務机の向こう側に、一人の青年が静かに座っている。
第二王子エドワード。兄リチャードとは対照的に、華奢で知的な印象を受ける。彼は俺の姿を認めると、読んでいた分厚い本を静かに閉じ、穏やかな笑みを浮かべた。
だが、その瞳の奥には、獲物を品定めするような鋭い光が宿っている。
空気が張り詰める。まるで、俺の一挙手一投足、呼吸の一つまでも見定めようとしているかのようだ。
俺はゆっくりと彼に歩み寄り、恭しく頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ナオキ・カワダと申します」
「顔を上げて。待っていたよ、ナオキさん」
静寂が部屋を支配する。俺が口を開き、この危険な対話を始めようとした、その時だった。
彼の口から紡がれた第一声は――想定外のものだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、
ブックマークしてもらえると励みになります!
評価や応援コメントは、とても励みになっています。




