第62話 王家御用達への第一歩
「……むう。まあ、そう言われりゃ、そうか」
俺の至極もっともな説明に、ヒルダは不満そうに口を尖らせながらも、渋々と引き下がった。根は素直なのが彼女の長所だ。理屈が通れば、きちんと納得してくれる。
「そういうわけだ。セーラ、行くぞ。バルク、ヒルダ。辺境伯の護衛を頼んだ」
「うむ、任された!」
「……おう。気ぃつけてな」
仲間たちに見送られ、俺とセーラは再び王城へと向かう。公式の謁見とは違う。今回は王妃と王女、女性だけの私的な空間への納品だ。しかし、だからこそ失敗は許されない、重要な商談だった。
案内されたのは、陽光がふんだんに降り注ぐ、薔薇の香りが満ちた優雅な一室。謁見の間のような威圧感はなく、女性らしい柔らかな調度品で統一されている。
「まあ、待っていたわ、ナオキ殿、セーラ」
王妃エレノアとルミナ王女が、侍女たちを伴ってにこやかに出迎えてくれた。その瞳は、これから何が始まるのかという期待にきらきらと輝いている。
「早速ですが、ご注文の品々をお持ちしました」
俺はアイテムボックスから、あらかじめ用意しておいた豪奢な化粧箱を次々と取り出し、テーブルに並べていく。美しいボトルやガラス瓶に入ったSUBAKIシャンプー、リンス、IVEAボディソープ。色とりどりのアイシャドウパレット、様々な色合いの口紅、そして肌を整えるための美容液やファンデーションの小瓶。謁見の夜に使ったもののフルセットだ。今回は王族と言うこともあって、高級メーカーの『SK-Ⅲ』にした。
「まあ……! こんなに沢山!」
「すごい……! まるで宝石箱のようですわ!」
王妃と王女は、見たこともない美しい容器の数々に、うっとりと感嘆の声を上げる。
「使い方がお分かりにならないかと思いますので、こちらを」
俺は紙に使い方を記した、説明書を差し出した。図解入りの、丁寧すぎるほどの解説書だ。
「これは……? 絵と文字で使い方が……? なんて親切なのかしら!」
王妃が驚きの声を上げる。この世界では、口伝が基本。これほど詳細な説明書は、それ自体が一つの価値を持つのだろう。
「セーラ、頼む」
「はい! 王妃様、王女様。こちらの『シャンプー』という液体で髪を洗うと、まず驚くほど良い香りに包まれます。そして、こちらの『リンス』を馴染ませれば、信じられないくらい髪がサラサラと指を通るようになるんです!」
セーラが自身の艶やかな髪を揺らしながら熱弁する。その生き生きとした姿は、何より雄弁な広告塔だった。彼女は次々と化粧品を手に取り、その効果を実演するように語っていく。
「そしてこの『美容液』をお肌に馴染ませてから、こちらの『ファンデーション』を塗ると……!」
未知の製品、未知の文化。二人の王族は、目を輝かせながら俺たちの説明に聞き入っていた。その表情は、権力者のそれではなく、新しい玩具を与えられた少女のように無邪気だった。
* * *
「素晴らしいわ……。これさえあれば、毎日の身支度がどれほど楽しくなることか……」
一通りの説明を終えると、王妃エレノアはうっとりとため息をついた。製品の品質、そしてその背後にある洗練された文化に、完全に心を掴まれたようだった。
'よし、十分に土壌は温まったな'
俺は内心で頷き、ダメ押しの一手を打つ。
「王妃様、王女様。よろしければ、こちらも」
アイテムボックスから取り出したのは、二つの豪奢な箱。一つは有名パティスリー『ガトレーゼ』の芸術品のようなホールケーキ。もう一つは、世界最高峰のチョコレートブランド『ロディバ』の豪華な詰め合わせだ。
箱を開けた瞬間、濃厚なカカオと甘いクリームの香りが部屋中にふわりと広がる。
「まあっ!」
「なんて……なんて美しいお菓子なの!?」
特にチョコレートの、一つ一つが宝石のように輝く様は、二人にとって衝撃的だったらしい。
「こちらは『チョコレート』というお菓子です。どうぞ」
侍女が毒見後に、恐る恐る差し出した銀の皿から、王妃とルミナ王女が一片を口に運ぶ。
そして、時が止まった。
「…………っ!」
目を見開き、言葉を失う二人。やがて、その頬に恍惚の表情が浮かび、ゆっくりととろけていく。
「……甘い……けれど、ただ甘いだけじゃない……。このほろ苦さ、香ばしさ……口の中でゆっくりとろけていく感覚……初めてですわ……!」
「ケーキも……! 見た目よりも甘さ控えめですし、ずっと複雑で、奥深い味がします!」
二人の喜びは、まさに頂点に達していた。
王妃は満足げに深く頷くと、侍女に目配せをして下がらせ、俺たちに向き直った。
「ナオキ殿。貴方の見せてくれた品々、……その価値、よく分かりました。それで、お代はいくらになるかしら?」
いよいよ本題だ。俺はセーラと視線を交わし、覚悟を決めて口を開いた。
'うーん....チョコやケーキも高いと言っても正直金貨何十枚は気が引けるし、高級化粧品のSK-Ⅲも合わせても....'
「では……恐れながら、金貨10枚ではいかがでしょうか」
原価を考えれば破格の値段だが、この世界での希少価値、そして王家相手ということを考えれば、むしろ控えめな額のはずだ。
俺の提示に、王妃は少しの間、黙って俺の顔を見つめた。
ゴクリ、と隣でセーラが喉を鳴らす音が聞こえる。
やがて、王妃はふわりと花が綻ぶように微笑んだ。
「安すぎますわ」
「……え?」
「それでは、貴方の働きと、この品々がもたらす価値に見合わない。それに、これほどの品が安価で出回られては、王家の権威にも関わります」
王妃は優雅に手を打ち、きっぱりと言い放った。
「金貨100枚。それだけお支払いします。その代わり、これらの品は、当面の間、我がアステル王家だけに納めていただきたいの。よろしいかしら?」
「き、金貨……ひゃくまい……!?」
俺の隣で、セーラが素っ頓狂な声を上げた。
金貨100枚。日本円にして一千万円。俺が提示した額の、実に10倍。
さすがの俺も、ポーカーフェイスの裏で激しく動揺していた。
'これが、王族の買い物のスケール……いや、王家が独占する『価値』の値段か!'
* * *
金貨100枚がずっしりと詰まった革袋を受け取った後も、俺とセーラはしばらく呆然としていた。王妃は「また新しい品を楽しみにしているわ」と優雅な微笑みを残し、満足げに部屋を後にして行った。
「……な、ナオキ……。い、一千万円よ……。ちょっと、どうなってるの……」
セーラが、俺の腕を掴んで小刻みに震えている。
「俺に聞くな……」
予期せぬ大金に、俺の頭もまだ追いついていない。そんな俺たちの前に、ルミナ王女が、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「ナオキ様、すごいですわ! まるで伝説の魔法使いみたい!」
彼女は満面の笑みで、俺の顔を覗き込む。さっきまでの緊張感はどこへやら、その瞳は純粋な好奇心だけで輝いていた。
「ねえ、ナオキ様。わたくしたち、もうお友達ですわよね?」
「は、はあ……まあ……」
「でしたら、これからは『ルミナ』とお呼びくださいな。わたくしも、『ナオキ』とお呼びしますから!」
「いやしかし、王女殿下に向かってそれは……」
俺が慌てて制止しようとするが、ルミナはぷくりと頬を膨らませた。
「いいのです! わたくしが決めたことですもの!」
その天真爛漫な勢いに、俺は言葉を失う。セーラが隣で「じとっ」とした目で見てくるが、ルミナは全く気にした様子もない。
それどころか、彼女は俺の腕の袖をきゅっと掴んだ。柔らかい感触と、甘い花の香りがふわりと鼻をかすめる。
「ねえ、ナオキ」
ぐいっと顔を寄せられ、俺は思わずたじろいだ。キラキラと輝く紫色の瞳が、俺の心の奥まで見透かそうとするかのように、真っ直ぐに注がれている。
「次は、どんな『面白いもの』を、わたくしに見せてくださるのかしら?」
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