第60話 謁見と価値の証明
翌朝、俺たちはアルフォンスの先導で、荘厳な王城へと足を踏み入れた。
通されたのは、天井が巨大なドーム状になった、途方もなく広い謁見の間。磨き上げられた大理石の床には、俺たちの姿が鏡のように映り込んでいる。両脇には寸分の隙もなく磨かれた金色の鎧を纏った近衛騎士たちが微動だにせず立ち並ぶ。
その奥、一段高くなった玉座に、この国の王が座していた。
国王アルフレッド。年の頃は五十代だろうか。綺麗に整えられた髭に威厳が漂い、その瞳は穏やかながらも、全てを見通すような深い知性を宿している。
事前情報によると.......
国王アルフレッド。その隣には豪奢なドレスを纏った王妃エレノア。そして左右には、精悍な顔つきの第一王子リチャード、柔和な表情の第二王子エドワード、そして好奇心に輝く瞳の第一王女ルミナ。玉座の脇には、白髪の宰相ギルバートが静かに佇んでいた。まさに国の頂点が一堂に会している。
「――面を上げよ」
王の、静かだがよく通る声が、広大な空間に響き渡る。
俺たちは一斉に顔を上げた。ずらりと並ぶ煌びやかな貴族たちの、好奇と侮りが入り混じった視線が無数に突き刺さる。特に、最前列に陣取るオルコット侯爵からは、隠そうともしない明確な敵意が向けられていた。
「さて、ナオキ・カワダ。其方の働きについては報告を受けている。ガルダ帝国の陰謀を暴き、介入を未然に防いだこと、見事であった」
王の労いの言葉に、謁見の間が水を打ったように静まり返る。
「は。身に余る光栄にございます」
そんな中で端的に丁寧に返答する。
「まず、クローウェル子爵! 其方の迅速な判断と協力に感謝する。本日をもって、其方を伯爵に叙し、旧アッシュベルク領の南半分を新たな領地として与える!辺境伯として其方には、今後も領地を治め、アステル王国のため尽力してもらうぞ。」
「ははっ! ありがたき幸せにございます!」
クローウェル子爵、改め辺境伯が、感極まった様子で震える声で礼を述べ、深く頭を下げる。
そして、王の視線が俺へと注がれた。
「そして、ナオキ・カワダ。其方には、褒賞として金貨300枚を与える!」
金貨300枚。日本円にして、3000万円。
その破格の額に、貴族たちが今日一番のどよめきを見せた。
'……やった!'
これで、借金が返せる。命が、繋がった。心の底から安堵のため息が漏れそうになるのを、必死で堪えた。
その時だった。
「お待ちください、陛下!」
オルコット侯爵が、静寂を破る鋭い声で異を唱えた。
「その素性の知れぬ男に、それほどの褒賞は過分かと存じます! どのような手を使ったかも分からぬ者に、国の財産を安易に与えるべきではございません!」
空気が、再び氷のように張り詰める。
俺は一歩前に出た。
「陛下。オルコット侯爵のご懸念、ごもっとも。ならば、私の価値をこの場でお見せし、皆様にご納得いただくのが筋かと。いくつかの品を献上する許可をいただけますでしょうか」
国王は面白そうに口角を上げた。
「よかろう。許す」
俺は何もない空間に手を差し入れ、まず、二つの筒が繋がった奇妙な道具を取り出した。
「なっ……! アイテムボックスか!」
貴族たちがざわめく。
「こちらは『双眼鏡』。遠くの景色を、あたかも目の前にあるかの如く見ることができる道具にございます」
俺は双眼鏡を渡し、謁見の間の遥か向こうにある壁画を指差した。王が訝しげに双眼鏡を覗き込む。
「おお……! 壁画に描かれた女神のまつ毛の一本一本まで、はっきりと見えるわ! これは……驚いた。軍事にも転用できよう」
王の驚きの声に、貴族たちのどよめきが一層大きくなる。
次にアイテムボックスから取り出したのは、ビロードの箱。開けると、中に収められた純白のネックレスが、シャンデリアの光を浴びて柔らかくも気品のある輝きを放つ。二つ用意した。
「こちらは、我が故郷の海で育まれた『真珠』のネックレス。エレノア王妃様とルミナ王女様の美しさにこそ、相応しいかと」
その輝きは、ダイヤモンドの鋭い光とは違う、奥ゆかしくも内側から発光するような光沢。
王妃と二人の王女が、息を呑むのが分かった。
侍従の手でそれが渡されると、エレノア王妃とルミナ王女は、その見たこともない宝石に完全に心を奪われたように、うっとりとネックレスを手に取る。
「まあ……なんて美しいのでしょう。一つ一つの粒が、完璧な円を描いて……これほど見事な真珠を、これほど贅沢に連ねるだなんて……」
「一粒だけでも宝物のようですのに、こんなに沢山……!」
エレノア王妃とルミナ王女はご満悦のようだ。
「これほどの品、屋敷が一つ買えるのではないか……」
どこかの貴族が呟いた。思った通りだ。この完璧な養殖真珠のネックレスは、この世界、文明では破格な価値を持つ。
場の空気は、疑念から驚嘆へ、そして今は完全に俺のものになっていた。
* * *
「素晴らしい……」
王妃のエレノアが感嘆のため息をつきながら、隣のセーラとヒルダに視線を移した。
「それにしても、そちらの女性たちも、本日は一段と輝いて見える。その見事なドレスもさることながら、驚くほど艶やかな髪、そしてこのふわりと香る甘く清らかな匂いは一体……? それに、なんという肌の輝きかしら。顔立ちも、華やかに見えるわ」
'来た!'
俺はセーラとヒルダに目配せする。二人は緊張した面持ちで、しかし堂々と答えた。
「はっ! 王妃様。この髪と香りは、ナオキより『シャンプー』と『リンス』そして『ボディソープ』という不思議な液体で洗ったもの。そして、この肌と顔は肌を整え、色を添える道具を使ったのです。このドレスも、ナオキがお選びに」
「まあ!」
やはりこちらも質問した王妃エレノアだけでなく、ルミナ王女も身を乗り出すようにして目を輝かせた。
「シャンプー? リンス?」「わたくしたちも欲しいですわ!」「その『道具』というものも!」「ねえ、お父様!」
女性たちの美容への執着心は、どの世界も変わらないらしい。国王は、娘たちの勢いに苦笑しながらも、俺を見る目に更なる興味の色を宿していた。
アルフレッド王は満足げに頷き、オルコット侯爵を一瞥した。侯爵は屈辱に顔を歪ませながら引き下がる。
* * *
公式の謁見が終わり、貴族たちが退出していく。俺も安堵の息をつき、その場を辞そうとした。
「ナオキ・カワダ殿。少し、残ってもらえるか」
呼び止めたのは、国王アルフレッドその人だった。
謁見の間に残されたのは、俺たちと、王族と宰相、そしてアルフォンスだけになっていた。
「ナオキ殿。先ほどの献上品、誠に見事であった」
王は玉座から降り、親しげに話しかける。
「だが、それ以上に興味深いのは……其方の持つ『アイテムボックス』だ。このアステル王国でそのスキルを持つのは、私と娘のルミナのみ。過去の英雄や王家の血を引くものしか使えぬはず」
ルミナ王女も、好奇心に満ちたきらきらした目で俺を見つめている。
「恐れながら、陛下。それについては詳しくはお話しできかねます」
俺は、当たり障りのない返答でその場をやり過ごそうとする。
だが、王は探るように続けた。
「そうか...。だが、我々は貴殿の持つ力に、国の未来を変えるほどの可能性を感じている。ナオキ殿、其方の力、ぜひとも我が国のために役立ててはもらえんだろうか。例えば、騎士団に所属し、その力を……」
「恐れながら、陛下」
俺は王の言葉を遮った。
「私は見ての通り、自由に生きるのが性に合っている旅の商人でございます。大きな役目は分不相応かと。ですが、王家の皆様がお望みの品があれば、いつでもお声がけください。我が可能な限り、誠心誠意ご要望にお応えいたします」
俺の言葉に、王は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、やがてフッと笑みを漏らした。
「……そうか。商人と来たか。面白い男よ」
王はそれ以上、俺を勧誘しようとはしなかった。無理に縛り付ければ、この得体の知れない男は手からこぼれ落ちてしまうと判断したのだろう。
借金という死刑宣告からは、確かに逃れた。
だが、国王からの直接的な興味という、それとは比べ物にならない、甘くも危険な鎖に、俺は片足を捕らえられたのかもしれない。
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