第58話 告白と約束
数日間の馬車の旅は、奇妙な静けさの中で過ぎていった。
俺が仲間たちとの約束を受け入れてから、ヒルダもバルクも俺の出自について深く問い詰めることはなかった。ただ、時折向けられる視線が、彼らの心の内に渦巻く疑問と、わずかな期待を物語っているようだった。
旅が始まって三日目。地平線の先に、巨大な壁がその姿を現した。
「……あれが、王都か」
誰かが、ごくりと喉を鳴らして呟く。
近づくにつれて明らかになるその威容は、フェルムの比ではなかった。天を突くほどの高さの純白の城壁が、どこまでも続いている。壁の上には無数の塔が林立し、色とりどりの旗が風にはためいていた。
やがて馬車が巨大な城門をくぐると、俺たちはその圧倒的な活気に息を呑んだ。
広い石畳の道には、人と馬車が絶え間なく行き交っている。道の両脇には、石造りの壮麗な建物が隙間なく立ち並び、その一つ一つから人々の喧騒と熱気が溢れ出ていた。これまで見てきたどの街とも違う、文明の頂点にある場所。それが、アステル王国の首都、アステリアだった。
「すげえ……」
セーラが、子供のようにはしゃいだ声を上げる。その気持ちは、俺にもよく分かった。
馬車は王宮へと続く大通りを進み、やがて壮麗な噴水のある広場で停まった。
そこでアルフォンスが、俺たちとは別行動になると告げた。
「私はこのまま王宮へ向かい、陛下へ事の次第を報告する。貴殿らは、手配したクローウェル子爵殿の屋敷で待機していてほしい。追って連絡を入れる」
「分かった。頼んだぞ」
「うむ。ナオキ殿、くれぐれも騒ぎは起こさぬように」
釘を刺すような言葉を残し、アルフォンスは二人の騎士を連れて王宮の方へと去っていった。
俺たちはクローウェル子爵の案内で、貴族街の一角にあるという彼の屋敷へと向かう。馬車を乗り換え、しばらく走ると、やがて鉄の門構えが立派な屋敷の前に到着した。
屋敷に案内され、通されたのは暖炉に火が焚かれた、居心地のいい応接室だった。従者が用意してくれた温かい茶を一口飲み、ようやく人心地ついた気がした。
長い旅が終わった安堵感と、これからの戦いへの緊張感が入り混じる空気の中、みんなが居るこのタイミングで
俺は静かに立ち上がった。
ヒルダ、バルク、そしてクローウェル子爵が、俺の動きに気づいて顔を上げる。
「……約束、だったな」
俺の言葉に、三人の顔に緊張が走った。セーラは、心配そうに俺の顔を見つめている。
クローウェル子爵には従者を人払いをして貰った。
「俺の力の秘密……そして、俺が何者なのか。全て話す」
俺は覚悟を決め、仲間たちと真っ直ぐに向き合った。
* * *
応接室の空気が、張り詰めた。
暖炉の薪がぱちりと弾ける音だけが、やけに大きく響く。
俺はゆっくりと息を吸い込み、そして、吐き出した。
「まず、結論から言う。俺は……この世界の人間じゃない」
「……は?」
最初に声を上げたのは、ヒルダだった。彼女の眉が、怪訝そうにひそめられる。
「どういう意味だ、そりゃ。まさか、どっかの国の間諜だって言うのか?」
「いや、違う。国とか、そういうレベルの話じゃないんだ。俺は、お前たちが知るどの国から来たわけでもない。全く別の……『世界』から来た」
「別の、世界……?」
バルクが、困惑したように俺の言葉を繰り返す。彼の巨体が、心なしか小さく見えた。
クローウェル子爵は腕を組み、黙って俺の話に耳を傾けている。その表情は硬く、真意を探っているようだった。
「信じられないのは分かっている。だが、事実だ。俺が元々いた世界は、ここよりも遥かに科学技術が進歩していた。魔法なんてものは存在しないが、それに匹敵するような、あるいはそれ以上の力を持つ道具が当たり前に存在する世界だった」
俺は一度言葉を切り、仲間たちの反応を窺う。ヒルダは腕を組んで懐疑的な目を向け、バルクはただただ混乱している。
「俺は、川田直樹という名で、その世界で生きていた。だが……色々とあってな。気づいたら、グルフの奥にある森の中にいたんだ。なぜ、どうやってここに来たのかは、俺にも分からない」
「……」
誰もが、言葉を失っていた。あまりにも荒唐無稽な話だ。無理もない。
「そして、俺の力の根幹……あの『マリエク』についてだが」
俺は自分の胸を指差した。
「これも、俺が元いた世界の、ある仕組みと繋がっているんだ。『マーリーエクスプレス』……略してマリエクというんだが、俺の世界の、ありとあらゆる物が手に入るスキルだ」
「マリエク……?」
「ああ。それも、金さえ払えばだ...。俺のスキルは、この世界の通貨を、俺の世界の金に変換して、そのマリエクから品物を購入し、この場に取り出すことができる」
俺は淡々と説明を続ける。
「馬車を直したあの工具も、侯爵の屋敷の壁を爆破した爆薬も、全てそうやって手に入れたものだ。俺は何かを生み出しているわけじゃない。ただ、金を払って『買っている』だけなんだ」
沈黙が、部屋を支配する。
やがて、クローウェル子爵が重々しく口を開いた。
「……ナオキ殿。その話が真実だとすれば、貴殿は我々にとって計り知れない価値を持つ存在だ。だが、同時に……あまりにも危険すぎる。その力を欲する者が現れたら、どうなるか」
「ああ、分かっている。だから、これまで話せなかった」
* * *
「言葉だけじゃ、信じられないかもしれないから、面白いものを出すよ。」
俺はそう言うと、テーブルの上を片付けるよう、セーラに目配せした。彼女はこくりと頷き、手際よくティーカップなどを脇へ寄せた。
「今から、この世界では見たことない、俺の世界の『食べ物』を...。」
俺はアイテムボックスに意識を集中させる。
'マリエク、検索。ホールケーキ、5号。それから、コーヒー'
有名パティスリー特製イチゴのショートケーキ 5号:4,500円
缶コーヒー:500円
使い捨て紙皿・フォーク:200円
購入しますか?
'購入だ'
次の瞬間、テーブルの上に、次々とあり得ないものが出現した。
まず、真っ白なクリームで覆われ、艶やかな赤い果実が飾られた円形の菓子。そして、湯気の立つ黒い液体が入った紙コップ。甘く香ばしい、誰も嗅いだことのない匂いが部屋に満ちる。
「な……なんだ、こりゃあ!?」
ヒルダが目を丸くする。バルクは、ゴクリと大きな喉を鳴らした。クローウェル子爵も、貴族としての体面を忘れ、驚愕に目を見開いている。
俺はケーキを切り分け、それぞれの紙皿に乗せて差し出した。
「食ってみてくれ。こいつは『ケーキ』。こっちは『コーヒー』っていう飲み物だ」
三人は、恐る恐る、しかし好奇心に満ちた目で、フォークを手に取った。
最初に口にしたのは、ヒルダだった。彼女はクリームとスポンジを一口食べると、その場で動きを止めた。
「……う、ま……」
その目からは、信じられないというように、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「なんだこりゃあ! 口ん中で溶けるみてえだ! こんな甘いモン、生まれて初めて食ったぞ!」
バルクも、巨体を震わせながら感動の声を上げる。クローウェル子爵は、コーヒーを一口啜り、その複雑で豊かな香りに感嘆のため息を漏らした。
「素晴らしい……。苦いのに、これほどまでに奥深い香りを持つ飲み物があったとは……」
未知の味は、彼らの常識を完全に破壊した。
やがて、全員が夢中で食べ終えると、ヒルダが立ち上がり、俺の前に進み出た。そして、ためらうことなく、その場で片膝をついた。
「ナオキ」
彼女は、俺の目を真っ直ぐに見上げた。
「なるほど、今までの訳の分からない物は、そうゆうことかい....。まぁ、あんたがどこの世界の人間だろうが関係ねえ。あたしは、あんたを信用したんだ、クローウェル様にお仕えしてるとは言え、ナオキにが危ない目にあっても命は張れるぜ!」
「うむ!」
バルクも立ち上がり、ヒルダの隣で同じように膝をつく。
「俺も同じだ、ナオキ殿を信じる!」
その光景に、俺は言葉を失った。
裏切られ、誰も信じられなくなった俺に、命を預けると言ってくれる仲間が、今ここにいる。
胸の奥から、熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
* * *
その夜、クローウェル子爵の計らいで、俺たちはささやかな宴を開いた。
といっても、俺がマリエクで取り寄せたいくつかのスナック菓子と酒を囲んでいただけだが、仲間たちの顔には、これまでにないほどの笑顔が咲いていた。絆が、確かに深まった夜だった。
だが、その和やかな時間は、突然終わりを告げる。
バンッ!と応接室の扉が勢いよく開かれ、血相を変えた従者が飛び込んできた。
「も、申し上げます! 監察官のアルフォンス様が、緊急のご様子で……!」
従者の言葉が終わるか終わらないかのうちに、アルフォンス本人が部屋に入ってきた。その顔は昼間とは打って変わって、険しく、焦りの色が浮かんでいる。
「ナオキ殿! 事態が急変した!」
「どうしたんだ、アルフォンス殿!」
アルフォンスは、俺たちの顔を順に見渡し、重々しく告げた。
「急遽、明日の朝、国王陛下への謁見が決まった」
「……なんだと!?」
全員に、衝撃が走る。あまりにも早すぎる。
「親ガルダ派の連中が嗅ぎつける前に、先手を打つ。陛下もそう判断された。準備をしろ」
アルフォンスがもたらした急報。明日、王に謁見。
思考が追いつかない中、俺は無意識にもう一つの締め切りを思い出していた。マリエクのシステムウィンドウを脳裏に思い浮かべる。
そこに表示された非情な文字に、背筋が凍った。
貸付金返済期限:残り1日
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