第56話 盤面の転換
俺たちは血の海と化した謁見の間を後にした。アルフォンスと名乗った監察官と死体が転がる廊下を無言で進む。拘束こそされていないが、これは紛れもない尋問のための連行だ。
* * *
案内されたのは、屋敷の奥にある小さな応接室だった。惨劇の舞台となった広間とは違い、血の匂いは届かない。だが、窓の外に広がる闇が、この屋敷全体が巨大な墓標であることを思い出させ、息苦しかった。
部屋には最低限の家具しかない。中央に置かれたテーブルを挟み、俺たち四人と、兜を脱いだアルフォンスが向かい合う。彼の素顔は、彫りの深い顔立ちに、厳格さと理知的な光を宿した鋭い眼光を持つ。短く刈り込まれた銀髪には、白いものが混じり始めており、年の頃は四十代前半といったところか。
「さて」
アルフォンスが重々しく口を開いた。彼の視線が、俺たち一人一人を射抜くように見つめる。
「改めて名乗ろう。私は王都直属監察官、アルフォンス・フォン・クライネルトだ。…さて、貴様らの番だ。何者で、なぜこの屋敷にいた?」
その問いは、尋問の始まりを告げるゴングだった。
「俺はナオキ。こいつらは仲間のセーラ、ヒルダ、バルクだ」
俺が簡潔に答えると、アルフォンスは軽く眉をひそめた。
「ナオキ……だけか。姓はないのか?」
「ナオキ・カワダだ」
俺がそう名乗った瞬間、アルフォンスの兜のスリットの奥の目が、ほんのわずかに細められた気がした。この世界では、姓を持つのは貴族か、それに準ずる家柄の者だけだ。平民にしか見えない俺が当たり前のように姓を名乗ったことに、彼はわずかな驚きを覚えたのだろう。
俺の答えに、アルフォンスは追及せず、次の質問に移った。
「では、なぜここに? 貴様らがこの惨状を引き起こしたわけではない、とでも言うつもりか?」
「その通りだ。俺たちがここに来た時、すでに屋敷は死体の山だった」
「ほう。では、なぜ壁を爆破してまで侵入した? 目的は何だ?」
鋭い追及。一言でも間違えれば、嘘だと見抜かれる。ここで駆け引きは通用しない。
「アッシュベルク侯爵に、直接問いただしたいことがあった」
「問いただしたいこと?」
「ああ。クローウェル子爵領への介入、そして...侯爵の不正行為だ」
俺の言葉に、アルフォンスの目が僅かに細められた。
「……続けろ」
* * *
俺は、事の始まりから全てを話すことに決めた。この男は、敵ではない。むしろ、この状況を打開できる唯一の存在かもしれない。中途半端な情報では、信頼は得られない。
「全ての始まりは、涸れ谷のグルフという寂れた町だ。あの町は、侯爵の経済政策によって意図的に衰退させられていた」
「グルフ……? 確か、クローウェル子爵領と侯爵領との境にある街だったな」
アルフォンスは記憶を探るように呟いた。彼もある程度は把握しているようだ。
「そうだ。侯爵は、子爵領であるフェルムの街で息がかかったヴァーミリオン商会と裏で手を組み、グルフでカオリンの違法採掘。
そして独占しようとしていた。そのために街道を封鎖し、町を経済的に孤立させたんだ」
「街道封鎖……。近隣のクローウェル子爵領から、盗賊被害の報告が上がっていた件か」
「だが実際は盗賊じゃない。侯爵が雇った騎士や傭兵団だ。そこからフェルムへ向かった」
俺はそこで一度言葉を切った。フェルムでの出来事を思い出し、仲間たちの顔には苦い表情が浮かぶ。
「そこで商業都市フェルムで起きた疫病だ。俺たちが調査した結果、侯爵が放った刺客が井戸に毒を盛っていたことが判明した」
「毒だと?」
アルフォンスの兜の奥で、鋭い視線が光る。彼は俺の言葉の真偽を測るように、じっとこちらを見つめている。
「フェルムで発生した毒と疫病の問題、それを解決したのが始まりです。原因を辿ってこの侯爵領に行き着きました。アッシュブルクの地下市場で、ザハルという男から、全ての元凶を断つには会計監査官レナードが持つ裏帳簿を抑える必要があると聞き、我々は奴の拠点を強襲したのです」
「レナード……。侯爵の懐刀か」
「ええ。ですが、そこで待ち構えていたのは『幽霊』と呼ばれる、侯爵最強の護衛でした。壮絶な戦闘の末、辛うじて勝利しましたが……我々が踏み込んだ時には、レナード本人は既に逃げた後でした」
俺は淡々と事実を並べていく。アルフォンスは腕を組んだまま、黙って俺の話を聞いていた。その表情は兜のように硬く、何を考えているのか読み取れない。
「奴が隠していた裏帳簿を手に、我々は侯爵本人を問い詰めるべくこの屋敷に来ました。ですが、辿り着いた時にはこの有様で……。臆病者と聞いていた会計監査官のレナードは逃げたものだと思っていましたが、到着してみると、ここにいた全ての人間を虐殺していました。奴は
帝国のスパイだったのです。我々にあらぬ疑いをかけ、その隙にまんまと逃げおおせました」
俺はアイテムボックスに意識を集中させ、手を空間に差し入れた。
「ッ!.......アイテムボックス!!」
その光景に、アルフォンスの目が驚愕に見開かれる。
俺は、何もない空間から取り出した分厚い帳簿の束を、テーブルの上に音を立てて置いた。
「これが、レナードの隠し部屋から押収した金の流れを記した、裏帳簿だ」
* * *
応接室に、重い沈黙が落ちた。
アルフォンスはテーブルの上の帳簿の山を、信じられないものを見るような目で見つめている。やがて彼は、震える手で一冊を手に取った。
パラパラと、乾いた羊皮紙がめくれる音だけが響く。
そこに記された歪な数字、暗号めいた取引の記録、そしてガルダ帝国を示す隠語。それらが、俺の話の裏付けとなっていることを、彼の険しい表情が物語っていた。
「……なるほどな」
アルフォンスは深く息を吐き、帳簿を閉じた。
「貴殿の話と、この帳簿の内容は一致する。街道封鎖に関わった傭兵団への支払い記録、フェルムでの不審な金の動き……。そして、このガルダ帝国との密約書。これは、動かぬ証拠だ」
彼の声には、もはや俺たちへの疑いの色はない。代わりに、国家を揺るがす巨大な陰謀を前にした、監察官としての厳しい決意が滲んでいた。
「信じてくれるんだな」
「信じるに値するだけの証拠を、貴殿が提示した」
彼の兜のスリットの奥から、俺を射抜くような鋭い視線が注がれる。鑑定で見た彼のスキル、『真実の瞳』。その力が、今まさに俺の魂を覗き込んでいるのだろう。やがて、その氷のようだった視線がわずかに和らいだ。俺の言葉に嘘偽りがないと、確信した証だ。
アルフォンスは立ち上がると、俺たちに向かって深く頭を下げた。王の勅命を受けた、高位の騎士にあるまじき行為だ。
「ナオキ殿、そして皆の衆。これまでの無礼を詫びる。そして、改めて頼みたい。この国の危機を救うため、力を貸してはいただけないだろうか」
「力を貸す、か」
「そうだ。この一件、もはや地方領主の不正というレベルを遥かに超えている。ガルダ帝国の侵略行為そのものだ。この裏帳簿と貴官らの証言を基に、王へ直接報告し、裁可を仰がねばならん」
アルフォンスは俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「我々と共に、王都へ来てほしい。これは監察官としての命令ではない。アステル王国を想っての心からの要請だ」
* * *
アルフォンスは、俺たちをアッシュブルクの街に留め置くのは得策ではないと判断したのだろう。侯爵の死で混乱する街は、もはや安全な場所ではなかった。街を離れる前に、ひとまず世話になった地下市場の長ザハルへ挨拶へと思い、掻い摘んで話せる事を話し、とても驚いていたが顔付きはとてもよかった。これから監察官に固められ、俺たちは夜通し馬を走らせ、クローウェル子爵の領地へと向かった。
夜明けと共に子爵領に到着すると、状況は即座にクローウェル子爵にも報告された。子爵はアルフォンスの登場に驚きつつも、王命とあればと全面的に協力することを約束しクローウェル子爵も一緒に王都へ向かう事になった。
俺たちは、子爵が手配した街の宿で、監察官の監視付きではあるが、短い休息と出発の準備を許された。
ヒルダとバルクは子爵の所に戻らず、そのまま俺に付いてパーティとして行動しろと指示があった。
'まぁ、頼りになるしいいか....と思いつつも、まだマリエクについて話していない後ろめたさもある'
「今度機会をみて話してみるか。」
「……王都、か。とんでもないことになっちまったな」
ヒルダが、窓の外の月を見上げながら呟いた。
「でも、行くしかないんでしょ? あのレナードって奴を、このまま野放しにはできない」
セーラが、決意を秘めた瞳で言う。
「うむ。ナオキ殿の行くところ、俺も共に行くまでだ」
バルクの言葉は、いつも通り力強い。
「ナオキでいいよ。」
「わかった...。」
俺とバルクの短いやりとり。
パーティでやるなら少しは打ち解けないとな。
'ああ。もう俺だけの問題じゃない'
仲間たちの顔を見回す。誰も、不安を口にはしない。だが、これから始まる戦いが、これまでとは全く次元の違うものであることは、全員が理解していた。
* * *
翌朝、宿の前に一台の壮麗な馬車が用意されていた。王家の紋章が輝く、監察官専用の馬車だ。
アルフォンスが、馬の前で俺たちを待っていた。
「準備はいいか、ナオキ殿」
「ああ。いつでも行ける」
俺は頷き、仲間たちと共に馬車に乗り込む。
重厚な扉が閉められ、御者の短い号令と共に、車輪がゆっくりと石畳の上を転がり始めた。
ガタン、と一度大きく揺れる。
俺たちは、王都へ向かう。この事件の全てを報告しに。
「あ~あ、アッシュベルク侯爵をなんとかすれば、のんびり落ち着けると思ったのに、何でこうなったやら....」
残金695万円(貸付金1,000万円、期限:残り5日)
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、
ブックマークしてもらえると励みになります!
評価や応援コメントは、とても励みになっています。




