第46話 静寂の村と徴税人
異様な静寂が、村を支配していた。
窓という窓から突き刺さるのは、感情のない視線。まるで、生きた人間ではなく、精巧な人形の群れに見つめられているかのようだ。
「……ナオキ、なんだか気味が悪いよ」
セーラが俺の服の袖を強く握りしめ、かすかに震える声で言った。
「ああ。歓迎されてないのは確かだな」
隣でヒルダが、警戒を解かずに囁く。
「これは恐怖だ。それも、尋常じゃない」
彼女のユニークスキルが、この村に染み付いた感情を読み取っているのかもしれない。バルクは黙って盾を構え直し、俺たちの前に半歩進み出た。いつでも守れるように。
俺は意を決して、一番近くの家に向かって声を張り上げた。
「俺たちは旅の者だ! 敵意はない! ただ、この先の情報を少し聞きたいだけだ!」
返事はない。
ただ、無数の瞳が、俺たちの動き一つ一つを値踏みするように追い続けている。
'どうする……。このままじゃ埒が明かない'
俺が次の手を考えていると、一軒の家の扉が軋み、わずかに開いた。隙間から、怯えた目をした老人がこちらを窺っている。
俺は武器に手をかけないことを示すように両手を上げ、ゆっくりと近づいた。
「頼む、話を聞かせてくれないか」
老人は周囲の窓を素早く見回し、覚悟を決めたように、震える足で外へ出てきた。
「……旅の方。早くこの村からお立ちなさい。今日は、運が悪すぎた」
「運が悪い? どういうことだ?」
老人の顔は、長年の苦労と絶望で深く刻まれていた。
「今日は……徴税人が来る日だ。アッシュベルグ侯爵様のな」
その名が出た瞬間、村の空気がさらに重くなった気がした。
「重税で、村にはもう何もない。食う物も、種籾さえも……。それでも奴らは構わずに奪っていく。逆らえば、見せしめに……」
老人の言葉は、恐怖で途切れた。
なるほど。この村の静寂は、死を待つ静けさだったのか。家の中に息を潜めているのは、自分たちが次の生贄に選ばれないよう、ただ嵐が過ぎ去るのを待っているだけなのだ。
その時、遠くから地面を揺るがすような馬蹄の音が聞こえてきた。一つや二つではない。十数騎の集団だ。
老人の顔から血の気が引いた。
「……来た。ああ、神様……」
村人たちの視線が、一斉に街道の先へと注がれる。その瞳に宿るのは、諦めと純粋な恐怖だった。
* * *
やがて、埃を巻き上げながら、物々しい一団が村の広場に乗り込んできた。全員が揃いの黒い革鎧を身につけ、腰には長剣を吊るしている。中でも一際態度の大きい、肥満体の男が馬から降り立った。
「おい! 今年の税を集めに来てやったぞ! ありがたく思え!」
リーダー格の男が、唾を吐き捨てるように言った。その目は、村人たちを家畜同然にしか見ていない。
「さあ、さっさと用意したものを差し出せ! 我々は忙しいんでな!」
村長と思しき男が、震えながら前に進み出る。
「ち、徴税官様……。どうか、どうかお慈悲を。今年は日照りが続き、これ以上は……」
「ああ?」
徴税官の目が、危険な光を帯びる。
「言い訳か? 侯爵様への忠誠が足りんのではないか?」
彼は村長の胸倉を掴み、軽々と持ち上げた。
「う、ぐっ……!」
「いいか、よく聞け。今年の税は、去年の倍だ。侯爵様は新たな砦を建設なされる。その栄誉にあずかれるのだ、喜べ!」
「ば、倍だなんて……! そ、そんなご無体な……!」
「無体だと?」
徴税官はせせら笑い、村長を地面に叩きつけた。そして、その腹を容赦なくブーツで踏みつける。
「ぐふっ……!」
「払えないなら、他のもので払ってもらおうか。そこの娘、なかなかいいじゃないか。砦の兵士たちの慰みものにはなるだろう」
徴税官のねめつけるような視線が、若い娘に向く。娘は悲鳴を上げ、母親の背後に隠れた。
「やめろ……!」
俺は、気づけば前に出ていた。
徴税官たちが、一斉にこちらを睨みつける。
「なんだ、てめえは。旅の者か? 死にたいらしいな」
「その人を放せ。やっていることは、ただの追い剥ぎだ」
俺の言葉に、徴税官は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「こいつ! 侯爵様の業務を妨害する気か! 全員、切り捨てろ!」
部下たちが、下卑た笑みを浮かべて剣を抜く。
「殺すつもりなら殺される覚悟があるって事だよな!?」
「ヒルダ!」
「言われなくても!」
俺の叫びと同時に、ヒルダが放った矢が、先頭の男の足元の地面に突き刺さった。男は驚いて飛びのく。
「なっ!?」
その隙を、セーラが見逃さなかった。バルクの巨大な盾を駆け上がり、空中から二人の徴税人の間に割り込む。
「はあっ!」
短剣が閃き、二人の腕を浅く切り裂いた。致命傷ではないが、武器を持つ腕を狙った的確な一撃だ。
「うおおっ!」
残りの連中が、壁のように立ちはだかるバルクに斬りかかる。
ガギン! ガギン!
凄まじい金属音が響くが、バルクは一歩も動かない。その巨体と大盾は、まさに鉄壁だった。
'守護領域が発動している。俺たちへのダメージも軽減されているはずだ'
「こ、この化け物が!」
徴税官たちがバルクの防御力に怯んだ、その一瞬。
「マリエク、起動!」
俺はアイテムボックスから、目くらまし用に購入しておいた『超高輝度フラッシュライト』を取り出し、最大光量で照射した。
「ぐわあああっ!」
突然の強烈な光に、徴税人たちは目を押さえてうめき声を上げる。
「今だ! セーラ、ヒルダ!」
「そこっ!」
「もらった!」
視力を奪われた敵は、もはやただの的だった。セーラの短剣が次々と武器を叩き落とし、ヒルダの矢が敵の動きを封じる。
最後に残ったのは、リーダー格の徴税官だけだった。彼は腰を抜かし、その場にへたり込んでいる。
俺はゆっくりと彼に近づき、落ちていた剣を広い、その喉元に剣の切っ先を突きつけた。
「……分かったか? お前たちがやっているのは、こういうことだ」
「ひっ……! た、助けてくれ……! 命だけは……!」
「失せろ。そして、二度とこの村に顔を見せるな」
俺が剣を引くと、徴税官は這うようにして馬に乗り、部下たちと共に一目散に逃げていった。
* * *
徴税人たちが去った後も、広場は静まり返っていた。村人たちは、目の前の出来事が信じられないという顔で俺たちを見ている。
やがて、村長が震える足で立ち上がり、深々と頭を下げた。
「あ……ありがとうございます、旅の方々……。この御恩は、一生忘れません」
その一言をきっかけに、他の村人たちからも次々と感謝の言葉がかけられる。
「助かった……」
だが、その声には喜びと同じくらい、新たな恐怖が滲んでいた。
「しかし……これで、我々は侯爵様に逆らったことになる。どんな報復が来るか……」
一人の村人の呟きが、安堵の空気を再び凍らせる。そうだ。根本的な問題は何一つ解決していない。
俺はこの領地の現実を改めて突きつけられた。フェルムで見た疫病。この村を覆う絶望。すべては、アッシュベルグ侯爵という一人の男の欲望から生まれている。
'小手先の救済では意味がない。この大樹の、根を断ち切らなければ。'
「報復はさせない」
俺は静かに、だが力強く言った。
「俺たちが、あんたたちの代わりに、その侯爵様に文句を言いに行く」
村人たちが、息を呑んで俺を見る。
「もう一度言う。俺はアッシュベルグ侯爵を討つ。この領地を覆う恐怖の根源を、俺が終わらせる」
その言葉に、嘘はなかった。俺の中で、この旅の目的がより強固な決意へと変わった瞬間だった。
* * *
村人たちから食料と水の補給を受け、俺たちは再び東を目指して歩き出した。背後からは、いつまでも頭を下げる村人たちの姿が見えた。
「ナオキ」
セーラが隣に並ぶ。
「うん。本当に、良かったのかな。あの人たち、あたしたちが去った後、もっとひどい目に遭わないかな」
「ああ。だから、そうなる前に終わらせるんだ」
俺の答えに、ヒルダが口の端を吊り上げた。
「言ってくれるじゃないか。だが、嫌いじゃないぜ、そういうの」
バルクも、重々しく頷いた。
街道をしばらく進むと、緩やかな丘の上に差し掛かった。視界が一気に開ける。
そして、俺たちはそれを見た。
丘の向こう、眼下に広大な盆地が広がっていた。その中心に、巨大な街が横たわっている。整然と区画された街並み。その規模は、俺たちがいたフェルムの比ではない。
そして、街で最も高い丘の上に、一際大きな屋敷がそびえ立っていた。
「……あれが」
俺の呟きに、ヒルダが答える。
「ああ。アッシュベルグ侯爵領の主都、アッシュブルクだ。あの丘の上の屋敷が、奴の住処さ」
夕陽を浴びて、街は何千もの屋根を鈍く輝かせている。だが、丘の上の屋敷だけは、その光を飲み込むかのように冷たく、どっしりと構えていた。
あの場所に、全ての元凶がいる。
俺は、丘の上の屋敷をただじっとみていた。
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