第45話 仲間たちの力
悪夢のような疫病が過ぎ去り、フェルムの町には復興の槌音が響き始めていた。ゲルトの商団が管理する浄化装置は安定して清浄な水を供給し、町は少しずつ日常を取り戻している。
俺はゲルトの商団が設営した特設テントから、その光景を眺めていた。
「復興は始まったばかり、か」
「ああ。だが、お前さんのおかげで、ただの瓦礫じゃなく、未来のある瓦礫になった」
隣には、いつの間にかゲルトが立っていた。
「そろそろ行くんだろ? 化け物退治に」
「……ああ。ここのことは頼んだ」
「任せろ。この町は俺たちの拠点だ。誰にも好きにはさせん。お前さんは、心配せずに、親玉の首だけを狙え」
ゲルトはニヤリと笑い、俺の肩を強く叩いた。
「無事に帰ってこいよ、ナオキ。祝杯の準備だけはしておく」
「当然だ」
その夜、俺は宿屋の一室にセーラ、ヒルダ、バルクを集めた。
「改めて言う。俺はアッシュベルグ侯爵の領地へ向かう。奴の不正を暴き、裁きを受けさせるために」
俺は三人の顔を順に見る。
「成り行きでこんな事になってしまったが、やらなければならないことだ。だが、お前たちを巻き込むことになる。危険な旅だ。命の保証はない。それでも来るか?」
俺の問いに、最初に答えたのはセーラだった。
「行くよ。ナオキがどこへ行くとしても、あたしはついて行くって決めたから」
その瞳に迷いはなかった。
次に口を開いたのはヒルダだ。
「グスタフ様の命令だからな。それに、こっちの方が面白そうだ。退屈な警備より、侯爵様の尻尾を踏みつけに行く方が性に合ってる」
悪戯っぽく笑うが、その目は猟師のそれだった。
最後に、壁際に佇んでいたバルクが、静かに一歩前に出た。
「……守る。それが、我が使命」
短い言葉に、彼の覚悟の全てが込められていた。
俺は静かに息を吐き、そして頷いた。
「ありがとう。……明日、出発する」
* * *
出発の朝。荷をまとめながら、俺はあることを決めていた。
この先の戦いは、町を救うのとはわけが違う。軍隊と、あるいはそれ以上の力と渡り合うことになる。そのためには、手持ちの駒……いや、『仲間』の力を正確に把握しておく必要があった。
「なあ、みんな」
俺は準備の手を止め、向き直った。
「俺にはステータスを鑑定できるスキルを持ってるんだが、出発する前に、みんなの力を正確に知っておきたい。」
「スキルで?」
セーラが不思議そうに首を傾げる。
「ああ。今後の作戦のためだ。嫌なら断っていい」
「あたしは構わないよ」
「好きにしろ」とヒルダ。バルクは黙って頷いた。
俺はまず、セーラに向かって意識を集中した。
「――鑑定」
淡い光がセーラの体を包み、俺の脳内にウィンドウが浮かんだ。
[鑑定結果]
[名前: セーラ]
[年齢: 19]
[性別: 女]
[種族: 人間]
[職業: 軽戦士]
[LV: 13]
[HP: 280/280]
[MP: 60/60]
攻撃力: 80
守備力: 75
力: 70
素早さ: 95
知力: 40
運の良さ: 50
[スキル: 短剣術 LV4/激励 LV2]
'LV.13……。冒険者としてやってきただけのことはあるな。この若さでこのレベルは、相当な修羅場を潜ってきた証拠だ。ステータスも高い。戦闘から支援まで幅広く揃っている……だからこそ、裏切られた時の絶望は深かっただろうな。'
「ありがとう、セーラ。次はヒルダ」
俺は斥候の女に手をかざす。
「――鑑定」
[鑑定結果]
[名前: ヒルダ]
[年齢: 25]
[性別: 女]
[種族: 人間]
[職業: 斥候]
[LV: 19]
[HP: 380/380]
[MP: 150/150]
攻撃力: 125
守備力: 110
力: 100
素早さ: 160
知力: 130
運の良さ: 60
[スキル: 隠密 LV5/追跡 LV5/罠設置 LV4/弓術 LV4/短剣術 LV3/獣の嗅覚]
'レベル19だと……!?'
思わず息を呑んだ。セーラでさえ驚いたが、それを遥かに上回るレベルだ。これが子爵に仕える騎士団の、それも腹心の実力か。
スキルレベルは専門分野をきっちり伸ばしている感じだな。どれも実戦で磨き抜かれた、プロの領域だ。それに、ユニークスキル……獣の嗅覚。
俺は思考を中断し、ヒルダに声をかけた。
「ヒルダ」
「何だ」
振り返った彼女の目は、相変わらず鋭い。
「あんたのユニークスキル、『獣の嗅覚』について詳しく聞きたい」
俺がスキル名を口にすると、ヒルダの目が興味深そうに細められた。驚きや警戒ではない。自分の能力がどう見えているのか、探るような色だ。
「……ほう。鑑定とやらは、そこまで見通すのか。大したもんだな」
彼女は肩をすくめた。
「で、そのスキルがどうした? 私の鼻が自慢だってことくらい、見れば分かるだろう?」
隠す気はないらしい。むしろ、俺がその価値を理解できるか試しているようだ。
「具体的に何ができる?」
「文字通りだよ。人や物の匂いを、犬以上に鋭く嗅ぎ分けられる」
「それは凄いな、犬以上ってことは更に?」
「嘘をついてる奴の汗の匂い。病気の人間が発する特有の匂い。遠くにある血の匂い。そういうのが、分かる」
ただの嗅覚じゃない。嘘発見器であり、病気の診断補助であり、追跡センサーでもあるのか。
なるほど、グスタフの腹心だけのことはある。潜入と偵察、そして暗殺のプロフェッショナルだ。
「……大したものだな」
俺が呟くと、ヒルダは「当然だ」と鼻を鳴らした。
そして、最後は『歩く城壁』。俺は巨漢のバルクを見上げた。
「――鑑定」
[鑑定結果]
[名前: バルク]
[年齢: 34]
[性別: 男]
[種族: 人間]
[職業: 守護騎士]
[LV: 21]
[HP: 750/750]
[MP: 100/100]
攻撃力: 150
守備力: 220
力: 200
素早さ: 40
知力: 50
運の良さ: 45
[スキル: 大盾術LV6/挑発 LV5/剣術 LV3/不動の心/守護領域]
'レベル21!? ヒルダよりもさらに上か……!'
HPと守備力の数値が異常だ。大盾術のスキルレベルも高い。だが、やはり問題は最後の二つ。
[不動の心: 精神攻撃及び状態異常に対する高い耐性。恐怖、混乱、魅了などを無効化する]
[守護領域: 自身の周囲10メートル以内の味方への物理ダメージを20%軽減する。常時発動型]
'……は?'
思わず二度見する。
常時発動の状態異常スキルに範囲内の味方へのダメージを20%カット?
歩く城壁どころじゃない、移動要塞そのものだ。
「どうした、ナオキ? 変な顔して」
セーラの声に、俺は我に返った。
「……いや。とんでもない奴らと組むことになったと思ってな」
俺は鑑定で得た情報を三人に共有した。ヒルダの潜行能力、バルクの絶対防御、そしてセーラの能力。
「ヒルダは斥候として、常に先行して情報を集める。バルクは俺とセーラを守る盾。セーラは前衛。そして俺は、みんなの情報を元に指示を出す司令塔だ。」
俺の言葉に、三人は真剣な顔で頷いた。
斥候、盾、前衛、そして司令塔。これ以上なく頼もしいパーティがここに誕生した。
* * *
準備を終え、俺たちが宿屋の前に出ると、そこにはゲルトや、回復した町の人々が集まっていた。
「ナオキ様! どうかご無事で!」
「この御恩は忘れません!」
「ありがとう……本当に、ありがとう……!」
あちこちから感謝の声が飛ぶ。人混みの中には、すっかり元気になったミナと、その母親の姿もあった。母親は深々と頭を下げ、ミナが小さな手を懸命に振っている。
少し気恥ずかしく、居心地が悪い。だが、胸の奥が温かくなるのを、もう否定はできなかった。
俺たちは人々の声援を背に受け、フェルムの門をくぐった。
目指すは東。アッシュベルグ侯爵の領地だ。
新しい街道は整備されていて歩きやすい。だが、進むにつれて、行き交う商人の数が明らかに減っていった。
「ヒルダ、常に周囲の警戒を。バルクは俺とセーラの近くに。セーラはいつでも動けるように準備を」
「了解」
「……応」
「うん!」
俺たちは鑑定で得た情報を元に、何度も連携を確認しながら進んだ。侯爵領が近づくにつれ、空気そのものが重くなっていくような錯覚に陥る。
やがて、街道の先に、一つの村が見えてきた。
侯爵領に入って最初の村だろう。
だが、その光景に俺たちは足を止めた。
* * *
村は、不気味なほどに静まり返っていた。
昼間だというのに、畑仕事をする者の姿はない。家々の煙突から煙は上がっておらず、子供の遊ぶ声も、家畜の鳴き声すら聞こえない。
「……おかしい」
先行していたヒルダが、音もなく俺たちの隣に戻ってきた。
「人の気配はある。家の中には大勢いる。だが、誰も一歩も外に出ていない。まるで……息を潜めているようだ」
俺たちは顔を見合わせ、武器に手をかけたまま、ゆっくりと村の入り口へと足を踏み入れた。
その瞬間だった。
村中の全ての家の窓から、一斉に人影が現れた。
老人、男、女、そして子供まで。村の住民全員が、窓に張り付くようにして、こちらを見ている。
彼らの顔には、何の感情もなかった。
喜びも、怒りも、恐怖さえも。
ただ、光を失った虚ろな瞳が、能面のような無表情で、じっと俺たち一行を監視していた。
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