第3話 鉄くずの価値と、ささやかな決意
・2026/04/08 内容修正しました
第3話 鉄くずの価値と、ささやかな決意
老人との取引を終え、俺はガラクタ同然の工具一式を手に、再び寂れた町を歩き始めた。
ずしりとした鉄の重みが、この世界で生きるための確かな手応えのように感じられる。
'マリエクの残高は300円。そして、この鉄くず。まずは今夜の寝床を確保しないと'
野宿はもうごめんだ。獣の気配に怯え、硬い地面で体を痛めるのは精神的にこたえる。
俺は町の唯一の宿屋、『木陰亭』と掠れた字で書かれた看板が掲げられた建物の扉を押し開けた。
「……客かい」
カウンターの奥から、熊のように大柄で、無愛想な顔つきの主人が顔を上げた。
「一晩泊まりたいんだが」
「……金はあんのか。うちは慈善事業じゃねえぞ」
主人の目が、俺の汚れた服と、肩に担いだ鉄くずの入った袋を値踏みするように細められる。
「銅貨二枚だ。先払いしてもらう」
'銅貨二枚……200円か'
手元にこの世界の通貨はない。だが、マリエクの残高は300円ある。
俺は懐を探るふりをしながら、主人に背を向けた。そして、意識を集中させてマリエクを操作する。
'銅貨二枚、200円分……!'
【残高:300円 → 100円】
ウィンドウの数字が切り替わると同時に、懐の中に確かな重みが二つ生まれる。
俺はそれを掴み、何でもない顔で振り返ると、カウンターの上に置いた。チャリン、と乾いた音が響く。
「これでいいだろ」
主人は銅貨を訝しげに手に取り、歯で一度噛んで確かめると、無言で懐にしまった。その視線が、俺の肩の袋に突き刺さる。
「おい、あんた。その袋、ずいぶん重そうじゃねえか。何が入ってる」
「ただのガラクタだ。気にするな」
「ほう。ガラクタにしちゃあ、いい音がするじゃねえか」
主人は顎をしゃくって見せろと促す。面倒なことになったと思いつつ、俺は袋の口を開けて中身を見せた。錆びついたノミやひび割れた木槌が顔を出す。
主人はそのガラクタを一瞥すると、意外にもフンと鼻を鳴らした。
「なるほどな。確かにガラクタだ。だが、鉄は鉄だ。この町じゃ、それだけでも価値がある。どうだ、その鉄くず、俺が買い取ってやろう。鉄貨15枚でどうだ」
'鉄貨15枚……150円か'
捨てるよりはマシだ。それに、今後の資金は少しでも多い方がいい。
「わかった。売ろう」
「よしきた」
主人は手際よく袋から鉄くずを取り出すと、代わりに鉄貨15枚をカウンターに並べた。
俺はそれを懐にしまいながら、マリエクの残高に加算されるのを確認する。
【残高:100円 → 250円】
「……二階の一番奥の部屋だ。鍵はないから、荷物の管理は自分でしろよ」
「助かる」
身軽になった体で、俺は軋む階段を上って二階へと向かった。
* * *
部屋は狭く、埃っぽかったが、屋根と壁があるだけで天国に思えた。
ベッドに腰を下ろし、大きく息を吐く。
'これで、今夜は安心して眠れる'
問題は、夕食だ。腹が、限界だと悲鳴を上げている。
俺は再びマリエクを開いた。残高は250円。まずは、この空腹を満たすのが先決だ。
【クリームパン:100円】
【西アルプスの天然水 500ml:100円】
俺はパンと水を一つずつ購入した。残高は50円になる。
ベッドの上に現れたパンを夢中で頬張り、水で喉を潤す。甘いクリームと、ただの水が、空っぽの体に染み渡り、生き返る心地がした。
「……ふう」
腹が満たされると、思考がクリアになる。
安堵と共に、今後のことを考え始めた。あの修理工の老人の顔が浮かぶ。ボロボロの工具で、必死に働いていた。
'この町には、まともな道具がない。食料も、生活用品も、きっとそうだ'
よく切れる包丁。丈夫な裁縫針と糸。そして、まともな塩。
現代日本のありふれた品々が、ここでは『逸品』になり得る。
需要はある。確実に儲かるはずだ。
'だが、どうやって?'
もし本格的に商売を始めるなら、在庫が必要になる。
大量の商品を抱えてこの町をうろついていれば、格好の的だ。盗賊に襲われるのが関の山だろう。
'安全な倉庫が必要だ。誰にも知られず、俺だけが使える隠し倉庫が……'
そんな都合のいいものが、あるわけない。俺は自嘲気味に首を振った。
結局、一人でできることには限界がある。誰かを信用する?冗談じゃない。裏切られるのはもうごめんだ。
'焦るな。今はまだ、その段階じゃない'
まずはこの町で目立たず、情報を集めるのが先決だ。
幸い、鉄くずが売れて少し金もできた。このマリエクで何ができて、何ができないのか。もっと慎重に探る必要がある。
'人助けじゃない。ビジネスだ'
誰とも関わらず、静かに暮らす。
そのための力を、今は静かに蓄える時だ。
俺は静かに決意を固め、この世界で生き抜くための、次の一手を思考し始めた。
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