第26話 戦場のカスタムディレクション
俺の号令に、しかし即座に動けた者はいなかった。
マルコたち傭兵も、剣を構え直したセーラさえも、目の前の超常現象に思考が追いついていない。ただ、呆然と目の前の巨大な穴と、そこに落ちて混乱する騎士たちを見ているだけだ。
川辺の静寂を破るのは、穴の底からのうめき声と、鎧がぶつかり合う鈍い音だけだった。
無理もない。だが、俺は違う。
この好機を逃すほど、お人好しじゃない。
'……そうか。これが信用ランクCの恩恵か'
脳裏に浮かんだシステムメッセージに、俺の口元がわずかに吊り上がる。
[システム:信用ランクがCに昇格しました]
[- 商品購入時の送料 (ランクC: 1点毎に5,000円)]
[- 転送機能の失敗率が低下 (ランクC: 10%)]
[- 追加融資時、手数料 (ランクC: 8%)]
[スキル取得リスト:C]
[- アイテムボックスLV.3 (容量: 1000㎥) …… 金貨10枚 (1,000,000円)]
[- 鑑定 (Lv.3) …… 金貨10枚 (1,000,000円)]
[- 身体能力強化 (Lv.1) …… 金貨3枚 (300,000円)]
[- 生活魔法入門 …… 金貨1枚 (100,000円)]
[- 魔法各種 …… 金貨1枚~]
[- 現実世界の知識、参考書各種 …… 金貨2枚 (200,000円)]
[- 現代知識経験インストールパック各種 …… 金貨1枚~]
[- etc~]
送料もありがたいが、何より転送失敗率の低下がデカい。
'成功率90%あるなら某パチンコで言う、金保留だ!熱い!!'
失敗が許されないこの局面において、これ以上ない保険だ。
それにランクCになった事で取得スキルの幅も増えている!
そして、アイテムボックスの強化は、単に収納が増えただけじゃない。
収納が出来るって事は物体を、任意の場所に『放出』する機能。これこそが、この戦場を支配するための切り札だ。。
「まずは、身動きを封じる!」
俺は再び地面に手を突き、意識を集中させた。落とし穴の底で、もがきながらも体勢を立て直そうとしている騎士たち。その頭上、漆黒の空間をイメージする。
'アイテムボックス! さっき収納した土砂を、穴の真上に『放出』しろ!'
ゴオオオッ、と地鳴りのような音を立てて、虚空から黒い土の塊が出現した。それは一瞬にして滝のような勢いとなり、重力の法則に従って穴の中へと降り注いだ。
「なっ……!?」
「上から……土が!?」
「ぐわあああっ!」
断末魔の悲鳴が、土砂に飲み込まれていく。生き埋めになった者、重い鎧のせいで身動きが取れなくなった者。鉄壁を誇った騎士団の前衛は、文字通り「土に還った」。
頭の中に、直接システムメッセージが鳴り響いた。
[経験値を大量に獲得しました]
[レベルが 1 → 8 に上がりました]
[名前:川田 直樹]
[LV: 8]
[HP: 240/240]
[MP: 65/65]
[攻撃力: 25]
[守備力: 22]
[力: 20]
[素早さ: 18]
[知力: 45]
[運の良さ: 38]
[スキル:全言語理解、マーリーエクスプレス、アイテムボックスLV2、鑑定LV2]
'なんだ、これは……?'
「まさか、レベルアップするとは!」
「ひっ……!」
後方にいた騎士の一人が、恐怖に引きつった声を上げる。
だが、悪夢はまだ終わらない。
「次だ!」
俺は立て続けに、残りの騎士団と俺たちの間に、土砂を放出して巨大な壁を作り上げた。高さ3メートルほどの即席の土塁だ。月光さえ遮る黒い壁が、あっという間にそそり立つ。これで、奴らの突撃ルートは完全に遮断された。
「な、なんだ、あの魔法は……!?」
「土魔法か!? 詠唱もなしに、あんな規模の……!」
騎士たちが狼狽える声が、土塁の向こうから聞こえてくる。魔法じゃない。もっとえげつない、科学と金の暴力だ。
マリエク! 検索 '催涙スプレー、業務用! 5本!'
[検索結果:強力催涙スプレー(熊撃退用) 1本 3,500円 x 5 = 17,500円]
[送料割引適用:5,000円]
[合計:23,500円]
'購入!'
10%の失敗確率を潜り抜け、懐にずしりと重みが生まれる。俺はそれを掴むと、近くにいたマルコの部下たちに投げ渡した。
「俺を真似して使ってみてくれ!」
風向きは、好都合にもこちらから騎士団へと吹いている。俺は傭兵たちにスプレー缶を渡し、風上から一斉に噴射させた。
「ゴホッ! ゲホゲホッ! なんだこの煙は!?」
「息が……! 喉が焼けるようだ!」
鎧の隙間から侵入した催涙成分が、騎士たちの呼吸器と粘膜を無慈悲に攻撃する。視力を奪われ、呼吸を封じられ、彼らはもはや兵士ではなかった。ただの、もがき苦しむ人の塊だ。
戦場は、完全に沈黙した。聞こえるのは、騎士たちの咳き込む声と、傭兵たちの荒い息遣いだけ。
俺はゆっくりと、無力化された騎士団の中心へと歩を進めた。
* * *
「さて、騎士団長殿」
俺は、部下たちの無様な姿を前に、ただ一人呆然と立ち尽くすアレクシスの前に立った。彼の爬虫類のような目には、信じられないものを見る色と、純粋な恐怖が浮かんでいる。
「まだ、やるか?」
「き、貴様……一体、今の術は魔法なのか……。何者だ……。貴様は……」
アレクシスが、震える声で呟く。
俺は構わず、まだ立っている他の騎士たちに聞こえるように声を張り上げた。
「フェルム第二騎士団長、アレクシス・フォン・ヴァイス! お前がヴァーミリオン商会のボルマン会頭から多額の賄賂を受け取り、カオリンの密採掘や街道封鎖に協力した事実を、俺は掴んでいる!」
'そうだ。鑑定スキルで、こいつの汚職の全てが透けて見える'
[状態: 傲慢、焦燥(ヴァーミリオン商会との癒着発覚への懸念)]
[背景: フェルム騎士団の腐敗した騎士団長。ボルマン会頭より多額の賄賂を受け取り、非合法活動に協力。ボルマン失脚の報を受け、口封じのために自ら部下を率いてナオキ一行の殺害を企てる。]
[弱点: 自身の汚職の発覚。騎士団長としての名誉。部下からの信頼の欠如。]
俺の断言に、アレクシスの顔から血の気が引いた。周囲の騎士たちにも激しい動揺が走る。
「なっ……馬鹿な……!貴様ごときが、なぜそれを……!」
「どうして知っているか、だと? ボルマンの奴が、ご丁寧にも裏帳簿を残してくれていてな。金獅子商団がそれを押さえた。もちろん、そこにはあんたの名前も、あんたが受け取った賄賂の額も、ぜーんぶ書かれていたぜ?」
ハッタリだ。
ゲルトがそこまで掴んでいるかは知らない。だが、ボルマンが捕まり、商会が潰されたのは事実。裏帳簿が存在する可能性は極めて高く、奴らはそれを否定できない。俺の言葉は、奴らの心臓を抉るには十分すぎる刃だった。
「あんたの雇い主はもういない。そして、あんたの裏切りも、もう白日の下に晒されている。このまま俺たちを殺して口封じしたところで、あんたの破滅は変わらない。……違うか?」
俺の言葉が、アレクシスの最後の砦を打ち砕いた。
俺は、完全に浮き足立った騎士たちを見回して言葉を続けた。
「お前たちは、こんな腐った売国奴のために、汚名を着て死ぬつもりか? こいつの命令は、騎士団の正式なものではない。ただの私欲による口封じだ! 今、武器を捨てて投降するなら、俺が金獅子商団のゲルトに話を通してやるし。命の保証もしよう!」
「だ、黙れえっ!」
部下たちの視線が自分に突き刺さるのを感じ、アレクシスが逆上した。
「こ、こいつは国を乱す悪魔だ! 惑わされるな! 全員、こいつを殺せ!」
しかし、彼の号令に動く者は一人もいなかった。騎士たちは、アレクシスと俺を交互に見比べ、剣を握る手に迷いを浮かべている。
「裏切り者め……! ならば、俺自らが……!」
完全に孤立したことを悟った騎士団長は、最後のプライドを燃やすかのように剣を抜き放った。
「あの方の崇高な計画を、貴様のような下賤の者に邪魔されてたまるかあっ!」
'あの方……?'
ボルマンやアレクシスの背後には、さらに巨大な黒幕がいる.....?その言葉は気になったが、
感傷に浸る時間はなかった。アレクシスが、獣のような雄叫びを上げて俺に斬りかかってきたのだ。
「遅えよ!」
アレクシスの剣が俺に届く寸前、横から割り込んだセーラの剣が、甲高い音を立ててそれを受け止めた。
「こいつはあたしの獲物だ、手出しすんじゃねえ!」
「ちっ、邪魔をするな、女!」
二人の剣が、火花を散らして激しく打ち合う。だが、その背後から、もう一つの影が動いた。
「エリート様よぉ、背中ががら空きだぜ!」
マルコだった。彼は戦闘のどさくさに紛れてアレクシスの背後に回り込み、その足を目がけて汚れたブーツを叩き込む。
「ぐっ!?」
体勢を崩したアレクシスに、セーラの容赦ない剣の柄が叩きつけられた。
「がはっ……!」
後頭部を強打され、アレクシスは白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
セーラとマルコは、一瞬だけ視線を交わすと、ふい、とお互いから顔をそむけた。
騎士団長が倒れたのを見て、残りの騎士たちは戦意を完全に喪失し、次々と武器を地面に落としていった。
* * *
戦闘は、終わった。
だが、その場に勝利の歓声はなかった。あるのは、催涙ガスの異臭と、倒れた者たちのうめき声、そして重苦しい沈黙だけだ。
俺は、投降した騎士たちをマルコの部下に見張らせながら、この寄せ集めの集団を見渡した。
傭兵たちは、俺から距離を置き、囁き合っている。その目にあるのは、もはや仲間を見るそれではない。得体の知れない化物を見るような、畏怖と、そして明らかな不信感だった。
'ああ、この視線、この空気、この肌を刺すような感覚……会社にいた頃と何も変わらない。'
「おい……見たかよ、今の……」
「魔法じゃねえ……あれは、一体……」
「あんな奴と組んで、俺たちは大丈夫なのか……?」
静寂を破ったのは、セーラのかすれた声だった。彼女は、目の前にぽっかりと空いた巨大な穴と俺の顔を、信じられないものを見るように交互に見つめている。
「ナオキ……あれも……もしかして、アイテムボックスのスキルなのかい?」
その声には怒りではなく、人知を超えた現象を目の当たりにした純粋な畏怖と混乱が滲んでいた。
俺は不敵に笑って見せる。
「そうだな、俺も、ここまでデタラメだとは思ってもみなかったけどな...」
そんな会話をセーラと交わすその時だった。
「ナオキさん! 大変です!」
ゴードンが、血の気の引いた顔で叫んだ。
「ライアンさんの呼吸が……! どんどん浅く……!」
見れば、塹壕の中で横たわるライアンの顔は土気色に変わり、その胸の動きはほとんど見て取れないほど弱々しくなっていた。応急処置で出血は抑えたが、ショック状態が悪化しているのだ。
'くそっ……!'
俺は、ライアンの元へ駆け寄る。
仲間の命の灯火が消えかかっている。
そして、背後では、俺の力を目の当たりにした危険な集団が、疑心暗鬼の目を向けている。
俺は、仲間の命と、この内部崩壊寸前の危険な共同体を、同時に救わなければならないという二重の難題を突きつけられていた。
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