第25話 敵の敵は味方、味方の敵もまた敵
俺の言葉に、マルコは小馬鹿にしたように鼻で笑った。彼の周りにいる傭兵たちも、汚物でも見るかのような目でこちらを見下し、武器をガチャつかせながら嘲笑の声を上げる。まるで、哀れな虫の最後の羽ばたきを面白がっているかのようだ。
「取引だと?笑わせるな。死にぞこないが、今更どんな命乞いをするつもりだ?」
マルコが吐き捨てるように言う。その声には、絶対的な強者の余裕が滲んでいた。だが、俺の心は凪いでいた。カードはこちらが握っている。
「あんたたちが忠誠を誓う相手についての、重要な話だ」
俺は静かに、だが揺るぎない確信を込めて告げた。その声は、騒がしい傭兵たちの間にも奇妙なほどはっきりと響いた。
「ヴァーミリオン商会は、もうない。あんたたちの雇い主であるボルマン会頭は、今頃フェルムの大牢獄で床を舐めているはずだ」
「……なんだと?」
マルコの顔から、貼り付けたような笑みが消える。傭兵たちの間に満ちていた嘲笑も、まるで冷水を浴びせられたかのようにさざ波となって引いていった。代わりに、疑念と動揺がその場を支配し始める。
「馬鹿なことを言うな!あのボルマン会頭が、そう簡単に……!」
「商業都市フェルムの支配者、金獅子商団に潰された。俺が奴らの不正の証拠を突きつけて、そのきっかけを作ってやったんでな」
俺の言葉は、彼らが寄りかかっていた最後の支柱を打ち砕く決定的な一撃だった。
「おい、本当かよ……」「じゃあ、俺たちの報酬は?」「金獅子商団だと?……」
ざわめきが傭兵たちの間に燎原の火のように広がる。金で雇われただけの彼らにとって、報酬の当てがなくなることは死活問題だ。宙ぶらりんになった自分たちの危険な立場を、彼らはようやく理解し始めたのだ。
「……それが、仮に本当だとして、俺たちにどうしろと言うんだ?」
マルコの声には、先ほどまでの傲慢さは消え失せ、隠しきれない焦りと動揺が滲んでいた。彼は必死で平静を装っているが、その目は激しく揺れている。
「だから取引だと言っただろう。話はそれからだ。……それより、故郷の村にいる妹さん、病気なんだってな。薬代、稼がないといけないんだろう?」
鑑定スキルで得た、彼の最も深い個人情報。それを俺は、無慈悲に突きつけた。
「なっ……!?」
マルコが絶句する。彼の顔が驚愕と恐怖で歪んだ。それは、自分の裸の心臓をいきなり鷲掴みにされたような表情だった。プライベートな、そして最も触れられたくない弱点。俺がそれを知っているという事実が、彼の思考を完全に停止させた。
「な、ぜ……貴様、それをどこで……」
俺は答えず、意識を集中してマリエクを起動する。
'鑑定結果にあったマルコの妹の病状……それに合う特効薬を検索!'
目の前の空間に、俺にしか見えないウィンドウが展開される。
[検索結果:広域スペクトル抗菌薬(注射液) 10回分セット 100,000円]
[送料:8,000円]
[合計:108,000円]
'金貨1枚強か。人の命、それも交渉材料になるなら安いもんだ'
残金は、まだ金貨19枚と他の硬貨も。190万円以上ある!
俺は躊躇なく購入を確定させた。
心臓が止まるかのような、一瞬の間。
しかし、懐に重みは生まれなかった.......。非情なウィンドウに浮かぶのは『転送失敗』の四文字。
[システム:アイテムの転送に失敗しました]
「くそっ! この一番大事な時に……!」
俺の奇妙な行動に、リーダー格の男が、訝しげに眉をひそめた。罠を警戒しているのか、一瞬の戸惑いが奴らの間に広がった。
舌打ちする。残高だけはきっちり減っている。だが、迷っている暇はない。
'この隙を逃すな!もう一度だ!'
俺は再度、強く念じる。すると、今度こそ懐の中にずしりとした確かな重みが生まれた。
俺はもう一度、同じ商品をカートに入れ、祈るように購入を念じた。
今度こそ、懐にずしりとした確かな重みが生まれる。
俺はすぐさま冷たい感触の小さな箱を取り出す。中には、透明な液体で満たされたガラスのアンプルが十数本、整然と並んでいた。
「これは、あんたの妹さんの病気に効く薬だ。この世界のどんな薬より効果がある」
俺がそれをマルコに向かって手渡すと、マルコは、それを片手で受け取った。未知の薬瓶が並んだ箱を、信じられないものを見る目で凝視している。その指先が微かに震えていた。
「相談がある....。俺に協力してくれないか?そうすれば、この薬の残りも、そしてあんたたちが望む以上の金もくれてやる。この寂れたグルフの町を再建するための、『戦力』になってくれないか?」
'俺は’静かに、優しく問いかけた'
「……!」
「あんたたちはもう、ただの使い捨ての傭兵じゃない。グルフ復興部隊として働いてみないか?悪い話じゃないだろう?」
報酬の望みを絶たれ、最も渇望するものを目の前にぶら下げられる。マルコの心が、絶望と希望の間で激しく揺れているのが、その苦悶の表情から手に取るように分かった。
彼が決断を下そうと、乾いた唇を開いた、まさにその瞬間だった。
* * *
「そこまでだ、ごろつきども!」
凛とした、しかし氷のように冷酷な声が、森の空気を切り裂いて響き渡った。
ハッとして周囲を見渡すと、いつの間にか俺たちと傭兵たちは、統率の取れた新たな部隊によって完全に包囲されていた。
その数、およそ三十。全員が月明かりを鈍く反射する統一された銀色の鎧を身にまとい、大盾とロングソードで隙のない陣形を組んでいる。彼らが放つ殺気は、マルコたち傭兵のそれとは比較にならないほど練度が高く、冷徹だった。鎧の胸には、商業都市フェルムの紋章が誇らしげに刻まれている。
「フェルム騎士団……!なぜ、正規の騎士団がこんな場所に!?」
傭兵の一人が、絞り出すような絶望的な声を上げる。
騎士団の先頭に立つ、一際立派な装飾の兜を被った男が、馬から降りてゆっくりと前に進み出た。カツ、カツ、と地面を踏みしめる金属の足音が、死の宣告のように響く。
「ヴァーミリオンの残党と、その秘密に触れてしまった不届き者どもよ。お前たちの命運も、ここまでだ」
男は兜の面頬を押し上げ、爬虫類を思わせる冷たい目を俺たちに向けた。その視線には、一片の情もなかった。
「ボルマンの奴め、余計な仕事を残しおって。だが、安心しろ。奴が隠したカオリンの秘密も、お前たちという汚点も、今この場で全て消し去ってやる」
[鑑定結果]
[名前: アレクシス・フォン・ヴァイス]
[年齢: 36]
[性別: 男]
[種族: 人間]
[職業: フェルム第二騎士団長]
[LV: 15]
[HP: 220/220]
[MP: 40/40]
攻撃力: 55
守備力: 42
力: 40
素早さ: 32
知力: 25
運の良さ: 25
[状態: 傲慢、焦燥(ヴァーミリオン商会との癒着発覚への懸念)]
[背景: フェルム騎士団の腐敗した騎士団長。ボルマン会頭より多額の賄賂を受け取り、非合法活動に協力。ボルマン失脚の報を受け、口封じのために自ら部下を率いてナオキ一行の殺害を企てる。]
[弱点: 自身の汚職の発覚。騎士団長としての名誉。部下からの信頼の欠如。]
'職業、フェルム第二騎士団長……? ヴァーミリオン商会は、ただの傭兵団じゃなく、騎士団の一部まで抱き込んでいたのか……! 事態は俺が思うより、ずっと根が深い……!'
鑑定結果に表示された、ありえない肩書きに俺は目を見開いた。
ヴァーミリオン商会の私兵だと思っていた男の職業は、『騎士』。街の治安を守るべき公的な存在だったのだ。
辻褄が合わない。……いや、これで全て繋がった。
'なるほど。ヴァーミリオンは、騎士団まで抱き込んでいたのか。グルフの街道を封鎖し、あれだけの悪事を働きながら表沙汰にならなかったわけだ'
腐っている。
そして、その腐った組織の人間が、目の前にいる。
目的は、全ての証拠と証人を消し去るための、完全なる皆殺し。
絶望的な戦力差と殺意を前に、場の空気は緊迫した交渉から、一方的な死の予感へと一変した。
* * *
「全員、武器を捨てて投降しろ。さすれば、苦しまずに殺してやろう」
騎士団長が、まるで決定事項を告げるように一方的な掃討を宣言する。傭兵たちの顔に、死の色が濃く浮かんだ。抵抗すら無意味だと、誰もが感じていた。
この凍りついた空気の中、俺は悠然とマルコの横に歩み寄った。
「さて、傭兵隊長さん。どうする?」
俺の場違いなほど静かな声に、マルコはハッとしたように俺を見る。その目は「もう終わりだ」と語っていた。
「どうするもこうするも……!相手は正規の騎士団だぞ!俺たちじゃ……!」
「選択肢は二つだ」俺は彼の言葉を遮った。「ここで騎士団の手柄のために犬死にするか。それとも、俺と組んで生き延び、妹さんの薬を手に入れるか」
俺は騎士団の包囲網を顎でしゃくって見せる。じりじりと距離を詰めてくる鉄の壁が、無言の圧力をかけてくる。
「どちらにせよ、戦うしかない状況なのは変わらない。だが、誰のために、何のために戦うかは、あんたが決められるはずだ」
俺の言葉は、悪魔の囁きだっただろう。だが、それは彼にとって唯一残された希望の糸でもあった。これは、敵の敵を味方につけるための、一か八かの賭けだ。
マルコは俺の顔と、手の中にある薬箱、そして苦悶の表情で倒れているライアン、鬼の形相で剣を構えるセーラを交互に見比べた。彼の脳内で、天秤が激しく揺れ動いている。
やがて、彼は腹を括ったように顔を上げ、その目に決意の光を宿した。
「……面白い。乗ってやるよ、その取引に!」
マルコは部下たちに向かって剣を高く掲げ、喉を張り裂けんばかりに叫んだ。
「野郎ども、聞いたか!俺たちは今からグルフ復興部隊だ!あのエリート気取りの騎士団のクソッタレどもをぶちのめし、俺たちの手で明日を掴み取るぞ!」
「「「おおっ!!」」」
傭兵たちが、初めて共通の「生きる」という目的のために、獣のような雄叫びを上げた。それは、死の淵から這い上がろうとする者たちの、魂の咆哮だった。
「……愚かな道化芝居だ。一人残らず、切り刻め!」
騎士団長の冷酷な号令と共に、前衛の騎士たちが一斉に盾を構え、地響きを立てて突撃してくる。
* * *
鉄の壁が、津波のように俺たちに迫る。その圧倒的な質量と殺気に、誰もが死を覚悟した、その時だった。
'くそっ、このままじゃ……! 何か策は!?'俺はマリエクの画面を脳内に展開する。
'スキルリスト! '
[現在:アイテムボックスLV1(8㎥)→LV2への強化125㎥)費用:金貨5枚]
'LV1じゃ最大でも2メートルの立方体。8㎥。さっきの塹壕作りで出た土で容量はパンパンのはずだ!'
'LV2なら5mの立方体の広さ!'
'残金は金貨18枚……払える!'
'……やるしかねえ!'俺は躊躇なく、心の内で叫んだ。
'購入だ!'
'スキルリスト! アイテムボックスの強化!'
残高から金貨5枚を消費し残り金貨は13枚になった...。
目の前に、絶望を覆すための選択肢が浮かび上がった。
[アイテムボックスがLV2に強化されました]
更にシステムメッセージは続いた......。
[一定の条件を満たしました。信用ランクDからCへとランクアップされました]
'.............!!!??''なにが起こったんだ!?'
「今は、そんな事より!」
「セーラ、マルコ!今だ、飛び退け!」
俺は叫ぶと同時に、騎士団達が立ってる辺りを、地面に両手を叩きつけた。全身の神経を指先に集中させる。
'収納範囲、最大!奴らの足元を、根こそぎ『収納』しろ!'
次の瞬間、騎士たちの足元で信じられない現象が起きた。
「な、何だこれは!?」
「地面が……消え……うわあああっ!」
鉄壁の陣形を組んでいた騎士団の前衛十数名が、為す術もなく巨大な落とし穴へと飲み込まれていく。重い鎧がぶつかり合う甲高い悲鳴と、騎士たちの混乱した怒号が、阿鼻叫喚の協奏曲となって響き渡った。
ぽっかりと巨大な穴が生まれる。
一瞬の静寂。生き残った騎士も、傭兵たちも、目の前で起きた超常現象に言葉を失っていた。
俺は、その致命的な隙を見逃さなかった。ニヤリと口角が上がる。
「反撃開始だ!」
絶望を覆す反撃の狼煙となった。
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